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相良編⑧

前編だけであと2話行きそう。長い。

8.



 早速その週から俺は陽毬さんを強襲した。


 ピンポーン!


「はー「こんにちは!陽毬さん‼︎お迎えに来ました!」……おおう、いらっしゃい」


 食い気味な挨拶をする俺は、あくまでワンコ系の爽やか好青年の毛皮を3枚くらい被って挨拶する。


 時間は4時。陽毬さんは季節柄脱ぎ着が簡単な白のカットソーとデニム。カーキ色のスプリングコートで待ってた。

 無難にスーツで来た俺を上から下まで眺めると、カッ!と仁王像の様に眉根が寄った。




 ばたん。




 どんどん!ドンドンドン‼︎思いっきり目の前でシャットアウトされた俺は借金取りの様にドアを連打した。

「な!どうしてドアを閉めるんですかッ⁉︎陽毬さん!」

「うるせぇ!その横をし○むらコーデで歩く私の身にもなれ‼︎イケメン」

 く、まさかのしま○らコンプレックス発動!そして何と熟女の理不尽な罵り方か。馬鹿な。それは最早ご褒美です。

「もー、俺の顔がいいのは仕方ないじゃないですかー」

「論点が違う!つか、イケメンは否定しないのな」

 ええ、しません。

「分かりました〜ワガママだなぁ陽毬さんは。

 服もついでに買ってあげますよう。それならいいですよね?来てくれますよね?今日の俺は『貢ぐ君』とお呼び下さい」

「いらんわ!そんな毛根全死滅的な古い呼び方もしねぇ!つか、そんなに金を使われる程の恩は売っとらん‼︎」

 陽毬さん、それは既に禿げてますよ。

「え?買いましたから俺の言い値ですよね?

 つか、ここ開けないとAsKnowAsのおおらかシリーズ毎日宅配させますよ?」

「ひぃ!」




 ばたん!(怯んだ所を押し開ける)

 ガシッ!(小脇に抱える)

 かちゃん!(靴箱の上にあった鍵を掛ける)




「───────捕獲」

 不敵に笑うとおや、陽毬さんが怯えている。

 プルプル泣きそうなの所も実に可愛いですね。


「うお!動け!私の足!動け動け、動いてよォー‼︎」

 小動物プティな余り初号機パイロット化した陽毬さんを、実に爽快に素早くゴキゲンに安全に、住吉の回す車に詰め込んだ。






 エステで診断と軽い施術を施し、今後のスケジュールを詰めた後の2時間、服を何とか諦めさせようとする陽毬さんに強引に食事の約束を取り付けた。



「何で、交換条件がフルコース……?」



 良く仕事で使うホテルの展望レストランの予約を、車を戻す時に既に住吉に押さえさせていた。

「─────食ったら戻るわよ?」

 やめなさい、セルライトを縦にこっそり揉むのは。そんなに気になるなら、後で俺が腹も脚も揉んであげますから。


「美味しいですよ?」

「そりゃ、見りゃあ分かるよ」

「今日は体付きとか皮下脂肪とかの軽い下見ですよ?遠慮しないで、さ、食べて」

「何で、エステでMRIを……」

 それは俺がこういう事態を見越して機材と技術者を導入していたからです。


 夜景の綺麗な奥まった席で楽しく押し問答していると、背後で「省吾?」と鈴を鳴らす様な声がした。


 振り返ると可愛い系の美女がフェミニンな白のスーツで立っていた。

 ─────厄介な女性ひとに見つかった。

「真奈美さん?」


 あくまで自然な、気の無い体を取り繕った。

 彼女の瞳が嬉しそうに瞬いて、次いで陽毬さんを値踏みするかの如く、大きな瞳が一瞬上下した。

 『わざと』驚いた様子を作って出方を窺うと、ふ、と鼻で笑う気配がして、彼女はツカツカと傍まで来て、顔を覗き込む。


「オープンしたお店の方行っても、呼び出しに応じてくれない、と思ったらこんな処でご飯?

 ───────こちら、貴方のお客様?」


 『ルール違反』

 俺の気が表情はそのままに、やがて物騒な物に取って代わる。過去、仕事で俺がエスコートしている時はその女性ひとに存分に満足して貰う事を第一としていた。

 勿論その間は他の女などに目もくれない。完璧な『恋人』として裏切った事など一度も無い。何処で会おうと他の客と挨拶すらする事も無い。俺は現役時代、自分の客にこの方針ルールを徹底させた。

 自分だけが特別でありたい彼女らに不満があろう筈も無く、全員に快く受け入れてくれて。

 だから、“経験者”の彼女は知っていた筈だ。

『この行為よこやり』が最も俺が嫌う行為だと言う事を。

 第一線から離れた俺だから、もうこのルールに値しない、と高を括ったか。

 金払いが良く、分を弁えた上客だったんだがな。今後は『ランク』を下げるか。

 陽毬さんの様子を窺えば、彼女の醸し出す苦笑の雰囲気に、人の悪さが交じって面白そうに成り行きを観察している様だった。

 どうやら、このどうしようもない女を俺がどうあしらうかを傍観するつもりらしい。

 陽毬さんの中で無意識の希少価値『護ってくれる人』試験テストが始まった様だ。

 ワンコを装いつつ、というこの状況にはハードルがやや高いが万が一これに落ちれば、彼女に『護られる人』という判子を押され、二足三文、十把一絡げの存在に成り果てる。そんなのは真っ平御免だ。

 俺が『用意した』面々がいずれここに位置するのは構わないが、檻の中に共に入る俺がそうなる訳にはいかない。

 そうと決まれば、陽毬さんにとって楽しい形で邪魔者には逸早くご退場願うか。


「母です」

「え……?」


 思わぬ返しに『そう来る⁉︎』という表情で吹き出す熟女。だが、直ぐに仕掛けた遊戯に気付いたらしい。

 瞬時に浮かべた哀しげな顔は、アナタ演劇部出身ですか?と尋ねたくなる見事な着ぐるみ(デカいねこ)


「省吾、貴方のお知り合いのお嬢さんは皆、この様に不躾なの?

 せっかく、久しぶりに貴方とのお食事だったのに……悪いけど、私、あまり愉快な気持ちにはなれないわ…」


 アラフィフ、ノリノリである。

 その可愛い頭の中で、背中に孔雀みたいな羽を背負って大階段を下ってくるヅカな人が歌ってますね。


「すみません、お母さん。俺が場を弁えない女性と付き合いがあったばかりに…。

 さ、仕切り直しに別の店に行きましょう。

 どうかご機嫌を直して、俺を許して下さいね」


 思わぬ形で将来のシュミレーションを堪能すると、満足気な彼女の腰を抱いてウエイターを呼び付け、カードでさっさと支払いを済ませた。


 格下の客にクギを刺すのも忘れずに、

「真奈美さん、毎回俺を呼び出す程、うちの店のスタッフがお気に召さない様ならご来店戴かなくても仕方ない。他の店でご贔屓を見繕って下さい」

 と、すれ違いざま、陽毬さんの目を素早く覆ってそう言った。




「俺の方は一向に構いませんので」




 2度程、温度を下げて言い放った。

  やり過ぎると陽毬さんがプルる。動物(おじけ)る。ワンコとしては程々を心掛けよう。


「で、どうすんだ息子(仮)」

 ニヤニヤしているマイラバー。お義母さん、がいいか?ダイレクトにお母さんか。

「はい。フルコースは諦めて、俺の店でお酒とご飯を如何でしょうか?」


 そう申し出れば、『まあ、面白いから付いて行こうっと』と顔に書いてある。

 良い機会だからそろそろ俺の領域ホームに引き込んで慣らしておこうと思う。




「むりむりむりムリむりむりッ!」

 張り子の虎の様に縦ではなく横に、高速で首を振る熟女は、店内の海の様な青い照明より青ざめていた。

「大丈夫ですって、陽毬さん。大体、太客以外の若いお客さんは零時過ぎないと来ませんから。ね?ご飯、ご飯。ウチのバーテンダーはツマミも美味いですよ?」

 にこにこと笑顔を絶やさない俺。

 怖くないですよう?ほらほら、ホスト達は噛みませんからねぇ。何なら撫でても良いんですよ?主に俺をね〜。


 他の客がこちらに気がつく前にVIPルームに強引に陽毬さんを押し込む。

 直ぐに右京が入ってきて、陽毬さんに一礼すると、俺の横に控えた。


「省吾さん、そちらは……」

 初対面を装う(一方的に知ってるだけだから)右京はこの店ではベテランバーテンダーとしての顔がある。

「ん?ああ、右京か。アラビアータとコンソメのスープ、後デザートなんか見繕って持って来てくれ。ラ・フォルテで夕飯ご馳走しようとしたら真奈美さんに邪魔されてな。

 お陰で陽毬さんに良いとこ見せようとしてたのが俺の気合いが無駄にポシャった」


 軽く店に連れ込んだ経緯を説明すると、アイコンタクトで頷いた。


「すみません、上総かずささんが最近は大分宥めていて下さっていたのですが。

 彼の方は今後は入店自体をお断り致します」


 右京君は俺の未来の母に安心させる為、双眸に優しげな光を浮かべて好青年を装うと、食事の用意の為に直ぐに下がっていった。


「相良君や」

「省吾、と呼び捨ててくれていいですよ?」

 

 メニューで軽く叩かれる。

「聞けや」

「はい」

「ひょっとして、この店で私の名前…」


 バタン!


「相良ァ、ウワサの陽毬さんが来てるってぇ〜⁉︎」

 クララの親父の如く飛び込んできたのは罠そのイチ。

 先に名前が挙がっていたブルーノート(うち)のNo. 1上総広常かずさひろつね28だった。

 まだ早い。引っ込んでろ!お前の出番は陽毬さんが俺にデロデロに依存しきってからだ‼︎

 ただでさえお前は年下のクセにアメリカンなオヤジ俳優の匂いがしやがるんだ!

 この女性ひとがタイタニックよりアルマゲドン、木村拓○より北大路○也、ティーダよりアーロン派なんだよ!



「やべぇ!超タイプ‼︎」

「そうか!嬉しいな!」



 やっぱりな!

 ガシッと背後から陽毬さんを捕獲。

 ニヤリと不敵に笑ってんじゃねえ、上総‼︎


「上総、何でお前出勤してるんだ?休みだろう?休め、今すぐ寮に帰るか、趣味の釣りとか車弄りするとかして、ここから失せろ!」


 俺の発する絶対零度が読み取れん馬鹿じゃねぇよな?将軍様よう。


「真奈美ちゃんから電話掛かってきてよ、相良と『お母様』に失礼しちゃった、て泣いてたんで急いで飛んできたんだよ」


 あはは、と快活に上総は笑うと、断りもなくどさりと腰を下ろした。


 陽毬さんの逆隣に‼︎


「何の為に?」


 俺がじろりと一瞥すると、上総はふふ、と更に不敵に微笑った。

「もちろん、お前が大事な御母堂をここに連れてくると見越して、だ。

 安心しろ、彼女にはほとぼりが冷めるまでうちの店には寄りつかない様言い聞かせてある」



 お、ま、え、が、安心出来ねえんだよ!



 何で、蕩ける様な暖かい笑みを浮かべてんだ!

 そういう包み込むタイプの偉丈夫てのも陽毬さんの隠されたツボ。

 だから、わざとその枠で上等過ぎるお前を入れたんだ。

 ああ〜こいつは寮に入れる時の説得用スペシャルとして投入するつもりだったのに。

 駒が勝手に動くんじゃねえよ。


「やべぇ、直視出来ない。ダメだ、相良君腰が砕けます。おばちゃん、この中でアラビアータが喉を通る気がしません…」



 俺を背に熟女が歓喜にプルプル震えている。

 ああー!舞い上がるんじゃありません!ここに極上品が居るでしょうが⁉︎

 2cm至近距離に沈めてやりましょうか?撃ち落としてやりますよ?



「んじゃあ、俺が食わせてやろうか?」



 トンデモナイ事、言い出したーッ‼︎

 右京、何故パスタを上総に渡す⁉︎は?『面白そうなので』じゃねえ!


「どうしたらいい⁉︎相良君!」

「俺に聞くんだ⁉︎駄目に決まってます!─────ああ、会わせたらこうなりそうな気はしてたんだ!だからわざわざ今日連れて来たのに‼︎」



 もぐもぐもぐ……



「て、言ってる傍から餌付けするなや‼︎」

 良識思い出して、陽毬さんッ‼︎

 上総が少量ずつ上手いとこパスタ巻いたフォーク差し出して、「はい陽毬さん、あーん」と

「子リスみてぇ」とかやってると、陽毬さんの目が潤んでいる。ただでさえ声が小◯力也に激似なんだよう、コイツ!(ここ重要)。



「相良君、マズイ、いやパスタは美味い。そやなくて、これは人とひて庶民とひて、モグモグもぐ「陽毬ちゃん、フルーツ好き?」好き。はっ!やばひ、このままでは日常に戻れなくな…や、上総君、あーんはもういいか「広常ひろつねて呼べ〜」出来るかッ!懐くな、腰を抱くな!いやぁもうお家うちに帰してぇ‼︎」




 ペリッ‼︎──────ペシペシ!




「陽毬さん、大丈夫?」

 救出の際、さり気に上総に一蹴り入れる。

「はっ!相良君、ありがとう。40代最後にして黒歴史が加算される処だった…寸前に踏み止まれたよ私」


 上総の魔の手から、俺は引き剥がして逆隣に置いた。

「ちぇー、相良の母上だから珍しく俺様営業無しで甘やかしてみたのになぁ!」

 上総がんー、と唇を引き結んで天を仰ぐ。


「あ、違うよ〜上総君。私は相良君の友達のお母さん。今日は偶々ご縁があって、連れて来てくれただけ」

 否定しようとした陽毬さんは俺の身体越しに身を乗り出して、ぶんぶん手を振った。

 柔らかい身体が不意に密着して、心地好い重みが俺を瞬時に支配して。

 あらゆる感情が綯い交ぜになって、俺の活動を止めた。感覚だけをきちんと残して。


「知ってる、知ってるって。ウチのスタッフは『ちゃんと、分かってる』から安心してな?陽毬ちゃん」


 意味深に上総が笑う。

 ゆっくりと彼女を支える様に身体の下に助けた腕に、見上げてくる貴女は俺だけに捧げられる特別な供物だ。




 さあ、この腕に溺れて、太陽しんこうさえも見失うといい。

 倫理も矜持も、貴女が強固に手放さないそれを、俺が愛して捨てさせてあげるから。



 そう、全てはこの手の上に。

 だから逃げないで『安心して』いてね。


頑張ってヤンデレにお付き合い下さいませ。

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