物語のその後で②
いや、ほんとは『マリアージュ!』後に30日に上がる筈だったんですよ。イエ、旦那が借りてきたキメツのレンタルの期限が迫っていた所為じゃありませんよ?
②
「そうですか?俺が見合いを受け入れない理由が一発で理解できるいい考えだと思ったんですけどねぇ」
「何故、その状況で一発で理解が深まるのか。その状況がおかしいと思わんのか?ああん?」
この相良省吾という男、流石に誰かさんが半年以上放置していたお陰で季節が追い付いてきた程の放置連載のヒーローなだけあって、本当にクセが強いんじゃあ。
まず、初恋を貫く姿勢は少女漫画かレディコミの王子的立ち位置な容姿をお持ちなので大変よろしいでしょう、きっと。
母親が目の前で亡くなるという悲劇的なトラウマを経て父親とも疎遠になってしまった彼には、是が非とも素敵な心の強い娘さんと結ばれて幸せになって然るべきだと言うのに!
この男は何故か偶々居合わせたオバチャンに照準を合わせて、恐るべき長期戦を仕掛けてきた。
私がアラサーから五十路の大台に片足を爪先ポン程の間に携帯コンテンツを扱う会社とホストクラブを立ち上げ、最近は多角的経営に乗り出している様だが疎い熟女には何が何だかサッパリだ。
ただ、お金持ちなのは分かる。ベッッカム様と同じ「インティメイトリーフォーヒム」の良い香りを微かに漂わせ、スーツも私服もしまむ○クオリティのこちらとはスタイルと生地やら、もうモノが違い過ぎる。
見た目ハイソサエティーやらアッパークラスやらの単語を連想させる青年実業家なんて、オカン御用達のハーレクイ○にロマンスにしか実在しないと思ってたんだけど。少なくともこんなコアな趣味嗜好はあってはならんのだ。
そして蜘蛛の糸の様に全国各地からタイプの違うイケメンを洗脳して、それで組織を作って熟女を追い込み漁に誘うなんて論外。
こんな環境に居ると偶に街で芸能人見ても何気にスルーしてしまうレベルにまで神経がマヒしてきている。ヤバス。
「嫌よ、こんなドラム缶何の生地で包むのよ?は?サリー?インドか古代アテネの一枚布か?何なら編み上げサンダルと食っちゃ吐き様のカウチと孔雀の羽を持って来いや」
高級ホテルの結婚式のホールを貸し切るらしいパーティの招待状をペシりと叩き落とし、行儀悪くテーブルの上に片肘をついて顎を乗せた。
「そんなのぽっちゃりハリウッド女優オクタヴィア御用達の日本人デザイナーに発注すれば良いだけですよ。ゴールデン・グローブ賞でベストドレッサー賞に輝いたラベンダーカラーのドレスとか助演女優賞を受賞した時のクリーム色のギャザーが見事なドレスとか似合うと思うんですがねぇ」
「そんなぞろ引くロングドレスをこの純正日本人たる私が一回着た後どうしろと言うのさ?」
「そんなにも無駄にしたくないなら、リメイクしてお色直しに使えば良いんですよ」
「……」
「リメイクしてお色直しに使えば良いんですよ」
何も居ない場所をビックリ目ん玉で見つめるネコになりきる私の背中に、再度追い打ちを掛けるイケメン・クウォーター相良省吾。
「…割と一時間以内に食ったモンを吐くのは得意です」
「何の告白ですか、何の」
「便座周りに男が立ちショ(ピィ〜)すると跳ねるのが良く分かるのよねー。スナックとか吐くとオレンジ色に飛沫飛ぶから、壁掃除がタイヘンで」
「分かりました、分かりましたよ!一先ずこの件は保留で。それより最近フラダンスの教室を探している、って聞きましたけど、やっと運動する気になったんですか?」
やっと矛先を変えてくれたので、にっこり笑って肯定した。
手首の返しとかその意味を一つ一つ覚えるのとかは大変なんだろうけど、フラのリズムはゆったり目のモノが多くて結構気に入っている。
「そう、いいでしょう〜南国好きだし。ヨガより向いてそうだし」
「ヨガも通うなら月謝は負担しますよ?俺が」
「何でよ?」
何が何でもアラフィフを健康にしたいのか、何が目的だ?ああん?
「身体が柔らかいと何かと幅が広がるじゃないですか」
私は飼い主が嫌がる角膜も乾きそうなビックリおメメのお猫様状態で。
「何の」
と、聞き返した。
「陽毬さん、フラでもヨガでも構いませんから健康的に運動をして長生きしてくださいね?」
主に俺の将来の為に、と続いた様な気がした空耳アワーな今日の私はデザートのジェラートをフォークで突き回すのだった。
さて、皆様絶賛こんにちは、芹沢陽毬です。平日の昼日中の今、私は大層気持ちの良い大きめの公園のベンチで日向ぼっこしています。
小春日和でとても気持ちが良いのですが、このままうっかり眠ってしまったりすると【美女】か【美少女】以外は絶賛満場一致で、ゆうつべで流行りのRAINストーリーよろしく離婚されたホームレスか何かと間違えられる事(こんなに清潔な家無きオバタンがいるかよ、と個人的には思うが)う・け・あ・い。
今日が寮母さん【お休みの日】と知れると、各方面に障りがあるので…主に私に…ショウちゃんに連れ出されたのをいい事にそのまま、屋外でだらり、しようかと。
背凭れの深いベンチに大きく反って、日焼けを恐れるマダムに喧嘩を売るかの様に天を仰いで、目を伏せた。
キラキラと瞼越しに瞬く光は日々の疲れを癒してくれる。
くれる、筈なのだが…何故に遮られるのだ…この顔に被さる黒いシルエットは何だ?寝ていますけど、なにか?
「───────マダム、この様な場所にお一人なのは…危ないですよ?」
耳に心地好いバリトンが優しく上から降ってくる……。安心してよ、財布は尻ポケットの中なので、この安産型ヒップと鉄壁の体重ガードで盗まれる余地は一ミリもないわ。大丈夫よ、声の若さから恐らく二・三十代の暫定イケメン君よ。
ほっとけ。(死期が近いだけに)
『起きないな。酒の匂いもしないし、本当に日向ぼっこのただの居眠りらしい。…参ったな…幾ら日本が治安の良い国だとはいえ、妙齢の御婦人がこうも往来で無防備に居眠りなんてありえないぞ…』
外国語でブツブツ言っている暫定イケメンはくん、と匂いまで嗅ぎやがりましたよ。『金木犀?』って呟きながら二度嗅ぎするの、ヤメロ。
何だよ、この紳士は…いいから早くどっか行けよ…。まったく、折角のお昼寝が台無しじゃん。五月蝿くて半分浮上しだしたから、紳士が立ち去ればほどなく起きれるんだよう、気兼ねなく。
『──────────アロー』
徐にイケメン(仮)が流暢にフランス語らしき言語を操り、誰かと通話している。他所でやれ、他所で。仕方がない…このタイミングで起きるか。
二、三度首を軽く振って、うっすらと目を開けば件の美声の主と目が合った。
「…あら、どうかなさいました…?」
上品で天然な物言いを装って微笑めば、スラリとした長身で高そうなスーツを見事に着こなした上品な白人の若い紳士が駆け寄って来た。靡く琥珀色の髪にブルーアイを称えた彼の美貌が驚きに際立つ。
「マダム、御気分は如何ですか?私は通りすがりの旅行者なのですが、貴女が随分深くベンチでお休みの様でしたので、とても心配で離れづらく、老婆心ながらつい付き添っておりました」
「まあまあ、それはそれは。外国の方に要らぬ御心配をお掛けしましたね。旅行中の貴重なお時間を割いてもらって大変申し訳ないけど唯の年寄りの居眠りなの、お恥ずかしいわ」
だから、傅くな。騎士か!
オホホホ、と気分はアントワネットで笑えそうな自分を抑えて、はにかむ様に再び微笑むと、何気にそっとハンカチでうっすらと滲むヨダレを押さえ拭く。察してさっさと立ち去れえええええええッ‼︎何かデジャヴな状況なんじゃあ!
「日本語がとてもお上手ね。お勉強の成果?それとも、こちらにお身内でもいらっしゃるの?」
「慧眼恐れ入ります。両方とも正解ですからご褒美に御自宅まで私のリムジンで送られて下さい」
今、公園の出口に回していますので、といい笑顔で言い放つ紳士は「失礼して」とか言って、徐に抱き上げようとしだしたではないか⁉︎




