相良編⑨
とりあえず、頑張って前編終わらせてみました。
拗らせてる拗らせてる。ふふ。
9.
「相良、あれから1クール経ったけど、陽毬ちゃんの方、どうなったんだ?そろそろ、寮の方に移せそうか?」
ブルームーンの事務所に顔を出せば、開口一番珍しく居合わせた上総がそんな事を言い出した。
「─────そうだな、お前がそれを気にするとは思わなかったが、少なくとも『檻』の面子にはそろそろ話を通しておかないと拙いか。
これから暇か?」
水を向けると、上総は髪をかきあげ、さり気にサムズアップしてくる。
「実は先に楠木さんにスケジュール確認して、ここに来たんだ。
洋輔は先に捕まえてある。篠崎、勇士と貴道は寮に居るんだろ?拾っていけばいい」
右京に朗らかに声を掛けると、上総は車のキーをクルクル指で回しながら二手に分かれる事を提案してきた。早めの夕食で『檻』のホスト達に現状と今後の見通しについて説明する、と決めた。
出ると、黒のマカンが停まっている。
「ポルシェ・マカン…お前、そろそろ車庫証明取れる場所無くなるんじゃないのか?」
「いや、SUVでもコンパクトな方だぞ?走りも良いしな。それにコレ試乗車。まだ、買ってない」
車道楽の上総に突っ込んでいると、後部座席に既に乗り込んで居たらしい洋輔がやれやれ、といった風に手を挙げた。
「では、第55回陽毬さん会議を始めます」
逸早く円卓に並んだ中華を平らげ、右京が宣言した。
「では、陽毬さんの現状を省吾さんの方からお願いします」
思い思いに食事を楽しむ面々を前に、俺は箸を置いた。
「兼ねてより言い渡して置いた計画に漸く移行する目処が付いた。右京が渡したその写真が今現在の陽毬さんだ」
プリクラじゃないんだね、と勇士。
うむ。一度、ブースに連れ込んでは見たものの、羽交い締めされて真っ赤になって抵抗する姿が大漁な状態に俺が年甲斐も無く大興奮してしまい、コンッと出て来たシートを悶絶した陽毬さんが思い余って破ろうとしたので、その手から華麗に全部取り上げた。
財布用の一枚を除き、残りは全部俺のマンションの隠し金庫に入ってる。
…なんで知ってるんだ?プリクラの事。
「最低お前達が嫌悪感を抱かないレベルまで底上げした。【仕掛け】は発動させたから、近日中にはスムーズに寮の方へ俺が誘導する。後はそれぞれ、逃さない様に【檻】としての仕事を果たせ」
遼が写真を二本の指で摘み、ヒラヒラと回す。
「底上げしたって、若めの主婦じゃん。省吾さんがイイもん着せてるみたいだから、精々0時前の客、程度だな」
誠心誠意、抱けるかな〜と嘯く最年少に皮肉な笑みを浮かべる。
「お前にはそこまで期待していない。それは、勇士と上総が引き受けてくれる。安心しろ、お前の役割はツンデレだ。肝心な処であの女性を拒まず、デレてくれればいい。縋るのは勇士がやる。洋輔は各人のフォローに当たってくれ。恐らく、陽毬さんは状況を信じない。野生のマーモット並みに警戒心が強いからな。そこをじわりと信じさせるのがお前と上総の役目だ。
貴道は遊撃隊でいい。お前の動きは俺には読めん。檻としてベースさえ押さえて彼女に優しくする事だけ心掛けろ。後は任せる」
上総が不貞腐れた遼の頭をかき回す様に撫でて、豪快に笑っている。
「それで?俺と勇士はどこまでやっていいんだ?相良。ちゃんとお許しを貰わなけりゃ、お前の嫉妬を買うんだろ?」
「ズブズブに溺れさせていい。特に上総、お前は陽毬さんのタイプだ。十も上だった亡くなった彼女の元夫は淡白だったらしい。彼女が出産時に身体的リスクが発覚した為に、その後ほぼレスに突入した様だ。俺から言わせると大事にする方向が違うと思うが。読書傾向からしてその分欲望も蓄積されているだろう。耳元で色気たっぷり囁いて、口説いて少しずつ侵食しろ。
勇士はあの人の貞操観念を削げ。上総が罪悪感を潰す」
貴道が何やら考えている。真面目なその顔の下で、どういう思考が働いているのやら。
顔だけ見れば俺様系なのに、どうかすると、遼より真に『犬』気質…。
「アレだね。最近のお気に入りがアリス系列のヤンデレ乙女ゲームだったっけ?女王様のお気に入りは?」
洋輔がくすんだ金髪を掻き上げ、椅子に脚を組んで凭れ掛かる。
「死人の墓守だ。声優は小山○也。好都合な事にまるで上総が演じているのかと思えるぐらいだ。ゲームキャラ的には山○宏一でも俺が成り済ます事も出来たが、檻にはなるつもりが無いし、声以外は彼女が興味を持たないからな。
ただ未だ、生理は上がっていないから妊娠だけは気をつけてくれ。生形跡を見つけたら、お前らの子種を────殺す」
「さらりとやめてよ、もう。コワイなぁ」
大げさに勇士が引いて見せる。参考にやっとけ、とソフトの入ったPSPを渡せば、上総が興味深そうに眺めてOPを聞いている。
「…俺と遼はそこまでしなくても良いなら、ガツガツ行く必要はないよね?省吾さん」
若干、腰の引けている二人に俺は獰猛な微笑みを向けた。
「あの女性を囲い込む【檻】である事をやめるか?なら契約通り、調教済みであってもお前らを『元』に戻し、掛けた『元手』を10倍にして回収するだけだ」
息を飲み、眉根を寄せる二人に冷酷とも言える事実を告げる。
「もう一度言おうか?お前らは俺が手塩に掛けた『人の檻』だ。そのちっぽけなプライドと引き換えに欲しいものは手渡した筈だな?
教育が足りない者は申し出ろ。破滅か恭順か、好きな方を選ばせてやる」
その『成り立ち』を知っているが上に、怖気付き、陽毬さんの母性に触れる事を厭う二人は、その分堕ちれば、上総なんかより余程理性が効かない下僕に成り下がるだろう。
その為の【教育】だ。
愛に飢えた男が本当に欲しいものを、あの女性は持っている。
ある暑い夏の日、俺はいつもの様に彼女に連絡を取った。
「もしもし?陽毬さん?もしもし?聞こえてますか?」
『……あ、………あ、さ、こ…』
どうやら、声が出ない様だ。怯えている。
「陽毬さん?居るの?そこ、お家ですか?何かあったんですね?すぐ行きます‼︎喋らなくても良いから、絶対、通話は切らないで!」
『あ、危ないから…』
制止を無視して、引き出しから車のキーを取り出す。
思っていたより怯えが酷い。早く保護しないと。俺が自ら運転する事に大吾が驚いて固まっている。
「住吉、今日の予定はキャンセルして明日以降に振り換えて」
呪縛を解いてやると「代表〜ォ尻拭いは大変なんですよう〜」と、半泣きになった。
結果的にそれで良かった。指先は少し冷たくなっていたが、思ったよりトラウマは酷く作用しなかった。
何より「陽毬さん!無事⁉︎」と駆け付けた途端、へなへなと彼女は腰を抜かしてしまったんだから。
「───────不審者、ですか」
「うん。……何かこの頃、行く先々でジッと見られてる気がしてね。
今日はありがと。ホント助かったわ…。ストーカーのピンポンダッシュとか危なくちびりそうだった。尿モレマジ勘弁」
茶化して強がっていたけれど、彼女の手がブルブル震えている。
俺は携帯を取り出して、計画を実行した。
「──────楠木?ブルーノートの寮の管理人室、ハウスクリーニングは入れてたな?
陽毬さんが不審者に付け狙われてる様だから、そこに入れる。今日の内に済ませたいから、引っ越し業者を呼んでくれ。
後は住吉にアパート退去の手続きを。
このまま、俺は彼女を連れ出して追手を撒く」
驚く陽毬さんを制して。
「ああ、部屋から気を逸らさないと引っ越しの時間が取れないからな。
暫くはデートの様に歩いて連れ回す。車は右京が合鍵持ってる、後で回収させろ。それと今夜の宿に名月楼のセミスィートをリザーブしとけ」
横目で確認すれば、彼女の口が『は?』という形になってた。
「──────て、事だから通帳とかだけ持ち出すよ?ちょっと出掛ける体で出ないと怪しまれるからね。リュックには入るでしょう?
今、この前会った秘書に全部、住むとこ手配させたから、市役所関係の書類は後日揃えさせるね」
携帯をしまいながら、笑顔でそう捲し立てれば、「さ、相良君、何言ってるの?」と陽毬さんは動揺を隠せない。
俺はこてんと首を傾げる。
「ん?ここ危ないんでしょ?」
陽毬さんは目を瞑って天を仰ぎ、額に右手を置いた。
ゆっくり、十秒程、無我の境地を貫く。
そして、カッ!と目を見開いた。
「意味、ワカンねぇ‼︎」
理不尽を訴える彼女の前にゆるブランドの服をずい、っと差し出し、
「うん、大丈夫。清明には俺から事情説明しとくし、今日は俺が付き添うから何の心配も要らないよ?はい、これ今日のデート服」
「私は清明んトコに」
そんな事言っちゃって、目が服を追ってますよ?貴女の好みはバッチリリサーチ済みです。
「いつストーカー諦めるか分かんないよ?
それより行方を眩ます方が早く事態は収束するんじゃないかな?
第一、陽毬さん不定期に清明んトコ転がり込みたくないんでしょ?」
「……ぐ………」
息子親子を万が一にも危険に晒したくない彼女は絶対に断れない。
何故なら、それでも『怖い』のは消せないから。俺に護って欲しいから。
「俺、ドアの前で見張ってるから、お着替えして、リュック背負って出て来てね」
パタン。
扉を閉めて、携帯を取り出す。聞こえない位置まで移動して。
「──────右京。雇ったホームレスを報酬払って解雇しておけ。魚は生簀に入った。もう『ストーカー』の必要は無い」
ごめんね、陽毬さん。俺は悪いわんこです。
そしてバス、電車を駆使して陽毬さんと初めてテーマパークデートをした。
勿論、手を恋人繋ぎしてキャラクター帽子を被せ、お土産を沢山買ってあげて、彼女の元夫とのデートをわざと踏襲して上書きを試みたりしてみた。
陽毬さんの笑顔で俺も楽しい。
どうしてだろう?こんなに心が浮き立つ。
まるで、初デートであるかの如く、時間が飛ぶ様に過ぎていくんだ。
ああ、声を出して笑うなんて何年振りなんだろう。人の満足を気にしながら生きてきた俺が、今この時間、絶対彼女より楽しい。
待って、待って陽毬さん!俺を連れてってよ。
首から下げるポップコーンもキャラクターを模したパンケーキも、何でも一緒に食べるから。
今日からはお別れを気にしないで、パレードを見たら、一緒に帰ろう。
二人でまた、手を繋いで。
「何だ、この状況」
名月楼の広い部屋を入って、陽毬さんの第一声がコレ。
「幾らすんのよ……この部屋」
「ははは、秘書に手配させるから知らない。あ、露天付いてるから、外に出なくて良いからね〜。
あ、陽毬さん、ベッドと布団どっちが良い?
俺はどっちでも寝れるから」
ぎ、ギギギギギィ。おお、変な音。
「さ、相良君も泊まるの?」
油差してないブリキの様な音を発する首を動かして陽毬さんが振り返る。
「そうだよ?陽毬さん、一人怖いでしょう?
それに一人で泊まらせたら、宿泊費云々言いだしそうだし。俺が息抜きするついでに陽毬さん連れてくる分には無料でも納得するよね?」
何、当たり前の事を言ってるんだろう?
「そこまでして貰うの、おかしいでしょッ!」
彼女が膝を叩いてそう言うと、俺は仲居さんに淹れて貰ったお茶を飲みながら、微笑った。
「それがおかしく無いんだよなぁ」
知らないでしょう、俺が貴女にどれだけ飢えているのか。
知らないでしょう、拗らせた想いがどんなに歪んで汚い色を醸し出しているのか。
知らなくていい。貴女はただ、これからの人生を楽しく生きて、俺に龍の玉の様に抱かれて、
大事に大事に傷一つつかずに傍に居てくれればいいんです。
優しい言葉、愛を囁く言葉に磨かれて、貴女は笑顔で俺が用意した柔らかな檻に入る。
「大丈夫だよ?同級生の息子がいる女性に手を出す様な不埒な真似はしないから」
「ばっ‼︎」
そう言うと、真っ赤になった陽毬さんはたんたんたん、と横ステップでフカフカクッションの沢山置いてあるソファーに辿り着き、それ越しに悪態を吐く。
「年の差以前に、そーゆーシチュエーションが可能になるのは妄想小説の中だけだッ!」
「ああ、陽毬さんの蔵書の」
あ、タマシイ、出た。
「煙に巻こうったってそうはいかない!ひょっとして…裕章さん関係とか…?」
は?よりにもよって、何で元旦那さん思い出すの。
「亡くなった旦那さんは関係無い。俺が、貴女を護りたいのは、別の理由です」
「だから、それは─────」
「──────それは、秘密です」
プンスカ腹を立てて、陽毬さんはサッサとお風呂に入り、乱暴にお布団に入って寝た。
俺はフロントに冷酒を頼んで一人で起きていた。
無闇に警戒されない為と、起きてて貴女を護るよという意思表示だったけど、自己満足だから気づかれなくても構わなかった。
元旦那さんの葬儀の時、清明はこの女性を支えたけど、彼の心の一番は永久欠番でも、守るナインは自分の家族になったから、
陽毬さんは決してこの先、あの手を取る事は無いだろう。
小さな貴女だけの男の子は大きくなって、自分だけの女を愛して、また小さな男の子を育んだ。
連綿と続くその営みはまるで渡されるバトンで、渡した後もその人生は続いていくのに、主役が移動した後の舞台みたいに、貴女はそこに一人きりで何処にも行けなくなっていた。
一年間だけの逃げを自分に許して、貴女は『また』その足で孤独を踏み付けようと、欲を全て小さな部屋に押し込めて、人生を簡単に生きようとしている。
多分、俺がどんなに押しても、一度でも引いた瞬間に貴女は終わらせてしまう。
まるで夢みたいに。20年を夢みたいに変えてしまう。
俺を見て。
あの日から俺は右手を貴女に差し出したまま。
手は繋げず、心だけが繋がれている。
そうあの日から、俺はずっと小さいまま。
【ぼくは、おかあさんがいちばんすきだよ】
「────もう、俺だけでいいよね?」
何の夢見て泣いてるの?
俺の知らない所で一人で泣かないで。
哀しい気持ちなら、追い払ってあげるから。
清明にもあげられない幸せを貴女に渡したい。
だから、いいでしょう?『貴女』を俺にくれたって。
「……だってねぇ、陽毬さんの傍に居るのは、もう俺だけなんですよ?」
怯えた貴女が俺を見た、あの刹那に。
貴女は俺の『右手』を掴んだのだから。
★
朝食を美味しそうにもぐもぐ食べる陽毬さんはすっかり油断している。
チェックアウトしてたら、ロビーに右京が迎えに来た。
「改めまして篠崎右京です。プライベート方面で省吾さんのアシストをしています」
「篠崎君、ね?ブルーノートではありがとう。パスタ美味しかったです。知ってるカモだけど、私は芹沢陽毬。相良君の友達の母です」
すっ、と車のドアを開けて彼女を待つ右京にぺこり、と頭を下げる。
挨拶を交わす二人を他所に、俺は根回しを始めた。目当ての人物に軽い事情説明して、彼女に携帯を渡す。
『ヒマ、居んのかッ⁉︎何、俺、ストーカーとか聞いてないんだけど!』
「おはよう、清明。うん、何か昨日からいきなり行為がアグレッシブになってね?ママ怖かったからブルってたら、相良君に拉致られました……」
『何じゃ、その説明‼︎訳分かんねえー⁉︎大体お前、不審者出た時点で連絡しろよ!』
「……お前はこの私が一家の大黒柱、巻き込むおかーさんだと思っているの?」
『……………おかん』
「はい」
『昔から馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたがな。
息子に心配もさせないで、その母親おやに何かあったら、お前、俺はどうしたらいいんだ?』
「……ごめ…ん」
重低音の清明の声に陽毬さんがしょげた。
俺はポチっと、スピーカーのアイコンを押す。
「俺が偶々電話を掛けたとこだったから、保護したんだよ、清明。
過去、こういう事で警察が当てになった試しが無いだろ?お前も日中手が回らないだろうし、住まいを変えるのが一番だ。連れてく部屋はセキュリティもしっかりしてる。心配は分かるがあまり、責めるな」
『……責める気はねえ。自分が情けないだけだ。いいからその場所教えろ。それから家賃は俺が持つ』
え?と彼女が怯んだその隙にスマホを俺の手に移動させた。
「分かった、後で場所はLINEで送るよ。
費用は心配しないでいい、元々空き部屋なんだ。ついでに環境見て、このまま陽毬さんが勤めてくれないかなぁって下心付きだから。
どっちも気を回す必要もない」
『は?就職?』
「もう切るぞ?仕事中だろ?」
相良ッ⁉︎って怒鳴る清明の声がしたが、通話を強引に切った。
「……まあ、それはあわよくば程度の期待ですんで、陽毬さんは気にしないで」
「するわ」
まあまあ、と車に押し込むと、運転席で右京が微笑う気配がする。
「相良君、私凄く流されてる気がする!しかも歳的にこれじゃいかん感半端ねぇんだけど⁉︎
おい、私の独居老人へのシュミレートが狂ってきてるぞ?何処、連れてく気だ?」
今更でしょう、陽毬さん。
落ち着かせる為にポンポンと肩を叩く。
「大丈夫、大丈夫。どうどう。ドナって仔牛売りませんから」
「騙して市場ッ⁉︎」
「騙してない、騙してない。保護って清明にも言ったでしょう?安全な処に移すだけです。
貴女は何も変わらないですから」
見る間に瀟洒な寮が見えてきた。
邸宅を買い取ったから。元々セキュリティのしっかりした金持ちの家だ。
「うん、ホストって疑似恋愛売り物にしてますから、色々あるんですよ。
うちはキャスト大事にしてますからね、避難場所としても寮は使い勝手が良いんです。
その為、空き部屋必須なんで、陽毬さんの部屋も用意出来ました」
慣れて息を吸う様に、彼女に嘘を付く。
「うん、さらりと聞き流せないね。
昨日はパニくってたから、記憶の彼方に沈んでた事をよいしょと持ち上げたね。
ホスト君達の寮って、男しか居ないよね?
私、言ったよね?今年中は働く気も、誰かと住んだりする気も無いって!
私の自堕落ライフ、何処いった⁉︎」
だから、それを果たしに行くんですよ。
車はオートシャッターを過ぎて建物の庭を過ぎていく。
「陽毬さん、朝のウォーキングしてましたよね?ここ庭広いですし、監視カメラも付いてますから安心して日課過ごして下さい」
「右京君、これは私の知ってる日本の庭じゃ無いし」
右京のフォローに即座に彼女の突っ込みが入る。
「管理人室は一階入り口の側ですが、ちゃんとプライバシー守れるように鍵も掛けられますし、警備会社へのホットラインもあります。
キャスト達にもきちんと話は通しますし、そもそも活動時間が違い過ぎる。問題ありません」
「問題あり過ぎだよ!何処の世界にストーカーっつぅ一枚の葉っぱから逃れる為に、ホストの寮って森の中に避難する女がいるんだよ⁉︎おかしいよ、おかし過ぎるんだよ‼︎」
訴える彼女を二人掛かりで説得頑張る。
「おかしい、と言えば、うちの陽毬さんくらいのお歳のお客様ならこの状況、大喜びなさると思いますがね。陽毬さんは綺麗な男達に囲まれるのはお嫌なんでしょうか?」
「綺麗な男は見てるだけで充分です。後は二次元とエエ声の声優さんで事足りてる!それに私は専ら誰も信じてくれない人見知りを、独り暮らしで拗らせ中なの‼︎」
大丈夫、大丈夫。彼奴らは貴女を噛まない様に厳しく躾けてあるから、存分に何処でも撫でてやって。癒されて。
「来年は就職しようという人がそんなんでどうします。
これもリハビリですよ、大丈夫、寮には右京も居ますし、俺も今まで通り陽毬さんトコ通いますから」
「ええッ⁉︎右京君、寮生なの?つか、相良君は仕事しなさい仕事。後、言えた義理ではありませんが、もうちょっとおばちゃんに自由時間下さい…」
車は寮の門の前に止まった。
「さ、ここです。気に入ってもらえると良いんですが」
「聞く気無いよね?聞けよ!」
「それ以上抵抗すると、俺も寮に住み込みますが、いいんですか?陽毬さん」
「わあ、素敵なおうちね?ショウちゃん。陽毬さん、こんなトコ泊まりたかったんだー」
ちょっと涙目になって車から降りた。
手を取る俺はおや、という風に片眉をあげて笑う。
「それ、いいですね。次からはそう呼んで下さい」
「え?」
「『ショウちゃん』」
陽毬さんは俺を見て、思わず一歩後退る。
とん、と退路を断ちぶつかる背中には右京が居た。
逃がさない。
悪いわんこが脚に鎖を絡めてしまったから。
優しい貴女はそこから動けない。
諦めて背を撫でて、その暖かい指で毛並みをモフって。
それだけで俺は、貴女だけの悪い『犬』になる。
.
や、やっと中編に届いた。お読み戴きありがとうございました〜。