洋輔編③
ここでまた開きすぎるのも何なんで、次は早めにuPする事を誓います。未だこの話が見放されていなければ、ですが(笑)
3.
取り敢えず【鍵】だよ、【鍵】。
アレさえ換えちゃえば元の本天国の部屋に戻れるんじゃあ。
翌朝、大分気分と体温を持ち直した私はふわふわベッドの中で天に向かって拳を握り締めた。
しかし、まさかのチャラ男=ヤンデレ説には驚いた。
いや、確かにショウちゃんが侍らせた【檻】の面子だ。裏の一つも無いとは思わなんだが、拗らせ方がこれまたヒドイ。
抵抗出来ない穏やか系老女を囲う為に日々邁進してようとは思いもしなんだ。多分、彼の中での陽毬さんの扱いもヒドイ筈。
若い女=客。幼女、少女=他人。(敵では無いのでテキトーにヘラヘラしてやり過ごす)おばちゃん=警戒対象。(敵に回さない。当たらず触らず)老女=ターゲット。
女の振り分けはこんな処だろ。
で、洗脳教育された対象、【私】は警戒対象でありながら、特別枠をどうやらもぎ取ってたワケ。
柔らかな対応が遠回しな拒絶だと知っていましたよ。だけどもソレはトラウマに帰するこの年代に対しての根強い嫌悪感だと踏んでいたので、まさかそれが対象をすり替えられる程の溺愛へ至る怖れからだと一体誰が分かると言うんだァ!
どう接しようか、と悩んで優柔不断な態度を取っていた最中にパーソナルスペースに因幡の白兎が飛び込んで来ましたよ…掛けられてもいないワナに進んで掛かるって…ねぇねぇ今、どんな気持ち?ってアスキーアート貼らないで。
がちゃ!
「陽毬さん、汗出た?身体拭いてあげようか?」
「…ケッコウです」
「…結構、って『イイネ!』って事」「食い気味にチガウ!」
ホカホカでフカフカのタオルを軽く振って見せるイケメンに胡乱な視線を送る私。
「ご近所のイヌ並みに熟女を遠巻きにしてた押しの弱そうな洋輔君はどうした⁉︎」
「昨日路肩にポイした(/・ω・)/ ⌒ ○」
「え?そんなアッサリ⁉︎」
楳図か○お作画ばりの驚愕をカマして、風邪とは違う汗をかいた。その名は冷や汗。何やらを投げる絵文字が脳裏に浮かぶ。
「イヤよ、ヤメて!『イジめる?』てな感じでビクビクしてパーソナルスペースを10Mに設定の上、社交辞令でガチガチに武装した安全な洋輔君を返して‼︎それでついでにお風呂貸して!」
「だから、『かずおの劇画調』ヤメて。それは俺の外向きの対応なんだし。陽毬さんは俺のガードを触れて壊してあっさり中央突破しちゃったから、もうダメなの。手遅れなの」
お風呂は大丈夫かどうか俺が見張ってて良いなら入ってもいいけど。と、冷めたタオルをお湯を張った洗面器に浸す。どうやら一応湯船に湯は張っておいてくれてた様だ。
「大丈夫!先程押しの弱そうな洋輔君が捨てられた路肩の目地で躓いたりする様な私ですけど元気です」(ばーい熟女の宅急便)
「熱は下がったみたいだけど…」
「お、お腹空いたなあ!レトルトでいいから、お湯でさっぱりしてからほこほこお粥食べたいなあ!」(だからコンビニにでも行ってくれ!の意)
洋輔君は小首を傾げた。
「それは既にIH仕様の土鍋で炊いてあるけど。…分かった。20分で出て来なかったら容赦無く踏み込むから。いいね?」
「(炊いてあるのか)…らじゃー」
朝ご飯の支度に取り掛かる彼を他所に猛烈に急いで風呂に入る私。
ちゃんと大きめのネットもバスタオルと共に渡された。
綿100%のパンツとブラキャミも。後、高そうな部屋着…部屋着ィ⁉︎
いつだ?いつ、こんな物を!そう言えば朝から宅急便でAmazo〜nからなんか届いてた‼︎は?昨日の今日で?
え?何でビトアス(愛用のオールインワン)のボトルが洗面所にあるの?腑に落ちない顔のまま、それでも2プッシュしてぺちぺち叩き込んでから出ると、ダイニングには既にお粥がよそってあり、豆腐、納豆、梅干し、田作り(田作りィ⁉︎)、海苔、高菜、明太子、野沢菜がスタンバイしていた…。え?ここはホームドラマの韓○の家庭か?
「チェジュウ、キムヨナ、ジャスタウェイ…」
「やめて陽毬さん。その特大の地雷踏みそうな付け焼き刃。そして、最後のは明らかにチガウ」
だし巻き玉子とシジミの清汁を御膳にそっと添えられて、私は人をダメにするクッションの上に倒れた。
「────イケメンじ、じょ女子力が高過ぎる」
「そんなんで倒れる程オートでダメージ食らわないで。寧ろさっさとご飯を食べて」
やれやれ、と不貞腐れて顔を起こした処で聞き慣れた着信音がした。
ふと見ると、投げられたわたくしめの携帯であった為、相手を確認。
母だ。珍しい。
私は洋輔君に手で着信を優先するジェスチャーを送り、許可を取ると電話に出た。
「もしもし」
『おはよう、あんた元気にしとる?』
「うん、どうしたん?こんな朝早くから」
『あー…そのね…』
「歯切れ悪いな〜何かあったの?」
凄い、何かが、あった。
「…マジで?」
『うん、離婚して結構になるからね…あんた達には知らせるかギリギリまで迷ったそうだけど。これも、私に連絡来たんじゃないんよ。朋恵の後輩が勤めてる葬儀社使ったらしくて。苗字同じだから引っ掛かって確認取られたって』
「……もう終わったの?」
『いや、今日が本通夜。明日、葬式…だけど、ほらあの人親戚の鼻摘まみもんだったからね。俊行がこじんまりと内々で家族葬するみたい』
「兄貴だからか…兄姉も呼ばないつもりかね?」
『……多分ね。一応、いつ連絡来てもいい様に準備しといて。来ん可能性の方が高かばってん』
「……分かった…」
電話を切った私の前に、洋輔君が立った。
私はいつのまにか立ち上がっていたらしい。
「陽毬さん?─────何があったの?」
カンガルーの前脚の様に出していた手をそっと握ると、洋輔君は柔らかく、子供に話し掛ける様に尋ねた。
「…死んだらしい」
「……?」
「父親が…ああ母親と離婚してもう十年程経つんだけどね。一人で、炬燵で、多分飲んでて」
「………」
「まあ、結婚式にも呼ばないくらい酷い別れ方したからねぇ。向こうが呼ばないのも分かるし」
「………陽毬さん」
「…ごめん、御飯食べれそうにないわ」
「いいよ」
「うわ、私、薄情だなぁ…涙一滴も出ねえ」
本当に一滴も出なかった。
なのに、何かふわふわしてる。熱が四十度越した時みたいに。
「あー…。ちょっと、出るわ」
洗面所に行って自分の服に着替えると、携帯と財布と充電器を持って玄関に向かう。
こういう時、一人で良かったと思う。夕飯とか洗濯とか考えないで済むから。
さあああ、と風に吹かれて。私はマンションの外に出た事に気が付いた。
当て所なく彷徨うかの如く、延々と歩いて、歩いて。…当たり前だが疲れてしまった。大きな川が見える所で暫く澱んだ流れを眺めた後、橋の欄干に凭れて白い息を吐く。
不意に後ろの方で自販機の飲み物が落ちる音がして、ホットの缶コーヒーとミルクティーを持った洋輔君がこちらに歩いてきた。
「どっちが飲みたい?」
「…ミルクティーで」
後は黙って私の横に並ぶと、彼は缶を開けて渡してくれた。
口をつけると思っていた以上に身体が冷え切っていた事が分かった。
「ぬくいわー」
バサリと暖かいジャケットが肩に掛かる。
反射的に見れば、元々薄着で出た私に後で文句を言われない為か、用意周到にウルトラライトダウンのベストを着込んだ洋輔君がコーヒーを啜っている。
「…死ぬんなら、付き合う」
そしてとんでもない事を宣った。
「やめろイケメン。ヤンデレもいい加減にしろ」
飲み終えたミルクティー缶をプラプラさせながら、私は半眼になった。
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例の如く一部実話が混じっていますが、あくまでフィクションです。




