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洋輔編⑥

あら?終わらないわ?何故?

6.




 不意に現れた【招かざる客】に一瞬、洋輔の眼差しに不快を示す一瞥いちべつが宿ったが、柔らかな笑みがふわり、と雰囲気を塗り替えてしまった。


「美智香ちゃんか、久し振りだね。どうしたの?『学校の帰り』?」


 え?マジか。アレ成人してないの?


 さり気なく私を後ろ手に隠して、彼はチャラさを纏ったブルーノートのナンバーへと意識を切り替えてしまう。


「なぁに?ヨウ。ホストのクセに客に説教すんの〜?ちょイケメンだからって調子乗ってんじゃね?」


 美智香ちゃんとやらはハスに構えた風で腕を組んで顎を軽くしゃくった。あ、物言いは確かに若いわ。


 ふむ。少ない情報を精査すると、さっきの洋輔君の言葉と態度…それが『久しぶり』で『学校の帰り』ときた。

 見ればお嬢さんは『大人っぽく』『化粧も薄いようでバッチリ』して、喋りも『ホスト慣れして』る。

 なら、これから推測出来る話は一つだ。

 おそらくは金持ちで年齢を偽ってホスト遊びをしていた彼女が、調子に乗ってブルーノートに来た。そして金払いの良さからナンバーを指名出来たまでは良かったが、多分その中の誰かに未成年だと見破られたんだろうな。


「高校生か」

「うん。何でバレないと思ったんだろうね?幾らOLのお姉さん達の会話レベルとは言え、お勤めしている以上、会話には仕事の愚痴ぐらい挟まる筈なんだよ。まあ、いいとこのお嬢が家事手伝いとか言うパターンもアリはするけど、その場合三日と空けずに通うなんて有り得ない」

「う─────煩いよッ‼︎」


 血相を変えて喚く小娘を前に、油断なく振り向きもせずに肩越しに私に淡々と事情を聞かせてくれる洋輔君は、チャラい雰囲気を醸しながらも中々頼もしかった。


「大体入店時に年確(年齢確認)するんだけど、幹(連れて来た客)が中堅キャストの極太まではいかないものの、かなりの太客だったもんでノーチェックで入れたらしい。まあ、うっきょん休みだった所為か、リシャールをその客の分までキープした所為か分かんないけど」

「そうよ、アタシかなり儲けさせてやったじゃんか!」


 可愛い?美人?な顔をかなり憎悪で歪めて彼女は噛み付いてきた。


「は?風営法で引っ掛かればうちの店、迷惑どころじゃ済まないんですけど?」


 イケメンが睥睨するその眼差しには呆れの色を含まれてて、おまけに声にもはっきりと現れていた。


「痛客装ってアイスペールいっきさせて酔わせたホストに逆色持ち掛けて遊ぼうなんて、上客なら絶対やらない遊び方なんだよ。ましてやナンバーは絶対、色は売らない…俺の外見みかけ見てイケると思った?これでもアイスペールの一、二杯で酔ったりしないし、少なくとも逆色なんざブルーノートではやるべきじゃなかった。俺らは末端のキャストまで枕(営業)は省吾さん(オーナー)から禁止されてるんだ。枝(連れられた客)なら幹からその辺ちゃんと聞かされている筈なんだが…彼女が顔をしかめて連れ出したとこを見ると、一日限りと約束させられて無理やりだったんだろう」


 悔しそうな顔にと七変化する顔に僅かに羞恥が混じる。


「だからってあそこまでする必要あったの⁉︎パパの会社とか、家にまで連絡して!お陰で友達んちに気軽に遊びに行くちょっとの暇さえ習い事で潰されてんだよ!こっちは」


 ツカツカと歩み寄って掴み掛かろうとして、彼女の手はイケメンの右手一本に軽くいなされていた。


「逆恨みはやめてよ〜?欲求不満のお子様が手っ取り早く不良仲間に男自慢したくて金に飽かせてやった事でしょ。

 ナンバー呼んだりしなきゃ、うっきょん来るまでバレなかったかもしれないケド、キミのお陰で幹の茉耶まやさんは痛客として出禁。ミテコ(「身分証を提示できない子」を略して「ミテコ」。転じて、18歳未満のお客という意味)入場させたスタッフはクビ、キャストの穂高は姫のルール徹底が不足してたと三ヶ月の減俸…。ほら、こっちはそれだけの甚大な迷惑被ってんだよ?

 じ・ん・だ・い、意味分かる?一回目連れ帰られた時に懲りて箱変えしてりゃ良かったのに、どうしてまだイケると思ったのか」


 その軽い口調を裏切る冷たい響きの物言いにカチンときたのか、払われた手を再び振り上げて頬を張ろうとした。



 ばちん!



 まあ、殴られたのは彼の前に出た私なんだけど。


「よし、警察に行くぞ」


 やる気満々の私がいい笑顔でそう言うと、余りの事に固まっていた二人がそれぞれ息を吹き返した。


「や、何それ?アタシはその男を!やめてアンタ関係ないでしょ!」

「何してんの陽毬さん⁉︎何してくれてんの!俺なんか打たれ慣れてんだから貴女が庇ってくれなくていいの‼︎…ああ…痛そう…腫れてんじゃん…デコ爪のかすり傷まで…」

「ヤメロ、イケメン!いてて、撫で回すな‼︎舐めて治そうとすんな!そんな事よりアレ逃すな」


 ジリジリ後退してた娘の二の腕を捕まえると、私は再び笑顔を向けた。


「美智香ちゃんだったっけ。多分直ぐ忘れると思うから小娘でもいいけどさ。人、殴っておいて暴言吐くだけ吐いてさようならってのはいただけないよね?」

「だ、誰が小娘よッ!大体アンタが勝手に割り込んできたんでしょ⁉︎アタシはその男を殴るつもりだったのに」


 暴れる美智香ちゃんを洋輔君が改めて捕まえた。私がちゃんと物が言えるように前に突き出して。


「煩ぇよ、お子様が。親の金で男遊びなんざ百年早いわ」

「い、だだだッヤメやめてよ、何おばさん」


 アイアンクローかましてギリギリと締め上げれば美智香ちゃんが短い金切り声を上げる。


「んじゃ、自分が稼いだ金なん?」

「……おばさんに関係ないじゃん」

「イヤ、小娘お前『おばさん』を0時前の客とか抜かして洋輔君に絡んできたしょ?夜のルールも知らん、別にこの子に惚れて嫉妬して噛み付いてきた訳でもない子供が、出会い頭に暴言暴力振るといてナニ言ってんの?お前、アタマ大丈夫か?あ?」


 アイアンクローからみにょん、と頬を左右に引っ張るとゆうお仕置きに移行。お子様は嫌そうに首を振って逃れようとする。


「やめて!やめてよ!アタシが自分の親のお金で遊んで何が悪いのよッ‼︎親だって『一々会社通報されると俺や夏菜子の評判が落ちる。迷惑だから、夜の店で遊ぶなら成人してからやれ』って言っただけでお終い。後は自由奪って遊べない様にして特に怒られるとか何にも無かったんだから!じゃ、バレなきゃいい、ってコトじゃん」

「そうだねぇ、美智香ちゃんはお金だけは自由に使えるみたいだからねぇ〜バレなきゃ良かったのにねぇ〜バカだからバレちゃったんだよね〜」

「バ…」

「バカだわ。紛う事なきバカだわ。もうどっから突いてイイかも分からない程大馬鹿だわ」


 綺麗な顔をして綺麗な服を着たスタイルの良い若い娘が醜悪な表情に顔を歪ませて洋輔君の拘束を抜けようと私の方に爪を伸ばす。


「ババァのクセに何言ってんの!アタシはこんなに綺麗で可愛くて、お金だってアンタが一生働いても手に入らないくらい持ってる‼︎人生、草臥くたびれたおばさんなんかにバカなんて言わせるオンナじゃないのよ!そっちこそ若いアタシに嫉妬してアッタマおかしいんじゃね⁉︎クソババア、死ね!」

「え?ナニ?綺麗で可愛い?ハイ、鏡」


 手鏡に醜く喚く姿が映って、怯んだ小娘がちょっと大人しくなる。


「いや〜醜い。コワイわ〜ジャパニーズホラーってああいうたぐいだよね〜ピカチ○ウがライ○ュウに、ってレベルじゃないわ3Dホラーだわ〜」


 大袈裟に怯えて見せると、全身真っ赤に染まってブルブル震えている。

 あ、やっぱあの姿、自分でも有り無しでナイナ〜て思ったカンジ?


「え?確かに若さと美貌は三丁目の角に二十年前に落として、警察に届いたとしてもとっくに誰かに十割持ってかれたカンジのおばさんだけど、ブルーノートの寮母さんなんで出入りする(語弊ごへい)男事情は2D3D合わせて人生初の充実具合だわ。アイデンティティのお金出しても拒まれとる小娘に何故に嫉妬を?おばたん、この洋輔君ちにわざわざ転がり込んだんだって迫り来るブルーノートのナンバー及び伝説のオーナーとかのイケメン添い寝による危機からの大脱出劇の果てだったり貞操の危機からの…貞操…アラフィフ未亡人の貞操ってナニ?アレ?」


 途中からなんだか虚しくなって自問自答でロジックの迷路に迷い込んだアラフィフは明後日の方向に顔を上げて涙目を隠す。


「ぐすん。なんだろ人として決して間違っていないのに、この人生において物凄く損をしている感」

「泣かないで陽毬さん。俺が周りの鏡とか全て排除こわして若い男足元に侍らせても気にならない様にしてあげるからね?生涯通じて護ってあげるから大丈夫。直ぐに男事情のブランクなんて解消出来るよ」

「きもッ!ヨウ、アンタこのおばさんに本気マジなの?」

「ああヤーメーテーあらゆる意味でロンギヌスの槍ィ刺さった〜イマドキ本気と書いてマジとかもウケる〜」


 ものくそ馬鹿にした私の言い草に小娘が地団駄踏んで悔しがるのが、泥沼極限の精神状態をブッチされたナチュラル・ハイにとても気持ち良かった。


 おバカな小娘がとにかく洋輔君を気晴らしに貶めようとするのにもイラつくし、理不尽にもこの状態の自分に喧嘩をふっかけてきたのもモノごっつい気に食わない。


 ここでこのアラフィフなおばたんが天より高い鼻っ柱を折って差し上げようと思う。大人気はサッパリないが後悔はしていない。


.


陽毬…大人気ないオンナ…

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