貴道編⑤
そろそろナンバーでもある『檻』の面子も忘れられてそう。
・上総広常28。
将軍系。育児放棄。
・秋津勇士23。
王子系。性的虐待。
・有坂貴道25。
黒髪クールビューティ俺様系。男が出来て捨てられ。
・新山遼20。
金髪わんこ系。兄弟比較、弟好かれの嫌われ。
・飯高洋輔27。
人懐っこいチャラ男系。虐待、殴られ。
5.
「─────またね〜芹やん!今日はありがとう!楽しかったよ〜貴道君もお疲れ様ね」
「ああ〜ホント楽しかったあ!晴人君もマサキ君も接待ありがと!こんなに笑ったの離婚届を出した時以来だわ〜」
俺はマリオネットの様になった陽毬さんの手をフリフリと振る。
お見送りは晴人とマサキに任せて、彼女を抱っこしていると、心配そうな顔をした遼がブースを覗き込んだ。
「貴さん、陽毬どうしたの?」
「何か、フリーズした」
「……何かしたの?」
トイレ帰りを装っていたからだろう。自らの客のブースに手を振りながら、短いセンテンスの問いを投げかけてくる。
「ああ。卓チュー」
ニコニコ仔犬の笑顔が凍った。
ホラー映画のゾンビの様にゆっくりとこちらを見る。
「──────なんつった?」
「だから、卓チュー」
すかさず返せば、少年めいた美貌の、その目に一瞬で剣呑な色が灯る。
「…ふぅん、あんたは『檻』の中でも割と穏健派だと思っていたのに案外、下種いな。まさか酒に酔わせてどうこうするとは思わなかったよ」
俺は軽やかに笑った。
「随分と可愛い事を言うな、遼。これくらい俺達にとって挨拶にも満たないと陽毬さんもちゃんと分かっている。
舌も入れてないキス程度でそんなに発憤されちゃうと、逆にお前に振られた役割が理解できて笑えるな。営業に戻れ、仔犬。────これは俺のターンだ」
悔しそうに下唇を噛むと、それでもここで騒ぎを起こす程の馬鹿では無いらしく、笑顔を浮かべて客の元へ戻った。
「うん、あの、確かに知ってるけどね?貴道君に於けるソレの比重とご無沙汰しております私のソレとは些か違いがありまして、ね?
はっ!いつの間にかマンツーマンになってる⁉︎何だ何だ?何でこんな非常識な展開になってんの?ナンバーがグラスの水滴拭いてんの?うん?陽毬さん、もう大丈夫だから貴道君、空いてるスペースに熟女座らせてみようか⁉︎」
「イヤだよ」
「にべもなく却下!」
当たり前だ。何の為に『ナンバーを貸し切り』にしてると思ってるんだ?まあ、これが篠崎の『陽毬さんの自尊心を擽っちゃおー作戦』の一端なんだけどね?
俺の担当の指名客、見事に他の日にちに振り分けちゃって、どうしても今日で、というお客様は0時きっかりから陽毬さん達が来るまでに帰してしまった。
まあ、これは俺も鋭意協力したけど。
「寮に居ても、誰かしら陽毬さんの部屋には入り浸っていて俺は貴女と二人でゆっくり話す事も出来ない。それともデートの約束してくれる?本屋併設のカフェとかどう?ポップコーン買って漫画原作の邦画観るのもいいな」
ピンポイントでツボを突かれた顔って、初めて見たな。
顔色読むのは接客業のデフォルトだが、キョドる女性は初めてだ。
「本来なら『檻』のメンバーがトラウマを背負ってるからといって、貴女が母親を買って出る必要は無い。陽毬さんは息子さんをちゃんと愛情込めて育てて、そして巣立ちさせたいいお母さんだ。
俺達の母とは違う。分かってる、分かってはいるんだ。それでも俺を含め、怖がって逃げている洋輔以外は皆、拒まない貴女に甘えてしまっている」
陽毬さんが視線を上げる。
「確かに俺は『檻』の一員として、陽毬さんを拒まない、寧ろ進んで色仕掛けする様に身も心も調教されている。
だが、俺も生身の人間だ。もし、貴女にトラウマに帰する魅力以外のものを全く感じないなら、とっくの昔にヒロさんか勇士のサポートに回っているだろう」
信じられないといった驚きの表情を見せる陽毬さんに少し微笑った。
「男だからな」
なけなしのプライドも売った。
そんなものが金とコネに変わるなら、幾らでも差し出せた。
「─────妹が居るんだ。だから昔、『檻』の欠片になる事を選んだ」
無性に彼女に知って欲しくなって、自然とそれが口についた。軽やかな喧騒の中、小さなブースに二人っきりだからこその、秘密。
「妹さんの為?」
「そう。─────だけど、これ以上は貴女とのデートの時になら話す。…ちょっと、騒がしくなりそうだ」
見ると、入り口付近で何やら揉めている雰囲気がする。……女か?
キャストへのストーカーの可能性を考えて、俺は素早く背中に陽毬さんを押し込み、チャームの下の銀トレイをひっ掴む。
ブルーノート規模の中箱なら、直ぐに不審者に突破されてしまう。
ちっ。篠崎は何をしてるんだ?
押し切られる様に通路にやんごとない身形の美女がまろび出た。
「真奈美さん…」
美貌にやつれた様な翳りが滲み、キョロキョロと忙しなく店内を見つめる目が、ふとこちらを捉えた。
「あ、貴道君だ。ねぇねぇ、省吾は来てないの?」
可愛らしい笑みを浮かべて無邪気にそう尋ねてきた。店内という事もあって、駆け付けてきたスタッフは数名。穏やかにお引き取りを願う為に俺はにっこりと微笑んだ。
「やあ、真奈美姫ご機嫌麗しゅう。どうしたの?省吾さんなら店には来ないよ?毎回、呼び出していた貴女なら知ってるでしょう」
ちょいちょい、と彼女を指で呼んで親しげに声を掛けた。
「ええ、私は省吾の『特別』だもの!それは分かってる…。でも、最近はお店に来ても篠ちゃんは満卓だって、なんだかんだ入れてくれないし。広常に聞こうにも最近はさっぱり店外デートにも応じてくれないの。ねぇ、貴道君が彼を呼び出してよ」
何が『特別』だ。篠崎の下の名前も知らず、省吾さんの現役時代にだって、太客ではあるがエースじゃなかったと聞いている。
趣味カノ(所謂セフレ)ですら無い。そして、陽毬さんしか見えて無かったあの人が本彼を作る筈も無い。
色恋営業ですら友営(友達営業)気味で、当時を知る先輩の話ではこんな地雷を除いて、全ての担当客に親身に心を砕いて接客していたらしい。
「駄目だよ、真奈美さんは『省吾さんルール』を破ったんでしょう?この上迷惑を掛けたらもう声を聞かせてもくれないよ?」
「…………」
「最後の電話になってもいいなら、繋いであげるよ。どうする?」
「……え…」
「俺もさ、今も待たせてる大事な大事なお姫様放ったらかしに出来ないから早く決めて」
目で近寄ろうとするスタッフを押し留めて、“篠崎を呼んで来い”と微かに顎をしゃくる。
店のスマホを持って来た新人に手を伸ばした時…。
「あ!貴女、省吾のお母様?あの、お母様ですわよね?」
今の今まで息を潜めて成り行きを見守っていた陽毬さんが隙間から見えたらしく、彼女に手が伸びる一瞬、俺は銀のトレイでそれを防いだ。
「俺の姫においたは駄目だよ?」
指を痛そうに引っ込めた地雷の後ろに漸く篠崎が現れた。
「─────いっそ、引導を渡して差し上げましょうか。さあさあカオル、省吾さんに掛けちゃいなさい。それと!真奈美さん、お家の方々が探していらっしゃいましたよ?怒鳴り込まれてさっきまで応対してたの俺ですよ?ああ怖かったぁ〜もーうちに迷惑を掛けちゃ駄目じゃないですか〜〜ほら、合わせて怒られてみます?」
耳にスマホを当てて、それを目の前に突き出すと、コールが終わらない内に慌てて彼女が逃げ出した。
ぴっぴっぴっぴーん!午前2時38分丁度をお知らせします…
時報か。
まあ、この程度でこいつが態々省吾さんを煩わせる筈も無かったな。
「右京君、大丈夫?」
心配そうに声を掛ける陽毬さんに、さっきは見せなかった本気の微笑みを浮かべて跪いた。
他のスタッフは指先一つで出入り口のチェックに追い払う。
「貴道さんに無理を言われて遊びに来て下さったのに、怖い思いをさせてしまってごめんなさい、陽毬さん」
おい。
「いや、あれは不可抗力でしょ?いーよいーよ。それにこっちもツレも帰ったんだし、営業妨害してるのは私の方かも。もう帰るね?楽しかったよ〜ありがとう」
と、腰を浮かせ掛ける熟女の腰に軽くタックルを掛ける。
「⁉︎ふわっ!」
良くやった、とばかりに頷く超バーテンダー。
「アレがもし今、ウロウロしてたら危ないだろうが」
「そうそう。これからお客様全員騒がせたお詫びにモエシャン(モエ・エ・シャンドン)、グラスでサービスしますからね?居た方がお得ですよ?」
きゃあ!と各ブースから喜びの声が上がる。
それに片手をひらひらさせて答えると、
「寝てた上総さんを叩き起こしましたから、後20分程で迎えに来ると思いますよ?あ、貴道さんはその頃に御予約入ってますから、速やかに営業続けて下さいね〜?」
鬼だ。鬼が居る。
一番に運ばれたシャンパンを思いっきり吹く陽毬さんの背中を摩った俺は、慌てて根気強くデートの約束を取り付けに掛かる。
タイムリミットは20分。
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その他
・篠崎右京26。
尽くし系、どこまでも影。長めの前髪。プライベート秘書。
・第一秘書 楠木一薫28。
インテリだ!インテリ眼鏡で結構乱暴。




