中編
何で、こんなに長くなるんだろう。
でも、後編で終わらせます。一応。
ブルーノートの『寮』と称する邸宅に来た。
ええ!邸宅ですよ!て・い・た・く。
庭とか何ですか!これはエントランスと呼ぶべきですよ‼︎
ホント、散歩にもってこいの広さですよ!
「……で、こっち厨房、あっち共用リビング。
一階の部屋は駆け出しのキャストが一室三名平均で使ってる。
二階は売り上げ上位の五名までの部屋。使って無いヤツもいる。客、彼女の出入り禁止だからね。ストーカー対策込みの寮だし。
陽毬さんに住んでもらう管理人室は、バストイレ付き。IHコンロあるから料理しても良いし、賄い食べにダイニングまで来てもらっても良い。引きこもりたかったら、料理人がネットスーパーで買う時に追加させよう。御用聞きさせるから、後で紹介するよ」
まあ、私の荷物が運び込まれて、整理整頓されてるわ。
「相良君…」
「ショウちゃんでしょ〜、陽毬さん」
「おねだりが可愛くありませんよ、省吾さんワンスモア」
「うん、ショウちゃん。聞いて良いかなぁ…あのドレッサーとか、ベッドとか本棚とか何かなぁ。私の秘密がキチンと並んでいるんですけどね…」
「うん、本当IKEAて何でも揃うよね。
つい、あれもこれもって。部屋に納まりきれて良かったよ。本棚大容量だから、全部入ったでしょ? これで隠さずに済むよね」
「…おお。何と、異世界トリップに転生に現代オフィスラブ。プレステ3と4の横にVITA、3DS、何だか少女マンガちっくな男しか描かれていない美麗なソフトケース。陽毬さん、駆け出し訓練用に偶に貸し出して戴けませんか?」
広いね…十二畳二間くらい?ある?ねぇ、普通、その一室は来客用とかの対応の部屋だよね?何で、ドア開けたらアン=シャーリー的な部屋になっているの?可愛い応接セットは置いてあるから、ここで来客は応対するんだよね?それなのに何で本棚は管理人の私室な方に置いてないの?バカなの?晒し?
「うん、ショウちゃん。わざわざタンスにしまってあるモノはね、しまっておきたいからしまっているんだけどね。後、右京君、貸さないから。これで解析出来るのは一部の腐女子と邪な心とピュアという名の獣性を持つある意味肉食系女子だから!ネガティヴなのにアグレッシブだから‼︎
つか、管理人って何時から私を想定していた⁉︎
昨日今日の品揃えじゃないじゃん、ココ‼︎」
にこにこと胡散臭い爽やかな笑みを浮かべる相良君と、幾分気の毒そうにではあるが、私の戸惑いを楽しむ様な苦笑を浮かべる右京君が、揃ってこちらの機嫌を取り始める。
「賄いは料理人が通いますし、やる事と言ったら郵便物の受け取りや屋敷内で起こったトラブルの報告、ハウスクリーニングが入るのが2週間に一度なので、軽い掃除機掛け。スーツ等クリーニングの手配と受け取り。業者の派遣とかはこっちでやります。
わあ!何て楽でいい仕事なんだろう!そう思いませんか?陽毬さん」
相良君が夜中にテレビでやってる通販の外国人に見えてきた。
「まあ、仕事は陽毬さんのOK戴いてからおいおい、という事で。
取り敢えず今日は売り上げトップ5込みでブルーノート一同、夕方一度だけ面通しします。有名人握手会みたいに様々なイケメンと一度だけ握手して終り。
そしたら、皆出勤するか夕食に散りますからね?あ、俺も行きますけど、もし管理人室にお邪魔していいなら、陽毬さんのご飯も作りますよ?」
アラビアータ…美味しかった。右京君のご飯。
ま、まぁね。ここでゴネてても仕方ない、よ、ね…。
「し、ショウちゃん立ち会ってくれるんだよね?」
「もちろん、キャストに陽毬さん紹介するの俺だよ?」
「右京君、買出ししてないけど大丈夫?」
「あ、冷蔵庫拝見して足りないものは寮の厨房から材料持ってきます。陽毬さん、コンニャク米足してヘルシーパエリアとかどうですか?」
はい、気持ち折れた〜!
イイじゃん、握手会。昨今地下アイドルだってこなしてるわ!
ホストだって人間だもの。
管理人候補と寮生の「これからひょっとしてお世話になるかも〜顔ですよ、よろしくね〜」
と、言うだけ和やか和やか……
「──────整列!」右京君の鋭い声が飛んだ。
ザッ!
とか、思ってた私、死ねッ‼︎
「こちら、寮内の融通を一手に担う管理人、芹沢陽毬さんだ!まだ色良い返事を戴いていないが、いずれ仕事に関わる買い物、依頼、寮内の差配の一切をお任せする予定だ。
尚、管理人の前に目安箱の設置を予定している。直接顔を合わせる必要の無い用事、要望はそちらへ投函する事。
陽毬さんはオーナーのご友人の御母堂であらせられる。雑事をお任せするからと言って、パシリ扱い、『おばちゃん』呼称厳禁とする!
────────復唱‼︎」
キャスト総勢三十名。スタッフ十五名、寮内の警備兼料理人さん二名、相良君の第一秘書楠木さん、第二秘書住吉さん……。
ずらりとリアルスーツ美男大奥が目の前に。
鼻血ぷー。いや待て、これ一体何の精神的集団リンチ?
キャスト側として面白そうな光を目に浮かべ、先頭に立つのは、将軍上総広常だ!
「我々、ブルーノートキャスト、スタッフ一同、芹沢陽毬さんにご挨拶申し上げる!
これより我ら、オーナーの御訓告に従い、陽毬さんに失礼の無い様振る舞う事を誓います!
一つ、『パシリ厳禁!』」
「パシリ厳禁!」
「二つ、『おばちゃん呼称の禁止!』」
「おばちゃん呼称の禁止‼︎」
「三つ、『誠意敬意を持って接する事!』」
「誠意敬意を持って接します!」
ぐ、 軍隊かッ‼︎
また、ザッ!と音がして目の前の男達が片膝ついて跪いた。
「これより、一同どうか末長く宜しくお願い致します!」
「宜しくお願い致します‼︎‼︎」
ぐはぁ。(残りHP1)
顔面蒼白で卒倒しそうになる私を、素早く亜麻色の髪の青年が後ろから支えた。
その前に上総君が笑顔で出てきて、私の右手を掴み、
引っ張って、胸板ドンッ‼︎
「よお陽毬ちゃん!おっ、この前より一回り痩せたか?別嬪さんにより磨きが掛かったな!」
ぎゅー!(キャッキャウフフ)
ぎゃー‼︎ (モゴモゴあががが)
「「誠意と敬意ィ─────‼︎」」
スパコ───────ンッ‼︎‼︎‼︎‼︎
何故か部屋の隅に立て掛けてあった、二対の厚紙のハリセンが、No. 1ホストの頭部を同時に襲撃した。
「痛てぇな」
轟音二秒で何事も無く立ち上がる将軍、上総凄え。
「もう、ヒロさんったら〜陽毬さん目ェ回しそうだし、止めてあげなよ」
ソフトな色合いのジャケットを翻して前に出てきたのは綺麗系で庇護欲を唆るタイプの秋津勇士君(23)。
王子様はキラキラ光る色気たっぷりの顔を近付け、「宜しくね、俺は甘い玉子焼きが好きだよ。存分に餌付けしてくれていいよ」と宣った。
笑いながら下がった秋津君の次に出てきたのは、掴みどころの無い無機質な真顔の黒髪スマートな俺様系?有坂貴道君(25)。
「省吾さんの、大事な人だと聞いている。貴女がその限りである間は、何かあったら及ぶ限り力になるから」と淡々と握手して下がる。
金髪わんこ系、新山遼君(20)は「どうも……」とだけ言って、一秒握手して振り払う様に見えないギリギリのスピードで手を放した。
「遼〜〜誠意と敬意は〜〜?宜しく、陽毬さん。俺は飯高洋輔27歳。そこの上総と一緒で寮には住んでないから、気を遣わなくていいよ」
遼君を退かす、と見せかけて後手に隠し、にっこり、人懐っこいというか見た目通りのチャラい笑顔で握手して、洋輔君は誤魔化した。
目がゴメン、と告げている。
あいよ、分かった。おばちゃん、別にハーレム要らんし。
てか、そんな些細な事より相良君がキリストの張り付け台みたいに私を後ろから拘束しているから、握手の列を裁くまで逃げられないッ‼︎
遠征か?誰か遠征にでも出るのか⁉︎
そして私はまさかの『神対応』を迫られているのか?
「ただの面通しッて言ったよね⁉︎そして、緊急避難なだけで、何にも契約してないよな!私」
必死で握手させられながらも後ろを振り返って言うと、相良君、右京君、上総君が秋津王子を呼んで、(陽毬さんの玉子焼きマヨでフワフワ)とか耳打ちしたら、
「え?やるって言いませんでした?」
「え…え。何か今じゃないけどいずれやると言ってらっしゃいましたが」
「陽毬ちゃん、仕事は早めに慣れた方がいいぜ?」
「今からブルーノートで歓迎会ってのは?ロマネ・コンティ位省吾さんが出してくれるでしょ」
四人掛かりでキター‼︎‼︎
気が付くと、第一秘書楠木さんが眼鏡の奥の理知的な光瞬く眼差しで私を捉えると、ずい、とバインダーに挟まれた紙とペンを恭しく差し出し、「相良が本当にいつもすみません。後はこれだけで結構ですから」と微笑んだ。
契約書、だった。
「無理無理無理無理無理無理無理無理ィ」
バインダーをそのまま後ろに投げ、そのまま物凄い勢いで管理人室に駆け込み、鍵を掛けて逃げ込んだ!
コンコン、と控えめなノック。
「陽毬さん、大丈夫ですか?今、皆、解散させましたよ?えっと、悪ふざけが過ぎましたね、ゴメンなさい」
「そうですよ、大体省吾さんたらやり過ぎなんですよ。あ、陽毬さん、パエリアの他にキノコのスープ、パイ包みとか要りませんか?」
ドアノブを握ったままの私は、
「ドッキリだろうが何だろうがどうでもいい。
私は平穏が欲しいんだ、って散々言ってるだろうが。
今日は既に隠れ人見知りにはキャパオーバーだ。美形もおばちゃん、基本ショウちゃんだけで既にお腹いっぱい。…まあ、歓迎してくれているのは(一部を除いて)伝わったから。
しかし、ありがとうございます。本日の営業は終了致しました。またのご来店を従業員一同心よりお待ち申し上げております。フッ、今から陽毬さん、夕飯は冷蔵庫のカボチャ炊くから。右京君キノコのパイスープとパエリアはまた今度ね。アデュー」
ここに住む以上、流されては負けだ!
焦った感じに続くノックをガン無視して、冷蔵庫に向かおうと振り返ると、そこに、外窓から侵入する秋津王子の姿があった。
「ぎゃあ!早速不法侵入‼︎⁉︎ここのセキュリティは紙(薄い)かッ⁉︎」
「大丈夫だよー、ここの鍵の開け方は俺しか知らないの〜〜安心して陽毬ちゃん。あ、俺も陽毬ちゃんて呼ぶ〜」
器用に途中で靴を脱いだ王子様は、それを入口にポイっと投げ、腰に縋り付いてきた。
「陽毬ちゃん、俺もカボチャ食べる〜。夕飯、ご馳走して〜サービスするから〜」
「うおっ、ななに、ひゃあナニこのいい匂いのするナマモノ!や、やめっ、わか、分かったッ‼︎座れ座れ座れ!言っとくけど、好き嫌いは認めんぞッ」
そうして、私は王子に机の上のモノを降ろさせている間に南瓜とジャガイモと玉ねぎを甘辛く煮付けた。ワカメとお麩の味噌汁を添え、買っておいたもろみとか明太子の入った小タッパーとか出す。
「お茶は冷たいの?あったかいの?冷たいのは作り置きのピーチティーと黒烏龍茶しかねぇ。
あったかいのは蕎麦茶と抹茶入り玄米茶と煎茶がある」
「俺仕事前冷やせないの。抹茶入り玄米茶頂戴、熱いの」
「あいよ」
「……明太子、一口大に切ってある」
「…そりゃ、切らなきゃ食う時面倒だろうが」
「……ご飯のお供がいっぱいあるね」
「そりゃ、あった方がご飯が楽しいだろ?仕事前の他人様が居なきゃ、納豆も出すわ」
美味しいね、とポツリと呟く様に言うと、秋津君はご飯を見つめて小動物の様に食べた。
「ご馳走様、陽毬ちゃん。お供、冷蔵庫に入れとく」
「おお!何てエエ息子だ‼︎うちの清明に爪の垢飲ませたい!煎じて1年くらい継続で‼︎」
私はフットワークの軽い美青年に感動して、涙を滲ませた。
ホスト職故に茶碗洗いはお断りして、お茶のお代わりをあげる。
血統書付きのわんこはあぐらをかいて寛いでいても美しい。でも、速やかに帰れ。
「陽毬ちゃん、息子さん清明さんて言うの?」
「おう、聞いたろ?ショウちゃんの大学時代の友達よ」
何かさっきまでのはしゃぎ様が嘘の様に凪いだ感じに見える王子にちょっと戸惑う。
「どんな息子さん?」
「…嫁と子供が素晴らしい」
「それ、答えになってないし」
「そっか〜?遠回しな自慢なんだけどな。その素晴らしい家族を守る夫だぞ?よくもあの洟たれが育ったもんだよ」
「陽毬ちゃん、─────寂しいの?」
洗い物をする手が止まる。水音がして、それだけが響く。
背中に視線を感じていたけど、振り返らなかった。
「そうだね、ちょっとだけ寂しいかな」
口元に笑みがこぼれる。
「片手に乗るくらい小さかった息子が、熱を出して夜中泣くのを抱っこしてたあの子が、喧嘩すると技を仕掛けてくるまでデカくなりやがってなぁ〜。
いっちょ前に彼女作って、いっちょ前に仕事して、結婚して子供まで作った。
親として区切りが付いたから、もう、この歳で老後だよ。縁側で日向ぼっこして茶を啜るよ」
そう言って蛇口を閉めると、芳しい香りと共に背中にのし掛かる王子。
「慰めてあげようか?」
色気がダダ漏れた。がち、と固まる。
「美味しいご飯のお礼にちゅーしてもいいよ?」
ちゅー、というと、アレか?くちとくちをあわせて、たまにはベロがからむ。やわらかい、
「帰れ、ついでご飯提供した程度でそんな高い代償貰っても、釣りは返せん」
びく、とした細くても大きな身体。ああ、そういやそれなりに175くらいはあったか。
イヤイヤすんな、可愛いから。
「怒ったの?……怒らないで、陽毬ちゃん」
「いや、何か私を試したろ?分かるんだよ、そういうの」
「………………」
ペシペシ、と首を抱く手を優しく叩く。
「色々あるんだな、若いの。君等が顔と色気だけで上位を張れる筈が無い。複雑な人の心の機微が読めなくては女の心は掴めんし。
それでまあ、客じゃないからな、遠慮したくない気持ちは分かる」
はあ、と溜息を吐く。
「だが、ここに居るのは誰も傷つけたくない、独居老人予備群熟女だ。
王子様の溜飲を下げるだけに残りの人生を捧げたくは無いわ。つか、そんな義理は無え。おばちゃん、二次元に萌えるのに忙しいからね?」
腕を解くと、途方に暮れたような顔をしたイケメンが私を身長差で見下ろしてくる。
くそう、これがイケメン効果かッ⁉︎
可愛い、可愛いなぁ、そりゃ金があったら貢ぐよ‼︎血迷う前に、帰れ!
「もういい。その可愛さに免じて許すから、もう私に関わらない事。いいね?」
力無い彼をぐいぐい押して追い出すと、自分用にお茶っ葉を替えて、私はソファ&ヘッドホンで携帯ゲーム機をセット。心安らかに心ゆくまで乙女ゲームに耽溺した。
なのに、
「何故、居る?」
お昼ご飯、冷やした素麺の前に王子が居た。
しかも、王子の隣にクールビューティ有坂君まで!
「何故、増えるし‼︎⁉︎」
トイレから出てきたら、有坂君がまな板に刻んでいた大葉とチューブ生姜を小皿に移している所だった。三人分の麺つゆが器にスタンバイされ、王子が煎茶の用意している!
「す、済まない。勇士がここの外窓から侵入していたんで、止めようとしたら、逆に引き摺り込まれた…」
その割には昼飯食う気満々じゃねぇかッ!
イヤな予感してメイクしてて良かった‼︎
いや、良くねぇ!気が抜けんわ‼︎
「何の為に賄いがあるんですかッ⁉︎君達!今日だけだからね!今日だけ‼︎」
「いや、もう本当ごめん。陽毬さん」
「陽毬ちゃん、メロン。夕張メロン桐箱入りのヤツ。冷蔵庫に入れておいたから!ね?ねっ!」
ぷんすか怒りながら、追加の素麺を素早く茹でて、その間に梅とおかかのおにぎりを握る。
忙しく二人を先に食べさせ、様子を見ながら更にトウモロコシを茹でて、フルーチェにバニラアイスを添えて、ドンドンッ!と並べた。
さっと鍋とか洗っていると、またも二人がガン見している。
「お母さんだな…」
「うん、まさに『お母さん』なんだよ」
何だよ、そのしみじみとした感想。
片付けてから、ゆっくり食べた方が良いんだよ。やめろ、その揃って5歳児みたいなカオ。
何なんだ…と頭を抱えていると、外が騒がしくなった。車の音、業者の声?
ピンポーン!ピンポーン‼︎
「すみませーん、管理人さん居ますか〜?」
慌てて出てみると、引越し業者っぽい服の人達がサインを求めてきた。誰か越してきたのか?
「おう、陽毬ちゃん昼メシもう食った?」
か、上総ァどうしてここに居るッ⁉︎
2シーターの外車?らしきモノから降りてきた雄らしいイケメンは私の後ろに気を留めた様だ。
「────んで、勇士と貴道?もう陽毬ちゃん部屋に転がり込んでんの?」
ちょっと笑顔が獰猛になってる。
「げ、シボレーのコルベット?この前エリーゼ買ったばかりじゃなかったの?ヒロさんこそ、なぁにコレ?」
「もしかして引越して来たのヒロさんですか?
どうして?下で車、弄りたいからって、広いガレージ付の部屋借りてたじゃないですか」
「────あ、二階の手前の部屋に荷物運び込んでくれ」
「え、スルー?待てえ、何でこのタイミングでわざわざ引越してくるッ⁉︎」
「『ウフフ、捕まえてごらんなさ〜い』」
「カップルみたいなやり取りで、華麗に部屋に侵入しやがった⁉︎そして、何故、座って私の分の素麺を啜る⁉︎早き事風の如し‼︎」
ああああ、素麺何羽あっても足りやしねえよ‼︎
「食ったら、全員出て行けえェ─────‼︎」
美貌の青少年に食わせない、という選択肢が無いアラフィフはシクシク泣きながら、お茶を用意するのであった。
★
私こと、芹沢陽毬は49歳である。
もう一度言おう、49歳アラフィフなのである。
普通のそういう歳の女は、付け回されたりしない。まだクソ暑い残暑厳しい初秋。
しかし、芹沢陽毬は『曲者ホイホイ』と異名を付けられる程の男運の無い女だった。
唯一、まともだった今は亡き夫でさえも、エクササイズで通ったボクシングジムで、陽毬がサンドバッグを上司代わりに殴る姿に惚れたという変人だった。
と、いう訳で夜の本屋で延々と付け回されているアラフィフは恐怖の極みだった。
行く棚行く棚、何で黙って付いてくるのよ⁉︎
レンタルコーナーに移動しても付いてくる所を見ると、自惚れじゃなくターゲットは自分だ。
若いんだか何だかよく分からない風貌に、分厚い眼鏡。表情もよく分からない。
み、みみみみ店の人に言う?裏から逃がしてくれるかな…。気持ち悪い気持ち悪いいやあ。油断した、ストーカー騒ぎ一段落したと思ったからめっちゃ油断した!
冷たい汗を掻きながら、店内を高速で移動していると、
「おふくろ、韓流ドラマよりJIN借りようぜ」
ぱし、と腕を掴む者有り。
焦って見上げると、ナント、ブルーノート金髪わんこ系ホスト新山遼君だった。
「……やっぱ、イイや。WOWOWで今日何かあんだろ。もう帰ろうぜ〜帰り、コンビニ寄る?」
仕事仕様のスーツ姿のジャケットだけを肩に掛けた姿で、さりげない体で私の肩を抱くとそのまま店外に連れ出す。
「……新山、くん」
「まだ、黙ってろ。アイツ距離を開けて付いて来てる。走れるか?」
声を出さずに頷くと、ジャケットを羽織って空いた手で新山君が私の手を握った。
「今だ、走れ‼︎」
死ぬ気で走ったのに、あちこち角を曲がって走らされ引っ張られ、クタクタになる頃…。「もう付いてきてないみたいだな」という声が降ってきた。
ぜえぜえ、と息を荒げてへたり込み、
「……あり、が、と。…でも、……ここ、何処?……」
ちっ、と舌打ちされた……?ねぇ、助けて貰って何だけど、私嫌われ過ぎじゃないの?
また手を掴まれた。立たせてくれるんだろうと思ったら、カウンターのみのこじんまりしたバーに連れ込まれた。
「落ち着いたか?」
「うん」
「あんた、足遅ェ」
「お言葉ですが、49でカモシカみたいな俊足だったらビックリでしょうが…」
カチンと来るな、私!嫌われてるんだから、助けてくれただけでも御の字なんだから。
「でも、助かったわ。気持ち悪いのが先に立ってどうしてイイのか分からなかった…」
「…携帯で省吾さん呼びゃあ良かったろうが」
はあ?
「─────省吾さんも報われないな」
こちらの顔をみた新山わんこが溜息を吐いた。
「ナニそのヤレヤレ口調…。ショウちゃんだって私の保護者じゃないのよ?今頃恋人とかとデートの一つぐらいやってるでしょうよ。こんな事でホイホイ呼び出したり出来ないわよ」
私は頼んだカルーアミルクをガブりと飲んだ。
「馬鹿、甘いがそこそこ度数あんだぞ?無茶呑みすんな。大体あんたな、何の為に寮住まいしてんのか忘れたのか?イイ歳して夜一人でフラフラすんじゃねぇ」
ハイ。そうでした…ワタクシああいった被害にあって避難してたのでした…。
ああ、こんな子供に説教されても一言も言い訳出来ないィキィイ悔しいィ。でも、
「うん、怖かったわ。地獄に仏だった。ありがとう」
肩を落として目を伏せると、何やら戸惑うような気配がする。
「…省吾さんに言い辛いなら篠崎さんに連絡しとく。それならイイか?」
ああ、右京君なら仕事のついでに回送係の誰か回してくれるだろう。チャリも拾ってくれるかなぁ。
電話を終えた新山君はきっと仕事に向かうと、思ってた。
「俺もブルーノートについでに送って貰うから。その方があんたも気が楽だろ…」
な、何か優しいな?どうしたんだろ?
いや、性の悪い子だとは思って無かったよ?
でもさ、いるじゃん。おばちゃん無条件に嫌いな男とか。
新山君はショウちゃん慕ってたっぽいから、あんな凄い男が普通のおばちゃんを大事にしてたら面白くないんだろうな、程度に思ってた。
だから、ビックリしてる。
「ビックリすんな」
わんこに睨まれた。おおう、エスパー。
赤くなってんぞ、耳。
「ヒロさんはああ見えて、何考えてんのか分からない人だが、…本気で勇士さんはあんたに気を許してる。貴さんも最初は勇士さんに釣られてたみたいだけど、あんたを凄く気にしてる」
仕事前なのを気にしてか、軽いギムレットを口にして、真っ直ぐ私を見つめた。
「─────あんたは何なんだ?」
は?
間違い様の無い純粋な問いに、逆に頭の中がハテナマークで一杯になる。
「どうして省吾さんはああもあんたに拘る?
俺には、あんたはどうしても『平凡』に見える。
確かに気安くはあるし、あんた自体の持っているモノも有るだろうが、それに惹かれるのは俺達が『前提』を持って集まっているからだ。現に洋輔さんは…あんたに近寄りもしない」
ホストクラブのスカウトの基準?
そんなの分かる筈も無いよう。上総君はショウちゃんの突っ込み待ちで、王子は人恋しさで、有坂君は成り行きとかなんじゃないの?
ショウちゃんは多分、疑似親孝行気分だし。
「知らないのか」
ドクン、ドクン、ドクン。
壁に向き合った時の様に、自分の鼓動が大きく聞こえる。
わんこらしくない、黒々とした眼差し。
「ぜ…んてい、って…何?」
どうして、声が上擦るんだろう?
「──────俺達は、少なくとも俺を含めた五人は、スカウトで集められた」
何かを悟ったのか、新山君はカクテルグラスに再び視線を落とした。
「……俺達には、ある共通項があったんだ」
彼が次の言葉を紡ごうと、口を開いた。
その時────────
「居るのか⁉︎陽毬さん!」
ドアを壊すかの勢いで、相良君が飛び込んで来た。
汗だくで、亜麻色の髪が濡れている。
目の強い光は、真っ直ぐ私だけを捉えて。
その目には、紛れもない恐怖が瞬いていた。
「え?ショウちゃん?わざわざ来てくれたの?(ゴフっ‼︎)」
距離を詰められ、問答無用で抱きすくめられた私の身体はサバ折りをキメられていた。
「…省吾さん、いい加減力緩めないと、陽毬さん落ちそうだけどいいの?」
「………ぎ、ギブ………」
「あ、ゴメン」
ぱっ、と手を離した、そこに居るのはいつもの爽やかなイケメンだ。
「上半身と下半身がデュラハン状態にさようならするとこだったわ!年寄りは労われ‼︎お詫びに、敬老の日にはマッサージチェアーをプレゼントしろ!でも、迎えに来てくれて本当にありがとう‼︎
新山君が偶然見かけて、お情けで助けてくれたんだよ〜彼の干支の年には生贄を捧げて踊り狂いたいくらい感謝してる‼︎」
おしぼりのビニールで彼の小指の第一関節をギリギリと結び、血流を阻害する、とゆー地味な折檻をしながら、彼のキャストを褒め称えた(私なりに)。
「分かった、敬老の日だね?医療機器メーカーから取り寄せるけど、50万位のでいい?」
「やめてゴメンなさい嘘です。何をこどもの日に返していいか分かりません、勘弁して下さい勘弁して下さいィ〜実は怖かったのよう、本当に怖かったのー何とかおちゃらけて、それをごまかしたいのよう」
嬉しそうなイケメンに顔を両手で包まれて、涙とその他諸々を親指で拭われていると、
「生贄はいらん。踊るのもやりそうだからやめろ。─────それと、遼、でいい」
え?
突然の新山わんこデレに時が止まる。
確認しようと首を巡らせると、ぐいっと身体を引っ張られた。
相良君が、怒っていた。
「あんたの狙い通りになったんだ、省吾さん。良かったろ?」
「………遼、もう出勤時間だろ?お前には後で右京が車を回す」
新山君が驚いた様に顔を上げた。
「省吾さんがまさか自分で運転して来たの?」
そう言えば、相良君がハンドル握るの、一度も見た事ない。
何が
おかしいの?
材料が足らなくて、それでマフィンが固まらない。
オーブンは180度。中はアツアツ、外はカリッと。
レシピ通りにしたつもりでも、最初に一つ忘れているから、どうしても出来ない理由が分からないのよ。
何度焼いても、中身はどろどろ。
いつまで経っても、美味しいお菓子は焼き上がらない。
指は真っ白、エプロンは真っ黒。
言い知れぬ焦燥だけが、時間を食い散らかしていた。
『前提』
ドアが開く瞬間、彼はこう言った。
「全員、母親にトラウマを負わされた者達だ」
と。