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貴道編③

貴道の気持ちは書いてる内にはっきりしてきました。私の中でもこの人は謎、だったので。(笑)

3.



「今日、陽毬さんが来たら、俺はそのテーブルに着くから呼んでくれ」



 ブルーノートは賑やかな話し声は勿論するが、それを邪魔しない程度のジャズが流れる俺の働きやすい環境だった。


「─────凄いですね、貴道さん。あの陽毬さんを良く0時以降のこの店に引っ張り出しましたねぇ。

 まあ、貴方だから出来た、って事なんでしょうけど」


 省吾さんの個人プライベート秘書まで熟すウルトラバーテンダーである篠崎しのざきがニコニコと笑顔で予約による客を付かせるテーブルを振り分けている。

 ブルーノートは客同士かち合わせてボトルを競わせる事を好まない。

 疑似恋愛にしろ、ストレス解消にしろ、客が満足して金を落としてくれる様に手を尽くす。冷静になった後で悔やむ様な金は使わせない。

 それが設立当初よりの店のポリシーだ。


「俺だから…?」


 不思議に思って問い返せば、意味深に口の端を持ち上げて篠崎は微笑う。


「本当に天然様最強ですよ。一番陽毬さんが警戒し辛い仔犬は貴方です。『檻』の面子メンツでありながら、一欠片の裏も無い。だから、自然と警戒心の塊なあの女性ひとが傍に置いてしまう。いっそ、あの全方位マルチ施錠ロックを突き崩して、貫通させてくれませんかね?─────省吾さんが付け入る隙を作る為に是非」


 つまりは省吾さんが落とす為にどうにかして彼女の貞操観念突き破れ、と。

 早い話が陽毬さんと『寝ろ』と言われている。

 俺が黙っていると、


「おや、怒りましたか?」


 と、澄ました顔して尋ねてくるが、『たかが“檻”風情が』といった冷たさは無い。ひたすら面白そうな光がその瞳に瞬いているだけ。

 寧ろそれが顕著なのは第一秘書の楠木氏の方だ。『金とコネを注ぎ込まれただけの仕事をしろ』、といった処か。

 まあ、あの人は退屈で死にそうだった所を拾われた目の前の男と違って、仕事上の省吾さんに惚れているから。

 陽毬さん効果でもっと上れ!と思っているんだろうな。


「いや、あんたの言う事は一々尤もだと思う。俺達は省吾さんにとっては『手段』の1つであって、成果を期待される盤上の『駒』だ。

 役目を忘れている訳じゃない。付け入る隙があればそうするが、実に難しい…と思ってな」

「貴方でも、ですか?」

「ああ。警戒されない、というのは裏を返せば『意識されていない、対象外』という事だ。

 そういった意味では彼女の本能に訴えかけるヒロさんや、はっきり彼女への想いや願いをあきらかにしている省吾さんに軍配が上がる」


 ふむ、と立てた親指の爪を軽く噛んで、篠崎が思案している。


「成る程、思ったより考えて動いていらっしゃる。─────まあ、いいでしょう。今日はお友達を誑かす事なく、『健全に』遊べばホストも人の子、怖くない♪を周知させて尚且つ、『その中でも陽毬さんは別格(オンリーワン)』なのだと表層意識に染み込ませて差し上げましょう。ちょっと彼女の自尊心プライドくすぐってね」


 実に楽しそうに笑う美形バーテンダーは、優しそうな笑みに反して実に悪辣だ。

 年に一人二人うちの客がこの男に狂う、という噂が益々真実味を帯びてくる。


「それはいいが、篠崎。面白がって非番の『檻』やら省吾さんやらに情報を流すなよ?

 やり過ぎて陽毬さんに恨まれたくないからな?大体、この予定だって『楽しい一人酒』を邪魔する為に強引に俺が取り付けたんだ。あんまり拗らせると、仕切り直しされ兼ねない」


 溜息を吐いてそう言うと、ぐい、とネクタイを引っ張られた。


「何、砂糖ぶっ掛けたみたいな甘い事を言っているんですか?貴道さん。

 せっかく『お子様』や『ストーカー仔犬』の位置から抜け出せるチャンスなんですよ?

 存分に『お仕事用スキル』を発揮して、『庇護対象』から『恋愛対象(油断できない)』男にまでのし上がって下さいよ。期待しています」


 ぱっ、と手を離すと、篠崎はサッサとこちらの着衣の乱れを直し、軽く手を振って何事もなかった様に業務に戻った。





 俺は腹の中に未消化のモノを抱えて、ぼんやりと考えてみる。


 やはり、彼女に於いての俺の位置とはそんなものか。

 良くご飯を貰い、よく撫でて貰い、買い物途中の彼女に付き纏う。あれ?ホントに犬だ。

 そう言えば、『毛並みが良い』と言われた事がある。………嬉しかったな、アレは。

 育ちは悪いのに、生き方を褒められた様で。


 散々『研修』でトラウマと向き合わされたから、彼女が俺の母親とは全く違うモノだと知っている。

 苦しい様な、焦がれる様な瞳で親子のスチルや動画を見せられていた勇士と違って、俺はそれを自分『達』に置き換えて悦に浸っていた。





『おいで、清明。一緒に行こう』


 息子さんが撮ったのだろう、そのワンシーンは長く俺の心に残った。

 彼女が俺に手を差し伸べて、与えられるべき慈愛をカメラに向けて微笑んだ。


『あれ』を得られるのなら、俺の身体なんか惜しいものか。

 前は研修を経た上でそう思っていたのだが、最近はそう言う意味で『彼女を抱ける』と言うのは違う気がしてきた。

 特に、今日はそうだった。


 母親のフィルター越しの彼女では無く、敢えて違った処を探した様に思う。


 勿論、私的に抱くのなら若い女がいいに決まってる。

 俺達は『調教されて』、『陽毬さんなら』抱ける様に躾けられただけだから。

 勿論、自分の感情と切り離す事も、それを相手に読ませない事も全員『店での接客』で叩き込まれている。



 ただ、今日は戸惑った。

 綺麗な格好して、黒いセーターに白い肌が映えて、一瞬、目が眩んだ。

 滅多に見ない格好。そんなモノに身を包んで、一体『誰に逢いに行くのか』と。


 それが省吾さんであれば、俺は果たしてどう思ったのだろう。






「──────貴道さん、陽毬さん達がおいでになられました」


 バーテンダーの一人に耳打ちされ、俺は客に断りを入れて陽毬さんとお友達のブースに入る為、立ち上がった。


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