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相良編11

毎度、元原稿も書き溜めも無いので難産ですが。

これで残すは後編のみです。

11.




 最近、寮に陽毬さんを迎えに行くと、結構な頻度で貴道と勇士が入り浸っている。


「おいこら、雇用者!アレを何とかしなさい。

 おばちゃん、この頃ご飯多めに作らないとブーイングが起こるんですよ⁉︎そのオシャレなちゃぶ台の傍で仔犬が2匹、キュインキュインですよ?」

 アメリカンな肩の竦め方で、大袈裟に『ふう〜ヤレヤレ』を体現して来る陽毬さん。

「え?申し訳ありません。二人共、何処か可愛くありませんでしたか?」


 後で、もっと気に入られる様にジャーキー持参で行け、と言っておきます。

 ─────そう言い終わるや否やハリセンで殴られた。【結論】厚紙は結構痛い。


「残念ながら仔犬等はジャーキーの『元』は持参して来ます。調理を委託してくるだけだけどね!100g二千円のお肉とか、夏だと言うのに三枚におろしてある寒ブリとか!マグロの中落ちとか!鴨がネギどころか鍋と調味料まで背負って!えっちらおっちらと物理的に『私を食べて』と‼︎特に、王子が!」

「勇士が?」


 ちょっとびっくりした感じを装えば、我が意を得たりとばかりに、熟女は冷たいフレーバーティーを差し出しながら、鼻を押さえて訴える。


「暑いから、くっつくな!と言ったら冷感敷きパット、同機能の夏布団セットで貢いでくるし、勝手にお布団敷いて先に寝て、ソレ捲くって、『入る?』って‼︎ナニその罠!掛かりたい寧ろ全力でクジラ呑み込まれるプランクトンの勢いで欲望の坩堝にハリケーン級に吸い込まれたいわッ!アラフィフ全力の理性が某バハムートのメテオで全滅の憂き目にあってます!それと、地味に貴道君のストーキングが────何、アレ怖い」


 俺は冷えたフレーバーティーを口にしながら首を捻った。

 勇士にしては搦め手できているな。得意のスキンシップで済し崩しに誘い込むかと思っていたんだが。

 ……それより、問題は、

「貴道、あいつ何やってんですか?」

「うん。先ずね、スーパーで買い物してるとサッカー台で袋詰めしてくれるね!どうやってそこで買い物してるのを突き止めたのか、怖くて聞けないけどね‼︎そして、五割の確率で勇士君と一緒に窓から侵入してきて、オロオロしながらお茶を人数分淹れてるよ。手には蕎麦茶とか抹茶入り玄米茶とかコレまた持参して来るよ!

 この前はLEDライト切れたら替えてくれたよ。普通にピンポン押して、単独でも来るしね⁉︎」


 ターカーミーチ〜〜…。


 何故だろう?あいつ、普通の客はちゃんとオレ様対応してあしらっているのに。

 年上の場合なら一薫かずしげばりにツンデレ対応だったよな?


「お役に立っているならいいんですが、ひょっとして…迷惑でしたか?」


 俺は幻の耳を『ぺたん』して見せた。

 陽毬さんが明らかに怯んでいる。あ、赤くなって口元に手を当てた。

「ごめんなさい、ウチのキャストが。陽毬さん、陽毬さんどうか怒らないで?」

 心細そうな声を意識して、一気に距離を詰めると、彼女の手を取って半立ちの彼女を至近距離で下から見上げる。


「は、わわわ…」


 陽毬さんは俺の、この顔が好きだ。

 ほらほら、撫でていいんですよ?

 お熱計ってもいいんですよ?

 額から髪を梳く様に、頭を存分に撫でていいんですよ?


 全部、貴女が清明に出来なくなった事。

 俺が貴女にさせてあげられる事。


 どうしよう。寧ろ、俺がして欲しいんだけど。

 可愛がって欲しいんだけど。

 怯んでる。顔、赤いけど怯んでる。

 腰を優しく抱いたら、してくれるかな?

 逃亡も防げるし。


「お、おおおお怒ってない!怒って無いから!

 断じて怒って無いから!ふぐっ、はわわわ、八百万のカミ様‼︎そんなに居るなら熟女の煩悩108つ位、ピンポン球弾丸スマッシュの勢いで払って下され‼︎」


 あ、倒れた。


 陽毬さん、俺は野生動物ではありませんよ?

 どうして、視線を外さず後退っているんですか?────腰、抜けてる様ですが。


「陽毬さん?どうしたんですか?何処か具合悪い?」


 天然を装って、俺は上から床ドンする勢いで陽毬さんを囲い込む。

「ほらほら、首に手を回して下さい。抱っこして運んであげますから」

「イヤよ‼︎」

「ええ⁉︎即答?だって立てないんでしょう?」

「馬鹿モノ!こんな極上品の身体に手を回したら最後、うっかり手が滑って隈なく撫で回してしまうわ‼︎お触り厳禁ん息子の同級生ぇコレは息子と同い年ィヤバいヤバい合法ドラッグぅ〜あたしは欲望の虜にはならん!離れろ、全力で帰れ‼︎」

「ふむふむ、じゃあ俺が触る分には構わないと」


 両掌で拒否られてた為に浮いていた背中に、スーっと指を走らせる。




「ひゃっはあぁああんッ!」




 ぎゅー。

 腰を抱っこして起こすと、そのまま担いでソファーに降ろしてスタスタとその場を立ち去った。

「じゃ、仕事抜けて来たので帰ります。陽毬さん、貴道には俺から注意をしときますが、アレは勇士共々貴女を気に入っているので、お気に召したら何処でも撫で回してやって下さい。

 後、据え膳は何なら食っても大丈夫ですよ?ちゃんと躾けていますから、貴女を困らせる様な事はしません。…それと」

 ドアを開けながら、肩越しに首だけで振り返る。


「────俺を撫で回すくらい、いつでもお好きにどうぞ?」



 がちゃん、という音と共に「のおおおおおお〜ォオオオッ‼︎‼︎」と魂の雄叫びがこだました。






 くそ、なんつー声を出しやがる…アラフィフの分際で…。凄え、キタ。

 ってんの、密着したら絶対判られた。色即是空、空即是色。



 あれを手に入れる俺が、惑わされよう筈も無いのに。おかしい、確かに最近、女を呼び出してはいないが。

 あれしきの嬌声で下半身直撃されるなんて、不覚にも程がある。

 女には不自由してない。過去も未来も断じて、溜まってもいない!その予定も無い‼︎


 ちょっと前屈みになりながら、情けないこの状況を打破すべく、冷静に陽毬さんの現状を客観視の観点から脳内整理し始めた。




「─────ああ、21時からなら時間が取れる。大倉のヴェルデ。来れるなら俺の名前で部屋を取っておく」



【結果】女が早急に必要になりました。



 偶に使っていた女(・・・・・・)だが、こういう緊急時には具合が良い。

 面倒臭い女はこういうカテゴリーに入れてはいないが、誤解もせず無駄口を叩かない俺に合った女など数人いれば事足りたから。



 しかし、何で、だ?

 確かに陽毬さんは大デヴから小デヴにはなったし、肌も綺麗になって、小皺も大皺も目立たなくなったが、歴とした熟女で、アラフィフで、お腹周りもぽよんぽよんで柔らかくて暖かくて甘くていい匂いがして…。


 髪、お団子して前髪垂らしてたの可愛かったな。真っ赤になって、大きな目が潤んで、あの角度はキスで塞ぎ易─────




 うおー!俺はウルトラ馬鹿かッ⁉︎




「─────あ、省吾さん。楠木さんが探して俺に連絡取って来たんで、お迎えに…」



 右京が、前屈み気味の俺とばっちり目が合った。……逸らさねえのかよ。



「─────まあ、往々にしてそういう事もありますよね…。あんなに溺愛偏愛してる対象ですからね。うん、ところでGack○が昔、アレをケースに収納していた話を思い出したんですが。今は随分着け心地も良くなっているそうで、一つ取り寄せてみましょうか?」



 おーまーえーは何を言っているッ⁉︎



「要らん。こんな事は二度と起こらない。唯の不測の事態だ。弾みだ。気の迷いだ。美里を呼び出した。ちゃんと処理してくる。コレは、その、アレだ…。疲れているんだ俺はきっと」

「憑かれて」


 なんか、きっと当て字が違う!


「ええ、そうでしょうとも。そう言えば、陽毬さんは最近お顔に透明感が出てきて、お綺麗になられましたね。『檻』の面子も順調に馴染んできているみたいですし。あれできちんと若い雄から競って大事に抱かれれば、きっと満たされて輝かんばかりに」




 ばん!




「─────社に戻る。頭なら冷えた。車を回せ」

「はい」




 軽く、壁に叩きつけた掌が痛んだ。

 俺は思考を強引に仕事に切り替える。不快な感情が込み上げて来るのをシャットアウトして。

『何故、不快なのか』も、無視した。










「─────疲れていたのよ、きっと」



 美里の慰めにも立ち直れない自分が居た。


 古い付き合いの女だ。

 自分がどんなタイプの女に欲情するのか、俺はちゃんと把握していた筈だ。

 メリハリのある身体ボディに釣鐘型の乳房。脚は細く美脚である事。顔は卵型のたおやかな印象を持つ…泣き黒子があれば尚良しと。

 彼女は全てを持ち合わせ、俺を受け止める一助となっていた。それなのに。



「謝って済む事じゃない、が。呼び出しておいて、済まなかった」

「……夜は長いわ」

「謝るのはそれだけじゃない。俺が…その気になれない事だ」


 それは僅かに肌を合わせた瞬間に、もう分かってしまった。

 俺は服すら脱いでいない。


「誰か、好きな女性ひとが出来たの?」

「─────違う」


 即座に否定する。下着を身に付けながら、女が微笑う気配がした。


「返事が速すぎるわ、省吾」


 それが何かを揶揄している気がして、反論しようとした瞬間、ベッド側に置きっ放しにしていたスマホから着信音が軽やかに流れた。


「右京?」

『省吾さん、お車ですがキャストの一人に取りにやらせます。陽毬さんがつい先程“ホンモノ”に付け狙われました。幸い遼が居合わせて難を逃れましたが、市ヶ谷のアメジストに避難がてら彼女を落ち着かせているそうなので、今から迎えに────』

「俺が行く」

『しかし「手は震えない、この前試したばかりだ」…分かりました』


 俺は女に別れの挨拶もそこそこに、部屋を飛び出した。

 ポリシーなんて、木っ端微塵に吹っ飛んで、いた。







「居るのか⁉︎陽毬さん!」



 ドアを壊すかの勢いで、俺は店に飛び込んでいた。

 嫌な汗で髪が濡れている。

 陽毬さんがカウンターのスツールに腰掛けて、驚いた顔をして肩越しに振り返っていた。

 何処も、壊れて、ない?



「え?ショウちゃん?わざわざ来てくれたの?(ゴフっ‼︎)」



 問答無用で無我夢中で抱き締める。

 思い切り甘い体臭を嗅いで、腕の中に囲い込んだ。


「…省吾さん、いい加減力緩めないと、陽毬さん落ちそうだけどいいの?」

「………ぎ、ギブ………」

「あ、ゴメン」


 遼の呆れた様な声に、力を必要以上に込め過ぎた事に気付き、ぱっ、と手を離した。


「上半身と下半身がデュラハン状態にさようならするとこだったわ!年寄りは労われ‼︎お詫びに、敬老の日にはマッサージチェアーをプレゼントしろ!でも、迎えに来てくれて本当にありがとう‼︎

 新山君が偶然見かけて、お情けで助けてくれたんだよ〜彼の干支の年には生贄を捧げて踊り狂いたいくらい感謝してる‼︎」


 おしぼりのビニールで俺の小指の第一関節をギリギリと結び、血流を阻害する、とゆー地味な折檻をしながら、陽毬さんは遼を褒め称える。


「分かった、敬老の日だね?医療機器メーカーから取り寄せるけど、50万位のでいい?」


 俺が『また』込み上げてきた『不快な感情』に突き動かされて黒い笑みを浮かべてそう言うと、

「やめてゴメンなさい嘘です。何をこどもの日に返していいか分かりません、勘弁して下さい勘弁して下さいィ〜実は怖かったのよう、本当に怖かったのー何とかおちゃらけて、それをごまかしたいのよう」と、半泣きで甘えてきてくれた。


 オッケー、チャラにしてあげる。

 可愛いから、目眩がする程可愛いから。

『あの時』以来の素の甘え。貴女は本当にリアルピンチに弱い。今度、貴女が大っ嫌いでちょっぴり好きなお化け屋敷に連れ込もう。

 後、ホラーの映画も連れ出して一緒に観よう。

 メソメソ泣いてる顔が一番可愛い。凶悪なくらい俺を揺さぶってくる。

 両手でその大好きな顔を包み、ギャラリーの存在を忘れ、涙とその他諸々を親指で拭っていると、



「生贄はいらん。踊るのもやりそうだからやめろ。─────それと、遼、でいい」




 思わぬ『横槍』が入った。




 時が止まる。確認しようと首を巡らせた熟女の視線を思わず強引に塞いで。

『邪魔者』に眉を顰めた。



「あんたの狙い通りになったんだ、省吾さん。良かったろ?」

「………遼、もう出勤時間だろ?お前には後で右京が車を回す」



 遼が驚いた様に顔を上げた。




「省吾さんがまさか自分で運転して来たの?」




 驚愕の視線に、何かを突き付けられて。

 それが、逃れようも無いモノだと。

 名前も付けられないその感情を、俺は知らずに受け入れ始めていた。


.

今回もお読み戴き、ありがとうございます。

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