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洋輔編⑤

すみません、クリスマスに特別な話を書いていません。ご希望の方は他作品ですが、『クレヨンの扉』の12月編をお勧めします。いや、テイスト違い過ぎか…。

5.




「──────鬼か」


 唖然とした後、ぽろりと口から溢れた。


「うん。だから俺以外の奴等にそんな弱ってる姿、見せないでね」


 アルカイックスマイルを浮かべる今風のイケメンに違和感を感じる。あれ?【俺】ならいいの?コレは警告なの?それとも畏れ多くも売れっ子ホスト様に私が口説かれてるの?


「…そんなに弱ってたかな…?私、泣いてもいないんだけど?逆に割と冷静じゃね?肩とか抱かられたら『そんなんじゃねーよ』とか言っちゃってハリセンで殴っちゃいそうなんだけど」

「『割と冷静な人』は当て所なくこんな川縁まで散歩に来ないよ」


 おお…そういや、冷えたなー。


「そっかー、そう言われればそうかもねぇ…ああ洋輔君も寒かったね。お昼か、もうそんな時間経ったんだねぇ。ううんっと…そうだねぇ、うどんでも食べて帰ろうか…あったかいもん、人に作って貰ってさぁ…食べよう。あったかいお茶も貰おう」


 それには赤の他人がいいんだ。店で麺打ちする様な職人の、美味い仕事が心地好いんだ。

 餅が入った力うどんとか香ばしくて嬉しい。お茶は焙じ茶でも緑茶でもいい。内臓をあっためてくれる、日本茶なら何でも良いんだ。


「で、『檻』の義務の行使はそこまでで結構だよ」


 言葉とは裏腹に息子せいめいにするように彼の腕に抱き着き、来た道を歩き出した。


「…耐えられないんだ、とてもね。それを『待つ』時間が。家でじっと待ってなんて居られない。大丈夫、連絡入ったら行かないといけないから、喪服を取りに来て着替えられる範囲でしか彷徨うろつかない。それくらいの分別はある。だから安心して、食べたら先に帰って仕事に備えて早く寝なさい」

「今晩は俺、客の誰とも約束してないよ」

「これは唯のおばたんのセンチメンタルだ。今から思いっきり多分陶酔しちゃいそうなんです。きっと長時間、妄想回想走馬灯のマニ車が脳内インドかネパールでグルグルぐるぐるとカラコロ回って青くなったり赤くなったり赤黒くなったりする予定です。いや、それでも決して死んだり衝動的に何かに飛び込んだりしません。現在過去未来思い出を隅々まで網羅してもそんな価値は見出せない人だったから。ただ…」

「ただ…?」

「おそらく『お別れ』は言えない」

「………」

「離婚を勧めた私達と『父親』の『兄姉』は今は『他人』だと見なすだろうね。呼ばない可能性はかなり高い」

「………じゃあ」

「…呼ばれなければ、行けない」


 死に顔を見れば何らかのケリが着くだろうに、たったそれだけの事でもそれは彼らにとって迷惑な事にしかならないのだろう。

 いや、逆にこちらに迷惑になると気を遣われているのかもしれない。


「…と、やべぇ。思考がループし始めた。どーやら自己陶酔が始まったみたい。うどんうどんうどん〜洋輔君、うどん屋あった?この辺」

「途中にあったよ、行こうか」

「うんうん」


 うどん屋は古民家風の店構えで、通りに面した一角のガラス窓の向こうで店の人が麺打ちを見せていた。拘りの麺で汁も当たりの味だった。

 柚子胡椒を少し溶かして。座敷に上がって、陽毬と洋輔は力うどんを二杯頼んだ。笑顔のおばちゃんが運んできた丼の、麺を啜るともちもちと喉越しの良いそれが臓腑を温めていく。


「…美味いなぁ」

「うん」

「どんな時だって美味いもんは美味いんだなぁ…」

「…陽毬さん」

「ん?」




「セックスしようか」




 真顔。

 隣の席の熟年カップルも真顔。

 お冷やのお代わりを注ぎ回っていた店員さんのおばちゃんも真顔。





 ぷぴー!




 辛うじて、人は避けた。(済まん、柱…)


「…やめろや、イケメン。そして周囲を確認しろ。─────すみません、皆さんイケメンのちょっとしたお茶目で小粋なな全方位破壊的クライストジョークですから。お気になさらず活動を再開してクマ祭(誤字にあらず・混乱メタパニ中)────分かったか?コンチクショウ今は私もダメージ半端ねぇんだよ!」


 背中にハリセンを仕込む余裕も無かった私は一枚板の机に脱力した身体を預け、ヤンキーの様にどんぶりの横から見上げて若きイケメンにメンチを切った。


「だって俺はそれしか知らない」


 下から見ても贅肉のカケラすら見当たらない洋輔君はずっと机の縁を見ていた筈なのに、今はじっと私を見つめていた。


「省吾さんや清明むすこさんみたいに陽毬さんを慰めて、何もかも忘れさせてあげる事なんて」

「いや…その…あの。色々語弊がある様な無い様な…」

「だけど持久力と硬度と角度には自信があるから」

「お前ら何処かで私の過去の夫への愚痴を聞いてやがりはしませんでしたかねぇ」

「【駅弁】も出来るよう、ジムで75キロまでくらいならバーベルも持ち上げられる」

「最近計ってないけど、そんなには多分無いわ‼︎」


 思わず立ち上がった私達は3秒きっちり固まり、再びぺこぺこと周囲に頭を下げて腰を下ろした。


「…ホントに無理すんなよ青年。おばたんは確かに色々枯れて水分吸収率が360度カバーのチャームナップ○ニ、いや下手すりゃパンツ型のナプキン並みに高分子だけどな…。コレでも超えちゃいけない一線くらいは弁えているんだよ。こんなん若気の至りにも程があるだろ?遠い未来、ナイスミドルになった時に黒歴史として封印の儀式でタイムカプセルとして埋めるどころか引き出しを開けたり閉めたりして水色のナニカ登場を待ち続けたりしたくなかったら、ショウちゃんには話を合わせておいてあげるから超テキトーな報告をしてさ、さっさとどっかの品の良い御老女に尽くして穏便に孝行しなよ。どうせ目星くらいもう付けてんでしょ?」

「作っておいたリストは帰ったら、クリアファイルごと燃やすよ」

「やめて、ダイオキシン!つか何でいきなり燃やす⁉︎」

「そんなの、俺が陽毬さんに尽くすと決めたからだ」




 は?




 熟女は洋輔を見て、己の拳をグーパーして、グーの所で額の真ん中を数回小刻みにノックした。


『クルッポー!』と口が動く。中に居たのは人じゃなくて鳩だったらしい。


「甘やかす。セックス以外の運動と家事はさせたくない」

「やめろ。今、右脳が全力で立体で想像するのを拒否して一致団結してストライキに入ったぞ…あ、組合が立ち上がった。それにセックスは家事に入らないわ。そしてせめてマ○オパーティくらいはさせなさいよ。そしてマリ○パーティくらいはさせなさいよ。大事な所なので二回言いました」

「四人も参加させるかよ」

「突っ込む所が明後日より微妙よ、このイケメンが」

「ふふ、いつからイケメンは悪口なのさ?」



 いつからだろうね?

 それは多分、ショウちゃんが現れて、私が周りを気にせずに自分の事だけに時を重ね始めた…そんな時から。

 年齢と体力と肉の壁の向こうで素直になれない自分を持て余して、何かこう…浮かれていたのかもしれない。




 だからさ、父の死(これ)は、その【罰】なんじゃないの?




 だって、こんなの無いじゃない。

 ねえ、このタイミングでこんなの無いに決まってる。


「女どころか人として駄目にされてる場合じゃ無いんだよ、こっちは。イヤダイヤダ、何で脳のシナプスが思い出の引き出しの何処かに接続して回想モードに突入しようとするのを快楽で邪魔しようとすんのよ?」


 レシートを引っ掴み、陽毬がさっさとうどん屋を後にすると、洋輔は走り寄り、熟女を背中から抱き込んで覆い被さった。


「涙が出ない程─────誰かと一緒に居られない程キツいんでしょ?陽毬さん」

「……重いよ」

「元々色んな意味で重いんだ。諦めて。ねえ、俺を罵ってみる?少しはマシかもよ?蹴ってもいいよ、慣れてるし、すがるの上手いよ、俺」




「─────ヤダァ、ヨウじゃん。アレぇその人、0時前のお客?」




 蹴られるのに慣れてる、のフレーズに頭頂チョップを入れようと身を捩った熟女を間延びした嬌声が遮ってきた。




 見れば、二十代半ばの今時のOLがそこに居た。髪の長さは鎖骨にかかるくらい。前髪からつながる顔周りとトップには、程よくウエッジ・レイヤーをきかせて。厚手のニットに軽そうな暖色のコートを着て顔周りを明るく見せている。


 着ている品物は見るからに上物なのに、本人の綺麗な顔がそれを裏切っていた。



 正確にはその真ん中でギラギラと輝いている、獲物を見つけた肉食獣の様なランとした輝きが。


.

クリスマスにチキンも出さずに肉食獣出してすみません。

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