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貴道編④

営業中の貴道をご堪能ください。

4.



 陽毬さんのテーブルには、寮生の中堅と新人が一人付いていた。

 いつもは鳴り物入りでVIPルームを使わせられる(・・・・・・)彼女が友達を連れて一般のブースに入っているのにちょっと戸惑っている様だ。

 特に新人のマサキが。


「─────だから、ある意味初見の私達以上に何でマサ君がガチガチなのよ…」


 陽毬さんが何故かいつもバッグの底に入れている、扇子がマサキの額にぐりぐりされていた。

 ボトルは、と見ると、キープされているのはトラディションだった。リシャール辺りは警戒されていたので余り酒の事を知らない陽毬さんへの省吾さんチョイスらしい。(もちろん金は省吾さん持ち)


「じゃあ、緊張ほぐす為に是非、クリコ飲ませて下さいよ!」

「初見にこの新人がナニ求めてんのよ⁉︎」


 扇子で額を殴打されている。自業自得だ。

 お友達も若い男が蹂躙されて楽しそうに笑っている。


晴人ハルト、俺の女王様方に無礼な物言いをするマサキのその口、ひん曲げてやれ。

 こんばんは。楽しんでいらっしゃるかな?」


 濃紺のスーツですっきりと纏めてきたつもりだが、どうかな?と微笑むと、陽毬さんのお連れは紅く頬を染めている。反応は上々の様だ。


 すっと、心得た様に篠崎がボトルを差し出した。『カフェ・ド・パリ』のクランベリーだ。

 これくらいのシャンパンならいい目眩しになるだろう。


「これは無理を聞いてくれた陽毬さんへ、俺の奢り。軽くて飲みやすいよ」


 おお〜!と上がる女性陣からの歓声。


「どゆ事?芹やん、常連なの⁉︎」「お金持ちなの⁉︎」「ちゃうわ!そんなんやったらウチでサン○リーRILAなんか飲んでないわ‼︎まあ、味が好きなんだけどね⁉︎」


 ああ、アレ一本500円ぐらいだったよな。


 クスクス笑って自己紹介し、さりげなく陽毬さんの隣に陣取った。


「陽毬さんのお友達とは仲良くなりたいからタメ口でも構わない?」


 張り子の虎の様にブンブン上下するお友達のお顔。初めての俺の営業ぶりにポカン、と口を開けて固まっている俺んちの熟女。


「お二人共、下の名前呼びたいな」

「淳子です」「真弓です」「簡単だな!オイ」

「うちの陽毬さんが迷惑掛けてない?」

「大丈夫です」「気にしてられません」「どーゆー意味よ⁉︎」


 中堅の晴人が陽毬さんにシャンパンを注ぎながら、笑う。


「陽毬さんはブルーノートの寮母さんだから、今日は俺らの仕事ぶりを見に来てくれたんでしょ?」


 晴人がチャンスと踏んで、陽毬さんを嵌めようとしている。まあ、成功したら省吾さんから確実にボーナス出るだろうしな。


「え?マジ!陽毬さん、俺ちゃんとやってます。オーナーにそう報告して下さい!」


 慌ててそういうマサキに、一斉に視線が陽毬さんに集まる。


「は?ホストクラブの寮母やってんの?芹やん」

「いや、まだ引き受けとらん!断じて‼︎」

「芹やん〜〜日給、幾らでイケメンの巣を守ってんの〜?」


「やめてー、俺の陽毬さん虐めないで〜」


 そう言うと、俺はここぞとばかり友達に追い詰められた陽毬さんを引き寄せて、腕の中にしまい込んだ。

 顔は笑顔で茶化した雰囲気を保っているから、周囲は「良いなー、イケメンの抱っこ」ぐらいで誤魔化されてる。


「く、ナニ微かにいい匂いするんだけど?」

「エセントリック モレキュールズ 『モレキュール01』…好き?」

「………は、離しやがれ…力が抜けるわ」


 好きなんだな?

 俺は善し悪しが分からないから、ジョニー・デ○プ御用達ってだけで選んだんだが。

 ああ、そういやフェロモン香水とも言われてたな。


「いいよ、好きなだけズブズブに溶けてれば?俺ぐらいになると、陽毬さん抱いたままでもお友達と楽しくおしゃべり出来るから」


 どうどう、と背中を撫でながら、腰をそっと引き寄せれば、びくん、と小さく跳ねる。

 良い反応だ。何年もご無沙汰なのが分かる初々しいこの感じ。

 いい加減誰かに抱かれれば良いのに。


「凄い自信だね?貴道君」

「貴道さんはナンバーだからね」

「ナンバー…何番目なの?」


 コラコラ、俺の話題で持たそうとするんじゃない。まったく、マサキをヘルプに付けたのは早過ぎたかな?陽毬さんなら優しいし、良い練習になるかと思ったんだが。まだ痛ホスとまではいかないが、話運びが下手だとそう言われかねない。


「うーん、うちはナンバー1以外の変動が激しくてね。今は三番目くらいかなぁ。淳子さん?顔、出さない。他のブース見て、他のナンバー探さないで。ほらほら俺もレアなんだよ?ねえ─────俺だけ見てて。妬けるから」


 陽毬さんを膝に寝せて、ぐい、と彼女に顔を寄せれば、アワわわわとなって慌てて顔を引っ込める。にっこり微笑みながら、晴人に目配せ入れる。ちゃんとお守りしろ、という意味だ。

 陽毬さんのお友達は初回限定の姫なんだぞ?こちらのルールなんて知る筈も無い。いきなり地雷扱いされたらどうする。


「真弓さんはどういう男が好み?俺とか俺とか俺は?」

「貴道君、それ『俺』しかいない」

「もち。俺のテーブルでは俺、一択」


 けらけらと笑い転げるお友達。よしよし、雰囲気は戻せたな。

 空気を読んだ晴人が上手くマサキを引っ張って(リード)して話をリードし始めた様だ。


 ブランデーが効いてきたのか、触れるとちょっと陽毬さんの体温が高い。

「酔ったのか?陽毬さん。トーション(膝掛け)持って来させようか?」

「うう…ホストクラブ…やっぱ慣れない」

「でも、お友達はマサキしばいていい憂さ晴らししてるみたいだぞ?」

「うむ。それだけでマサ君価値あり」


 こちらを気にしている筈の篠崎を探すと、バッチリ目が合った。一つ頷くと、膝掛けとチェイサーが直ぐに運ばれてきた。


「炭酸水、飲める?普通のミネラルウォーターがいい?」

「いや、大丈夫。ほわほわと酔ってる。これくらいがいい」


 出勤してるナンバーは俺と洋輔さんと遼。

 偶々だが、この奇蹟に感謝するしか無い。

 下手に誤魔化すとヒロさんや勇士は直ぐに勘付く。あの二人は野生動物並みの嗅覚と勘を持っているから。


「やられたな。…いい酒出したろ?右京君てば」

「大丈夫、流石にブラックパールのフラグシップレベルは仕込んでない。ちゃんと約束してた通り千円以上取らないよ。そんな事より、今は俺の腕の中で他の男を気にするのはやめてくれ」


 耳元で低く囁けば、びくびくと小動物の如く打ち震える陽毬さんが可愛い。


「やめてぇ、充分に貴道君の接客は堪能しましたあ…オラオラではありませんが、立派な俺様営業です。てか、何だそのけしからん凄絶な色気は!」

「堪能してみるか?」

「誰か!このけしからん空前絶後のセクシーホストに今直ぐ『お断りします』のAA貼ってやって!」


 どうしてこう、ガードが硬いかな?

 ああ、仔犬オーラが出てないからか。どちらも俺で違いないんだけど、陽毬さんには別人に思えて警戒されているのかもしれない。


「こんなに優しく撫でてるのに、どうして堕ちて来ないんだ?羽目を外してせっかく来たんだから、卓チューくらい経験してみないか?安心していい。ここじゃディープまではやらないから」

「貴道君!ホントに貴道君なの⁉︎何かが貴道君の着ぐるみ着てんじゃないの⁉︎」

「『ナニ』って?」

「ちょっと上総君とか」


 ちゅっ!


 軽いリップ音と共に顔を離すと、ギギギギ…とぎこちなくこちらを凝視する陽毬さん。

 周囲は俺の素早い動きに気付かなかった様だ。


「……今、ナニ…」

「ペナルティー」

「…へ?」

「『俺の腕の中で他の男の話をしない』」

.

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