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1/38

前編

短編を思いつくまま書いてみよう、と思ったら、収まりきれませんでした。ごめん、ダメな女で。


 

 ある晴れた秋の日。







「 ─────── 陽毬ひまりさん、俺と養子縁組をしませんか?」」


 1LDKの広々とした寮の一室で、187cmの長身を持て余す事もなく正座する、きちんとした居住まいの美青年は相良さがら省吾しょうごさん(30)だ。


 私、こと芹沢せりざわ陽毬ひまりは渋面を隠さずため息を吐く。


「ショウちゃん、ウチに相続できるお金なんか大して無いよ!私ゃ既に49歳で熟女パブでも売れやしないし‼︎」


 省吾は清潔感溢れる亜麻色の髪をフルフルと振って訴えた!


「お金なら俺が持ってますし、貴女が熟女パブで働くなら、俺が毎日通って独占指名しますよ。

 て、いうか絶対、水商売では働かせませんけどね!

 お願いします!一生大事にしますから、俺を息子にして下さい‼︎」



 こ、こんな流れる様な美しい土下座、初めて見た……。



「ち、違うよね?何かそれだとはっきりとは言えないけど、コレ養子斡旋のつか、自薦じせんの台詞じゃないよねッ⁉︎

 ナニを目指しているのか、ショウちゃんが何処に着地する気なのか、おばちゃんさっぱりだよ!」


 顔面詐欺、と呼ばれた童顔(まあ、それでも良くて30代)がひたひたと背筋から来る怯えに歪む。


「ですから、ここに署名捺印を戴きたくて、こうしてひざを割って話し合いを!」

「割るのは『腹』だよ‼︎『膝』は割っちゃいけないんだよッ‼︎それは何処ぞの連載だけでお腹いっぱいだよ!あのハム、指摘されたばっかなんだよ‼︎」



 ぴーぴーぴー!危険危険‼︎ナニこの核弾頭!!!!!!



 勇者ひまり49歳(ぷっ)、押しの強い爽やか風イケメンラスボスと交戦中。

 しかし、既にこのラスボスは倒されている⁉︎


 魔王相良が起き上がって、仲間むすこになりたそうにこちらを見ている!

 見ているだけでなく、ガッツリ素早く寄ってきた‼︎

 逃げられない!仲間も呼ぶ暇が一瞬たりとも与えられない!



 息子にしますか?────はい。orいいえ。




 時間は半年程前に遡る。









 目の前に蹲っている男性ひとがいた。

 亜麻色の髪の乙女ならぬ、イケメンだ。

 歳の頃なら20代後半から30代前半。

 桜の花びらが舞い落ちる中、長身を折って苦しげな美貌には男の色気が漂っている。

 服装は清潔感溢れるネイビーのスーツでノーネクタイ。薄いブルーのシャツ。



 うひょう、ナニこの大人の恋の始まり的シチュエーション。



 春よー春よー春が来たわよ〜!

 しかし、迂闊にもここに居るのはアラフィフのおばたんだ!

 まあ、救急車を呼んでやるくらいなら出来るがな!


 あ、誰か気づいて寄ってきたよ!

 おお、OLの親切な娘さんが助けようとしている!




 え?何故、断る⁉︎




 物腰柔らかながらも断固として拒否ってるよ、イケメン……ナニ公共機関連絡後ろ暗い処あんの?

 ………今、こっちをチラッと見たよね、あの人…。

 コレ私が行かんといかん流れなのかしらん。



 行きたくないなぁ…。娘さん善良そうだし結構別嬪だし、頑張ってるし、見捨ててもいいかな…。

 あ────涙目でこっちを見てる。もう、明らかにガッツリ見てるよ。

 娘さんも振り返ったし……ああもう、行くよ!行きゃあ良いんだよね?


「あー、どうかしました?何かお手伝い出来る事、ありますか?」

「─────有難うございます…。ああ、貴女、通勤の途中にご迷惑をお掛けしました。こちらの方に後はお願いしますから…もう行って下さい」


 さり気なく恩人追い払ったよ、この男性ひと


 後ろ髪引かれながら娘さんが行ってしまうと、彼は手を出した私に縋る様に立ち上がった。

 フラフラしながら、


「す、すみません、ジャケットの内ポケットから携帯を出して戴けますか?」

 青白い顔でお願いしてきたので、彼を支えながらもジャケットの前を開けて胸元を探ると、なんとかスマホを取り出した。


 ロックを彼に言われるがまま解除して、目当ての人を呼び出すと、


『────省吾さん、会議放ったらかしにして何処で油を売っているんですか⁉︎今度という今度は…え?』

「あ、はい。この携帯の主様、うちの近くでご気分悪くなられて座り込んでいらっしゃるんですけど?」


 軽く事情説明すると、慌てた様子で『申し訳ありません。出来るだけ急いで引き取りに来ますから、付き添っていて下さいますか?』と打診が来た。

 了承して、日陰に誘導すると、時間帯がズレて人気の無くなったバス停のベンチに座らせる。


「…すみません、適齢期の若い女性に借りを作りたくなくて」


 ああ、なるほど。この容姿だもんねートラブル招くよね、そりゃ。ははは、殴りてえな!この野郎‼︎


「え?いえ、落ち着いていらっしゃる様にお見受けしたので、30代くらいの既婚の方かと……す、すみません!ひょっとしてもっとお若かったのでしょうか⁉︎」




 許そう、全てを。




「……そういう事なら私の方がいいかも、ですね。貴方と同じくらいの息子も居ますし。さ、無理して喋らなくて良いですよ。

 お迎えの方が来られるまで、寄り掛かっていいですから安静にしてて…」


 言い終わる前にこめかみに掛かる、亜麻色のサラサラ髪。

 あ、なんか柑橘系のいい匂いする。


「─────何だか、バニラの香りがします」


 ……逆に言われたー!


「ヴェルサーチのベイビーローズジーンズ、オードトワレ…」


 そして、当たってるー‼︎


 イケメンの身体は段々熱くなり、不意に軽くなった。

「お電話下さった方ですね。うちの者がとんだ粗相を致しました。お時間を取らせてしまって申し訳ない。改めて後日お礼をさせて戴きたいのですが?」


 電話の向こうに居たらしい、これまた種類の違う品の良い眼鏡男子が、その肩に病人を抱え上げていた。


「そんな事より早くそのヒト休ませてあげて下さいな。おばちゃんの親切はイコールお節介。

 お礼には及びません。んじゃ」


 すちゃ!と片手を立てて、デヴは華麗に立ち去った。


 ……ウォーキングの途中だったので。





  ★


「おかん、葉月がばーちゃんに会いたいって言ってんだ。泊まりに来てや。何日空いてる?」


 そう来るなり切り出すのは、息子の清明せいめいだ。

 安倍晴明ファンなのではない。単に4月生まれなだけだ。二十四節気の清明。


「阿呆、なんで息子家庭に姑が泊まり込みで遊びに行かんといけんのじゃ。鬱陶しい。

 葉っくんにはお昼間会うし、泊まれと言うなら、みっちゃんがママ友と飲み会の日とかなら行くよ」


 仕事帰りに私の住むアパートに寄った清明は、父親似の長身を、私の長座布団に投げ出して寛いでいる。

 取り立てて美形ではないが、精悍な30歳。

 息子ながら、いい男に育ったもんだ。


「光恵はおかんの事好きだぞ?偶に二人で遊んでんだろ?あいつ、友達少ねぇし。泊まりも光恵が言い出したんだ」

 お茶請けの草加せんべいをバリバリ食べながら、清明はそう言う。


「そーゆー女心に鈍い処、裕章ひろあきさんに激似だわ、お前。オカンにばーちゃん、ヨボヨボワード盛りに盛りやがるし。…はぁ」

「なら、『ヒマ』って呼ぶぞ〜」

「やめろ!私ゃ未亡人ショックで無職ぷーになっただけだ‼︎確かに暇は暇だが、一周忌終わったから、今年は存分に引きこもって、来年からまた働くんだから」


「だから、家に来い、って言ってるだろうが。

 是非に、と言うから貰ったが、元々親父とおかんの家だろうが」

 清明むすこが真面目な顔で諭し出した。


「対価は貰ったよ?」

「地価にも届かん端金でな」

「いや、こうしてプーしてても平気なくらい無理やり押し付けられたし。満足してるよ?

 同居は勘弁してくれ…老後は好きにさせてよ」


 あんまり食わすとみっちゃんの夕飯が入らなくなる為、お茶を淹れる。

「ゲームに海外ドラマに読書三昧。寝食忘れて打ち込めるこの素晴らしきかな環境!

 いずれ、寝たきりになったら、どっか施設にでも入れてくれ。

 まだ、旦那の生命保険金には手を付けとらんから」


 熱い抹茶入り玄米茶を啜って言うと、湯呑みを置いたタイミングで腹肉を掴まれた!


「そんな自堕落な生活を送ってっから、こんな腹になるんだろうがッ‼︎

 いいから、同居しろやヒマ!孫の世話(5)と健康的な光恵の飯で10kgは痩せる!確実に‼︎」

「うるせぇ!母のお肉掴むならセルライト破壊の為に縦に揉めや‼︎母の日チョイスもし○むらの大きいサイズコーナーで済ませるんだから、お得だろう!それに最近は朝のウォーキングぐらいはしてる‼︎」


 嫌な意味で、30オーバーの男女が組んず解れつ。




「──────と、いう訳で引っ張ってきた」


 品の良い和食の店に、清明に捕縛、連行された私は5歳の孫に慰められていた……。


「パパがゴメンねぇ、ひまりちゃん。はづが一緒にゴハン食べたかったの。そしたら、連れてきてくれる、って言ってくれたから」

「おお、孫よ〜。息子よりジェントルマンってどういうコト〜!」


 くすくす、と嫁の光恵さんこと、みっちゃんが笑ってる。

「ご、ゴメンなさいお義母かあさん。セイさんがこうでもしないと中々私達に遠慮して来てくれないから、会社帰りに拉致って来るわ、って…」

「………みっちゃん、先月一緒に邦画観に行ったやん。先々月は日帰り温泉も」

「お前ら、俺と葉月をハブって仲良しかっ!」


 清明の額にチョップ。葉月には上から手のひらで押さえ込んで。「そんなん全然足らないし」と、笑顔のまま言ってのけた!


 ヨメ、最強!ヨメ、ブラボー!


「あれ、清明?今日は外食なのか?」

 席を区切る衝立の向こうから、長身の美形が覗き込んでいた。


 あの時の爽やかイケメンだ!

 エグゼクティブだ!アッパークラスだ!

 あちらも視線を上げて、私に気が付いた模様。


「相良?珍しいな、一人か?」


 おや、清明の友達だったのか?聞いた事無いなぁ、と考えて大学時代かそれ以降の、だと判断する。


「いや、連れは急用が入って帰ってしまってな。それより、そちらはご家族の方?

 ────偶然にも俺の命の恩人がそこにお出でなんでちょっと、ご挨拶しても構わないか?」

「は?それヒマの事か?おかん、相良に何したん?」


 男二人に視線を向けられて、私はふるふると首を横に振る。

「何も。昨日ウォーキング途中に具合の悪くなったらしいその人拾っただけだわ」

「その節はご迷惑をお掛けしました。お陰様でこんなに大きく」

「いや、それおかしいから。昨日今日で人間こんなに育たねぇから。

 相良、コレうちの母。後、そっちが嫁と息子。おかん、このイケメンは相良省吾、大学ん時の友達」


 相良と紹介された青年はにこにこと人好きのする笑顔を浮かべてぺこりと頭を下げると、愛想良く右手を差し出して来る。


 戸惑いながら、さっと合わせて引こうとしたら、逆に引っ張られて熱烈なハグを受ける。

「うわぁ、小さい!可愛いなぁ、清明のお母さん‼︎俺も欲しかったなぁ、こんなお母さん」



 ぎゅうぎゅう痛てぇよ!

 つか、呆気に取られてねぇで、助けろ息子せいめい‼︎



 ガタイ良い、何か匂い良い、顔極上、私倒れる。



「お、おい、相良…ヒマが目ェ回してる。いい加減、おふざけは止してくれ。

 大体、お前そんなキャラじゃ……」

「ヒマ?」

「あ、あオカン陽毬だから」

「ひまり?ひまりさん?おう名前も可愛いな‼︎」



  ぎゅー‼︎



 やめてぇ、羞恥心以外にも愛とか希望とか脂肪とかミーとか内臓とかがハミ出るゥ────!



 ひやああああああああああッ。



 べし!

「だから、ウチのオカンを放せコラ!」

「イヤだ。くれ」

「やらん。嫁がせるにはとうが立ち過ぎだわ」

「馬鹿な、丁度適齢期だ。くれ」

「どんな年齢換算だ、お前はエルフか⁉︎」

「ひまりちゃんは僕のおばあちゃんだよ!誰にもあげないから‼︎

 それに、お兄ちゃんがいくらイケメンでも、おんなのひとにはいきなり抱きついちゃダメ!せくはらだよ、嫌われるよ?」

「そうか。──────失礼した」

「分かればいいよ」


 ぱッ。


「どうして俺の諌めより葉月(5)の説得の方が通るんだよ⁉︎」


 若い男のエキスやら、色気やら、爽やかさやらなんやかやすりすり擦り込まれて、みっちゃんに寄り掛かった。



 はうはう放心していると、清明ノみっちゃんが慌ててお水を飲ませてくれた。

 張本人はにこにこと再び人好きのする笑顔を浮かべて、葉月とプラレールの話に花を咲かせ、勝手に衝立をどかして、席を同じくしてしまった。


「おかん、許してやってくれや。相良、ちんまい時に母ちゃん亡くしてっから、熟女に弱えぇんだよ」


 何だ、オイ。身もフタもねぇな、清明!


「人を色魔みたいに言わないでくれよ。だからって、俺は誰でも良いって訳じゃない。

 ─────すみません、大学時代の仮住まいが芹沢君のアパートに近かったんで良く遊びに行ってたんですよ。

 お母さんのお話もよく伺ってたので、単純に羨ましかったんです」


 綺麗な亜麻色の髪はクオーターの所為だったらしく、どうも、お祖母さんがベルギー出身との事。

 清明と同じく、校区は違うが、こっちが地元なのでやはり親元離れた生活だった事やら、いろんな話が聞けた。

 今は、幾つかの店舗経営と携帯コンテンツの会社を手掛けているとか。


 話術が巧みで、あっという間に芹沢家に馴染んでしまった相良君は、食事代は今日の記念に俺が持つ、と言って光恵ちゃんを大いに喜ばせた。

 私の懐も傷まなかった。ヨカッタヨカッタ。


「そうだ!俺、エステサロンもやってるんですよ!この間のお礼に、陽毬さん、うちのサロンにモニターとして来ませんか?」

「…エステ………。痩身?」

「美顔も付けますよ?」

「………行って素っぴんで帰るのヤダ」

「視察がてら、俺が送り迎えします」

「……………時間を縛られるのは……」

「帰りはヘルシーな晩御飯のお弁当を持たせてお返しします。週二回」

「……(迷ってる)……」

「ヘッドスパと背面アロママッサージ。その代わり、施術の写真撮らせて下さい」




 墜ちた。




「ひまりちゃんがキレイになるの?ボク、嬉しい!」

 という、もちろん葉月の言葉もうんと私を後押ししたよ。


 でもね、それから相良君の怒涛の波状攻撃が始まるなんて誰が想像出来たろう。いや、出来まい。

 パトリオットミサイルが後ろから追尾して来たよ。

 痛てぇじゃ済まないよ。





  ★





 ピンポーン!


「はー「こんにちは!陽毬さん‼︎お迎えに来ました!」……おおう、いらっしゃい」


 食い気味な挨拶をする毛並みの良いゴールデンレトリバーが尻尾をフリフリ振りながら、『よし!』を待っている幻影を見た。


 時間は4時。私は季節柄脱ぎ着が簡単なカットソーとデニム。スプリングコートで待ってた。

 相良君はオーダースーツ。モデルはブリティシュ。

 ネクタイはエルメス。



 ばたん。



 どんどん!ドンドンドン‼︎

「な!どうしてドアを閉めるんですかッ⁉︎陽毬さん!」

「うるせぇ!その横をし○むらコーデで歩く私の身にもなれ‼︎イケメン」

「もー、俺の顔がいいのは仕方ないじゃないですかー」

「論点が違う!つか、イケメンは否定しないのな」

「分かりました〜ワガママだなぁ陽毬さんは。

 服もついでに買ってあげますよう。それならいいですよね?来てくれますよね?今日の俺は『貢ぐ君』とお呼び下さい」

「いらんわ!そんな毛根全死滅的な古い呼び方もしねぇ!つか、そんなに金を使われる程の恩は売っとらん‼︎」

「え?買いましたから俺の言い値ですよね?

 つか、ここ開けないとAsKnowAsのおおらかシリーズ毎日宅配させますよ?」

「ひぃ!」




 ばたん!ガシッ!かちゃん!




「───────捕獲」

 ニヤリと悪いカオしたイケメンが、私を小脇に抱えて

 見下ろしていた。


「うお!動け!私の足!動け動け、動いてよォー‼︎」

 すったかたったったーと彼は私を車に詰め込んだ。






 2時間後、服を何とか諦めさせた私は、



「何で、交換条件がフルコース……?」



 夕飯をご馳走になっていた……。

「─────食ったら戻るわよ?」

 てか、まだ頭ン中、エヴ○の音楽が流れてる。


「美味しいですよ?」

「そりゃ、見りゃあ分かるよ」

「今日は体付きとか皮下脂肪とかの軽い下見ですよ?遠慮しないで、さ、食べて」

「何で、エステでMRIを……」


 夜景の綺麗な奥まった席で押し問答していると、「省吾?」と可愛い声がした。


 振り返ると可愛い系の美女がフェミニンな白のスーツで立っていた。


「真奈美さん?」


 相良君が驚いた様な声を出した。

 彼女の瞳が嬉しそうに瞬いて、次いで私の方を値踏みするかの如く、大きな瞳が一瞬上下した。

 ふ、と鼻で笑う気配がして、彼女はツカツカと相良君の傍まで来て、顔を覗き込む。


「オープンしたお店の方行っても、呼び出しに応じてくれない、と思ったらこんな処でご飯?

 ───────こちら、貴方のお客様?」


 ほほう、挑発か。面白いなぁ。

 だが、同時に面白くもない。

 状況としては面白いが、人が金を出した(私は出してないが)場でこんな事すれば、食ってる人間のメシが美味くなくなる、って事に罪悪感が全く無いんだろうな。


「母です」

「え……?」


 思わぬ返しに『しまった!』て表情の彼女。


「省吾、貴方のお知り合いのお嬢さんは皆、この様に不躾なの?

 せっかく、久しぶりに貴方とのお食事だったのに……悪いけど、私、あまり愉快な気持ちにはなれないわ…」


 アラフィフ、ノリノリである。

 気分は背中に孔雀みたいな羽を背負って大階段を下ってくる娘役で!


「すみません、お母さん。俺が場を弁えない女性と付き合いがあったばかりに…。

 さ、仕切り直しに別の店に行きましょう。

 どうかご機嫌を直して、俺を許して下さいね」


 そう言うと、ウエイターを呼び付け、カードでさっさと支払いを済ませてしまった。


 ああああ、って顔してる美女には、

「真奈美さん、毎回俺を呼び出す程、うちの店のスタッフがお気に召さない様ならご来店戴かなくても仕方ない。他の店でご贔屓を見繕って下さい」

 と、私の目を素早く覆ってそう言った。




「俺の方は一向に構いませんので」




 ──────しかし、氷の様な美声は耳を震え上がらせる。

 視線も多分恐ろしいのだろう…クワバラクワバラ。


「で、どうすんだ息子(仮)」

「はい。フルコースは諦めて、俺の店でお酒とご飯を如何でしょうか?」


 いろんな顔のある子だなぁ(笑)。

 まあ、面白いから付いて行こうっと。

 で、連れて行かれた先が、ブルーの照明で海の中の様に白い室内が柔らかな雰囲気のある、




 ホストクラブだった────────




「むりむりむりムリむりむりッ!」

 張り子の虎の様に縦ではなく横に、高速で首を振る私。

「大丈夫ですって、陽毬さん。大体、太客以外の若いお客さんは零時過ぎないと来ませんから。ね?ご飯、ご飯。ウチのバーテンダーはツマミも美味いですよ?」

 にこにこと笑顔を絶やさない相良君。


 チラチラと他のお客さんが彼を見てるけど、すたすたVIPルームらしき処に私を押し込んでしまった。

 直ぐにバーテンダーらしき格好良い人が入ってきて、私に一礼すると、相良君の横に控える。


「省吾さん、そちらは……」

「ん?ああ、右京か。アラビアータとコンソメのスープ、後デザートなんか見繕って持って来てくれ。ラ・フォルテで夕飯ご馳走しようとしたら真奈美さんに邪魔されてな。

 お陰で陽毬さんに良いとこ見せようとしてたのが俺の気合いが無駄にポシャった」


 片手を髪に差し入れて、眉間に皺を寄せても美しいってどういう事?

 私にケンカ売ってんの?

 私なんか、シワはシワよ?戻らなくてよ?


「すみません、上総かずささんが最近は大分宥めていて下さっていたのですが。

 彼の方は今後は入店自体をお断り致します」


 私の名前を聞いた右京君(推定20代後半)は長めの前髪の奥に光る、黒曜石の双眸に優しげな光を浮かべて、下がっていった。


「相良君や」

「省吾、と呼び捨ててくれていいですよ?」

 

 メニューで軽く叩く。

「聞けや」

「はい」

「ひょっとして、この店で私の名前…」


 バタン!


「相良ァ、ウワサの陽毬さんが来てるってぇ〜⁉︎」

 飛び込んできたのは男の色気がプンプン匂う、美丈夫だった。将軍だよ、将軍‼︎

 更にこちらも後ろに撫でつけた髪は黒だ!

 うわあ!頭、ポンポンが似合うタイプ!

 港ごとに女作っても、全部大事に出来る男!



「やべぇ!超タイプ‼︎」

「そうか!嬉しいな!」



 その途端、絶対零度の冷気が流れた!

 ガシッと背後から掴まれた肩がイタイヨ、相良君!

「上総、何でお前出勤してるんだ?休みだろう?休め、今すぐ寮に帰るか、趣味の釣りとか車弄りするとかして、ここから失せろ!」


 相良君の冷気と上総君の暖気がぶつかって、対流を起こしている!


「真奈美ちゃんから電話掛かってきてよ、相良と『お母様』に失礼しちゃった、て泣いてたんで急いで飛んできたんだよ」


 あはは、と快活に上総君は笑うと、断りもなくどさりと腰を下ろした。


 私の逆隣に‼︎


「何の為に?」


 相良君がじろりと一瞥すると、上総君はふふ、と不敵に微笑った。

「もちろん、お前が大事な御母堂をここに連れてくると見越して、だ。

 安心しろ、彼女にはほとぼりが冷めるまでうちの店には寄りつかない様言い聞かせてある」


 話は相良君になのに、さすがホストというか…視線はがっつり私を捉えている。

 マッダームの心はイチコロ(古ッ)だッ!

「やべぇ、直視出来ない。ダメだ、相良君腰が砕けます。おばちゃん、この中でアラビアータが喉を通る気がしません…」


 相良君を背に熟女がプルプル震えていると(注意:武者震いではありません)、



「んじゃあ、俺が食わせてやろうか?」



 と、右京君から赤いパスタを受け取った上総君が、あーん、ってフォークを差し出してきた!どうしよう⁉︎どうすれば?


「どうしたらいい⁉︎相良君!」

「俺に聞くんだ⁉︎駄目に決まってます!─────ああ、会わせたらこうなりそうな気はしてたんだ!だからわざわざ今日連れて来たのに‼︎」



 もぐもぐもぐ……



「て、言ってる傍から餌付けするなや‼︎」

 物凄く相良君が怒ってる。

 でも、でもね?

 上総君が少量ずつ上手いとこパスタ巻いたフォーク差し出して、「はい陽毬さん、あーん」とか言うし。

「子リスみてぇ」とか優しく微笑うし。

 声が小◯力也に激似だし(ここ重要)。



「相良君、マズイ、いやパスタは美味い。そやなくて、これは人とひて庶民とひて、モグモグもぐ「陽毬ちゃん、フルーツ好き?」好き。はっ!やばひ、このままでは日常に戻れなくな…や、上総君、あーんはもういいか「広常ひろつねて呼べ〜」出来るかッ!懐くな、腰を抱くな!いやぁもうおうちに帰してぇ‼︎」




 ペリッ‼︎──────ペシペシ!




「陽毬さん、大丈夫?」

「はっ!相良君、ありがとう。40代最後にして黒歴史が加算される処だった…寸前に踏み止まれたよ私」


 上総君の魔の手?から、相良君が引き剥がして逆隣に置いて貰った。

「ちぇー、相良の母上だから珍しく俺様営業無しで甘やかしてみたのになぁ!」

 上総君がんー、と唇を引き結んで天を仰ぐ。


「あ、違うよ〜上総君。私は相良君の友達のお母さん。今日は偶々ご縁があって、連れて来てくれただけ」

 否定しようと相良君の身体越しに身を乗り出して、ぶんぶん手を振ると、


 あれ?相良君が硬直してる。


「知ってる、知ってるって。ウチのスタッフは『ちゃんと、分かってる』から安心してな?陽毬ちゃん」


 意味深に上総君が笑う。

 じわり、と何か違和感がした。

 嵌められた?様な?カンジ?

 ゆっくりと私を支える様に身体の下に助けられる腕に、見上げれば、相良君が微笑んでいた。






  ★



 私は専ら引きこもりのぬるゲーマー。

 出歩くのは朝のウォーキング。週二回のスーパーへの買出し。

 最近仲良くなった清明むすこの友達との交流をルーティンとした毎日を送っている。

 少なくとも来年まではこのままの予定。


 昨年連れ添った夫を亡くして、息子夫婦に家を譲り渡し、アパートの一室で気ままに海外ドラマ見たり、大河ドラマ見たり、バッタライダー見たり、携帯ゲームしたり、乙女ゲームに耽溺したり、最近流行りの異世界トリップ溺愛ヤンデレドロドロの新書・文庫を買い漁ったりして自堕落な生活を送っている。



 そんな堕落滑空熟女ライフに変化をバスタブで投げ入れた相良君のおかげ?で、何か生活が一向に落ち着かない。そんな夏の日─────



 シャッ!


 カーテンを開けると、不審な人物が物陰からこっそり見ている。

 そいつは私が気がつくと消えている。

 別に何をする訳ではないが、曲者ホイホイの自覚がある私としては心穏やかでは居られない。


 最近はウォーキングの時も度々見掛ける様になった。


 どうすべえ……この歳だとお巡りさんに見回り強化してくれ、とも恥ずかしくて言えない。

 どう見ても勘違いおばさんです。ありがとうございます。


 手を打つのも面倒クサイし。放っておいたら彼もその内飽きるよね……?




 ピンポーン!




 心音が跳ね上がる。

 ま、まさかね?まさかだよね?

 き、きっと清明だよ。後、セールスか。


 そっとうつ伏せになると、再びチャイム。

 耳をそっと塞ぐと、見計らった様に、




 ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン‼︎




 ぎゃあああああ!

 ど、ど、どうし、何怖わ、イヤ、た誰…⁉︎




 恐怖も骨頂に達したその時、タイミング良く着信音が流れる。

 慌ててスマホに飛び付くと、チャイムは止んで、気配も去った。



『もしもし?陽毬さん?もしもし?聞こえてますか?』



 相良君の声がする。

 でも、まだ恐怖は根強く私の中に残っていて、なかなか声が出ない。


「……あ、………あ、さ、こ…」

『陽毬さん?居るの?そこ、お家ですか?何かあったんですね?すぐ行きます‼︎喋らなくても良いから、絶対、通話は切らないで!』

「あ、危ないから…」


 ガチャガチャと音がして、『住吉、今日の予定はキャンセルして明日以降に振り換えて』『代表〜ォ尻拭いは大変なんですよう〜』と、声がする。マヅ、社会的な迷惑がッ⁉︎



 でも、ホッとしてしまった。

 彼が「陽毬さん!無事⁉︎」って息を切らして現れた途端、へなへなと腰を抜かしてしまったんだから。




「───────不審者、ですか」

「うん。……何かこの頃、行く先々でジッと見られてる気がしてね。

 今日はありがと。ホント助かったわ…。ストーカーのピンポンダッシュとか危なくちびりそうだった。尿モレマジ勘弁」


 ははは、と強がるんだけど、実は手がブルブル震えてる。

 こーゆーリアルなピンチ弱いんだよ、私。


 相良君は何か暫く考えていたみたい。

 徐に携帯を取り出して、何処ぞに連絡取り出した。

「──────楠木くすのき?ブルーノートの寮の管理人室、ハウスクリーニングは入れてたな?

 陽毬さんが不審者に付け狙われてる様だから、そこに入れる。今日の内に済ませたいから、引っ越し業者を呼んでくれ。

 後は住吉にアパート退去の手続きを。

 このまま、俺は彼女を連れ出して追手を撒く」


 え?


「ああ、部屋から気を逸らさないと引っ越しの時間が取れないからな。

 暫くはデートの様に歩いて連れ回す。車は右京が合鍵持ってる、後で回収させろ。それと今夜の宿に名月楼のセミスィートをリザーブしとけ」


 は?


「──────て、事だから通帳とかだけ持ち出すよ?ちょっと出掛ける体で出ないと怪しまれるからね。リュックには入るでしょう?

 今、この前会った秘書に全部、住むとこ手配させたから、市役所関係の書類は後日揃えさせるね」

「さ、相良君、何言ってるの?」


 相良君は私が傾げた方と同じ方に首を傾げる。


「ん?ここ危ないんでしょ?」


 私は目を瞑って天を仰ぎ、額に右手を置いた。

 ゆっくり、十秒程、無我の境地を貫く。

 そして、カッ!と目を見開いた。



「意味、ワカンねぇ‼︎」



 相良君はというと、デブ系芸能人御用達のゆるブランドの服をずい、っと差し出し、


「うん、大丈夫。清明には俺から事情説明しとくし、今日は俺が付き添うから何の心配も要らないよ?はい、これ今日のデート服」

「私は清明んトコに」

「いつストーカー諦めるか分かんないよ?

 それより行方を眩ます方が早く事態は収束するんじゃないかな?

 第一、陽毬さん不定期に清明んトコ転がり込みたくないんでしょ?」

「……ぐ………」

「俺、ドアの前で見張ってるから、お着替えして、リュック背負って出て来てね」



 パタン。



「あれ?」

 これ、行く流れ?




 そして何故か私はバス、電車を駆使する相良君とテーマパークデートさせられ、何かはしゃいだ帽子を被せられ、お土産を沢山買って、タクシーで高級旅館に連れて来られた。



「何だ、この状況」

 だけど、いつの間にか手の震えは止まっていた。


 芸能人みたいに女将に挨拶されて、案内された部屋は……。


「幾らすんのよ……この部屋」

「ははは、秘書に手配させるから知らない。あ、露天付いてるから、外に出なくて良いからね〜。

 あ、陽毬さん、ベッドと布団どっちが良い?

 俺はどっちでも寝れるから」



 ぎ、ギギギギギィ。



「さ、相良君も泊まるの?」

 油差してないブリキの様な音を発する首を動かして振り返ると、

「そうだよ?陽毬さん、一人怖いでしょう?

 それに一人で泊まらせたら、宿泊費云々言いだしそうだし。俺が息抜きするついでに陽毬さん連れてくる分には無料ろはでも納得するよね?」


 何か当たり前の様に言ってるけど、誤魔化されないよ⁉︎


「そこまでして貰うの、おかしいでしょッ!」


 膝を叩いてそう言うと、相良君は仲居さんに淹れて貰ったお茶を飲みながら、微笑った。



「それがおかしく無いんだよなぁ」



 何が嬉しいのか、彼はそれを隠し切れない様子で目を細めた。

「大丈夫だよ?同級生の息子がいる女性ひとに手を出す様な不埒な真似はしないから」

「ばっ‼︎」

 顔に血が集まる。恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいさ、ここに極まる‼︎


 たんたんたん、と横ステップでフカフカクッションの沢山置いてあるソファーに辿り着き、それ越しに悪態を吐く。

「年の差以前に、そーゆーシチュエーションが可能になるのは妄想小説の中だけだッ!」

「ああ、陽毬さんの蔵書の」




 ふぐッ!(勇者ひまりは120のダメージを受けた!)



「煙に巻こうったってそうはいかない!ひょっとして…裕章さん関係とか…?」

 おずおずと尋ねれば、相良君は急に真顔になった。


「亡くなった旦那さんは関係無い。俺が、貴女を護りたいのは、別の理由です」

「だから、それは─────」




「──────それは、秘密です」




 どうやっても、理由を教えてくれない相良君に腹を立てて、私はサッサとお風呂に入って寝た。


 彼は冷酒を寝酒に頼んで一人で起きていた。

 それは多分、意識的に私を一人にしない為で、申し訳なかったけど、労られて悔しかったけど、本当は嬉しかった。


 息子は大きくなって、お嫁さんを貰って、子供まで出来た。

 それは望んだ事で、嬉しい事で、私の役目の終わりだった。

 でも、その未来を望んだ時は、手を振って見送る私の横には裕章さんが微笑んでいる筈だった。

 そうして、二人で仲良く老いて、手を繋いで子供達の末を見守る所までが未来予想図だった。


 なのに、裕章さんは私を置いて逝った。

 突然の事だった。

「向こうで待ってる」とも約束してくれなかった。

 そうしたら、一人が怖くなって。

 でも、絶対、清明には縋れない。

 それは私の矜持が赦さない。


 でも、辛くて哀しくて、立てる気がしなくて。


 だから、その為の一年きゅうようだったのだ。心に力を貯めて、独身時代の様に、一人でも手を振れるように。



 私は強くありたいだけのクソ弱い熟女だから。



 ──────なのに、

 弱くなる。こんなに囲い込む様に優しくされると。

 清明に言えなかった言葉を言ってしまいそうになる。



『清明、お母さんを好き?』



 夢の中で清明が答える。何故か小さい小さい子供の素直な形になって。




【ぼくは、おかあさんがいちばんすきだよ】




 清明に手を差し出すと、それは小さな亜麻色の髪の男の子に変わっていく。

 相良、君?……さがら、くんは……。




『もう、おれだけでいいよね?』



『だってねぇ、ひまりさんのそばにいるのは、もうおれだけなんですよ?』





 夢は夢、現は現。

 遠くから聞こえるその阿る様な響きの声が私に届く事は無かった。







  ★



 朝食は文句なしに美味しかった。

 何で朝まで部屋食なのかは謎だったが…。

(お高い故?)

 で、チェックアウトしてたら、ロビーに現れたのは右京君で。

 相良君の車の運転手をしてくれるのだという。


「改めまして篠崎しのざき右京うきょうです。プライベート方面で省吾さんのアシストをしています」

「篠崎君、ね?ブルーノートではありがとう。パスタ美味しかったです。知ってるカモだけど、私は芹沢陽毬。相良君の友達の母です」


 すっ、と車のドアを開けてくれる右京君に、ぺこり、と頭を下げる。


「右京、でいいですから。その代わり俺も陽毬さん、と呼ばせて貰っても良いですか?」

「おばちゃんでも構わなくてよ、ほほほ」

「省吾さんに殺されます。物理的に俺が」


 ちらり、と右京君はロビーで誰かと通話してる相良君を一瞥した。


「……省吾さんはかなり強引ですが、根が寂しがり屋さんなんです。どうか見捨てず、宜しくお願いします」

「いやもちろん、恩は出来る事で返そうと思ってるんだけどね?キミそこ『見捨てず』て、ナニ(笑)」

「貴方を構えるのが現状、あの人の最大の息抜きなんですよ。大人の女としての余裕で大目に見てあげて下さい。…偶に行き過ぎますが」



 行き過ぎ前提かよ!


 そうこうしてると相良君が戻ってきて、私にスマホを差し出した。え?


『ヒマ、居んのかッ⁉︎何、俺、ストーカーとか聞いてないんだけど!』


 え?清明?

「おはよう、清明。うん、何か昨日からいきなり行為がアグレッシブになってね?ママ怖かったからブルってたら、相良君に拉致られました……」

『何じゃ、その説明‼︎訳分かんねえー⁉︎大体お前、不審者出た時点で連絡しろよ!』

「……お前はこの私が一家の大黒柱、巻き込むおかーさんだと思っているの?」

『……………おかん』

「はい」

『昔から馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたがな。

 息子に心配もさせないで、その母親おやに何かあったら、お前、俺はどうしたらいいんだ?』

「……ごめ…ん」


 重低音の清明の声が、あたしの胸を打った。

 そうしたら、目の前に相良君の指がポチっと、スピーカーのアイコンを押す。


「俺が偶々電話を掛けたとこだったから、保護したんだよ、清明。

 過去、こういう事で警察が当てになった試しが無いだろ?お前も日中手が回らないだろうし、住まいを変えるのが一番だ。連れてく部屋はセキュリティもしっかりしてる。心配は分かるがあまり、責めるな」

『……責める気はねえ。自分が情けないだけだ。いいからその場所教えろ。それから家賃は俺が持つ』


 え?と怯んだその隙にスマホは相良君の手に移動した。


「分かった、後で場所はLINEで送るよ。

 費用は心配しないでいい、元々空き部屋なんだ。ついでに環境見て、このまま陽毬さんが勤めてくれないかなぁって下心付きだから。

 どっちも気を回す必要もない」

『は?就職?』

「もう切るぞ?仕事中だろ?」


 相良ッ⁉︎って怒鳴る息子の声がして、相良君は通話を切ってしまった。


「……まあ、それはあわよくば程度の期待ですんで、陽毬さんは気にしないで」

「するわ」


 まあまあ、と車に押し込まれ、相良のふわりと香る柑橘系の匂いに頭を占領された。

 運転席で右京君が微笑う気配がする。



 私はもう、どうしたらいいのか分からない。


「相良君、私凄く流されてる気がする!しかも歳的にこれじゃいかん感半端ねぇんだけど⁉︎

 おい、私の独居老人へのシュミレートが狂ってきてるぞ?何処、連れてく気だ?」


 相良君が落ち着かせる為か、ポンポンと肩を叩く。


「大丈夫、大丈夫。どうどう。ドナって仔牛売りませんから」

「騙して市場ッ⁉︎」

「騙してない、騙してない。保護って清明にも言ったでしょう?安全な処に移すだけです。

 貴女は何も変わらないですから」


 見る間に瀟洒な建物が見えてきた。

 邸宅?部屋数の多い、金持ちの家っぽい。


「うん、ホストって疑似恋愛売り物にしてますから、色々あるんですよ。

 うちはキャスト大事にしてますからね、避難場所としても寮は使い勝手が良いんです。

 その為、空き部屋必須なんで、陽毬さんの部屋も用意出来ました」


「うん、さらりと聞き流せないね。

 昨日はパニくってたから、記憶の彼方に沈んでた事をよいしょと持ち上げたね。

 ホスト君達の寮って、男しか居ないよね?

 私、言ったよね?今年中は働く気も、誰かと住んだりする気も無いって!

 私の自堕落ライフ、何処いった⁉︎」


 車はオートシャッターを過ぎて建物の庭を過ぎていく。


「陽毬さん、朝のウォーキングしてましたよね?ここ庭広いですし、監視カメラも付いてますから安心して日課過ごして下さい」

「右京君、これは私の知ってる日本の庭じゃ無いし」


「管理人室は一階入り口の側ですが、ちゃんとプライバシー守れるように鍵も掛けられますし、警備会社へのホットラインもあります。

 キャスト達にもきちんと話は通しますし、そもそも活動時間が違い過ぎる。問題ありません」

「問題あり過ぎだよ!何処の世界にストーカーっつぅ一枚の葉っぱから逃れる為に、ホストの寮って森の中に避難する女がいるんだよ⁉︎おかしいよ、おかし過ぎるんだよ‼︎」


 道理を訴える私を右京君と相良君が二人掛かりで説き伏せてくる。


「おかしい、と言えば、うちの陽毬さんくらいのお歳のお客様ならこの状況、大喜びなさると思いますがね。陽毬さんは綺麗な男達に囲まれるのはお嫌なんでしょうか?」

「綺麗な男は見てるだけで充分です。後は二次元とエエ声の声優さんで事足りてる!それに私は専ら誰も信じてくれない人見知りを、独り暮らしで拗らせ中なの‼︎」


「来年は就職しようという人がそんなんでどうします。

 これもリハビリですよ、大丈夫、寮には右京も居ますし、俺も今まで通り陽毬さんトコ通いますから」

「ええッ⁉︎右京君、寮生なの?つか、相良君は仕事しなさい仕事。後、言えた義理ではありませんが、もうちょっとおばちゃんに自由時間下さい…」


 車は外国リゾート地の別荘の様な家の、どでかい門の前に止まった。


「さ、ここです。気に入ってもらえると良いんですが」

「聞く気無いよね?聞けよ!」

「それ以上抵抗すると、俺も寮に住み込みますが、いいんですか?陽毬さん」

「わあ、素敵なおうちね?ショウちゃん。陽毬さん、こんなトコ泊まりたかったんだー」


 ちょっと涙目になって車から降りた。

 手を取る相良君がおや、という風に片眉をあげて笑う。


「それ、いいですね。次からはそう呼んで下さい」

「え?」

「『ショウちゃん』」


 輝く様に微笑む彼の眼差しに、何故か不穏なモノを感じて、私は一歩後退る。


 とん、とぶつかる背中には右京が居た。




 逃げられない。




 何故だか、そんな想いが背筋に甘い戦慄を呼び起こして私を固まらせた。









 おかしいな、おかしいな。

 白雪姫の継母は最後どうなったんだっけ?

 曲解するなら、あれは自立のお話じゃない?

 下宿先で王子様と出会った姫がお嫁に行く。

 それだけの話だよ。


 王様も居ないんだし、後は継母が結婚式なんかにうかうかと参加しなければ問題無いよね?

 元々、命なんか狙わない義母なら、殺されもしない筈。毒リンゴなんて無くても綺麗な姫様なら、見初められるのも時間の問題。


 本当はさ、

『───────貴女が一番美しい』

 とか、負の感情を唆す魔法の鏡が悪いんじゃない⁉︎

 結局、お妃様の元には鏡しか残らない。



 おかしいな、おかしいな。

 本当に悪いのは魔女で、義理の、おかあさん?




『鏡よ。鏡、──────』

 白雪姫じゃまものの居なくなった世界で鏡がキラキラと光っていた。











































別の連載の息抜きに書いていますので、UPは未定。しかし、最悪多くても中編、後編で片付ける予定です。

その後、解決編の様に相良君sideを載せる予定です。

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