貴道編⑨
長らくお読み戴きありがとうございました。
貴道編、最終回です。
9.
「そんなおばさん、お兄ちゃんには似合わないわ!お店の…そうよ、ホストクラブのお客なんでしょ?」
「そうよ、貴道!そんなババアに引っ掛かっちゃダメ!あたしが居なくて寂しかったんだね⁉︎
そんなの身代わりにしなくても、ほら!本当の家族がここに居るよ」
陽毬さんが目頭を押さえて、軽く左右に首を振ってる。何だろう?怒ってる?笑ってる?…呆れてる?
俺は一つ大きく嘆息すると、目に力を入れて営業用の微笑みを浮かべ、軽くシャツのボタンを二つ緩めると、ぐい、っと鎖骨を二人に見せつけた。
「貴…」
「凪子、隣の女の目を見て見ろ」
娘に不審な目で見られ、動揺する『母親』。
「なあ─────それが、『母親』のする目か?」
涎を垂らさんばかりの目を見つめる母娘は互いの『内側』に何を見るのか。
凪子もまた、或る意味貴道に囚われている『女』の一人だ。
「俺と待つ、とはそう言う意味だろう?息子とはいえ、顔が取り柄の若い男といずれ金蔓になりそうな娘を手懐け、もう若くない女の最後の手段として、捨てた子供にしがみついて悠々自適にこの先暮らす。
おめでたい事だ。そこの人生経験の浅い小娘ならいざ知らず、付け焼き刃の哀れな演技なんぞで百戦錬磨の女達を相手に生きてきた俺を騙そうなどとは到底無理な話だな」
「偉そうに!たかが女衒の端くれが大した口を利くんじゃないよ!」
カッとした『母親』が喚き出した。反省と謝罪は何処に行ったのやら。
「あんたは黙って昔みたいにあたしの機嫌を取ってりゃいいんだ!そうすりゃあ、あたしだって鬼じゃない。その『愛情』ってのを腐る程くれてやるからさ」
「おかあ「あー、煩い。煩いわ〜貴道君?ちょい冷えよ?煩い上に寒いわ。そーゆー訳で今帰ったら、特別に陽毬さんが冷蔵庫あり合わせでお鍋してあげる。〆はうどん?雑炊?」
『傷付いた』凪子の嘆きに被せる様にして、陽毬さんが前に出てきた。
この女性が雛鳥を守る様に何処もかしこもオールレッドに切り替わっていく様は実に見事で、俺は泣きたいくらいに嬉しかった。
「最初うどんで、汁だくで雑炊」
「チッ!じゃあ、コンビニで冷凍うどん買って帰ろう」
「ラジャー」
俺がそう答えると、徐にブルーのリュックの中から折り畳んだハリセンらしきものを取り出し、陽毬さんはパシンパシン、と手に打ち付け出した。
「日常は退屈で生きていくにも辛い時がある。
全ての人が天職に就ける訳でも無く、全ての男女が素敵な恋愛を経て幸せな結婚に辿り着くなんて不可能で」
ちろり、と視線が妹に向く。
「それでも、人生にはキラリと光る時がある。
妹さん、今、それを実感してるんだよね?貴道君のお陰で留学までして、人生の目標に向かって。最高なんじゃないの?何しに来たのよ」
「それは!────そうだけど、家族が大事だから、お兄ちゃんも幸せにしてあげたかったの!それが悪いの?他人の貴女には関係無いじゃない」
「え?幸せ?ただ二人掛かりで優しい兄貴を態々こんな所まで吊るし上げに来たんでしょう?そりゃあそんなん商店街のおばちゃんだって助太刀するわ」
貴道君は町内でも人気が高いのよ!と何故か陽毬さんが鼻高々で。
「吊るし上げなんかしてないッ!」
「そうよ、他人のおばさんは引っ込んでな!」
妹と『母親』がそう言った瞬間、ハリセンが唸り、スパン!スパン!と二発の音を高らかに上げた。
「ぎゃ!」「きゃ、ナニ⁉︎」
見事にそれを二人の頭頂部に叩き込んだ陽毬さんは、小さいのに凄く大きく見えた。
「何であんたらはこんな良い子をいつまで自分のモノ扱いしてんの?家族だからって、その将来まで縛れる訳無いじゃない。それが証拠にあんたらだって今まで好き勝手してたんでしょうが」
『タカ』『お兄ちゃん』
小さい凪子と遠い昔、若くて綺麗だった母親が、
「あんた達、過去一回でもうたた寝するこの子のお腹に毛布の一枚も掛けてあげた事あんの?
将来何になりたいのとか、好きな女性がいないのかとか、聞く処か考えた事だって無いんでしょうが!」
項垂れる今の妹。遠くなっていく、俺の、『家族』と辛うじていえたモノが。
「そ、そんなの、幾らだってこれから聞けるし、やってやれる。だから、一緒に」
「馬鹿が、本人が色ボケババアと一緒は嫌だと言ってるだろうが。大体、寮母の私が一歩も入れたらんわボケ」
オラオラ!とハリセンで母親の接近を威嚇する陽毬さんは悪辣で、可愛い。
「陽毬さん、寮母引き受けてくれるの?」
断腸の思い、と言った風情で歯をくいしばる熟女。
「ああ!やってやる‼︎やってヤラァ!ウチのワンコ達の安全は私が守ってやるんじゃあ!」
俺は代わりに揺るぎないものを見つけた。
それは得難いモノで。暖かいモノで。
例え貴女が拾った仔犬感覚で伸ばしてくれた手だとしても構わない。
だって、『陽毬さんのウチの子』になれたんだから。
「言質取った。じゃあ、こんなトコで時間潰してる場合じゃない。就任パーティやろう!鍋の中身はカニも入れて」
「ちくせう。また厨房から怒られんぞ」
「ちゃんと補充しておく」
クスクスと笑うとハリセンをプランプランしてる陽毬さんを捕まえて、二人の脇をすり抜ける。
「お、お兄ちゃん」
「タカ」
俺は『他人』に向ける目で、二人を振り返った。
「なあ、今のお前らが言う『他人のおばさん』の言葉に対して、何一つ思う所は無いのか?
凪子、俺は今までお前を『妹』として叱る事すらしなかった。それは『無関心』だったからだ。だからこそ、俺はお前に愛情を持たない自分を嫌悪して、殊更お前に優しくしてたんだ。
だが、もう変な罪悪感を持つのは止めにする。そうしないとお前は増長するばかりで今後の人間関係にも支障をきたしそうだ」
「ひ、酷い…」
「そうしか思えないなら、それでいい。
それと、あんた。まだ地方の熟女パブぐらいなら需要もあるだろう。怠けないで働けよ。
さっきも言った様に俺には要らん。捨てたもんが返ってくるとは限らないのが世の中だ。
ちょっと揉まれて来い。
今度俺の前に顔を出したら、水商売の実力見せ付けてやるから覚えておけ」
自分の頬を親指で縦になぞってやると、『母親』は真っ青になる。『意味』が分かったんだろう。やっと静かになった。
「俺はもう誰も憐れまない。例え、それが自分自身だろうとな。
だからこの先、『可哀想』を盾にしても何にも俺からは引き出せない。再び、俺の前に立つのなら、凪子、お前もその覚悟をするんだ」
「お兄ちゃん!」
聞こえない。
お前の『嘆き』はもう俺の心を打たないよ。
だって、お前はもう大人になってしまったから。迷いなく、繋いだ手を放す事が出来る。
後は先を行く陽毬さんに駆け足で追い付く。
もう二度と振り返らずに。
「おいで、貴道。一緒に行こう」
あの女性が俺に手を差し伸べる。
それがこの胸にどんな歓喜を呼び起こすか、彼女は生涯知る事は無いだろう。
桜と秋桜が好きだと言ったあの女性は。
俺は鍋パーティーの後、携帯を片手にエントランスに出た。
「──────陽毬さんが寮母を引き受けて下さいました」
四角いディスプレイの向こうから口笛を鳴らす様な音がした。おそらく一緒に居る篠崎だろう。
『でかした。特別ボーナスを付けてやる。母親からの接近禁止を物理的にーってのでいいか?』
「でもそれ、もう手配済みなんでしょう?」
『うん?』
「だって今回の事、最初から裏で手を回したの省吾さんですよね?」
『……偶然じゃない?』
「俺を陽毬さんに追い込みたかったんでしょう?大体どうやって食うのもままならないあの女がオーストラリアの凪子に繋ぎを取れるんですか」
『愛、のチカラなんじゃないのカナ〜』
「そんなエゴイストの愛なんか要りませんよ。カニでいいです。カニ。寮の厨房宛てに手配して下さい。二人でお鍋したんで」
『また、俺抜きで〜〜お前は〜‼︎』
省吾さんの嘆きが、エントランス一杯に響き渡った。
貴道編FIN.
出来ましたら次の洋輔編も宜しくお願いします。




