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相良編⑩

完結まで遠いなぁ。もう一話、中編裏続きます。

いつも応援、感想ありがとうございます〜。

相良編長いけど、お付き合い下さい。

10.




 ブルーノートの『寮』に漸く陽毬さんを連れ込む事が出来た。

 目を白黒させて辺りを見回す彼女は微笑ましく、俺はニコニコとその様子を見守る。

 ね?ここは貴女に閉塞感を味合わせない、極上の『檻』でしょう?


 おまけにいい男は目の保養だし、言い寄る『男』も手配済みだし、管理人室は防音ですよ。



「……で、こっち厨房、あっち共用リビング。

 一階の部屋は駆け出しのキャストが一室三名平均で使ってる。

 二階は売り上げ上位の五名までの部屋。使って無いヤツもいる。客、彼女の出入り禁止だからね。ストーカー対策込みの寮だし。

 陽毬さんに住んでもらう管理人室は、バストイレ付き。IHコンロあるから料理しても良いし、賄い食べにダイニングまで来てもらっても良い。引きこもりたかったら、料理人がネットスーパーで買う時に追加させよう。御用聞きさせるから、後で紹介するよ」


 面倒臭がりの陽毬さんの手を煩わせない様に、予め女性業者に依頼し、全ての荷物を整頓させておいた。


「相良君…」

「ショウちゃんでしょ〜、陽毬さん」

「おねだりが可愛くありませんよ、省吾さんワンスモア」


 うん、煩せえ右京。黙ってろ。


「うん、ショウちゃん。聞いて良いかなぁ…あのドレッサーとか、ベッドとか本棚とか何かなぁ。私の秘密がキチンと並んでいるんですけどね…」


 陽毬さんは頬骨に人差し指を添えて小首を傾げてる。あどけない表情が可愛らしい。

 でも、問い掛けがノンブレスなのはどうしてだろう?


「うん、本当IKEAて何でも揃うよね。

 つい、あれもこれもって。部屋に納まりきれて良かったよ。本棚大容量だから、全部入ったでしょ? これで隠さずに済むよね」

「…おお。何と、異世界トリップに転生に現代オフィスラブ。プレステ3と4の横にVITA、3DS、何だか少女マンガちっくな男しか描かれていない美麗なソフトケース。陽毬さん、駆け出し訓練用に偶に貸し出して戴けませんか?」


 男二人、『何だこの生物なまもの』て、生温かい眼差しを惜しみなく注がれて。


「うん、ショウちゃん。わざわざタンスにしまってあるモノはね、しまっておきたいからしまっているんだけどね。後、右京君、貸さないから。これで解析出来るのは一部の腐女子と邪な心とピュアという名の獣性を持つある意味肉食系女子だから!ネガティヴなのにアグレッシブだから‼︎

 つか、管理人って何時から私を想定していた⁉︎

 昨日今日の品揃えじゃないじゃん、ココ‼︎」


 そりゃあ、元々貴女を引き摺り込む為の巣穴ですもん。完璧に貴女向きになかったら逆におかしいですよ。

 内装の趣味もばっちりでしょ?

 何か問題が?本?箪笥は服をしまう所でしょう。俺が傍にいる限り、そんな不自由はさせませんよ。


 傍らを見ると、右京が『やれやれ』といった顔をしている。


「賄いは料理人が通いますし、やる事と言ったら郵便物の受け取りや屋敷内で起こったトラブルの報告、ハウスクリーニングが入るのが2週間に一度なので、軽い掃除機掛け。スーツ等クリーニングの手配と受け取り。業者の派遣とかはこっちでやります。

 わあ!何て楽でいい仕事なんだろう!そう思いませんか?陽毬さん」


 プレゼンは笑顔が基本だ。


「まあ、仕事は陽毬さんのOK戴いてからおいおい、という事で。

 取り敢えず今日は売り上げトップ5込みでブルーノート一同、夕方一度だけ面通しします。有名人握手会みたいに様々なイケメンと一度だけ握手して終り。

 そしたら、皆出勤するか夕食に散りますからね?あ、俺も行きますけど、もし管理人室にお邪魔していいなら、陽毬さんのご飯も作りますよ?」


 さり気なく右京がブルーノートのキャストとの顔合わせの予定をぶっ込んでる。

 何か秤にかけてる思案顔の陽毬さんが、不安げに俺を見つめる。うん?どした?


「し、ショウちゃん立ち会ってくれるんだよね?」

「もちろん、キャストに陽毬さん紹介するの俺だよ?」

「右京君、買出ししてないけど大丈夫?」

「あ、冷蔵庫拝見して足りないものは寮の厨房から材料持ってきます。陽毬さん、コンニャク米足してヘルシーパエリアとかどうですか?」




 はい、気持ち折れた〜!




 陽毬さんがOK出した後の右京の動きが凄まじかった。

 非番や新人のキャストまで呼び付けているし。

 イイんじゃね?『檻』の五人が揃えば。

 お前、ナニ数揃えて男大奥しようとしてるの?

 あ、ゴネてる奴を脅してる…そいつ、太客と初デートって言ってるじゃん…。

 あ、その客にまで連絡付けやがった…。

 何だろう、イベント感がスゴイ。


 





「──────整列!」右京の声が飛んだ。




  ザッ!




 うん、これは軍隊だね。


「こちら、寮内の融通を一手に担う管理人、芹沢陽毬さんだ!まだ色良い返事を戴いていないが、いずれ仕事に関わる買い物、依頼、寮内の差配の一切をお任せする予定だ。

 尚、管理人の前に目安箱の設置を予定している。直接顔を合わせる必要の無い用事、要望はそちらへ投函する事。

 陽毬さんはオーナーのご友人の御母堂であらせられる。雑事をお任せするからと言って、パシリ扱い、『おばちゃん』呼称厳禁とする!

 ────────復唱‼︎」



 キャスト総勢三十名揃い踏み。スタッフ十五名、寮内の警備兼料理人二名、俺の秘書(おい、大吾の参加はいつ取り付けた)……。



 ずらりとリアルスーツ美男大奥が目の前に。

 陽毬さんの唇が戦慄いて、ナニカを唱えている。

『──────今から女王試験を始めます!』て、それナニ?




 キャスト側として面白そうな光を目に浮かべ、先頭に立つのは、うちのNo. 1上総かずさ広常ひろつねだ!



「我々、ブルーノートキャスト、スタッフ一同、芹沢陽毬さんにご挨拶申し上げる!

 これより我ら、オーナーの御訓告に従い、陽毬さんに失礼の無い様振る舞う事を誓います!

 一つ、『パシリ厳禁!』」

「パシリ厳禁!」

「二つ、『おばちゃん呼称の禁止!』」

「おばちゃん呼称の禁止‼︎」

「三つ、『誠意敬意を持って接する事!』」

「誠意敬意を持って接します!」






  なあこれ、いつリハーサルした?






 また、ザッ!と音がして目の前の男達が片膝ついて跪いた。

「これより、一同どうか末長く宜しくお願い致します!」

「宜しくお願い致します‼︎‼︎」





 陽毬さん陽毬さん、ザメ○〜(目覚めの呪文)





 顔面蒼白で卒倒しそうになる彼女を、素早く俺は後ろから支えた。

 その前に上総が笑顔で出てきて、陽毬さんの右手を掴み、




 引っ張って、胸板ドンッ‼︎


「よお陽毬ちゃん!おっ、この前より一回り痩せたか?別嬪さんにより磨きが掛かったな!」

 上総がフェロモンを全開で彼女を抱き止めると、愛用の「ロム イヴ サンローラン」のウッディな香りがふわりと漂う。



 ぎゅー!(キャッキャウフフ)

 ぎゃー‼︎ (モゴモゴあががが)



 きいいいいィ、憎い苛々するッ!

「「誠意と敬意ィ─────‼︎」」





 スパコ───────ンッ‼︎‼︎‼︎‼︎





 何故か部屋の隅に立て掛けてあった、二対の厚紙のハリセンが、うちのNo. 1ホストの頭部を同時に襲撃した。アレは何か?二足歩行の雄叫びを上げて歩き回る人型の暴走を収める為のアイテムか?

 そして何げに参加するのな、右京。


「痛てぇな」

 轟音二秒で何事も無く立ち上がるタフガイ、上総凄え。


「もう、ヒロさんったら〜陽毬さん目ェ回しそうだし、止めてあげなよ」

 絶妙な合いの手を入れてきたのは、綺麗系で庇護欲を唆るタイプの秋津あきつ勇士ゆうし(23)。

 王子(笑)はキラキラ光る色気たっぷりの顔を近付け、「宜しくね、俺は甘い玉子焼きが好きだよ。存分に餌付けしてくれていいよ」と囁いた。うん、仕事丁寧だねキミ。

 次に出てきたのは、面だけ見てれば黒髪スマートな俺様系?有坂ありさか貴道たかみち(25)。

「省吾さんの、大事な人だと聞いている。貴女がその限りである間は、何かあったら及ぶ限り力になるから」と淡々と握手して下がる。


 金髪わんこ系、ツンデレ担当新山(にいやま)りょう(20)は「どうも……」とだけ言って、一秒握手して振り払う様に見えないギリギリのスピードで手を放した。馬鹿、そーゆー手は陽毬さんには逆効果だ。一回はぎゅっと握って、充分意識させてから放せ。

 お前、ちょ後で寮の裏に来い。


「遼〜〜誠意と敬意は〜〜?宜しく、陽毬さん。俺は飯高いいだか洋輔ようすけ27歳。そこの上総と一緒で寮には住んでないから、気を遣わなくていいよ」


 遼を退かす、と見せかけて後手に隠し、にっこり、人懐っこいチャラい笑顔で握手して、洋輔は誤魔化した。

 目がゴメン、と告げている。お前も腰が引けとるだろーが。気合い入れろや!


 見ろ、陽毬さん頷いてるじゃねーか!

 きっぱりお前ら対象外に置かれやがったな!

 何の為の教育せんのうだ。


 俺はとにかく陽毬さんを逃さないように背後から拘束して『握手会』を終わらせた。

 慣れろ、陽毬さん。イケメンと若い男は数をこなせば慣れる!全身で拒否んな。


「ただの面通しッて言ったよね⁉︎そして、緊急避難なだけで、何にも契約してないよな!私」


 必死で握手させられながらも後ろを振り返った彼女に俺、右京、上総が勇士を呼んで、(陽毬さんの玉子焼きマヨでフワフワ)と耳打ちし、

「え?やるって言いませんでした?」

「え…え。何か今じゃないけどいずれやると言ってらっしゃいましたが」

「陽毬ちゃん、仕事は早めに慣れた方がいいぜ?」

「今からブルーノートで歓迎会ってのは?ロマネ・コンティ位省吾さんが出してくれるでしょ」



 よし、シカトだ!



 気が付くと、楠木が陽毬さんに、ずい、とバインダーに挟まれた紙とペンを恭しく差し出し、「相良が本当にいつもすみません。後はこれだけで結構ですから」と微笑んだ。





  契約書、だった。





「無理無理無理無理無理無理無理無理ィ」


 バインダーをそのまま後ろに投げ、そのまま物凄い勢いで陽毬さんは管理人室に駆け込み、鍵を掛けて逃げ込んだ!


 コンコン、と控えめなノックする。

「陽毬さん、大丈夫ですか?今、皆、解散させましたよ?えっと、悪ふざけが過ぎましたね、ゴメンなさい」


 おう、何が悪かったかサッパリ分からないが、必殺『女が怒ったら取り敢えず速攻心から謝っておけ』の法則に従う。


「そうですよ、大体省吾さんたらやり過ぎなんですよ。あ、陽毬さん、パエリアの他にキノコのスープ、パイ包みとか要りませんか?」


 猫撫で声で右京もご機嫌取りに加わる。




 それをドア越しにくぐもった声がきっぱりと拒絶した。

「ドッキリだろうが何だろうがどうでもいい。

 私は平穏が欲しいんだ、って散々言ってるだろうが。

 今日は既に隠れ人見知りにはキャパオーバーだ。美形もおばちゃん、基本ショウちゃんだけで既にお腹いっぱい。…まあ、歓迎してくれているのは(一部を除いて)伝わったから。

 しかし、ありがとうございます。本日の営業は終了致しました。またのご来店を従業員一同心よりお待ち申し上げております。フッ、今から陽毬さん、夕飯は冷蔵庫のカボチャ炊くから。右京君キノコのパイスープとパエリアはまた今度ね。アデュー」



 うお、ノンブレス。やば、アラフィフのキャパ越えた!



 焦ってノックを繰り返していたが、ガン無視される。

 見ると、勇士が微笑んで人差し指で唇を抑え、意味ありげに微笑んだ。

 どうやら打つ手があるらしい。ここは任せるか。



「うん、俺ら浮かれ過ぎましたね」

「─────主にお前がな」

「酷いな、省吾さん。これでもここに居る面子の中では一番貴方に近いんですよ?

 あの女性の事もずっと一緒に見てきたんです。俺も陽毬さんには幸せに堕ちて欲しいと本気で思ってます。本当なら貴方の執着の手段として『檻』にもなってみたかったけど、ただ、俺には彼らの様な熱量が圧倒的に足りないから。

 だから、せめてあの女性を逃さないように。真綿で包む様に省吾さんの腕の中に追い詰めたいんです」

 右京が綺麗な笑顔でそう言った。


「お前…俺も人の事は言えないが、病んでるぞ相当」

 器用貧乏なのだと、自分を嘲った右京の過去がフラッシュバックした。

 何をやらせても簡単に出来るクセに何にも執着出来なくて、俺を羨んでいた右京こいつはいつしか俺にすっかり自分をトレースして疑似体験を通じて『学ぼう』としている。

 だから誰よりも俺を理解して、何よりもこの心の機微をなぞって変化を愉しんでいる。

 その反面、決して自分コピーが『オリジナル』になれる事が無いと知っている。────だから、信頼出来るのだ。


 視線の端で上総が軽く笑って退出する処だった。

 あいつも動き出すつもりらしい。

 元々勇士と上総は彼女に溺れるには難しい条件を幾つも背負っていた。

 それ故にきちんと『仕事』がやれる筈だ。

 俺の様に彼女の本質こころに岡惚れして、本気にさせられてしまう事なく、冷静に仕事を楽しみ、命令を遂行するだろう。

 右京にもう少し残る二人に『補習』させて置くか、と考えて、管理人室を後にした。


 外に出るとふ、と風が吹く。

 さらりと頭痛を晴らす気持ちの良い夏の風が。


 あの女性の様だと思った。


 その瞬間、何が俺の心をちり、と灼いた。

 頭はそれを邪魔だと判断し排除しながら、もう一方の心が何故か大事に大事に抱きしめたまま、深層心理の闇に身を投じていくのを感じる。


 全ては上手くいっている。

 俺が焦燥を感じる必要は何一つ無いのに。

 砂が指から零れ落ちる感覚イメージを拭い去る事がどうしても出来なかった。







 星が瞬いている。

 手が届く筈も無いのに、傲慢な俺はそれにいつも手を伸ばす。

 傍らの君に、“アレを取ってあげる”なんて出来ない約束をして。


 夏の大三角形を探すんだ。

 ベガとアルタイルは知ってるかい?

 一際輝くあの二つは織姫と彦星なんだ。

 今夜は凄く晴れている。

 きっと、手が届く筈さ。




『だめよ』




 彼女は笑って言った。

『星があんなに美しいのは何かを自分に反射させているからなの。

 何が星を光らせているのか、想いを馳せる事の無い貴方には無理なのよ。

 それに夏星座が夏にしか現れないと、どうして思うの?

 彼等はいつも天の何処かで瞬いているというのに』



 その時、夜空に花開く一瞬の花火に掻き消され、誰も星なんか見ていない事に気がついた。

 やっと、気づいた。



 彼女の下駄がカラン、と夜を鳴らした。


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