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相良編③

相良編は暗くてすみません。しょうがないんです。相良もヤンデレなんで、内面掘り下げていくと、……暗いわあ。もー。

 3.




 俺は、どうしてもインターホンの呼び出しが押せなかった。

 頭の中で、あれは一時の幻覚だったんじゃないかという思いが消えなかったから。


 幾ら俺が可愛いからと言って、女装する(させられた)様なヘンタイだぞ?

 それをあんな特殊な状況で、母親の片腕(あんなもん)ぶら下げた(・・・・・)子供を普通抱き締めるか?

 俺なら全力で他人のフリ(スルー)するわ。


 コワイわ。絶対夢に見るわ!


 あんな…いい匂いして、あんな優しくて、ふわふわしてあったかくて──────

 夢でない保証なんて一つもなかった。

 それに、怖がられたらどうしよう。

 あんな事、思い出させないで、って冷たくされたら…もう、俺は一生立ち直れないかもしれない。

 何より、あの女性ひとが俺を覚えていなかったら……。


 そんな思いに囚われて、俺は芹沢家のドアを石門の陰から見上げる事しか出来ない。




「おい」




 子供の声が、した。

 ギクリ、と心臓が音を立てて止まった。

 後ろを振り向くと、同い年位の男の子が俺を睨んでいる。



 あの女性ひとの子供。



「何で俺ん家の前でウロウロしたんだよ?お前、誰?」



 咄嗟に声が出ない。

 あの女性に逢えたら、言おうと思って何度も練習した言葉が空回りする。

 だって、こんな状況、想像もして無かった。


 黒髪で目はちょっと切れ長。

 俺ほどではないが、格好良い部類に入るんじゃないだろうか、この子。


 ……イイなぁ。羨ましいなぁ。毎日、行ってきます言えて、お帰りなさい言ってもらえて。

 お母さんのオムライス食べて、抱っこもチューもして貰えるんだろうなあ、強請れば直ぐに。


「────あ?お前に関係無えし」


 憎らしくて、妬ましくて。

 気付けばケンカ売ってた。

 本気の殴り合いなんて、初めてでお互い猫パンチに近いものを打ち合ってたと思う。



「コラーッ!何してんの?あんた達ィ⁉︎」



 止めたのはあの女性の怒声。

 聞いた瞬間真っ白になり、俺はいいパンチ一発食らってひっくり返った。






 パキッ!

 何かを割る音がして、熱を持つ頬っぺたに冷たいものが乗せられた。

「─────は?それで喧嘩になったって?お前馬鹿なの?清明せいめい

 もぞもぞ言い返すあの子の声。

「ちゃんと自分が誰で、この子が誰で、何の用か聞けばそんな事にはならんかったろ?」

「…………だって、怪しかった」

「まったくもー。…まあ、呼吸もおかしくないし、顔色も変わらない。おそらく唯の気絶だ。

 ちゃんと仲直りしなよ?それと、いっぱしの芹沢の男だったな、清明。結果は感心しないが、格好は良かったぞ」



 ぼんやり開いた目の先に頭を撫でられているあの子がいた。


 イイなぁ。俺も欲しいなぁ、こんなお母さん。

 うちの母親アレなんか、毎日ブツブツブツブツ暗くて、いじけてて、僻んで、堂々巡りしてて、ついでに言うと、俺の事なんかお荷物くらいにしか見てなかったぞ。


「お、起きた?イケメン君」

 喜色満面なあの女性の声。え?イケメンて俺の事か。


「─────ごめんなさい、迷惑掛けて」


 俺はソファーに寝せられていたらしい。

 そろり、と身体を起こすと、ぽてん、と小さな氷嚢が落ちる。


「こちらこそ。そっちは大丈夫かな?うちの息子が乱暴でゴメンね。君はナニ君?何か、ウチに用があったのかな?」



 忘れていた。

 なんか、きれいさっぱりわすれられている。

 すげえショックだった……。

 この時陽毬ひまりさん29歳。顔だけなら20代半ば。

 記憶の一片にも残ってないのだろうか…?あんな酷い事故だったのに。

 そう思って、口についたのは…



「俺は、相良さがら省吾しょうごて言います。用事、は……あの、二丁目の先で事故が、あったですよね?お、おば…『お姉さん』が詳しいって聞いて、俺、学級新聞作ってて、交通安全のコーナー担当で…」


 順序もメチャクチャな作り話を陽毬さんはふんふん、と聞いてくれて。


「─────あー、あの事故か。うん、酷かったね……悪いけど、私が関わった女の子の話は抜いてイイかな?それ以外なら、知ってる限りで話してあげるけど」


 女の子?……アレが俺だって気付いて無いの?


「分かりました。書きません。…でも、不自然じゃ無いように俺が絶対ちゃんと抜きますから、良かったら話して貰えませんか?」

 

 陽毬さんは首の後ろをぽりぽりと掻いて、情けなさそうな笑顔を浮かべた。

「──────あのコの事、調べたり、探して押しかけたりしない、って誓えるかい?」

「俺も交通遺児なんです。…そんな事、しないし出来ません」


 あれが夜だった所為か、ここまで言っても彼女はアレが俺だと気付かなかった。

 女の子、という思い込みもあったからだろう。

 でも、さっきみたいな痛みは無かった。

 陽毬さんは『女の子』を心から案じているのが分かったから。

 決して『俺《女の子》』が忘れられているのでは無かったから。


「─────そうか。じゃあ、相良君にも辛い話になるかもしれないけど」


 ココアが飲めるか聞かれ、清明の分も淹れてくれた陽毬さんは、ソファーに座った俺達二人に静かに話し始めた。


「事故は単純だ。運送会社の仕事帰りなおっさんの飲酒が、原因の交通事故。急いでて狭い住宅街の路地を抜けて行こうとしたら、塾帰りの小学生が前を横切ったそうだ。

 ただ、飛び出しを避けた先がコントロールきかずに民家の塀に激突。

 ───────人を一人潰してね」


 陽毬さんの顔色が少し暗くなり、軽く視線を上に浮かせた。


「凄い音がして、わらわらと人が集まった。

 私もその野次馬の一人だったよ。塀とトラックの間に人が挟まっててね。血が飛び散ってて、ちょっとめり込んでた。……誰が見ても即死だった」


 陽射しが嘘みたいに窓のサッシから差し込んで、居間に降り注いでいる。

 話だけが、気温を下げていた。


「息を飲んだよ。未だに夢にも見る。でも、いつもそんな時思い出すのはあの子の声だ」


 かちゃん、とカップをソーサーに置く音がした。


「─────声」

 そんなもの、出していたのだろうか?


「……あの子は最初は額からの出血が酷くて、それが目に入って痛かったのか見えなかったかしたみたいで…叫ぶみたいに途切れ途切れ泣いてた。

 私はハンカチと目薬は常にポケットに携帯してるんで対応出来たんだけど、余りの非日常さに他の誰も凍り付いて動けなかったよ」


 陽毬さんは眉間に皺を寄せて、後頭部の髪をくしゃり、と掴んだ。


「見せなきゃ良かったわ、あんなもん」


 吐き捨てる様に重い一言が放たれた。


「後は、慌てて千切れた母親の手…の指を一本一本開いて振り落として、その場を離れた。

 あの子のお母さんの手だとか、そういう意識無かった。あれは、私も怖かったんだ本当に。あの子も…多分。後で、色々拙かったかなとは思ったんだけど、その時仕方無かったんだ」


 彼女は多分、アレを『いいお母さん』が子供を守ろうとした、とか思っていたんだろう。

 ため息を吐いて、緩く首を振った。


 あれは『妄執』なんだよ、陽毬さん。

 突然、生をぶっ千切られた女が、生き残った俺に遺した怨嗟えんさとも言える。


 だから、捨ててくれて正解だったんだ。


「あれは、人が一生絶対経験しなくていい類のモノだ。相良君─────君もね」


 陽毬さんは俺の目を優しく、ちょっと泣きそうな瞳で見つめた。

 俺は、何だか頭の天辺まで痺れた様に動けなかった。


 何でだろう。俺は、あの女から、あの家庭から解放されて嬉しかった、筈なのに。

 陽毬さんは『俺』を知らない筈なのに。

 どうして想いだけがシンクロするんだろう。





 どうして、俺は泣いているんだろう。





 さ、ご飯にしようか。そんな声が聞こえて、食べていきなさい、と勧められた。

 そして、陽毬さんは俺の頭をグリグリと乱暴に撫でて、



「─────大丈夫。もう二度と起こらない」



 力強く、俺のトラウマを救ってくれた。


 それから清明と二人で風呂に入れられ、ご飯をよばれて、家族全員で施設まで送ってくれた。

 その時間は楽しくて、まるで夢の様だった。

 余りに俺達は違い過ぎて、妬む気持ちも僻む余地も起こらなかった。


 額に残った傷も施設では気味悪がり囃し立てられるのに、陽毬さんは苦笑するだけで、


「これ、いつの傷?」

 と、聞いてきた。『昔の』って言ったら、

「カッコイイなあ!男の子はそういうの、一つくらいあった方が女の子にモテるよ‼︎」って、簡単に笑い飛ばされた。



『マジで?』って俺は笑った。



 アレでも母親を愛していたらしい父親あいつは、俺らが夜ああして徘徊しなければならなかった理由を何となく察していたくせに、全部俺の所為にした。

 後ろめたさを隠す様に、憎しみを持て余して、

『この傷はお前が一人生き残った罰だ』と言った。



 それでも、男かよ。それでも親かよ‼︎って思った。そして一人、歯を食いしばって。

 誰かに君のせいじゃないと言われる度、きっとこの気持ちは永久に誰にも分からない、と思った。


 でも、カッコイイんだって。

 あの場に一緒に居て、俺を唯一人守ってくれたあの人が、俺の胸に輝く勲章を付けてくれたんだ。



 あの時から、貴女が俺の世界の中心。

 貴女無しではこの世に一つの色も付かない。





 俺は貴女を完全に手に入れよう。








 春は桜に貴女を思い、

 夏は陽に貴女に焦がれ、

 秋は枯葉に涙を誘われ、

 冬は粉雪、貴女の肌を想う。


 幾月とせ離れようとも、

 万里の隔たりが二人を裂こうとも、

 俺の誓いは破られはしない。



 たとえ、あなたがいなや、といおうと。




 .




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