洋輔編①
あけましてー、と言えない訳はエッセイの方で。
お待たせしました。
1.
「すみませんのう巻き込んでしまって…洋輔君。ところで物は相談だが、私を匿って戴けませんでしょうか?奴らが揃って居ない昼に部屋の鍵を最高水準の次世代型ディンプルキーシリンダーに取っ替えるまでの間」
ヘタレな顔をしたチャラ男(外見)が困惑を極めた顔をしていた。
「え…?」
「確か、独り暮らしだよね?セキュリティ万全のマンション住んでるんでしょ?ほんの数日、お願い出来ない?親戚か、母親が訪ねて来た体で。大丈夫、彼女とかいても誤解される歳じゃ無いから!部屋エッチの時ぐらい暖房の効いた図書館で遊んでいるし」
陽毬は必死に言い募る。
清明(息子)の所には行けない。なんかなし崩しに同居に持ち込まれそうな気がするから!
みっちゃん(嫁)は親が早くに亡くなったらしく、同居に不満が無いらしいが、私はイヤじゃ!そんなん何処で乙女ゲーやれば良いの⁉︎孫パワーをチャージ出来ても、あの賢い葉月には逆に色々、人として窘められてしまいそうなんだよね…。
うん…。それはババとして正しく無い。けど、改めたくも無い。
「おばたんなんか泊めるのヤなのは承知の上でお願いするよー!ホラ、安全地帯が無いのよ私。暇つぶしの道具なら色々バッグに仕込んであるし他に迷惑は掛けないから。
それにね、洋輔君にもメリットがあるよ?」
「…メリット?」
「うん。あんなトコにまで連れ出された、って事はアレだ、『檻』としての義務を果たせって急かされてるんでしょ?」
人懐っこい軽薄そうな美貌が陽毬の爆弾発言で目に見えて怯んだ。
「オホホ、そこで今回のお泊まりよ。何らかの実績を果たせば良いんだから、後で何日か泊めたついでにベロチューぐらいかましたよ、って報告すりゃあいい。それくらいノるよ!基本、ショウちゃんは『檻』のメンバーがする事には茶々は入れても邪魔はしない。つまり、密室で何があったと騙ろうが分かりゃしないって」
トテトテ二人で彼が車を停めてた近くのコインパーキングまで歩いて来る。
「ね?お願い‼︎洋輔君しか頼れる人が居ないんだよ!オヤツ食べてるだけでデブdisられる息子のとこなんて行きたくない〜〜」
新型シエンタの前で地団駄を踏むおばたん芹沢陽毬(49)。
「…陽毬さん。都合良く忘れてる様だけどね…俺だって『檻』としての教育は受けてんだよ?
あからさまに安全パイ扱いしてるけど、それ結構侮辱だから」
ちょっと眉間に皺を寄せてみせる今風イケメンに陽毬は唇を尖らせてみせる。
「フッ。今までショウちゃん含む君以外のメンバーにこのおばたんが何をされて来たか知ったら、君はきっと嘔吐くに違いないよ。
まあさ、どういう経緯かは知らないけど、洋輔君は現状維持で行きたいんだろ?
じゃあ、この状況を利用すればいいじゃん」
落ち着いたブラウンの車に乗り込んでそう提案するも、洋輔はまだ渋い顔をしている。
少し無言の彼を見て、陽毬は深く溜息を吐いた。
「んじゃ、いいよ。無理強いする程の事じゃないし。洋輔君は私を泊めたって事で。私は偽名を使ってどっかビジネスホテルでも泊まるわ」
「─────駄目だ。払いは俺が持つから良いホテルのスイートに泊まって」
「お断りよ。年下にそんな事させられるか。あ、もうそこのドラッグストアで降ろして」
陽毬は身を起こして一軒のドラッグストアを指差す。
「アメニティの充実したホテルに連れて行くよ?」
「いや、欲しいのは冷えピタと体温計と風邪薬と念の為のキッチンパックだ」
キュキュキュキュ、キューン!とドリフトに近い状態でドラッグストアの駐車場に滑り込むヴィンテージブラウンパールクリスタルシャインのシエンタ。
「熱があるの⁉︎」
「…大声やめて。大袈裟だよう。にょっとオエっとして、ブルっとしてるだけ。多分七度台の微熱。葛根湯でイケる範疇」
「──────ここに居て」
バタン、と音を立てて身を翻した洋輔は素早く言われた物プラス飲み物やらOS1ゼリーを買い込んで来た。
「あ、ごめん。ありがとう〜〜幾らだった?」
「良いよ、病人に金を出させたり追い出す程、俺、薄情じゃないんだ。うちに行こう」
「へ?」
それからあーだこーだ言い募る陽毬をさっきの優柔不断ぶりは何だと思わせる体でバッサリ言い訳を封じ込め、洋輔は瀟洒なマンションにアラフィフを連れ込むと、自身の長めのTシャツを渡した。
「…着替えろ、と?」
「いちおー洗ってあるから。スエットもあるけど、吐き気があるならウエストは締めない方がいいだろ?」
おばたんは諦めた。そして着替える。そしてベッドの毛布を持ってソファに行こうとして、
「─────こら!何処行くの‼︎」
途中で捕獲された。
「いや、せっかく塒が確保されたんだから、とっとと寝ようかと」
「ベッドがあるだろ?」
「いや、ここどう見ても主寝室だよ?幾ら何でも家主のベッドは奪えんわ私」
「…誰も連れて来た事無いから、他の部屋にベッドは無いの。
気が引けるなら…一緒に寝ればいい。それくらい大人なんだから平気だろ?」
思わぬ提案にびっくりして、ついでに台所で吐いて、洋輔に甲斐甲斐しく摩って貰ったりして、思わず着替えて寝かせ付けられる陽毬。
「足が心許ない…」
「我慢我慢。吐き気がある時は締めるの大敵だから。お腹空かない?お粥つくるし。梅干しと明太子、海苔の佃煮くらいならある。少しなら味噌汁も入る?豆腐と小葱のだけど」
「お構いなく。台所貸してくれたら自分でやるよ」
「だ〜め!大した手間じゃ無し、寝てて」
また目を丸くする陽毬に、洋輔は目の前のアラフィフが甘やかされ慣れてない事に気付いた。
あんなに省吾さんや篠崎に大事にされていて、まだ染まっていないとは。そりゃ『檻』の面子も苦労する筈だ。
熱で目は潤み始めているし、結構風邪で節々が痛む、って思うように抵抗出来ないからあっさりとこちらの誘導に従っているのに、多分朝は起き出して朝ご飯の仕度やら洗濯やらを家賃代わりにやろうとしている。その為に体調を万全にする心算らしい。
洋輔は手早く少量のご飯を水で洗い、出汁昆布を入れた鍋に投入すると、その間に味噌汁を温め、お茶を注ぎ、紙皿ワンプレートを完成させた。
「起きれる?陽毬さん。ご飯、入るなら入れといた方がいいと思う」
「ふ、節々が…」
「介助する」
プレートを脇に置くと、起点の腰に力が入らない陽毬のそれに腕を差し込んでそっと起こした。しっとりとした病人特有の人肌の温もりが妙に意識に残る。
ふわり、と香るのは金木犀。
「…香水、変えたの?」
「…何で知ってんの?オイ、私のデータ共有してやがるんだな⁉︎」
イテテ、と顔をしかめながらベッドサイドからお粥を取って口に運ぶ。
「う、美味…」
「口に合って良かったよ」
彼女の周りにはシェフか篠崎以外男が簡単な料理すらする事は無かったらしい。
この分じゃ、『檻』にも母親を気取って先回りして世話を焼いていたんだろう。
そうやって敢えて代理を果たす事で色気を潰してナアナアで時間稼ぎをやってきた訳だ。
だが、その所為で余計に執着されてここに来て誰も遠慮しなくなってきたので逃げ出した、と。
さっと厚手で深皿の紙皿を取り上げてレンゲで掬うとふうふうと冷まし、差し出した。
またもや目を丸くしている。
何でこう、母親なんだろうこの女性は。やがて、顔を片手で覆って赤面している。
こういう世話をされ慣れていないのだ。
『母親』という存在は、俺達、『檻』の面子にとっては全く機能していなかったけど、基本、家族の為に具合が悪くとも家事をこなし、自分で自分を看病し、事によっては仕事まで熟す生き物らしい。
もうこの女性の周りには『本物の家族』は誰も居ないのに、誰の為にそうしようというのか。
洋輔の『夢』に基づいた『独占欲』が刺激され、激しくそれが疼いた。
あんなに抵抗があったのは、溺れるのが怖かったから。
こんなに世話の焼き甲斐がある不器用な女の人、理想だったから。
そう、実は誰よりも病んでいるのは洋輔であったのだ。
ふふ、病んでる病んでる。




