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洋輔編⑧

うを、冬に書き始めた話が夏に終わりましたー。マイッタマイッタ。

 8.



「な…あ、アタシの知った事じゃないわよッ、そんなの!」

「そうだな、無自覚って始末に負えないね。まあ、いいか…学生は気をつけてお帰り。じゃあ陽毬さん、一旦寮に喪服着替えに戻るか?乗りかかった船だ、一晩中車の中で待機でも付き合うよ」

「そうだな…でも、寒いから出たくなくなるかもなー」


 理不尽な責めに愕然とする微少女(誤字に非ず)をほったらかしにして洋輔たんと二人、スタスタ踵を返して家方面に向かった。






「──────待ちなさいよォ──────ッ‼︎」






 魂消る様な喚き声に振り向くと、迫る少女の手にはカッターが握られている。


 何も考えられなかった。

 虐待を受けてきた洋輔を無意識に後ろにやって真っ赤なバーキンを楯に前に出ると迎え討つ。


「馬鹿にするなぁ───────‼︎」


 鬼気迫る表情に二人の無関心が彼女の幼稚なプライドを極限にまで刺激したのだと知れた。元々沸点が低いのもあったろう。だが、ブルーノートで調子づいて失敗してから何もかもが上手くいかない。その不満が目に見える『敵』に接して一気に噴き出してしまった。




「このクソ餓鬼がぁ!───────ウチの子に何、する─────っ⁉︎」




 その瞬間、固まっていた洋輔が弾ける様に前に出ると同時に右脚で凶刃を薙ぎ払ったではないか。

 上手く巻き込む様に放った為、美智香を歩道に転倒させるに留まった。


「いったー!ギャー⁉︎デコから血ィ出てる〜!」

「洋輔君‼︎洋輔君っ!怪我は⁉︎き、切れてない?ど、どどこも血はっ⁉︎」



 ベソかきながら叫ぶJKを丸無視して息を弾ませ、茫然とする洋輔の無事を確認する。

 主にこちらの方がガクガクして、長い脚をぱんぱん叩いてデニムの生地を伸ばして切れてないかを確かめている。

 その横でパン!と音がして、美智香の手から跳んだカッターが車道で車に敷かれて潰されていた。


「……大、丈夫……大丈夫だよ、陽毬さん」


 暖かく満ちる何かに打ち震えながら、洋輔がブルブル震える陽毬をそおっと抱き上げた。すると、小さい陽毬はべそべそ泣きながらすっぽり懐に収まってしまう。


「えっ、えっ、よ、ヨウ、洋輔く」

「泣かないで。俺、怪我してないから…ほら、なんなら脱ごうか?」

「う、ぐ─────茶化して、コロス」

「やめてよう。()()()()()()()()()()()()うん、生きてる。痛くない。…ありがとう、『お母さん』」









 おかあさん。

 もういたくないよ、おかあさん。

 いま、おかあさんがかばってくれたから、おれはゆうきがわいたんだ。

 まもりたい、っておもったんだ。はじめて。

 だって『あのとき』『おれ』はちいさくて、トツゼンふってくる『ぼうりょく』しかみえなかった。ちいさいからだをさらにちいさくして『いたみ』をやりすごすしか『すべ』がなかった。

 おもいだせなかった『おかあさん』の顔が、『ひまりさん』に重なって塗り替えられていく。




()()()()に、()()()




 嬉しいうれしい。

 おれは、俺は、くるしみながらもこんなに大きくなれた。もう貴女ははをこの手で守る事さえ出来る。だから、もう間違えない。産みの母はいい。もういいんだ。どうせどんなりゆうがあったとしても、表面上だけ許したとしても、『あの日のおれ』は許せない。世界がとても狭かった時、母は俺の世界で絶対だった。その縋る手を降り切って本気でこちらを殴り付ける()は自分よりも弱い存在を甚振る愉悦に浸っている目をしていた。許そうと言えば、記憶の果てから昔の俺が、『ならおれのくるしみは、いかりは、いたみはなんだったんだ!なんのためにあったんだ‼︎』と叫ぶ。でも、今なら。今なら俺の知らない所でなら幸せになっていてもいい。いいんだ。何故なら俺は陽毬さんが命を投げ出しても庇う『大切な子』になった。



 俺は『陽毬さんの子』。そして、彼女を『護る』者、だ。





 未だにベソをあぐあぐ、とかいている陽毬の頬をびっくりする程優しく包み、摩り、親指で涙を拭う洋輔は、一度ギュッと抱き締めるとそっと身を離して美智香に鋭い一瞥を投げかけて歩み寄った。


 未だ己の痛みにのみ集中していた少女はしでかした事の結末すら知らずに胸ぐら掴んで引き上げられるという『初体験』を望まずして経験する。


「ぐ、あ…な何、すん…」

「なあ──────これはもう立派な【傷害未遂】だよなぁ?」


 首が絞まって苦しいのだろう、洋輔の拳に手を伸ばして抵抗している。顔色は分からないが彼のドス黒い迫力に完全に呑まれている様だ。


「うわ、汚ったねえ…漏らしたの?美智香チャン、ここじゃ女王様の黄金水ってたってウコン水程にも有り難がるおっさん居ないよ?てか、酔いも一瞬で覚めるよねーははは」

「は、放し、お願…」

「うん、言われなくても捨てるよ?ねえ車道がいい?それとも、極寒の川?」


 ドッポン、と言いながら高笑いする洋輔にはいつもの気弱と言っても差し支えない庇護欲を誘う危うさが全く見られず、目はツンドラの様に凍りついている。


 イヤ、イヤッ、ごめんなさいごめ…と繰り返すJKを折る様追い詰めていく『息子さん』の異様なサマにぐすん、とハナを垂らした陽毬の小首が段々と右に傾いていく。



 …アレ、ほっとくとJK死ぬんじゃね?




 誰とも知らず脳内に問いかけたアラフィフは、静かにパニクった。そして、




「ヨウ、五時よう─────もううちに(・・・)帰るよー!」




 お母さん最終奥義である【5時になったら帰ってきなさい】を繰り出していた。



「え…」



 うそ、効いたわ。



「よ、ヨウ…って…」



 え?うそ、そっち?



 男の手の力が抜けて少女の華奢な身体が歩道の石畳にずり落ちると、ゴホゴホと咳き込むJKに一瞥も向けずにイケメンは期待に満ちた眼差しを向けてくる。


「そ…うだね…帰ろうか陽毬さんと俺の家に。な?」

「う、うんあの洋輔「ヨウでしょ」く(被せてきたッッ‼︎)」

「それより、その子車道にさり気なく蹴り込もうとするのやめなさいよ、やめなさい」

「えー…」「『えー』じゃありません。そんなんでもJKです世の宝なんです需要があるんです日本の重要な資源なんです言ってるハナからポイしようとしないでえ─────っ!」


 必死に突如猟奇な性癖を発動したイケメンの気を逸らそうとオバたんはなけなしの母性を振り絞って言い募る。


「……じゃあ俺が買った喪服に着替えた陽毬さんを待機の間、家でずっと抱っこしてていいんなら今回は廃棄を諦めるかな」





 ナニ、その真っ黒い交換条件……。




「……何でいきなりヤンデレ属性発動してんの?イヤ、方向性違いでは老女を囲おうとしてたんだもんな?アリよね。分かるヨ分かるんだけどネ、ヨウたん。あのさあ陽毬さんはブルーノートのイケメン’Sの寮母だから『皆のお母さん』だって誤解さ「陽毬さんは俺の運命の女(ファム・ファタール)だけど」被せてくんな!せめて最後まで聞けよ⁉︎まさかと思うが、被せ(コレ)をスタンダードにするんじゃないよね?ないよね?おおいソノ生温くもアルカイックな微笑みを止めろお──────ォ‼︎」


 むにゅー!とイケメンの頬を惜しげも無く左右に引っ張り、力の限り抗議しているのに、その場を縦抱きにされたまま強制移動させられるアラフィフは、緊張が解けて放心している美智香とふと目が合った。


 諦観の表情を浮かべていた『運命の女』は意味有りげにサムズアップで天を指して悪辣な笑顔を向ける。





【衛星】





 更に自分が手にしていた筈の有名バッグがいつの間にか車道にまるで身代わりの様に放り込まれ、見るの無残な姿に成り果てているのを見て、見る間に青褪めるその小生意気なカオは恐怖に歪んだ。

 それは明らかな『脅迫』に他ならなかったからだ。

 これ以上何かをすれば破滅するまでお相手しよう。

 その覚悟があるのなら、母の、本当の、本性を小娘サマに全披露してやる。


 天を指した親指はそのまま首の前をスッと横に滑らした。


 子を抱え込んだ母獅子は顔を上げる。

 もう、自分の事だけに泣けた『子供』はすっかり大人になってしまった。


 子は親の背中を良くも悪しくも追いかけてくる。

 常に強く正しく在れはしないけれど、せめて前に居なければ、子らは追い掛ける事も出来ずに広大な世間の荒野に一人、放り出されてしまうのだ。




 足は止めても良いけれど、蹲るのはやめよう。

 私を慕うこの子の足しか見えなくなってしまうのは困るから。




「陽毬さん、年金の支給も介護も早い段階からが望ましいと思わない?…後、オッパイよりもハリのあるお尻、って大事だよね?」

「……年金と介護をお年寄り括りで一括しようとすんな。後、お尻の件はオバたんが返答を返すと言質を取られるイヤな予感しかしないから響きが似ているリンゴ社の素敵AIにでも尋ねなさい」

「ええ〜?」

「何で不満そうなんだ⁉︎あくまで【イケメンの巣のおっかさん扱いされる寮母さん】を目指しているアラフィフを四面楚歌に囲おうとすんな!包囲網を広げろ、もっと穏やかな品の良い婆さんを狙え!そうだ岡、エースをねらえ‼︎」




 古い〜、と笑いながら洋輔にタクシーに詰め込まれると、寄り掛かる事で移る体温を自分のモノにして。苦笑だけど笑顔を思い出せたんだ。


「仲の良い親子さんですねー」と朗らかに声を掛ける運ちゃんにイケメンは吹っ切った笑顔で、「自慢の母です」とか抜かしていた…。








 多分、私も母も葬儀には呼ばれない。

 だから、終わらない記憶の中で『あの父』が生きていく事を私の中で赦そうと思う。

 あの寿司屋の中で、思い出の家のテレビの前でリモコンを離さないゴールデンタイムの情景の中で。



















 メリーゴーランドは愉快な音楽を奏でながら、ぐるぐる同じ所を回っている。

 子は歓声を上げながら、こちら側に来る度に大きく手を振って。愛情を信じて疑わない顔を向けて一点の曇りも無い笑顔を浮かべてる。

 そこには愛しかない。

 たとえ、家ではそうでなくても。たとえ、この次の瞬間にこの遊園地にこの子が置き去りにされたとしても。




 今、この瞬間には、愛しかない。



.

後は、蛇足の後日談を残すのみとなりました。お時間のお有りな方はもう少しお付き合い下さい。

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