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後編

作中に過去話ですが児童虐待や事故、そして、やや熟女を罵る表記があります。苦手な方はプラウザバックでお戻り下さい。


では、後編です。

 残暑で外を歩く気にならん、今日この頃。

 管理人室に閉じこもり、思いっきりヒキニートを耽溺しようと、右手にポッキー左手にマイタンブラーで、TVの前に陣取った。


 私は犯罪の行動分析とか、サイコホラーの海外ドラマが好きだ。後、邦画も最近興味持って、WOWOW回線で録画して見まくっている。




「──────実は、聞こえちゃったんだよなぁ」




 遼君こと、新山わんこの『あの時』の言葉。





『俺達は全員、母親にトラウマを負わされた者達だ』





 彼がそれを私に告げる『意味』は何だ?

『母親』『トラウマ』『見目がいい』

 最低あの五人はそれを『前提』に集められただと?




「さっぱり分からん」

「─────何が分からんくても良いけど、とな○のトトロで泣かないでよ、陽毬ちゃん」




 うんゴメン、ジブリ好きも追加で。

 濡れティッシュを渡してくる王子。それを思わず受け取って、目元を拭い、




「何故居る?」




 ───────窓がまた開いていた。

 クソセキュリティめ!

「……子供が心細くて泣いてるんだぞ?

 親の気持ち考えると、何か色んな液体が出る」

「そこは素直に『涙』って言おうよ。でも、…子供の気持ちじゃないんだ?」


『トラウマ持ち』─────ちらりと、新山わんこの言葉が頭を過ぎったが、彼に対して言える言葉を持たない私は自分の話しか出来ない。


「病気で入院して何もしないのが楽しいのは三日間ぐらいだな。

 後は何をしてても、家族の事が気になって仕方ない。ましてや、自分のいない所で子供が泣いてる、駆けつけてやれない、退院できるかもよく分からない、なんて状況だったらなぁ…」


 かいぐりかいぐり、王子の頭を無意識に撫でる。

「弱い自分を見せちゃならん親の立場からすると、泣けてきてしまうんだよ」

 この作品も親サイドで観れる様になったんだなぁ、としみじみ語る。


「…陽毬ちゃんはさあ、親は強くなくちゃ、と思うわけ?……弱くて、それを子供に見せちゃう親とか、どう思う?」


 来たか。

 多分、『トラウマ持ち』が乗り越えてなければ、『親』に聞きたい処なのだろうな、と思う。

 それが、『一般的な親』に対してなのか、『自分の親』に対してなのかは分からないが。


「他の親は知らんよ。私個人の話になる。勿論、他の親と被る処も被らない部分もある?その上での話でいい?」


 溜息を吐くと頷く気配に、彼の為に温かいお茶を用意する。


「『親』は圧倒的な力で子供の上に君臨する。

 私はそう思う」

 自分のお茶を啜りながら、王子の瞳を見つめた。


「日常を差配し、教育を受けさせ、善悪の区別や人としてのあり方、子供が受け取る受け取らないに関わらず、自分の『善かれ』を押し付ける存在、それが『親』だ。

 猿みたいな四つん這いのバブバブを、一丁前に他人様に『おはようございます』と笑顔で頭を下げさせるまで躾にゃあアカン」


 まじまじ、見んなよ王子。これが私だよ。


「それを子供にストレス感じさせない様に気を付けてやるなんて人間離れした離れ業を駆使しようとするから、思春期にトラブる。

 だから、親は強く見せようとするんだよ。

 大体、誰が自分より弱い存在おやの言う事聞きたいと思うんだよ。

 だから、親は強くあれ、と私は思う」


 後、弱くて、それを見せちゃう親、だっけか。

 ポッキーを咥えてぺこぺこ上下させる。

 もー、真面目モードは間が保たねぇよ。


「で、まあ基本そんな訳で親は上から来るわけだが…所詮人間だからな。逆境にぶち当たると崩れる。そんな時、まぁ大人は世間体とか見栄とか矜持だとかで外で泣く処が無い訳だ。

 ─────となると、どうしてもホームで泣きたくなる」


 秋津王子は何だか自分が泣きそうな顔になっていた。

「陽毬ちゃんも泣くの?」

「泣きたいさ。例えこんな歳になってもね」


 ニカっと笑うと、王子が不思議そうに見る。


「で、まあ家族ってのは特別だからな。

 どうしてもそれを察してしまう場合が多い。

 そうなった時にな〜余裕の無い親が、自分の庇護下にある子供に対して……依存してしまう事がままある。

『弱い』と言うのは時に武器になる。相手がこちらを好きであれば尚更だ。

『私はお前より弱いんだから、言う事を聞きなさいよ。だって、私はかわいそうなんだから』

 そう言って、縋り付いてくる親も居るな」


 ジャックポット、大当たりか。

 ほれほれ、茶を飲め。震えてんぞ?


「女だからな。…気持ちが分からないとは言わん。

 だが、私は好かんよ。それは暴力と一つも変わらん」


 王子は泣いていた。綺麗な涙が、滔々と溢れて……




「おかあさんが、ぼくのふくをぬがせたんだ」



「………………」



「いつもケンカしてた、おとうさんが、かえってこなくなって、さみしいって、ゆうしだけはずっと、ずっとずっとおかあさんのそばにいて、って」


 胸糞悪い、性的虐待か。


「きもちいいこと、しよう?おんなのことすること、おかあさんがしてあげる、って、だから、ゆうしはどこにもいかないで、ね…って」

「──────そうか」


 大きな体がラグの上で崩れていく。


「ぼくはきもちがよくて、わるかった。いけないこと、わかって、た。こわくて、だれにもいえなくて、かくしてた」

「─────言えば、お母さんが責められると……そう、思ったんだな?」


 小さく小さく土下座をする様に纏まってしまった彼は胎児の様に。だだ、泣いていた。


「がっこうで、いじめられて、からだのアザをみられた。ぼくは、ちがうといったんだ!

 だけど、おとなに、いろんなおとなが、ぼくをみて、おかあさんとはなした。おかあさんと、おかあさんと。ないてた。ごめんなさい…ごめん」




「こちらこそ、すまなかった」




『母親』が触っていいものかどうか迷ったが、思い切って彼の背中をそっと摩る。


「お前は一つも悪くない。縋り付いてくる手は怖かったろう。小さい勇士にはとても辛かったな。『母親』として謝る。…ごめんな」


 腰に二回りも下の美青年がしがみ付いてくるのは、如何なものかと思ったけど、ここで振り払えるほど無情にはなれなかった。


「それでよくも母を憎まずに育ってくれた。ありがとうね、勇士」

「違う。『僕は』あんな事した母を憎んだ。

 会うのは怖かったから、同じくらいの歳のひとを散々誘って、お金が無くなったら気持ち悪いって捨てた。お母さんじゃないのに酷い事した…」


「……そ、か。そりゃ酷いな…」


 衝撃の告白。苦虫を噛み潰したみたいな顔になった様な顔をしている自覚を持ちながら、撫でる手は止めなかった。


「だけど、小さい勇士は悪くない。大きい勇士は、お母さんは許さなくていい。だけど小さい、昔の勇士じぶんなら許してあげられるか?

 どうしようもなかったんだ。押さえ付けられて怖くても、母親を助けてあげたかったんだ」


 ふえ?と泣き腫らした顔を上げる王子。

 わあ可愛いなぁ!こんちくしょうッ‼︎




「勇士はとっても、お母さんが好きだったんだよ」




 私はポケットのハンカチ出して、その涙を拭うと、彼の前髪をそっと払った。


「俺が『お母さん』を好きだった?」

「ああ」

「小さい、時?」

「今でも、ずっと。だから、その気持ちを利用されて辛い。嫌いなんじゃない」

「………俺は誰も救えなかったよ…」

「そんな事おこがましくて誰にも出来んわ。マザー・テレサにでも任せておけ」


 ああ、もうダメ!胸にすりすり抱きついてきたよ!このコ。その胸元からキョトン顔やめろや‼︎私ゃまだ、そんなとこやあんなとこ精神的にも肉体的にも限界突破したくねぇんだよ‼︎


「やめろォ!お・ま・えはもうデカい!小さくない‼︎そして、私はカッコイイ王子の接待を金で買える客じゃないの!オバァ心血迷うサービスいらんし!『母』としては謝ったが、既におばちゃんは若い男に弱い属性『オカン』やねん。だから離せや、細マッチョ‼︎くっ、お前は孫悟空の頭輪かッは、外れんッ、ああ〜助けてェ裕章さぁんっ、色気が、若いイケメンの色気が私の理性を駆逐するぅ〜」


 ぎゅー。立ち上がって、上からきたよ!


「……裕章さんて亡くなったダンナさん?」

「そう!操を立ててるの‼︎」

「嘘つき。本棚一杯、顔の良い若い男に言い寄られる話ばっかりじゃない」


「あれはフィクションだから!妄想は乙女の頃からルーチンワークだから‼︎

 旦那とヤッてる時に『こいつ下手テクなしだな。そこじゃねぇよ、硬度足りねぇし』とか絶対思ってなかったし、目眩めくるめくセックスってどんな感じなのか、ちょっとだけ知りたくて昔、事務職の先輩に外国で男性風俗が凄いらしい話を聞き齧ったのを今でも覚えているくらい私、日照ってるから‼︎男」


 もう、既に何を口走っているか分からなくなっている自分が居た。


「外国人も柔らかいらしいよ?」

「でも、デカいらしいし!日本のコンドーム入らないくらいだって!凄いね⁉︎」

「ねぇ、何言ってるか分かってるの?陽毬ちゃん」

「……………(はうはう)」


 グルグルぐるぐる、目が回る。




「もーそれ位で陽毬ちゃん解放してやれや、勇士」




 開いた窓の外から、上総君が入ってきた。

 クソセキュリティ‼︎今だけありがとうございます!


「大事な事は聞けたんだろ?こう見えて、言ってる程陽毬ちゃん、貞操緩くねぇぞ?

 何の義理ないのに心底真心対応してくれた人を、お前の母ちゃんからの呪縛を解く為だけに抱こうとすんな」



 いや、無いから。

 それ無いから、天地がひっくり返ってもありませんから上総君。



「……ゴメンね、陽毬ちゃん」

「気にしないで。ピチピチな肉体が嫌いな熟女はいないから。役得だったからいいのよ、離してくれれば!は・な・し・て!上総君の冗談キツイよ、ね⁉︎

 ほら、一緒に笑おう‼︎もーナイヨーって、ね?ははアイヤー困ったアルー!か、上総くーん⁉︎」


 靴を手に持った将軍上総が、括れてない胴を締め上げる、王子のつむじにチョップを入れた。


「…痛い」

「覚悟も無いのに、相良と張り合う気か?」


 諭す様な声に渋々といった感じで手が離れた。

 相変わらずのイイ声に腰が砕けそうになりながらも、唐突に出てきた思わぬ名前に戸惑う。



 相良と張り合う?

 でも、相良君に私に対する色気は無いのに?

 アラフィフ、それ位分かるぞ?



「まだ、陽毬ちゃんは知らなくていいんだよ。あいつ自身にもよく分かってないんだからな。

 それよりドライブ行かねぇか?ホストの3Sエスコート見せてやるぜ?」


 こ、この誘いに乗るしかこの場を切り抜ける方法が見つからないッ‼︎


「行きます!普段着でイイならッ‼︎」


 そう思わず力入って叫ぶと、カラカラと笑ってOKマークを右手で出しながら、上総君は舌打ちする王子を連れ出してくれた。


 ふう、窓の鍵は換えて貰えないか、早めに尋ねてみよう……。

 とか、思っていると、



「陽毬ちゃん、俺、覚悟出来たら、うんと恩返しするから」



 王子の声がドアの外から、した。

 何か、粘ちっこい響きだった……。



 鍵は、明日にでも換えて貰おう。そう決意した。






  ☆



「──────で、何で海?」




 ざぶーん、さぶーん、とエメラルドグリーンのそこそこの波が両側に見えるという絶景を経て、秋の海辺に誘われた私。メランコリー。


「だって、どうせ腹肉を理由に夏の海にも行けてないんだろ?陽毬ちゃん。

 俺が高速でスピード出した所為で脚もガクブルだし。休憩を兼ねて」



 そうです。まさか3Sエスコートのスピード・スマート・スイートの最初のSでカッ飛んでくれるとは思いませんでした…なんまいだぶなんまいだぶ。

 海だけにちょっと向こう岸で教科書のバスコ=ダ=ガマが手を振っていました…。

 外車のフカフカのシートが棺桶に思えてなりませんでしたよ。


「ここなら、あいつの目も届かないし。

 いい加減胡散臭く思われても仕方ないだろうってな。勇士も段々おかしくなってきたから連れ出してみた」


 海風にサラサラと上総君の髪が靡いている。

 黒々としたそれにミョーに自分の染めた白髪が気になった(笑)。


 そうなんだよ、置かれてる状況が胡散臭いんだ。


 何で若いイケメンに囲まれているんだ?

 そいで、何で彼らに意識されているんだ?

 相良君は何で私を真綿で包む様に庇護してる?


 私は一体、何処に追い込まれようとしているんだ?


「う〜む」


「ははっ、何でわざわざ俺がここに居るのに、聞かないで考えてんだ?」


 ざばーん、ざぶざぶざぶ……


「聞いても迷惑にならないかな、と」


 ざぶーん、ざぶざぶ……


「そう思ってたら、こんなとこまで連れて来ねぇよ。いいから聞けって。この機会逃したら、あんたもう捕まっちまうぜ?」


 肩を竦める仕草に、『誰に?』とは今更白々しくて聞けなかった。天然砲じゃあるまいし、亜麻色の髪のあいつに決まってる。


「『前提』って何?」

「…………?」

「遼君が言ってた。────『少なくとも俺達五人は全員、母親からトラウマを負わされた者達だ』って」


 上総君は相良君みたいにアルカイックスマイルを浮かべていなかった。

 分かってたみたいにあったかい眼差しで私を見つめていた。


「そっか、遼がねぇ」


 ふふ、と軽く笑うと、目に哀しげな色を灯した。


「勇士は分かったろう?父親の浮気が原因の性的虐待。

 貴道は母親に男が出来て捨てられて、遼は弟と比較されて露骨に蔑まれて差別された。

 洋輔は暴行。ストレス解消に目立たないようにボディを狙って殴る蹴るしたらしい。

 俺は─────まあ流行りの育児放棄、ってヤツだ。それも産んでから直ぐで、母方の婆ちゃんがミルクで育ててくれた」


「ヘビーだな」

「ああ。よくもこれだけ見事に『前提』とやらがバラけたな、と思う」


 ざざーん、ざざーん、ざぶざぶざぶざぶ……


 何となく二人、乾いた砂の上に並んで座った。

 懐かしの体育座りで。


「勇士の事、ありがとうな陽毬ちゃん」

「……何もしとらんよ」


 ぱすぱすと頭を撫でられ、何か切なくなった。


「『母親』のリアルな気持ちなんか、母親にしか語れない。あいつが救われるにはあんたの作らない気持ちを聞くしか無かった。

 そして、それを勇士が聞けるかどうかは陽毬ちゃん次第だった。

 あんたが優しい女で嬉しかったよ」

「………瀬戸内寂聴とかの説法の方が効いたと思う」

「尼さんの言葉なんか届くか。遼が言ったろ?俺達は『集められた』と。

 相良が時間と金と技術を注ぎ込んで『造り変えられた』俺達は『人型の檻』だ。────誰の為の檻かは、分かるな?」


 ざぶざぶ、ざぶざぶ……


 真剣な声音に、その中に潜む憐れみに、私は凍り付いた。一個、一個、単語の意味を噛み砕くと、結論が怖い事になる。


「……ショッカーですか?」「古いな、陽毬ちゃん」


 ソッコー突っ込まれた⁉︎いや、すみません。ゴーストまで一応見てたんですけど、バッタな人を改造してんのはあの組織くらいだったので。


「サブリミナル効果って知ってるか?」


 思い浮かぶのは何か映画とかの一コマに、覚えこませたい事を紛れさせて、潜在意識に植え付けるとか、そういうモノ。


「相良は俺達を集めると、あんたと息子さんの映像を延々と見せた。小さい時のから、大人になってまでを順番に。まるで成長記録だった。

 生い立ちが悲惨だったからな、幸せそうな二人を見て辛そうなヤツもいたが、それが相良が俺達それぞれの窮地を救う交換条件だったから、……拒めなかった」


 何を考えとるんだ、何を。

 しかし、『私と清明』?裕章さんはどうしたんだ?


「それに洗脳画面を滑り込ませたり、他にも色んな事をされたな。マインドコントロールらしきものも勿論あった。

 だが、それは徹底して陽毬ちゃん個人に絞られていた。何が好きで、何が嫌いで、弱みはどこで、真実怒るのはこのポイント。それに絶対に触れない様に、彼女こそが『母親』、俺達が護るべき者だと」


 ゴンっ!


 ヌイグルミの様に固まったまま、上総君の肩に対して、45度の傾斜角で、私は倒れた。




「お」



「ん?」




「──────重いわッ‼︎‼︎─────」




 体育座りから胡座に移行して私を膝枕した上総君に、下から叫んだ。

「軽いけど?」


 言い知れぬ金縛りが解けた私は、砂地をバンバン叩いた。

「体重ちゃうわ!むしろ、ここで頭部のみの重さまでディスられたら、デキャンタに移された四面楚歌のワインの気持ちになるわ‼︎飲み頃気にするわ!しかも内容が重過ぎ、って言ってんの、分かって言ってるね?このイケメンが!」


 上から意味あり気に覗き込む美形、攻撃力ハンパ無い…。


「おいおい、『イケメン』は罵られた内に入らねえぞ?─────それとも、俺を口説いてンのか?」


 物凄い流し目が来て、脳に直で斬撃を受けた私の身体は、最早指一本動かせなかった。


「……………(はうはうはうはう)」

「…………とって食いやしねぇよ…そんなに怯えんな」


 何かしら?この負けた感。情けないわ、イケメンを前に、既に一手を仕掛ける前に王手を宣言された様な…。


「しかも、カスタマイズ宣言されているから、年齢を理由に後退出来ず、チキンハート対ATフィールド的な防御展開し辛いッたら」

「おーい、心の声が漏れてんぞー」

「で………そこまで話してくれたのは、どうして?」


 私はこの雰囲気をぶち壊す為に敢えて墓穴を掘ってみた。


「私がここまでしたショウちゃんに感激して堕ちた後なら『檻』としての解放はされるの?

 それとも、怖がって逃げる方が正解?

 ──────違うわねー、貴方は与えられた役さえ楽しんでいるみたい」


 この人一人はトラウマすら乗り越えている。

 なのに、ここに居るのは純粋な興味?


「さあ、どうかな?」


 はぐらかす様なそれに、私は半眼になって身を起こそうとした。

 一人翻弄されているだけの状況にイライラして。

 すると、大きな暖かい手が背中と腕に回わされ、横抱きに胡座の上に収まってしまった。


「興味だけで弄ってんじゃねぇよ。あんまり俺にガッカリしないでくれ」


 あまりの事にキャパを超えて、ギブ!ギブ‼︎と声も無く上総君の胸を叩く。その手をするりと取られた。

 砂に汚れたそれを、事もあろうに形の良い唇に持っていく。


 止めろ!何の羞恥プレイだッ‼︎


「相良の情報は与えられない。それはあんたが暴くんだ。そうして、このおかしな状況にケリを付けたらいい」


 私の渾身の力なんてものともしないで、上総君は握った指の関節と付け根に舌を這わせていく。

 ぴちゃぴちゃと犬が飼い主を舐める様な音がする。滑りとした感覚を伴って。

 やべえ、今なら軽く快楽と羞恥で死ねるね!


「俺に母親は居なかった。何故なら…母は結婚を控えたある日、数人の男達に暴行されて俺を身籠ったからだ」


 右手の熱に浮かされる私に対して、元凶の彼は淡々とその悲惨な生い立ちを語る。


「母は敬虔なクリスチャンだったらしくてな。気丈にも宗教に殉じて産んだらしいんだが、案の定そんな理想論は、望まない赤ん坊という現実の前では薄っぺらい紙の様なもんだ。

 結婚相手にも逃げられて、散々だったらしい。

 ……だから、俺は母親を憎む気にはなれなかった」


 羞恥にゆだり切った私を、唾液に塗れた右手一本を引いて、起こして視線を合わせた。


「俺はこの話に敢えて乗った口だ。

 ここまで執着されている女に興味があった。

 その女が俺達に繋がれて、相良みたいな極上の男に追い込まれて、いつまで『母親』で居られるか────その先を知りたかったんだ。だが、もういい。あんたを見てて、あんたを知った今なら言える」


 壮絶な男の色気が、至近距離から放たれた。





「いっそ、俺に堕ちてみないか?『陽毬』」




 火花が散った。

 二人の間に、文字通り。





「天誅ううううううゥー‼︎‼︎」─────ガゴッ‼︎





 砂浜に蹲る男女。それぞれに額を押さえて悶絶している。


「──────っ!痛え…フツー、ここでマジ頭突きとか、かますか……?」

「……………い、つッつー、相打ち…よう。泣くほど痛いわ…」


 暫くピクピクしていた二人はやがて小さく笑いだした。


「あ、あり得ねえ。No.1ホストの口説きにまさかの頭突き対応」

「うるせえ黙れ、据膳。諸問題をエロパワーで乗り越えようとすんな。己はメフィストフェレスか?何かうっかり記憶が飛んだけど、魂レベルの危機だった気がするわ。…ちょっと魔界覗いたわ…」


 芹沢陽毬、一生分の恋愛運を49にして使い果たしました。神様のバカ。


「あーもー、何か疲れてこのテンション保つのがヤになって来た。

 大体、私は静かに余生を独居老人的生活で過ごすつもりだったのに。ナニこの激動の半年。

 ──────上総君、ご飯食べて帰ろう」


 ぱんぱん、と砂を払って、ニッと笑った。


「ああ、陽毬ちゃん。ベトナム料理行くか?」

 出会った時の上総君が手を差し伸べてくれる。


「食った事ない」

「野菜たっぷりでヘルシーだぞ?おまけに俺の奢りだ」

「ひゃっほー」



 砂浜に二つの足跡がついていく。



「あのなぁ、愛そうとしたんだと思うよ」

「……そうかな」

「帝王切開、逆子、筋腫のフルコースだったんだ〜清明むすこ。切ったら傷口が盛り上がって綺麗に治らない体質でさぁ。跡イヤだなぁとか思ったけど。

 でも、産むと決めてたから、怖くてもいいやと思った」

「怖かった?」

「うん、部分麻酔も痛かったし、意識はあったし、生きながらにしてお腹はカッ捌かれてるし。怖くて思わず泣いちゃったよ」


 ないしょ、だよ〜と笑うと、上総君が微笑んだ。


「で、清明が産まれて、『産まれましたよ〜男の子ですよ〜』って頬ずりさせて貰って、看護師さんが使い捨てカメラで一緒に写真撮ってくれて、はぁ〜ってなった」

「……………」

「赤ん坊見て泣けたのはあれが初めてだったわ」

「………大変だったんだな」

「後で聞いたけど、輸血の先生スタンバイしてたって。結構な出血だったらしいし、裕章さんとうちの親、結構先生達に脅されてたらしいよ?私には一切無かったけどね」

「はは、旦那さんも違う意味で怖かったな」


 足を止めた私を上総君が振り返る。


「だから安全なお産なんて、一つもない。広常君のお母さんも怖かった筈だ。痛くて泣いた筈だ」


 波が寄せては引いていく、胎内のリズムで。


「少なくともその瞬間は、あんたは確かに母親に愛されていたんだよ」


 知った風な口をきくな、と怒鳴られるのを覚悟で、私はそれを言った。どうしても、母として彼に伝えたいと切に願った。



「──────陽毬!」



 私は反転して陽毬、陽毬と熱に浮かされるように名前を呼ぶ上総君の腕に抱き込まれた。

 素直に腕を回したのはその名前がただ『お母さん』と聞こえた気がしたから。






「愛し続けられなかった、母を赦してくれてありがとう、広常」





 ☆




 バタン、と車のドアを開けて、上総君は私をフカフカの車のシートから立たせた。


「……行けるか?陽毬ちゃん」


 寮の中には相良君が待っている。

 いつもの様に、私迎えに来る為に。


「うん。まあ、言える立場じゃないが、流されまくった挙句に滝壺にまで落ちてやる気にはなれないからね」


 ふぃー、と額を拭う仕草で笑う。

「行ってくる。私の老後の安寧の為に幸運を祈れ(笑)」

 勇者ひまりに、グッドラックとホストは目の高さまで立てた親指を上げた。


 ガチャン、と扉の開く音がして私は魔王さがらの居るしろに乗り込むのだった。




「ああ、言い忘れてた。ちなみに俺はとっくの昔に『覚悟』してっから」




 なに?




 ドアが閉まる瞬間、素早く頬にチュッと、リップ音がした。

「いざとなったら、俺と逃げような?」




 バタンッ‼︎




「──────陽毬さん、随分上総と仲良くなられた様で」


 微笑みながら、どす黒いオーラを発する亜麻色の髪のイケメンが、車のキーをくるくる回しながら、ソファ(おうざ)で脚を組んでいた。




 勇者ひまりは魔王の側近から1025のダメージを受けた!

 回復を待たずに魔王サガラが現れた!

 セーブ出来ません‼︎




 グオゥ、おのれ上総ッ‼︎ラストボスバトル前に勇者にテクニカルダメージを喰らわすとは何事だッ‼︎腹、括れってか⁉︎


 目を爛々と光らせて、臨戦態勢に入るイケメンをチョイチョイ、と部屋に呼ぶ。


「──────陽毬さん?」


 ちゃぶ台兼テーブルに二人分のお茶を淹れて、『お話し合い(バトル)』の準備をする。


「座ってくれるか?ショウちゃん」

「?はい」


 ああ、相変わらず格好良いなこのは。

 きょとんとしてても絵になるよ。


「上総君と『色々』話した。もう『檻』に入ったから構わないと思ったんだろ。

 なあ、どこから始まったんだ(・・・・・・・・・・)?そこまでしなければならなかった理由わけを聞かせてくれ」


 対面に座して、真っ直ぐに彼を見つめると、状況を理解した美青年の表情が変化した。



 微笑ったのだ。



「ああ、バレちゃいましたか」



 それが一層狂気すら感じさせて、私は目を眇めてしまう。

「いつから、と問われれば、そうですねぇ20年程前からですから、結構な拗らせぶりですよね?でも、ホント理由は単純明快なんです」


 そう言うと、相良君は背筋を伸ばし、居住まいを正した。




 そうして、冒頭のあのシーンである。




 ある晴れた秋の日。



「 ─────── 陽毬さん、俺と養子縁組をしませんか?」


 1LDKの広々とした寮の一室で、187cmの長身を持て余す事もなく正座する、きちんとした居住まいの美青年は相良省吾さん(30)だ。


 私は渋面を隠さずため息を吐く。


「ショウちゃん、ウチに相続できるお金なんか大して無いよ!私ゃ既に49歳で熟女パブでも売れやしないし‼︎」


 省吾は清潔感溢れる亜麻色の髪をフルフルと振って訴えた!


「お金なら俺が持ってますし、貴女が熟女パブで働くなら、俺が毎日通って独占指名しますよ。

 て、いうか絶対、水商売では働かせませんけどね!お願いします!一生大事にしますから、俺を息子にして下さい‼︎」



 こ、こんな流れる様な美しい土下座、初めて見た……。(デジャブ)



「ち、違うよね?何かそれだとはっきりとは言えないけど、コレ養子斡旋のつか、自薦じせんの台詞じゃないよねッ⁉︎

 ナニを目指しているのか、ショウちゃんが何処に着地する気なのか、おばちゃんさっぱりだよ!」


 顔面詐欺、と呼ばれた童顔(まあ、それでも良くて30代)がひたひたと背筋から来る怯えに歪む。


「ですから、ここに署名捺印を戴きたくて、こうして膝ひざを割って話し合いを!」

「割るのは『腹』だよ‼︎『膝』は割っちゃいけないんだよッ‼︎それは何処ぞの連載だけでお腹いっぱいだよ!あのハム、指摘されたばっかなんだよ‼︎」



 ぴーぴーぴー!危険危険‼︎ナニこの核弾頭!!!!!!



 勇者ひまり49歳(ぷっ)、押しの強い爽やか風イケメンラスボスと交戦中。

 しかし、既にこのラスボスは倒されている⁉︎


 魔王相良が起き上がって、仲間むすこになりたそうにこちらを見ている!

 見ているだけでなく、ガッツリ素早く寄ってきた‼︎

 逃げられない!仲間も呼ぶ暇が一瞬たりとも与えられない!



 息子にしますか?────はい。orいいえ。



「おのれ、『はい』『いいえ』で答えられる範疇を越えとるわ!」


 迫り来るいい匂いのするイケメンを右手一本で抑えると、私は左手をアワアワと震わせる。


「何が不満ですか、陽毬さん。確かに人工的なモノではありますが、これはコレで結構な逆ハーでしょう?

 綺麗な男達という柔らかな肉壁に挟撃され脳味噌蕩かして、ちゃっちゃとここに一筆入れてくれればいいんです」

「ぐッ!ただれた事を澄まして言うなや。

 その上、『逆ハー』とか専門用語駆使しやがって、そんな知識何処で仕入れやがった!」


 私の魂の叫びに、相良君は本棚を躊躇いもなく指差した。



 くそう、私の馬鹿!アホ!そりゃあそうだね!むしろそこしかないよね⁉︎

 ちくせう、何時からだ⁉︎おそらくこの様子だと慢性的にストーカー行為を働いていた筈。

 20年程、と言えばまだ小学生。実働は十代後半としても12.3年前?何してた?この手の本の走りはほんの4.5年前、というと同人か?

 まさか当時の貴腐人御用達同人誌まで網羅してないよね?




 にやり。




 嘲ったよ!嘲いやがったよ‼︎

 ゲボっ!(勇者に魔王のボディブローが戦闘終了後の今頃効いてきた!残りHP582、レッドゾーン突入)

 あのカオは知ってるよう〜おそらく手掛けた数冊も手に入れてるよう〜。

 あらゆる趣味嗜好を網羅しているって上総君情報、ガセであれ!と願ってたけど、真実だったよう‼︎黒歴史がー裕章さんしか知らない私の黒歴史がァ──────



 はっ!いつの間にか論旨がずらされているわ!

 そうだ、そうよ!

 そんな些細な事は(?)置いといてッ‼︎


「────小学四年生、か?そんな幼い頃に何があったんだ?」


 ふう、とため息を吐くと、漸く相良君はペンを置いて語り出した。



「貴女、昔大きな事故を目撃した事があったでしょう?覚えていませんか?」


 考えてみる……ヤバい、もうアルツか思い出せない。


「女性が巻き込まれた筈です。その横で貴女は泣いている女の子を保護した、まだ思い出せません?」


 ぽん、と手を叩く。あった!

 飲酒運転の事故で、母親だけ塀に潰され…女の子が遺されたん、だ、が……。


「そう。あれは悲惨でした。女は娘の手をこれでもか、と握りしめていて、彼女は丁度塀が途切れた先の植え込みに飛ばされた。

 ──────女の千切れた片腕付きでね」


 う、グロ……食べた物がせり上がってきそう。

 何故なら、見たからだよ!その腕‼︎私が振り払ったし!


「ああ、本格的に思い出してくれましたね。

 偶々通り掛かった貴女が、子供の叫び声に駆け寄ると…植え込みの枝で顔面血だらけの女の子が、女の片腕をぶら下げてパニックを起こしていた」


 うわぁ、思い出した!そうだよ‼︎子供が巻き込まれたのかと走り寄ったら、ホラーだったんだよ‼︎運転手も自失してたし。


「貴女はね、死んでも子供の腕を放さない硬くなった指を一本一本剥がすと、その子を抱えて人垣から離してくれたんです。

 今でも、覚えています。叫び続ける俺をただ抱き締めて柔らかい胸に埋めてくれた。

「息をするんよ、ほら。もう大丈夫だから」

 救護隊が駆け付けて来て俺が泣き出すまで、貴女はそう言っててくれました」



 え?あの『女の子』……?



「そう。母親に女装させられていたんですが、可愛かったでしょう?」

「うん。あれ、ショウちゃんだったの?」

「はい。うちも勇士ん家みたいに父親が浮気をしていた口なんですが、母親が大人しい女でして、父親似の俺に女装さして憂さを晴らしていたんですよ。

 あの日もそうでした。びっくりしましたよ、ブツブツ恨み言を呟いていたアレがスリップ音と共にグシャ!ですからね」



 アレ…アレってお母さん?



 おかしそうに笑う相良君は前髪を搔き上げた。

「ほら、薄くなってますけど、少しあの時の傷、残ってるでしょう?」

「──────ほんとだ」

「救急隊員を呼び止めて、貴女は俺の状況と症状を言って、精神的ケアを頼んだ。

 だけど、俺は救急車なんて乗りたくなかった。

 貴女に手を握っていて欲しかった」



 あん時ゃー私もパニくってたからなぁ…。

 女の子だから、顔に傷が残っちゃあ大変だって思って。

「うわー、跡、残ったかぁ。びっくりしたけど、まあ男の子ならその方が良かった。大丈夫、これ位の傷なら、男ぶりがよく見える程度だ」


 一際大きな傷に触れると、気持ちよさそうに目を細める。ゴールデンですよ?ゴールデンレトリバーが撫でられていますよ?血統書付きのね。


「あの日も貴女はそう言いましたね。

 実は、俺は貴女に逢いたくて、被害者の立場を利用して色々聞き回り貴女の住所と名前を知りました。

 まだ、当時は個人情報の管理が緩かったから出来た事ですけど。

 で、1年くらい経ってしまいましたが、やっとご自宅の近くまで行けたんですが、覚えていてくれてもどんな態度を取られるか不安で、貴女の家の周りをウロウロしてたんです…そしたら、清明に見つかりましてね。睨まれて喧嘩になりました」


 あちゃー、不審者と思ったんだな。

 そういや、薄っすら覚えてるわ。怪我までさせたから怒って二人共、お風呂にぶり込んで服洗濯してコインランドリー走って、夕飯食べさせて帰したわ。

 ……でも、あの子…施設の。


「あ、はい。トラウマ持ちの子供なんて育てられない、って施設に一時預けられてたんです。

 流石にある程度育ったら、学費ぐらいは出してくれましたけど」

「……………」

「結局、言い出せなくて。いい匂いのする服と美味しいご飯戴いただけで終わりましたけど、『これ、いつの傷?』って聞かれた時は焦ったなぁ」


 傷を撫でる手をそっと彼の胸の心臓辺りに持っていかれた。


「『昔の』って言ったら、『カッコイイなあ!男の子はそういうの、一つくらいあった方が女の子にモテるよ‼︎』て。俺、笑っちゃいましたもん。ああ、そうか。この傷って一人生き残った罰なんかじゃないんだ、カッコイイんだって」



 生き残った罰…だと?それ父親が言ったのか?

 クソが、唾吐きかけてやりたいな〜!




「あれから、貴女がずっと俺のココに居る」




 その眼差しのひたむきさに取られた腕を取り戻す気にもなれなかった。

 どうしよう…この、捨てゴールデンレトリバー。



「貴方の傍で生きたくて、ありとあらゆる手を使って金を稼ぎました。父親にも頭を下げて、奨学金以外の費用を出させて、大学まで行きました。

 ずっと、ずっと見守っていた貴女は俺の『準備』が出来た途端、独りになってくれた」




 いや、あの、その…。

 違うと思うよ?裕章さん、草葉の陰で泣くよ?


「これはもう俺の好きにしていい、って事ですよね?そうでしょう、そうに決まってます!

 大丈夫、旦那さんの分まで大切に大切に俺が護っていきますから。

 だから、はいここに!署名、捺印を‼︎」




 ぎゃああああああああああ!ループしたあッ‼︎




「勇士も上総も、遼も…いずれは貴道や洋輔も貴女に下ります。俺を筆頭にね。

 ほら、貴女の望みと夢が全部叶いますよ?俺に全てを委ねてさえ下されば────」




 ナニ?ねえ、この状況。

 喰われるの?喰われそうなの?私。

 目を覚ませ、陽毬!耳障りのいい事、言ってるけど、内容は長期ストーカーだぞ⁉︎

 入念な拉致…じゃないけど、ナンじゃら無体な計画の的だぞ?




「幸せにします。俺を貴女の息子にして下さい」




 プロポーズううぅ‼︎‼︎それ!プロポーズだから⁉︎

「何か、違うからァ‼︎─────ひゃあッ?たぁすけてえぇー!」(勇者にデスのカウントが始まった!)




 バタン!




「──────ヒマ、無事かッ⁉︎」




 ドアを蹴破る勢いで飛び込んで来たのは『実の息子せいめい』だった。

 その後ろにニカっと笑う上総君!ナイスアシスト!ホーリーだよ!ここにしてホーリー掛けられたよ!


 思いがけない助っ人に、ラストバトルのお約束イベント並みに感動する私。

 驚きにペンを取り落とし、それでも憎々しげに清明を睨みながら私の手を離さない。



「ヒマを…俺のオカンを返せ、相良」

「嫌だ」

「お前、嫁がせるなら未だしも、この歳で同い年の兄弟なんかいるか!」

「なら、結婚してもいい。俺の姓にする」

「どんな理屈だ!見ろ、ありゃあ、ちったあ若く見えるが所詮おばちゃんだ!自棄になんな!目を覚ませ、目を‼︎」(デジャブ)




 実の息子から致命的なダメージを受けて、私はヤヤ屍になっていた。

 返事がない。ただのまっしろにもえつきたしかばねのようだ。勇者、ここに眠る。



「大体なあ、お前、本当に『母親としての陽毬おかん』が欲しいのか?」

 清明が脱力した私を引き寄せて、相良君を鼻で笑った。


「──────何だと?」

 相良君は思わぬ問いに気色ばんだ。


「おかしいんだよ、相良。今、お前『なら、結婚してもいい』って言ったよなぁ。

 そんな事、息子になろうってヤツが思い付くか?普通」




 アレ?相良君が目を見開いて愕然としてる。




「ヒマを手懐けるやり方も納得できねー。

 ヒマは温泉やら整体とかだって好きだぜ?

 むしろ、お前の目的にはそっちが合うよな?

 何でエステやテーマパークデートなんだ?

 買うにしても服に靴。挙げ句の果ては部屋を用意した?」



 清明の笑みが悪辣に花開いた。

「お前、そりゃあ『女』としての扱いだぜ?」




 おおッ!清明、会心の一撃ッ‼︎

 上総君、そこ、扉の影で膝を叩いて笑わない!

 ……凄いな、清明。お母ちゃん、何となくの違和感しか無かったよ。違和感だけで川縁かわべりの葦にしがみついていたんだがな!



「相良ァ、ヒマはヒマなりに綺麗になったよなぁ?一回り痩せて、艶々になった。お洒落な服を着て、髪は白髪の一本も無い。

 ─────お前、一回ぐらいこれならイケる。と思った事は無いか?」




 ワナワナと視線を漂わせる相良君。

 あんのか?むしろ、マジであんのか⁉︎

 お前、バカじゃねぇのかあああああああッ‼︎




「とにかくお前の計画はここで頓挫した。

 ヒマ、どうする?俺としては一緒に帰って欲しい。葉月と光恵も望んでくれてる」



 ふふん、と笑うと清明は私に優しく問い掛けた。

 ああ、久し振りだな、こんな清明。

 裕章さんが死んじゃった時以来だ。

 あん時も自分が泣きたいの我慢して、私を優先してくれた。

 夜通し肩を抱いていてくれた。



 私はただの、夫を失って泣く妻でいられた。



「まあ、ごっそ疲れたから、今晩くらいお邪魔するかね?」

「馬鹿、もう諦めろって。俺に親孝行させろや」



 そうして、うっとりするくらい優しく笑うのだ。




「─────なあ、お母さん」




 ずるずると抵抗しない身体をガタイのイイ清明が引き摺っていく。

 私は微笑って上総君に手を振ると、既に連絡を受けてたらしい右京君が入れ違いに飛び込んで来て、膝をつく相良君を助けてた。

 何か『行かないで』て唇が動いた気がするが無視だ!

 ウインク一つ寄越して、ここは任せとけ!って感じは流石に将軍だね!上総君!ジェネラル万歳‼︎




 こうして、『この一連の騒動には』カタが着いたのであった。







 おしまい。









 ☆


 なのに、





「─────何故居る?」





  新しく住まいを探そうと不動産屋を巡っていた私の前に、亜麻色の髪のイケメンが立っていた。


「フツー『おしまい』ときたら、それで終わりだろうッ‼︎」



 噛み付く私に、相良君は見せた事のない不機嫌な顔で、それでもとっても綺麗だった。


「もう、幸せになりなさい。過去になんか囚われないで」


 私は慈愛を込めて、そう言った。

 近づいて彼を下から見上げると、鼻を摘んで悪戯っぽく笑うのだ。


「じゃあね!元気で、ショウちゃん!」





 その手がいきなり掴まれて、ひょいと肩に担がれるとは、誰に想像できただろう!


「ひゃあッ⁉︎」

「─────そんな一言で納得出来るか‼︎」

「そーんーなーこーと、私に言われても〜」


 んがぁ!と暴れるが、鍛えているのかビクともしねえ‼︎

 のしのしと歩くその先に、見慣れた車と笑顔で手を振る右京君が居た。




「嫌ぁ、本格的にババ攫いィ────‼︎」




 開けられたドアの先はフカフカの後部座席。

 シートに押し込まれ、ずい、っと相良君が詰めてきた。




 バタン!プルルルルぅ───────




「ナニ、すんのヨ?」

 思わずカタカナになる私に、

「陽毬さん、実はもう俺にも分からないんだ。分かるのは一つだけ。だから」

 フッ、と緩んだ綺麗な笑顔で、





「陽毬さんの余生を俺に下さい。どんな、形でもいい。傍に、居たいんだ」





 そう、宣った。





 逃げられない!何か、やっぱり逃げられない‼︎

 勇者は魔王を倒す事に同意しない限り、王様の問いとその部屋から逃げられないのだった…。






 勇者は旅に出た。

 防御力が高いんだか低いんだか分からない謎の装備を受け取った。

 コレ、私が着んのか…?とため息を吐けば、

 とぼとぼ歩く彼女に魔王城から招待状が届く。



 それには『ウエルカム』と書いてある。



 何じゃあ、この状況!

 入り口には歓迎の垂れ幕、床にはレッドカーペット。

 魔法使い一人連れて来ずに偵察しに来た勇者はそこで踵を返した。



 魔王がスライディングで腹を見せている。

 服従のポーズ、炸裂!




「─────貴様、イヌかあああああッ⁉︎」




「仲間にして下さい」

「お傍に」

「ずっと」

「永久に」

 勇者はすっくと立ち上がった美麗な魔王に、あっという間に城の中に押し込まれた。



 おめでとう勇者いけにえ!君にかまけている間は魔王は決して悪さをしない。

 君の尊い犠牲はきっと無駄にはしないさ‼︎



 多分。










 ───────ひとまず終わり───


























.

お楽しみ戴けたでしょうか?後編をお送りしました。残した様々な疑問は相良編で拾う予定です。

「アレは?」と言う問いかけがあれば、脳内に無くても相良編に組み込みますので、感想でお待ちしております。

一応、別連載を暫く優先しますので、出来ましたらその間によろしくお願いします。

読んで戴きありがとうございました。

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