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相良編②

済みません。物凄く暗いです。先に断って置きます。

2.




まあ、父親の実家が小金持ちなのは物心付いた時からなんとなく分かってた。


アレが恋愛結婚でスペックの高い父と一緒になったんだ、という事の方が驚いたくらいだ。


ありきたりに大学で出会い、くっついたらしいが、案の定父親の親や親戚に反対された二人は、結婚を押し切って普通のマンションに落ち着いた。


それで、やる事やって俺が産まれたが、その頃からどうやら母親が病んで来たらしい。


父親は俺の遺伝子の元で、当然顔が良かった。

おまけに婆さんがベルギーの人で、ハーフだった。

仕事も出来る、顔も良い、育ちも良い男を周りが放って置く訳がない。


と、まあ、アレもそう考えた。


いい男が一時でも自分に惚れて、家まで捨てたんだから感謝するなり、自信持つならすれば良いのに。


『取られる』と被害妄想に囚われ、僻んで病んだ。

ヒスを起こすのは稀だったが、静かに狂っていく妻に家庭は冷え込み、皮肉にもそれが父親を浮気に走らせてしまった。


父親の浮気の跡に泣いたり、ヒスったりするのが唯一人間らしい反応になっていた母に、それを見る父の目が昏い愉悦に歪んでいた処を俺は見ていた。


あれが幼くても分かったという事は、俺も既に相当なモノだったんだろうが。


それでも、父は父なりにアレを愛していたらしかった。


それはアレにも言える事で。

父に嫌われたくない女の憎悪は、父に似た所有物むすこに向けられる様になった。


『お前のその顔は男に産まれちゃいけなかったの。お前はいつかパパみたいになって、ママみたいな女の子を傷つけてしまう』


暴力は無かったが、家では夜店のお面みたいなモノを付けさせられていた。

外して外していけないと言われたが、窮屈でその目を盗んで外していると、


『そうだ!いっそ女の子になればいいのよ!』


と、度々女装させられる様になった。

お面よりは楽だったから、段々そっちは受け入れてしまった。

嫌だったのは、偶にそのまま連れて外出される時だ。


決まって、父が家に居ない夜だった。

あの日もそうだった。


『私が居るのに。どうしてあの人は他の女の人の方に行ってしまうの。私がこの子を産んでキレイで無くなってしまったから?家を捨てさせてしまったから?他の人の方がキレイだから?あの人に私が分不相応だから?もう、好きじゃないのかしら?私を見てくれないのかしら?』


ブツブツと呟き、夜道を『女の子』の手を引いて連れ歩く女。


キモチワルイ。


俺だって、薄暗い住宅街で見たら、怪談の一つにくらいストックするわ。


『私が産んだのは男の子じゃない、女の子。誰も欲しがらない、騙さない、私似の女の子。だから、貴方の邪魔しないから私を見て私を見て私を見て私を見て私を見て私を』





ガシャーン!





衝撃があった。

吹っ飛んだのは一瞬、顔に何か当たって、額が熱くなった。

身体が不自然に縒れて、落ちた。

視界が赤い。何?見えなくて、手で乱暴に目を擦った。


見回すと、人が集まって来ているのが見えた。

そして、塀に突っ込んだトラック。

塀は真っ赤に染まって……ひしゃげた何かが挟まっていた。


気付いたら、俺は声を上げて泣いていた。


アレが何か分かったからなのか、単純に解放されて嬉しかったのか、忘れてた額の傷が痛み出した所為なのか、未だに分からない。




「─────ああッ!あなた大丈夫⁉︎」




風を切り裂いて、女の人の声がした。


その風は俺の傍に駆け寄ると、小さく息を飲み、腕にぶら下がった《何か》を引き剥がしてくれる。


そっと当てられた柔らかなハンカチが、流れる赤い血を拭き取って。

「ああ、女の子が。可哀想に、何でこんな目に。大丈夫よ、息をするんよ、ほら。もう大丈夫だから」

ハンカチよりもっと弾力があって、柔らかいものが俺の視界を埋めた。


久しく与えられていなかった、暖かい抱擁だった。


疎まれていた茶色の頭を優しく撫でられ、

滲む血を気にも留めずに強く抱き込んで。

いい匂いが、した。

アイスクリームみたいな甘い匂いが、俺の頭を痺れさせていく。



これが、『お母さん』だ。



あんな、ぶら下がり、しがみ付いていた片腕なんかじゃない。

柔らかくて、あったかくて、いつでも抱き締めてくれる。


普通の人間なら、生涯味わう事のないトラウマの中で、皮肉な事に俺は産まれて初めて『至福』を感じていた。



アレが今の俺の原点。



彼女と引き離された時の喪失感。

父親の拒絶。

赤と黒の明滅。

パトカーと救急車のサイレン。

頭から降りかかってくる優しげな施設の先生の声が。



あっという間に俺の中を通り過ぎ、気が付けば半年の月日が経っていた。







そうして、俺は漸く一軒の家の前に立つ。

表札には『芹沢』の苗字。

それは、やっとの思いで突き止めた『風』の住処だった。













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