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2.別れと始まり

私があの竜と契約を交わしてから一ヶ月が経った。


ガブリエルと別れた後、二時間ほど雪原の中を歩いていて何とか村へ辿り着いたのだ。村人を見つけた時、最初は声を掛けるかどうか迷ったがオロオロと立ち尽くしていた自分に気がついたその村人が声を掛けてくれた。


「どこの子だ?」と聞かれた時は正直に別の世界から来た、などと言える筈もなく言い淀んでいると、向こうが魔物に両親を殺されて此処まで来た孤児だと解釈したようで、とても暖かく迎え入れられた。

その事について、少し複雑な心境ではあるが。


今現在は村を出てその時声を掛けてくれたゴードンさんという人の家で下宿させて貰っている。ゴードンさんは実を言うと村人ではなく王都出身の方だったらしく、偶々旧友に会いに村に来ていたそうだ。奥さんはいるが子供が出来なかったため、私を引き取って育ててくれる事になったのだ。


今は奥さんのマリーシャさんもゴードンさんも私の事を実の子の様に可愛がってくれ、不自由なく暮らしている。

元の家族のことを思い出してホームシックになる事もあるが、それでも穏やかに過ごしていた、そんなある日のことだった。


「出てって下さい!」

「何があろうともあの子は渡さんぞ!」


2階にある自室の机ででうたた寝をしていると、一階にいるマリーシャさんとゴードンさんの大きな声が聞こえた。その声は普段の二人からは考えられない様なあまりの剣幕で、何かあったのかと不安になり階段を駆け下りる。


「マリーシャさん、ゴードンさん!どうかしたん!?」


階段を降りたすぐそばにある外に繋がるドアが開かれており、ドアの前にはマリーシャさんとゴードンさん、それからやけに顔が綺麗で豪華な服に身を包んだ男性と、その人にボディーガードのように連れ添う体躯の良い二人の男性が見えた。


「誰...?」

「私は王宮魔導師のハイル・ブランドンと言う。唐突で申し訳ないが、貴殿の身を引き取りたい」


「申し訳ないが」と言う割には申し訳なさが全く出ていないその男は、なんの感情もこもっていない様な目でこちらを見据えた。王宮魔導師だか何だか知らないが、この態度はあまりに高慢では無いかとふと思う。


「何故、貴方方とともに行かねばならないのか...理由をお聞かせ願えないとこちらも承諾し得えません」


何か理由があっての行動なのだろうが、目の前の男はあまりにも感情の起伏が乏しく、その行動の意図が読み取れない。


「それはここでは言えぬ。しかし、貴殿は既に判っているのでないか?我々に呼ばれる理由が」


ハイルと名乗った魔導師は物知り顔で目を細めながら私の問いにそう答えた。この男が言っているのは、私がこの世界の住人では無いことなのではないかと思うと少し、怖くなる。


「行く行かないは自由に決めて良いが、その代わり貴殿が我々に付いて来なければその夫婦がどうなっても知らんぞ」

「!」


ハイルさんが私の耳元に近付き二人に聞こえない声でそう囁いた。その様に言われれば同行する他ない事をわかった上で言っているのだ。


「...わかりました。同行します」

「ヨロズちゃん!?」


ゴードンさんは私の承諾の言葉に驚いた様な、それでいて悲痛な声で私の名を呼ぶ。


「...ごめんなさい、ゴードンさん、マリーシャさん。私、行かんなん。色々...知らないといけないことがあるねん。だから、行かんな駄目なんよ」


マリーシャさんは悲しそうにこちらを見つめ、ゴードンさんも口を固く結び黙っていたが「わかった」と低く呻くように言うと、ハイルさんに向かって「娘に何かあったら承知しない」と睨み付けた。

ゴードンさんが私を「娘」と呼んでくれたことに胸が少し暖かくなるが、それと同時にもうここには戻ることができないのではないかと思うと鼻の奥がツンと痛くなる。



「元気でね...ヨロズちゃん...」

「うん...マリーシャさんも、ゴードンさんも、元気でね。短い間だったけれど二人といることができてよかった。今まで、本当にありがとう」


マリーシャさんやゴードンさんと抱き合って別れを告げた後、手荷物を持たないままハイルさんと二人の護衛の男に連れられ家を出た。

王都内とはいえ王宮までは距離があるらしく移動魔法を使うそうだ。ハイルさん曰く、ここに戻る事もないという。

名残惜しくなり、マリーシャさんやゴードンさんの顔を振り返ってもう一度見ようとした。


が、ハイルさんの移動魔法をによって表情を確かめる余地もなく術式が開始し、気付いた時にはもう王宮の中であった。あの二人の顔を最後にもう一度見れなかったことに悲しくなり、涙が出そうになったが今はそうも言ってられないのかもしれない。


二人への未練を払拭するように、私達が移動した部屋の中を見渡してみた。壁や床に魔法陣が描かれていることから、魔術専門の部屋なのだと伺える。


王宮内は白を基調とした作りになっており、薄紫色をした石が壁や柱の所々にはめ込んである。高い天井や汚れひとつ無い白い壁、床に敷かれた鮮やかな赤の絨毯も相成って清廉さが際立っているが、それが逆に威圧感を与えているようにも思える。

キョロキョロと視線を動かす私に斜め左前を歩いていたハイルさんは溜息を吐きながら口を開いた。


「貴殿には一度陛下に挨拶をした後、『王立フリーゾティア魔法学園』へ転入し寮へ入ってもらう」

「え、あ...わかりました」


『魔法学園』...そういえば、ガブリエルもこの世界について教えてくれる時、魔法使いを育成する学校があると言っていた。彼はこの学校のことを言っていたのだろうか。


しかし、それにしたって何故私が魔法学園に呼ばれるのだろう。ハイルさんは少なくとも私がここでは無い異世界から来たことは把握済みの様である。

もしかしたらファンタジー小説に有りがちな、異世界から来た人間にはこの世界の人間が持っていない力がある、というものがあったりするのだろうか。そうだと仮定すると、ガブリエルが「竜族と会話出来る者はこの世界に存在しない」と言っていたにも関わらず会話できていたことに頷ける。


「はあ...何故私がこの様な間抜けそうなガキのお守りをせねばならんのか...」


色々思考を巡らせていた時、ハイルさんがそう呟く声が聞こえ、思わずハイルさんの方を見つめる。

私のその態度が気に入らなかったのか、ハイルさんは眉間に皺を寄せ苛ついたように目を細めこちらを見た。


「そうやって何も考えていないで呆けて私の後ろを付いてくるだけなら、少しは何故ここに呼ばれたのかなど考えたらどうなんだ?」


...何を言ってるんだろうかこの人は。

いや、確かに私は高校生とはいえ年相応の大人っぽさなども欠けているし身長だって平均にすら追いついていないから、「ガキ」と言われるのは仕方ないと認めよう。しかし「何も考えてない」と言うのはおかしいのでは無いだろうか。


考えてたよ??がっつり考えてたよ??あんたが知り得ないとこまで考えてたよ??確かに私の考えてる顔はクソ間抜けだって向こうの世界の友人からも定評あるよ??でもこれは無くない??考える時の顔が酷く間抜けな奴だっているんだよ??全員が全員あんたみたいにキリッとした顔が出来るわけじゃないんだよ大人の癖にそんな事もわかんないの??箱入りぼったんなの??ねえ箱入りぼったんだからなの??


...うん。ここまで吐き出して少しスッキリした。兎に角、この人の目の前でどんな考え事してても筒抜けになる事は無いことがわかったしもういいや。やーいやーい死ねカスボケ〜!と知能指数がマイナスに振り切れたような暴言を心の中で吐いてみる。


「申し訳なさそうな顔をしても大して顔も良くない貴様に同情の隙などないぞ」


わあ〜〜驚くほど別ベクトルの解釈してくれる〜〜ラッキ〜。そしていつの間にか「貴殿」から「貴様」にシフトチェンジしてるし。


グダグダと愚痴を心の中で吐きつつ、もうこちらに一瞥すらくれなくなったハイルさんの横顔をまじまじと見つめる。

フワフワの白い髪に、これまた白く触らずとも滑らかだと分かるシミひとつ無い肌。エメラルドグリーンのアーモンド型の綺麗な切れ長の瞳に縁取られた睫毛も、髪と同じ白。

最初に見た時も思ったが、本当に綺麗な人だ。あっ目が合ってしまった。


「私の顔に見惚れている暇があるなら陛下への挨拶のイメージトレーニングでもしろ」


...顔は良くても性格はクソみたいだな。見惚れてたのは事実だけど、ハイルさんの言い方はなんか癪に触る。


「着いたぞ。国王陛下の御前だ、服装を正せ」


とうとうかと気持ちを切り替え、身を引き締めて深く深呼吸をして息を整えてみる。ハイルさんに気づかれたら「汚い」等と言われそうなので、気づかれない程度に呼吸するだけではあるのだが。

魔法で開けているのかゆっくりと扉が一人でに開いていく。着ているダッフルコート埃をそっと落とし、開かれる大きな扉を見据えた。

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