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貴道編②

短いです。新たにブックマークしてくださった方もずっと読んでいてくださった方も等しくありがとうございます〜〜。

 2.



 陽毬さんは基本、買い出しと本屋に行くぐらいしか出歩かない。

 基本はVネックのロングなセーターとデニムかカラージーンズを好んで身に付けている。


 でも、特にお気に入りがあって、黒尽くめの格好に一粒パールのネックレス。

 深く立ち上がったVネックは黒。その下は同じく黒革のタイトに黒のタイツ。ショートブーツも黒。

 深い紺色のファーコートを纏い─────




「何処行くんだ?陽毬さん」




 びくっ!と強張る背中。

 遅れて“かちゃん”と閉じる陽毬さんの部屋のドア。

 振り向いた彼女は俺を見て安堵の声を上げた。


「良かったぁ〜貴道君かー。王子かショウちゃんだったらどうしようかと思ったよ〜」

「…………?」

「お・で・か・けだよーん。昔から仲良くしてるママ友がいるんだわ。旦那が出張ママと離婚したママが今日一緒に呑むらしくて。お誘い受けたの。カラオケして来るから遅くなる。あの人達、過保護だからねぇ…携帯、電源切っとくからもし何か聞かれたら出ない、って言っといて〜」


 くるりん、と回って、アイロンで伸ばしたストレートの髪を靡かせる。


「─────そんな綺麗な格好して?」


 ちょっと言い知れない不安に陥った俺は、気付いたらそう尋ねていた。


「?────偶に外に出る時くらいお洒落しなきゃ」

「…誰の為に?」

「そりゃ自分の為さあ。これも女の栄養、ってヤツよ。枯れない様にね、色々やらなきゃ」


 立ち入った事を聞いていると分かっていて、そう自己嫌悪している俺に陽毬さんは真面目に答えを返してくれる。


「貴道君、0時帯から出勤でしょ?ちょっと寝といた方が良いよ?」

「ああ、分かっている。陽毬さんはそのころ帰ってくるのか?」

「分かんない。まあ、カラオケオールする程体力無いから。オシャレ居酒屋→カラオケ→1人でカクテルバーという予定…「待て」」


 ん?と首を傾げるアラフィフに間近に迫って、もう一度確認する。


「カラオケまではいい。その後の『1人でカクテルバー』と言うのは何だ?」


 熟女は「だって、偶にはスツールに腰掛けて飲みたいじゃん」と指を振った。

 自分の顔が強張ってくるのが分かる。

 理不尽だ。分かってる。陽毬さんは元々出歩くタイプじゃない。偶の外出。普段主婦が飲み会とやらをする機会に比べればほぼ稀な事だ。

 こんな格好をして自分から呑みに行くのも、ブルーノート(うち)に来る客に比べれば皆無と言っても良くて、実際、今回の様な事は彼女がここに来て初めてだ。


 この女性ひとは『家で待つ子供を置いて、男と出て行く』訳では無いんだ。


 母親はもっと若く、彼女とは全く違うタイプで男に次々と『乗り換えられる』女だった。

 夜に俺と幼い妹を置いて、千円札一枚置いて男と出て行く、そんな、女だった。

 あの女と彼女を重ねている筈も無いのに、何故こうも益体もない不安に苛まれるのか。


 黙りこくる割に手を離さない俺を不思議そうに見上げると、こちらのおでこをぺちぺち、と叩いてにっこりと微笑んだ。


「心配してくれてるの?大丈夫、行くなら前に遼君と入ったお店に行くよ。カウンターがアレなら、2人掛けのテーブル席もあったし。遅くなったら帰りはタクシーで帰って来るから」


 そういう事では無いんだ、と言えなかった。


「じゃあ、それは今度俺が付き合うから、陽毬さんは友達と店に来ないか?」


 代わりにそんな言葉が飛び出した。


「悪の巣窟に⁉︎嫌よ!大体0時過ぎのブルーノートに行くお金なんて無いわよ!」

「大丈夫、一見さんには格安で接待出来るサービスがある。それに…テーブルには俺が着くから」


 だから『安心』して、俺の目の届く所で羽目を外してくれ。


「こういうのも偶にはいいだろう?お友達もカモらず、楽しく帰すと約束する。────前に俺の接客が見たい、って言ってなかった?陽毬さん」


 そう囁けば、他のキャストが出て来ないかハラハラしている陽毬さんは物凄く悩み始めた。


「うーんうーんうーん…素人女子会を店で五本指に入るホストに接待させる訳には…」

「じゃあ、俺がカラオケの店まで迎えに」

「来んな!」

「陽毬さん」


 俺は更に距離を詰め、不意に接待モードに切り替わった。




「─────いい返事しか聞きたくない」

「なッ!」




 ドアに追い詰めて所謂『壁ドン』ではうはうと慄く陽毬さんを追い込んだ。

 そのまま顔を近付け…





  ぐき。





「三次会はブルーノート!了解です!楽しい接待の一端も堪能しますた‼︎素晴らしい俺様営業です。てか、マジでモードが変換するんか⁉︎貴道君よお!─────はっ、時間がっ⁉︎それでは失礼します、軍曹‼︎軍曹、ホントに皆、お金無いからね?後引く接待も勘弁してよね〜」


 敬礼もそこそこに、彼女は俺の顎を突き上げ、茹でタコ状態でダッシュで逃げ出した。



「…首、痛い…」

 そう言いながら、顎から首に掛けて摩っていると、通りすがりの勇士から『ん〜、マ○ダム』と揶揄られた。

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