相良編⑤
相良〜はじわじわと読んで下さる人が増えて嬉しいです。まだ、本編の裏にも届いてませんけど、生温かく見守って下さい…
5.
毎朝の定期連絡で右京が『陽毬さん、今日は朝寝坊してるみたいですね』と言うから、つい管理人室のドアをノックしてしまった。
インターフォンだと機嫌を損ねてしまうかもしれないので、控えめなノックで。
ガチャ。──────「あい」
目を擦り擦り舌足らずに返事して現れた熟女は白藍に白の大きなハート模様のモコモコ寝巻きで現れた。
凶・悪。
陽毬さんは寝癖で跳ねまくった頭をゆっくりともたげると俺の顔まで視線を上げた。
そうして、ジワリと扉の陰にスライドし、
がちゃん。
ガチャ、──────ガツ!ぐぐぐぐっ!
「おはようございます、陽毬さん!アレ?どうして開かないのかな?ねぇ意地悪しないで、ノブから手を離して下さいよ〜」
「ふぐッ!ノーメイクの寝起きぶちゃいくヅラを晒してしまうとは熟女一生の不覚ッ‼︎てか、『どうして開かないのカナ〜』じゃねぇよ!どうしてそんな、虎も撫でられる様な優しげな声出してんのにそのツラ三國無双なんだよ⁉︎劉備もビックリだよ‼︎バシャー、と得物払って敵、一閃じゃよ!ワタシ、く、喰われるッ⁉︎この手離したら骨までしゃぶられる!」
ヤダなぁ、陽毬さんたらお茶目なんだから。
「何も、しません、よ?」
俺は渾身の力を右手に集約した。
じわじわと厚手のドアが開いてくる。
「ナニ、この馬鹿力!おのれ、そんな男の言い草マトモに受けてたら、ラブホの前で揉める男女は一組も無くなるわッ‼︎うぬぬ、私の年齢を棒グラフでショウちゃんと比較すると自分の頭を折れ線グラフの尖った所で殴りたくなる様な赤っ恥自意識過剰具合たが、私の全シックスセンスが『それはウソだ!』と雄叫んどるんじゃッ‼︎んがぁーだーれーか助ぅけーてー!」
どうしたんだろう?
俺はただ、おそらく未だ暖かいベッドに戻って冷えた陽毬さんを温めてあげたいだけなのに。
ああ、そうだ。楠木に言って、ちょっと遅れるって…いや、陽毬さんとお昼も食べたいな。
やっぱり今日は休ませてくれ、と連絡するか。理由は……そうだな、
バスっ!(あれ?床が近い)
「─────ちっとも戻って来ないと思ったら、こんな所で何、してるんですか?貴方。
…済みません、陽毬様。相良が怖がらせましたね。後でお詫びにヘルシーな華月堂のお弁当でもお届け致しますから、今の内、安心してしっかり施錠なさって下さい」
消火栓の近くにある陽毬さん専用厚紙ハリセンが転がっていた。…アレか。
「この上、陽毬様と過ごす為の理由が『生理休暇』などと抜かしやがりましたら、一つ抜いて、左右のバランスが取れない身体にしてやりますからね?」
楠木の後ろで、住吉がその言葉に股間を思わず押さえて青褪めていた。
☆
まあ、ご存知の通り金を稼ぐっていうのは簡単な事ではない。
色々な手があるが、取り敢えずは資格が欲しかった。
で、商業系大学に通っていた所に思わぬ再会があったという訳だ。
「─────相良、お前それだけ手広くやってバイトまでしてんの?」
言わずと知れた芹沢清明。あの女性の一人息子だった。
「親父と仲が悪いからな。仕送りギリギリよ。母も早くに死んだし。学費稼ぎと将来を見据えて貯金。こう見えて結構固いのよ?俺」
「固いヤツがホストクラブでバイトするのかよ?しかも、売れっ子だと?このツラか、このツラで世の中を楽に渡ってんのか⁉︎イケメンは得だよなぁ⁉︎」
構内移動中だと言うのに軽くバトってくるこいつは、本当にあの女性の息子なのだろうか?
本気ではないそれを手で叩き落としながら歩いていると、チラチラと行き交う学生達の視線が集まる。
「やりたいならお前もやれば?そうだな、0時過ぎのお水のお嬢さん達より、早い時間にお見えになる熟女のお姉様方なら清明にも向いてると思うよ」
「──────何故に熟女限定」
「器用じゃない。性格使い分けられないだろ?虚構と現実。プロの目は厳しいの、彼女らはお仕事の癒しを求めて来てるんだから、ちゃんとその場で本気にならないと振られちゃうの。その点、若い男と楽しくおしゃべりしたいお姉様方なら、清明でもイケる。
顔はまあ良いしね、母上様相手にしてると思ったらいいよ」
振り返ると、居ない。置いてけぼり食らってる清明は変なカオして固まってた。
「どうした?」
「…お前が変な事を言うからだ」
お母さんが若い男と遊んでる妄想に頭が拒否反応示したのか。
「ナニ、お前の母上様老け専なの?」
わざと軽く嘲ってみせると、重い一発が腹に来た。
「─────あいつは。いや…いい」
けほ。不機嫌そうな顔しやがって…おーおー、隠れマザコンは健在かよ。
「弄ってんじゃないよ、良いなぁと思ってる。
和食得意なんだろ?今時、魚捌いて刺身にしてくれるお母さんて居ないよ」
「?…俺、そんな話お前にしたっけ?」
「飲み会で話してたのが聞こえた」
陽毬さん、『包丁使わずに内蔵処理できるやり方』てのが『指でエラから引き摺り出す』てのでシクシク泣いてたって。
その話してた時のあのお前の微笑ましい笑顔。女性陣がドン引きしてたわ!
彼女の夫もさる事ながら、こいつもいざという時は障害になりそうだからな。
程々の友人レベルをキープしてあの女性の情報を引き出しながら、邪魔にならない気の良い女を見繕って早めにくっ付けよう。
「あ、清明〜今週、暇か〜?バイトシフト代わってくれ〜」
更に背後から清明とバイト先が同じ飯島が走ってくる。
「すまん、オカンが観光がてらUSJ行きたいって言ってるから、付き合う予定なんだ」
「は?マザコン?」
「ちゃうわ!スゲー方向音痴なんだよ!放っといたら東京ネズミ行っちゃうわ!ハリー・ポッター何処って探すわ!奢りじゃなきゃ誰が行くかよ」
俺が喜んで行くわ!
じゃれあってさり気なく一発キメてる。
……やっぱりあいつは早めに潰そうと思う。
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