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相良編13

漸くこれで相良編を終わります。番外編でその先がちょっと動きますので完結表示は出しませんが、本編裏は取り敢えずこれで終わりになります。長らくお付き合いありがとうございました。


13.



「─────お前といい、上総といい」

「なんです?」

「同じ男だというのに、遠慮が無い」


 のそり、と重い身体を起こすと同時に、モコモコしたバスタオルが被さった。


「シャワーでも浴びてスッキリしたらどうですか?その間に朝飯でも作っておきますよ?」

「……昨日は非番だったのか?」

「ええ。ついでに陽毬さんの引越しの手伝いとかやってきました」

「おい」

「はい」


 悪怯れない。あくまで悪怯れない、笑顔の右京に俺は頭痛を覚えた。

「上総といい、お前といい…。どうして陽毬さんと普通に接触出来るんだ…」

 目頭を押さえて呻くと、


「だって、『俺は振られて無いから』」


 奴の台詞をなぞる様に、右京がそう言った。


「まだ分からないんですか?省吾さん。あの時の貴方と彼の差が。貴方が彼女に振り向いて貰えない、その理由が」

「?」

「……俺は追跡者トレーサーです。だからこそ、全体の姿が良く、見える。だからこそ、分かるのか」


 窓に歩み寄った右京はカーテンを開け放った。

 眩しい光が室内を照らし出し、全てを白日の下に晒し出す。

 高層にあるこの部屋の窓の外で、鳥が数羽、連れ立って滑空していた。


「あの女性ひとは、或る意味理想的な母親だったんですよ」


 飛ぶ鳥に親子はいない。何故なら、

「────何故なら、鳥は飛び立つその時が『巣立ちの時』なのだから」


 俺の考えを読んだかの如く、右京の言葉が被った。

「御両親の事や『檻』の生い立ちもあって、貴方は男女間の愛情を頑なに信じていなかった。

 それ故に唯一、貴方を救った陽毬さんの『愛情』を欲したのでしょう?」

「……そうだ。あの女性の持っている、一番強い、永遠の愛情」

「それは息子さんへの『愛』だった。────まあ、旦那さんとはお見合いだったらしいですからね、ラブラブというより当時から、そして俺が実際見た時も仲の良い友人の様でしたし」


 右京は勝手にコーヒーを淹れてきて、こちらに一つ寄越す。ブルマンか、随分濃い。


「俺があの女性の『息子』になりたがったのが悪かったのか…。清明ホンモノになんて勝てやしないのに」

「一途なのは好ましいのですが、こうなると馬鹿だとしか思えませんね。

 貴方が息子さんに敵わないのは、彼が巣立ちの先輩だから、ですよ」


 呆れた様な右京の言葉が俺の心臓を突き刺した。

「『巣立ちの先輩』?」

「……段々分かってきた様ですね。いつもは頭の回る貴方が理解しようとしなかったのは、敢えて避けてきた事だったからなんでしょう」

 眩しい陽光に優しい美貌を晒して、コーヒーを一啜りすると、溜息を吐いた。

「省吾さん、貴方はあまりにも陽毬さんを愛し過ぎていた。何処までが『親子の愛』で何処からが『男女の愛』に踏み込むのかボーダーラインが引けない程に。

 丸ごと手に入れたかった時点で疚しい事があります、と言っている様なものだ」

 右京の瞳が今迄無いくらいに真剣に俺を見ていた。

「清明さんが強いのは、あの女性に依存を止めたからです。

『母として甘え、慕う』から…それを『母として支え、見守る』事へのマザコンながら天晴れ。まさに見事なジョブチェンジ。ゲームで言えば、レベルは充分なのに神殿に足も向けず、いつまでも迷って上級職を選べない貴方とは違うんですよ」


 上級職を選べば、強力な力が手に入るが、広い選択肢や今迄出来た事への制限も付随してくる。言わば諸刃の刃だ。


「俺は────幻滅されてしまったのかな」

 あの人に甘えたかった。

 だから、免罪符の様に理由が欲しくて、甘えて欲しかった。

 抱え込む事で暖かいお気に入りの毛布に包まれる様に安らぎたかった。

 こんなんじゃ、見限られても仕方無い。

 こんなに大きくなっても俺は『親からの愛情を欲しがる子供』のままであの女性を欲したのだから。


 陽毬さんを見ている様で、陥落させる事しか眼中に無かった。彼女の弱点よわみを全て地図上の落とすべき要所として把握し、それに纏わる感情を逆手に取って攻略方法を立案した。


 これを卑怯と言わずして何をそう呼ぶのか。


 優しい貴女はとうとうそれを知って、俺に巣立ちを示したのか。

『いい加減、大人になりなさい』と。


「─────今更、ですよ」

 右京が無情にもそう断じた。

「馬鹿ですねぇ。俺は『そんな』貴方について来たんですよ。幻滅なんてしません。

 元より卑怯。更なる外道。己のルールにブレずに従い、手段を選ばないのが貴方でしょう?」


 そう言うと、俺のベッド脇にブルゾンとブラックスキニーとかクローゼットからポイポイ投げてくる。

「上総さんは『乗り越えた』男性ひとです。まともに戦おうとすれば貴方に勝ち目はありませんよ。『年下の可愛い男』も『包容力のある大人の男』もあの男性を選べばもれなく両方付いてくる。それこそ旅の仲間に賢者が加わった様なものだ。覚えていますか?省吾さん。貴方が言ったんですよ。

 裕章氏は陽毬さんが息子さんを産んでから手を触れてない様だ、と」


 ブレスケアが額に投げ付けられた、痛い。


「これだけ非常識な貴方は言わば、悪側‼︎魔王ですよ、どう見ても。魔王が賢者あんなんに負けてどうします!俺的に『おお、魔王よ!勇者とその愉快な仲間に一撃食らったくらいで諦める(ひく)とは情けない‼︎』」


 お前はどこぞの村の神官か。


「陽毬さんが着心地の良い物や寝具にふわもこな材質を求めるのは何故か?貴方は単なる好みとしてしか考えていなかった様ですが、俺はあれを代償行為、と見ました」


 ふわもこが?


「そう、『安心』感。資料にあった過去の陽毬さんは長女で、年の離れた弟妹がいたって。

 そんな彼女はさぞ人に甘えるなんて出来なかったでしょうね。

 結婚後も『友達夫婦ポジ』に収まってしまった裕章ひろあき氏は彼女を精神的に支えこそすれ、自ら触れる事が無くなってしまった。それこそ、彼女がよく言う『穏やかな老後』の様にね」

「……あの、甘え下手な処がまた可愛いんだがな」

「ああ、よく貴方はそれを強引に甘えさせて、陽毬さんの感情を揺さぶってましたね。戸惑ったり、おろおろしたり、仔犬の様に吠えて抵抗したり、挙句デレたり。

 あんまり可愛くて俺も危うくヤられる処でしたよ」

「殺すぞ」

「未遂です」

 殺気を漲らせた俺に、今度は固く絞った熱めのおしぼりが投げ付けられた。凄く痛い。

「つまり、インパクトのある出会いを経て、ピンチを救ってくれて、甘えさせてくれて、顔が好みで、生活力のある貴方はレベル99の完璧魔王だったんですよ。陽毬さんにとってはね。

 彼女の貴方への不安要素は『年齢差による不変性きもちのつよさ』だけだった。

 まったく‼︎それさえ乗り切れれば、貴方が勝っていたのに、何であんな所で呆けて自失するんです!『それが、どうした』と魔王あくらしく笑えば、あんな熟女一捻りですよ、ひ・と・ひ・ね・り」

「中々捻られてくれないんだがなぁ…」


 俺は不器用な励ましに苦笑した。

 一薫と右京。随分、気を揉ませてしまったな。

 今迄、一度として足を止めた事が無かった自分だから、余計に。


「それで?どうします。せっかく城まで攫って来た勇者、仲間に奪還されて返り討ちでハッピーエンドですか?

 それとも乙女ゲーの様に隠されたトゥルーエンド、目指します?」


 俺はニヤリと笑って、バスタオルを手に立ち上がった。


「馬鹿な。俺はどっち付かずだったのかもしれんが、魔王は『混沌カオス』と『第二形態(あきらめない)』が売りだろう。終始このままで堕としに掛かる。『何方か片方』しか持たない奴等に負ける気なんてしないさ」

「そうですね。ただ、周りは未だしもあの時貴方にもたらされた混沌を『ショウちゃんは血迷っただけ』と吹っ切ってしまった陽毬さんは、きっと更に手強くなっているコトでしょうね」


 シャワーを浴びに浴室に向かう俺の耳に、微かに溜息が届く。

 そう、寧ろ手強くなったのはあの女性ひとだ。


 さっぱりして出ると、軽い軽食とコーヒーが用意してあった。


「─────食事はいらない、コーヒーだけ貰う。なるべくやつれた感を出したいからな」

「作戦ですか?」

「ああ。お前が言ったろう?『元より卑怯、更なる外道』とな。魔王は魔王らしく、今は相手の弱点につけ込むさ。最終的に俺が彼女の心も身体も幸せにすればそれでチャラだ」

「うわぁ、悪〜。それで、どの弱点を責めるんですか?」


 どうせ、彼女のスケジュールは押さえて居るに違いない右京について来いと顎をしゃくる。


「決まってる。根っからおばちゃん属性の陽毬さんには『弱ってる年下のワンコ系美形イケメンが縋って来て迫る(あわよくば壁ドン)』のが一番効くだろ?」


 そう言うと、同じくワルい顏をしてニヤリと笑う右京が車のキーを持って立ち上がる。




「──────悪辣ゥ」




 酒の匂いが満ちていた部屋も、窓を開け放てば爽やかな風が空気を塗り替えてしまう。

 鉄壁のガードも四六時中(みなぎ)ってはいられない。

 極上の酒を振る舞い隙を狙い、あらゆる約束を取り付けて安心を買い、ワンコの様に『降参』して見下されてあげる。

 だから、貴女は『しょうがないコだなぁ』と俺の腹を撫でてくれ。








  ☆





「─────何故居る?」





  新しく住まいを探そうと不動産屋を巡っていた陽毬さんの前に、俺は立ち塞がった。


「フツー『おしまい』ときたら、それで終わりだろうッ‼︎」



 問い質す陽毬さんの前に、ただ俺は仏頂面で物も言わずに彼女を見つめた。


「もう、幸せになりなさい。過去になんか囚われないで」


 そんな俺に陽毬さんは慈愛を込めて、そう言った。

 近づいて俺を下から見上げると、鼻を摘んで悪戯っぽく笑うのだ。


「じゃあね!元気で、ショウちゃん!」





 その手ががっつり掴むと、俺は俵の様に陽毬さんを肩に担ぐ。


「ひゃあッ⁉︎」

「─────そんな一言で納得出来るか‼︎」

「そーんーなーこーと、私に言われても〜」


 暴れる彼女に低く笑えば、抵抗に混乱が加わり、プルプルと怯え始める。

 ちょい先に停車させていた車から右京が笑顔で微笑む。

 うむ、何故か不安は増してる様だぞ?右京。




「嫌ぁ、本格的にババ攫いィ────‼︎」




 開けられたドアの先、後部座席に押し込めば、四つん這いでシートにドン。陽毬さんを腕の中に閉じ込めて、




 バタン!プルルルルぅ───────




「ナニ、すんのヨ?」

 思わずカタカナになる彼女に、

「陽毬さん、実はもう俺にも分からないんだ。分かるのは一つだけ。だから」

 弱い笑みを見せて全力で縋ってみせる。





「陽毬さんの余生を俺に下さい。どんな、形でもいい。傍に、居たいんだ」





 そう、『宣言』した。








 事実は小説よりも奇なり、と言うじゃない。

 アリエナイから売れているのが乙女ゲー。

 それでも愛を夢見たいから無くならないのが異世界トリップ。


『何処か遠くへ行きたいわ』


 叶わないから呟いた貴女の囁きを、闇の中で拾っているヤツが居る。


 だから、事実は小説よりも奇なりなんだって!


 ヤバいんだって、その本を見て微笑う君。

 哀しい話に流した涙を拭いたい。

 机に突っ伏した腕の隙間から君は見られてる。


 君は勇者。俺は魔王。

 アリエナイ組み合わせも、君が好きなその小説の中じゃ成立するんだろ?


 愛が世界を凌駕する、それがこの世界なら、現実リアルだって非現実ファンタジー

 ただ、物語と違って『めでたしめでたし』と終わらないから、俺のお腹の中が真っ黒でも勘弁してね。



 君は勇者。俺を目指して旅に出た。

 俺は、それを、手ぐすね引いて待ち構えている。





 ───────ひとまず終わり───

ほんの思い付きで、現在の筆で短編をリハビリがてら書いてみよう…と思った作品がこんなに長くなるとは思ってもみませんでした。

こんな変なお話にブックマークが800越え。

偏に皆様方のお陰です。後ちょっと番外編が続きますので、気力のある方はお付き合い下さいませ。

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