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相良編12

この話で片付けようと思ったのに。ダメだった…

後一話で相良編終わります。

 12.



 寮の中で俺はいつもの様に陽毬さんを待っている。



 ガチャン、と扉の開く音がして彼女はいつもの様に顔を覗かせた。

「ああ、言い忘れてた。ちなみに俺はとっくの昔に『覚悟』してっから」

 そんな上総の声がして、ドアが閉まる瞬間、素早く頬にチュッと、リップ音がした。

「いざとなったら、俺と逃げような?」




 バタンッ‼︎(やり逃げ)




「──────陽毬さん、随分上総と仲良くなられた様で」


 我ながら何処から出たんだ?と思う程の低い声が響いて。心の暗雲を晴らし処も無く、手の中のキーをただ弄んだ。


 ブリキの音がするんじゃ無いだろうか、という程ぎこちなく振り向いた陽毬さんは何かを吹っ切っていて、俺は益体も無い不安に無性に苛まれる。


 エントランスに備え付けられたソファーに腰掛けていた俺を指を振って部屋の方に呼んでいる。



「──────陽毬さん?」

「座ってくれるか?ショウちゃん」


 お茶を淹れて、向かい合うこの姿勢は『お話し合い』だ。改まった彼女が不穏でならない。


「?はい」

 俺は無策にワンコを演じるしか、無い。

「上総君と『色々』話した。もう『檻』に入ったから構わないと思ったんだろ。

 なあ、どこから始まったんだ・・・・・・・・・・?そこまでしなければならなかった理由わけを聞かせてくれ」


 ああ、だから上総と帰って来たのか。

 流石だなぁ、陽毬さん。とうとうアイツの胸襟を開いて、あれ程の男を本当に墜としてしまったんですね。



「ああ、バレちゃいましたか」



 目を眇めてこちらを見つめる彼女に、全てのカードを曝け出す時が来たのだ、と素直に感じた。来るべき時がただ、来たのだ。



「いつから、と問われれば、そうですねぇ20年程前からですから、結構な拗らせぶりですよね?でも、ホント理由は単純明快なんです」


 そう言って俺は背筋を伸ばし、居住まいを正した。




 ある晴れた秋の日。



「 ─────── 陽毬さん、俺と養子縁組をしませんか?」


 寮の一室で、俺は正座で彼女と向き合う。

 対するは熟女の誉れ高い芹沢せりざわ陽毬ひまりさん(49)だ。



 彼女は渋面を隠さずため息を吐く。


「ショウちゃん、ウチに相続できるお金なんか大して無いよ!私ゃ既に49歳で熟女パブでも売れやしないし‼︎」


 俺はここぞとばかり、首を横に振って否定すると、心を込めて訴えた!


「お金なら俺が持ってますし、貴女が熟女パブで働くなら、俺が毎日通って独占指名しますよ。

 て、いうか絶対、水商売では働かせませんけどね!お願いします!一生大事にしますから、俺を息子にして下さい‼︎」



 まるで、親御さんへの結婚の挨拶の如く、俺は一生で一度の気持ちの籠った土下座をした。

 見なくても陽毬さんがドン引きしてるのが手に取るように察知できるが、そんな気配は無視して、彼女の身をひたすら乞う。

 この日の為に俺の人生はあったのだから。



「ち、違うよね?何かそれだとはっきりとは言えないけど、コレ養子斡旋のつか、自薦じせんの台詞じゃないよねッ⁉︎

 ナニを目指しているのか、ショウちゃんが何処に着地する気なのか、おばちゃんさっぱりだよ!」


 慄く彼女に押せ押せモードで書類と、ボールペンをずい、と差し出す。

 印鑑は貴女のバッグの中に入っている筈だから。


「ですから、ここに署名捺印を戴きたくて、こうしてひざを割って話し合いを!」

「割るのは『腹』だよ‼︎『膝』は割っちゃいけないんだよッ‼︎それは何処ぞの連載だけでお腹いっぱいだよ!あのハム、指摘されたばっかなんだよ‼︎」



 脳内で、何が繰り広げられたのか知らないが、突然、陽毬さんが叫んだ。



「おのれ、『はい』『いいえ』で答えられる範疇を越えとるわ!」


 え?ああ、あれ?某RPGの大作で良い返事を返すまで、謁見室さえ出られないという伝説のアレ?

 お、という事は俺さえいい返事しか認めなければいいんだよね?


 それを確認する様に微笑み、近付いた俺に、熟女は右手で抵抗しながらアワアワと左手で否定の動きを繰り返す。


「何が不満ですか、陽毬さん。確かに人工的なモノではありますが、これはコレで結構な逆ハーでしょう?

 綺麗な男達という柔らかな肉壁に挟撃され脳味噌蕩かして、ちゃっちゃとここに一筆入れてくれればいいんです」

「ぐッ!爛ただれた事を澄まして言うなや。

 その上、『逆ハー』とか専門用語駆使しやがって、そんな知識何処で仕入れやがった!」


 彼女の魂の叫びに、俺は魂すら折るべく本棚バイブルを躊躇いもなく指差した。



 陽毬さんが見る間に青ざめていく。

 視線が宙を彷徨い、一通り動揺すると漸く俺の半生に想いを馳せているらしい。


 その、立派なストーカー人生に。


 はい。貴方の事なら『何でも』把握してますよ?亡くなった旦那さんもご存知だったんだから、俺が知らない訳が無いでしょう?

 貴女が作った薄い本も、バイトを雇ったり、通販で取り寄せたりしてコレクションしてますが。




 それが、何か?




 多分悪いカオした俺に物凄いダメージを負った陽毬さんが、這々の体で態勢を立て直している。

「────小学四年生、か?そんな幼い頃に何があったんだ?」



 案の定、憶えていない。

 俺の人生を左右する事も貴女にとっては、若い頃の衝撃的な一ページとしてのみ存在するだけだから。

 改めて、そう理解する。


 ふう、とため息を吐くと、俺は話を切り出した。



「貴女、昔大きな事故を目撃した事があったでしょう?覚えていませんか?」


 専ら人生に於いて、過去は小さい事はおろか大きい事すらどうでもいいと宣う彼女は、昔の同僚の名前すら憶えていない。

 しかし、アレを思い出せないとなると、良い脳の専門医が必要になるんだけど。


「女性が巻き込まれた筈です。その横で貴女は泣いている女の子を保護した、まだ思い出せません?」


 ぽん、と陽毬さんが手を叩く。

 そして、事故の詳細に思い至ったのか、一つ大きく身震いをした。


「そう。あれは悲惨でした。女は娘の手をこれでもか、と握りしめていて、彼女は丁度塀が途切れた先の植え込みに飛ばされた。

 ──────女の千切れた片腕付きでね」


 まるでホラー映画のワンシーン。

 俺にとっては人生の解放と、貴女を慕う切っ掛けになった一コマだったのだけど。


「ああ、本格的に思い出してくれましたね。

 偶々通り掛かった貴女が、子供の叫び声に駆け寄ると…植え込みの枝で顔面血だらけの女の子が、女の片腕をぶら下げてパニックを起こしていた」


 貴女にとっては子供が巻き込まれたのかとただ、ただそれだけで走り寄ったんでしょうね。でも俺にはあの時、TVでしか見た事の無い『俺だけの救世主メシア』が降臨した瞬間だったんだ。


「貴女はね、死んでも子供の腕を放さない硬くなった指を一本一本剥がすと、その子を抱えて人垣から離してくれたんです。

 今でも、覚えています。叫び続ける俺をただ抱き締めて柔らかい胸に埋めてくれた。

「息をするんよ、ほら。もう大丈夫だから」

 救護隊が駆け付けて来て俺が泣き出すまで、貴女はそう言っててくれました」



 え?あの『女の子』……?という、心の声が聞こえそうな視線で。



「そう。母親に女装させられていたんですが、可愛かったでしょう?」

「うん。あれ、ショウちゃんだったの?」

「はい。うちも勇士ん家みたいに父親が浮気をしていた口なんですが、母親が大人しい女でして、父親似の俺に女装さして憂さを晴らしていたんですよ。

 あの日もそうでした。びっくりしましたよ、ブツブツ恨み言を呟いていたアレがスリップ音と共にグシャ!ですからね」



 『母親アレ』を『アレ』と呼んだ事に、陽毬さんはショックを受けていた。

 大丈夫ですよ?陽毬さんの事はちゃんと亡くなるその日まで『お義母さん』て優しく呼びますから。

 貴女、清明に『ババア』と呼ばれる事を忌避してましたからね。あれは熟女には心的ダメージが計り知れないらしいし。(実際、言われた時、外にも関わらず、本気で男子高校生の息子にハイキック入れてた)



 俺は当時を思い出し、笑みを浮かべると前髪を搔き上げた。

「ほら、薄くなってますけど、少しあの時の傷、残ってるでしょう?」

「──────ほんとだ」

 気味悪がるでも無く同情するでも無い、純粋な驚きは何故だか心地良かった。

「救急隊員を呼び止めて、貴女は俺の状況と症状を言って、精神的ケアを頼んだ。

 だけど、俺は救急車なんて乗りたくなかった。

 貴女に手を握っていて欲しかった」


 俺の当時の切なさが伝わったのか、陽毬さんがそっと近寄ってくる。


「うわー、跡、残ったかぁ。びっくりしたけど、まあ男の子ならその方が良かった。大丈夫、これ位の傷なら、男ぶりがよく見える程度だ」


 傷に触れる手が気持ちいい。ワンコの振りをしてたけど、今、ホントに心を許した人間に『触られる気持ち良さ』が分かる。


「あの日も貴女はそう言いましたね。

 実は、俺は貴女に逢いたくて、被害者の立場を利用して色々聞き回り貴女の住所と名前を知りました。

 まだ、当時は個人情報の管理が緩かったから出来た事ですけど。

 で、1年くらい経ってしまいましたが、やっとご自宅の近くまで行けたんですが、覚えていてくれてもどんな態度を取られるか不安で、貴女の家の周りをウロウロしてたんです…そしたら、清明に見つかりましてね。睨まれて喧嘩になりました」



『あちゃー』という声が聞こえてきそうな表情で、当時を振り返った彼女が開いた左手で、自分の額を叩いた。

 その日の事を順番に思い起こしたんだろう、恐らくは俺が施設に居た事も。

 その事実こそが『女の子』と『俺』を結び付けられない最大の理由だから。


「あ、はい。トラウマ持ちの子供なんて育てられない、って施設に一時預けられてたんです。

 流石にある程度育ったら、学費ぐらいは出してくれましたけど」

「……………」


 あ、表情が険しくなった。怒ってくれている?


「結局、言い出せなくて。いい匂いのする服と美味しいご飯戴いただけで終わりましたけど、『これ、いつの傷?』って聞かれた時は焦ったなぁ」


 俺の傷を撫でる手をそっと胸の心臓に持っていく。


「『昔の』って言ったら、『カッコイイなあ!男の子はそういうの、一つくらいあった方が女の子にモテるよ‼︎』て。俺、笑っちゃいましたもん。ああ、そうか。この傷って一人生き残った罰なんかじゃないんだ、カッコイイんだって」



 あの言葉が無かったら、俺は違う冷えた熱を抱えて生きていっただろう。

 その人生が容易に想像出来て、笑えた。

『抱っこ』も『おんぶ』も、『ちゅー』さえも親から与えられない『檻』を含めた俺達は、アイデンティティを喪って、立ち位置すら憎しみや喪失に依るしか無かった。

 だからこそ、俺が誘導しただけでトラウマ持ちは驚く程速やかに陽毬さんに溺れていく。

 健やかで暖かい、その行き場の無くなった愛情を持つ、柔らかいこの女性ひとに。




「あれから、貴女がずっと俺のココに居る」




 俺は早くから貴女を見出せて幸せだったんだ。貴女もその愛情を注ぐ息子が巣立ってしまって、寂しかったんでしょう?



「貴方の傍で生きたくて、ありとあらゆる手を使って金を稼ぎました。父親にも頭を下げて、奨学金以外の費用を出させて、大学まで行きました。

 ずっと、ずっと見守っていた貴女は俺の『準備』が出来た途端、独りになってくれた」



 これは天の配剤。俺は『引き継ぎ』をあの時、受けたんだ。



「これはもう俺の好きにしていい、って事ですよね?そうでしょう、そうに決まってます!

 大丈夫、旦那さんの分まで大切に大切に俺が護っていきますから。

 だから、はいここに!署名、捺印を‼︎」



 言うべき事は全て、言い尽くした俺は『ソレ、違うからあ!』と叫ぶ彼女をがっつり捕獲した。


「勇士も上総も、遼も…いずれは貴道や洋輔も貴女に下ります。俺を筆頭にね。

 ほら、貴女の望みと夢が全部叶いますよ?俺に全てを委ねてさえ下されば────」



 ごめんね、陽毬さん。

 人生を貴女に賭けた俺は『人事を尽くして』も『天命』を待つなんて到底出来ない。

 貴女が欲しくて欲しくて仕方がないんだ。

 堪え性のない子供の様に。



「幸せにします。俺を貴女の息子にして下さい」



 お魚は網の中。釣った魚にはたんまりと餌を。

 おはようからおやすみまで、貴女の水槽を快適にして、他に目がいかない様にして、『俺だけ』のものにするんだよ。




「何か、違うからァ‼︎─────ひゃあッ?たぁすけてえぇー!」




 バタン!




「──────ヒマ、無事かッ⁉︎」




 ドアを蹴破る勢いで飛び込んで来たのは『実の息子せいめい』だった。

 その後ろにニカっと笑う上総。

 ナニ、その主役ヒーローポジ。陽毬さん、感動して泣いてるし。

 陽毬さん、陽毬さん!目を覚まして‼︎俺の方が良い男だよ?確かに血は分けてるけど、分けてるけど!

 しかも、マザコンの気はあるけど…だけど、抱っこもおんぶもちゅーもあいつはもう、貴女にしてくれやしないんだよ?


「ヒマを…俺のオカンを返せ、相良」

「嫌だ」

「お前、嫁がせるなら未だしも、この歳で同い年の兄弟なんかいるか!」

「なら、結婚してもいい。俺の姓にする」

「どんな理屈だ!見ろ、ありゃあ、ちったあ若く見えるが所詮おばちゃんだ!自棄になんな!目を覚ませ、目を‼︎」



 お前こそいい加減にしろよ、清明‼︎

 本物の息子が現れて焦った俺は、日頃の余裕をかなぐり捨てて本気で獲りに行った。


 くそ可愛いじゃないか!

 いっぱい笑うから出来た目尻の皺も、笑うと片えくぼ出来る丸顔も。

 お前は要らないんだろう?人生を共にする嫁さんを見つけて、可愛い息子に恵まれて。

 だから、そこから動くなよ‼︎

 お前が動くと陽毬さんが素直になって、せっかく今まで俺に惑わされてくれていたのに、『本当』を直ぐに見つけてしまうから。

 なあ頼むから…頼むから俺にくれよ、この女性を。俺はこの女性だけでいいんだ!





「大体なあ、お前、本当に『母親としての陽毬おかん』が欲しいのか?」




 清明が脱力した陽毬さんを引き寄せて、俺を鼻で笑った。

「──────何だと?」

 俺は思わぬ問いに気色ばんだ。

 だが身体は雷に貫かれたかの如く鈍く痺れ、俺の体内活動が止まる。


「おかしいんだよ、相良。今、お前『なら、結婚してもいい』って言ったよなぁ。

 そんな事、息子になろうってヤツが思い付くか?普通」



 清明の放つその言葉に俺の『何か』が暴かれようとしていた。


 止めろ、清明。



「ヒマを手懐けるやり方も納得できねー。

 ヒマは温泉やら整体とかだって好きだぜ?

 むしろ、お前の目的にはそっちが合うよな?

 何でエステやテーマパークデートなんだ?

 買うにしても服に靴。挙げ句の果ては部屋を用意した?」



 清明の笑みが悪辣に花開いた。

「お前、そりゃあ『女』としての扱いだぜ?」




 ──────────?

 いま、おまえ、なんていった?

 陽毬さんが『女』?

『女』?おんな、って、なんで……。


 その言葉を理解した瞬間、何かが堰を切ったように俺の中に流れ込んでいく。

 こんなに空っぽだったのかと驚く程に満たされるそれは『愛しい』と俺に訴えかけてくる。

 無視をするな、無理をするな、殺すな、誤魔化すな、とありとあらゆる否定の感情を突きつけて、最後に全ての声が『認めろ』と、叫ぶ。



「相良ァ、ヒマはヒマなりに綺麗になったよなぁ?一回り痩せて、艶々になった。お洒落な服を着て、髪は白髪の一本も無い。

 ─────お前、一回ぐらいこれならイケる。と思った事は無いか?」



 一回?

 どうだった?あの時もあの時も、確かに俺は身体を繋げる以外の事は全て肯定してきた。

 だって、触れると甘かったから。

 くにゃり、と力の抜けた身体は柔らかかったから。

 夢が叶って、少しずつ甘えられて甘えさせられて嬉しかったのに。

 全ての罠が順調に重なり、分別の向こう側にいる貴女を紗幕のこちら側に引っ張り出したのに、それで生まれた二人の距離が寂しくなったのは俺の方だった。

『檻』の中でも上総に特に警戒したのもそれだ。あいつだけは洗脳も効かず、何処か面白がる様な光を浮かべて笑っていたから。

 同じ光に引き寄せられるんじゃないかって、時折無性に嫉妬に駆られた。


 違うんだ、俺は。

『最初からそう』なんじゃない。

 だから、貴女の『全て』が欲しくなった。

 その全てを俺が手に入れれば、もう誰にも気付かれない筈なんだから。

『それ』はあくまで副産物だから!違うんだ‼︎


 だからお願い、その『やらかしたッ──‼︎」てカオ、止めて!



「とにかくお前の計画はここで頓挫した。

 ヒマ、どうする?俺としては一緒に帰

 って欲しい。葉月と光恵も望んでくれてる」



 そう冷酷に断じて、ふふんと俺をせせら嗤うと清明は陽毬さん(はは)に優しく問い掛ける。



 いつもそうだ。俺は肝心な所でお前に敵わない。

 陽毬さんの旦那さんが亡くなった時も、俺には決して出来ない慰めをお前はしていた。

 陽毬さんは『俺が本当に欲しいもの』を持っている。

 その俺だから分かる。

『陽毬さんが本当に欲しいもの』を持っているのはきっとお前なんだ。



「まあ、ごっそ疲れたから、今晩くらいお邪魔するかね?」

「馬鹿、もう諦めろって。俺に親孝行させろや」



 そうして、うっとりするくらい優しく笑うのだ。




「─────なあ、お母さん」




 ずるずると抵抗しない陽毬さんの身体をガタイのイイ清明が引き摺っていく。

 彼女は優しく微笑って上総に手を振る。

 そこに既に連絡を受けてたらしい右京が入れ違いに飛び込んで来て、立てない俺に駆け寄って来た。



 待って、行かないで。

 貴女の望む何にでも、何者にでもなれるから。

 陽毬さん、陽毬さん、陽毬さん。

 どうか俺を捨ててしまわないで!



 軽やかに、彼女は俺に背中を向けて、『檻』を自ら開けて出て行ってしまった。

 見惚れるくらい、とてもイイ笑顔で。



 こうして、『俺の人生の大博打』は陽毬さんの勝利でカタが着いてしまったのであった。







 おしまい。









 ☆




「『めでたし、めでたし』か。で?『檻』は解散すんのか?相良」



 俺はもう上総に返事も出来なくて。

 ただ力無く自宅マンションのベッドで寝転がり、掌で顔を覆っていた。


「まったく、…お前は本当に陽毬ちゃんが好きなんだなぁ。

 どうしてそれで惚れてる、って気付かない振りして自分を騙してこれたんだか」


 うるさい。一薫か右京だな、こいつを勝手にここに上げやがったのは。

 ここ一週間仕事にも出てないから、一薫の線が濃いか。


「陽毬ちゃん、寮からもう荷物運んじまったぜ?息子さんが会社一日有休取って、テキパキ処理しちまった。ありゃあ、隠れマザコンだな。うん」

「────────」

「孫と嫁と息子に囲まれた暖かい家庭かぁ。

 うーん、何か商売でも始めて、泣き落としとウィスパーヴォイスで腰でも砕いたら、奪取出来るかな〜」

「────────お前、何する気?」


 一週間ぶりに発した声は少し嗄れていた。

 上総が唇の端をクッと上げて笑う。



「決まってるだろう。口説くんだよ」



 は?何言ってんだ、コイツ。

 陽毬さんは『檻』を『出て行った』。

 お前ら俺を含めて、『必要無い』と判断されたんだよ……。だって、振り向きもしなかった。

 俺に、未練なんて一つも残さず。


「お前なぁ、何の為に俺達にあれだけ洗脳教育したんだよ。

 あの女性ひとの気持ちを理解する為じゃ無かったのか?その、大元であるお前が、本当に分からないのか?」


 処置無し、とばかりにベッドを一度覗き込んで、残念なモノを見る目で俺を見ている。

「俺は振られて無いからな。ありったけの気持ちと手持ちの武器を携えて、お前みたいに腰を据えて落とすさ。これまでみたいな枷の一つもつけずにな」


 言ってろ。俺があれだけの時間を掛けて、金と美男で尽くしても、それを一顧だにしなかった女だぞ?

 今更、お前如きに陥せるか。

 …墜とされないよね?────堕とされないで陽毬さんッ‼︎


 ばたん、と寝室のドアが閉まると同時に、

「え?まだ腐っているんですか?」



 右京の呆れた様な声が、酒で麻痺した頭に響いた。


 .

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