6話︰アイスクリームとトラウマ
体感的に数時間……実際は2時間と少しか。それだけの時間を過ごした講堂を背にしながら……幸坂逢里は、自慢げに話を始める。
「彼方が喜びそうな事……じゃあ、ここからだね」
「この任務がまるっきし無かったことになれば最高なんだけどな」
「1つ目。よく聞いてください?彼方くん」
「華麗なるスルー……」
その落胆を隠せない言葉にすら耳を貸さず。逢里が言葉を続ける。
「任期の話……なんだけどね?……本来2ヶ月で交代のところ、今ならなんと!」
「な……なんと?」
どこかの通販番組のような謳い文句だが、それを誰も気にすることもなく……会話は続く。
「早ければ、1週間チョイで終了です!」
「何ですと!?」
彼方が奇声を発する。
その原因は、もし……逢里の言う日数が本当であるのならば、
起きる➡アイスを捕食➡トレーニング➡アイスを捕食➡寝る
___という、夢のような日々を過ごせることになる___まあ……その前に財布が冷凍庫になるだろうが。
そんな妄想をよそに、また逢里教官代理の説明が始まる。
「余韻に浸る間もなく2つ目、行きます!」
「おうよ!いらっしゃいませ!」
謎のテンションに陥る男性陣を見て、どこかの御令嬢がため息を漏らした気がした……が、そんな事をお気楽道化師の2人が気にするわけもなく___
「それでは2つ目! ド直球に___進級おめでとう、彼方君!」
「…………は?」
は?進級?
思考が停止する彼方に、嘲笑が解けたらしい綾音が一言。
「彼方ったら……。親御さんにいくら払って貰ったの?」
「……きったねぇ金の話はいいんだよ!スネ齧ってねぇし!」
露骨な、学校への課金疑惑発言____は、この際問題ない。……いや、問題大有りだが、
「進級って……どゆこと?」
そんな事より、進級事への驚きの方が大きい。
……が、その動揺を嘲笑うかのように、逢里の悪ノリが一興。
「お、綾音。奇遇だね。僕もこれ聞いた時そう思った。学校ソシャゲ疑惑」
「そろそろ自分に自信が持てなくなるぞ!? 俺……」
「うそ!?持ってたの?」
「そこすらも否定!?」
ずしりと心にのし掛かる重みを、振りきるかのように突っ込みを入れる。本気で言っているのか、最早判別不能である。
「まぁ……理由としては、高等部に必要な人員だと判断された……らしい。成績的には30年ぐらい留年した方がいいと思うけど」
「オッサンになってるんですが……」
精神をズタボロにされる彼方を、完全に放置しながら___話は再び本題へ。
「そしてここから、悪い方なんだけど……」
溜めが入り、事態の方向性を物語る。
「任務の難易度が高い。去年の夏並み……いや、それ以上かもね」
「……それやだな。部屋に篭ってアイスと戯れてるよ俺」
「その意見は私も彼方に同意」
分かりやすく嫌悪が表情に滲み出る、彼方と綾音。
その理由は、話に出た……去年の夏の事。
今回と同じく、異進種関係の派遣任務を受け__現地に足を踏み入れた所から、悪夢は始まった。
「いやぁ……そんな顔されてもね……。ほら、喉元過ぎれば熱さを忘れるっていうでしょ?その通りにスッキリ無かったことに……」
「出来るかぁ!一生消えない傷だわあれ!」
「うぅぅ……虫無理……嫌い……ダメ絶対……」
騒ぐ男2人の隣では、綾音が腕を体の前で組み、顔を青ざめさせている。
去年の夏____討伐対象が森林の中に生息するため、やむ無く突入した先____
その悲劇が、幕を開けた。
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居住区から、さほど遠くない森林地帯。
そこで、若い悲鳴が響き渡る。
「うおぉぉぉぉぉぉおおおおおお!」
「え?魚?どこどこ?」
「魚じゃねえよ!うおおおおだよ……って! ふざけてる場合じゃないって!マジマジ!ヤバいって!ひゅうおっ!」
最後の奇声は、ある襲撃者の攻撃を紙一重で回避したときに発されたもの。
……いや、襲撃者はこちら側かもしれない。
「痛った! オイ!見てないで助けろって!」
「出来ればしてるんだけどさ……」
任務に取りかかり始め、ほんの数分が経った頃____「危険」と判断された、昆虫型異進種の駆除を始めようとした、その瞬間。
「あ…………」
誰であろうか。そんな声が聞こえ、数秒後。
「O型は刺されにくいんじゃなかったのかぁ〜!」
「誤情報乙。それ……蚊の話だよね?』
「……それも刺されやすくなるのよね……。しかも黒い髮に黒い服と……。はぁ……。御愁傷様……」
静かな住処に土足で踏み込まれ、更には自宅まで全壊に追い込まれた、とあれば、仏でも憤怒するであろう。
「謀ったなあぁぁぁぁぁぁ!」
そんな悪条件の応酬もあり、昆虫型異進種___「キラービー」。要するに「蜂」の巣を木からはたき落とした彼方が、絶叫する。
ブオンブオンと……恐怖の羽音を鳴らしながら、縦横無尽に戦場と化した森を駆け巡る、「蜂」の大軍。……というか一家。
「分かった!駅前徒歩3分の優良物件紹介するから許し……ぎゃあぁぁぁぁぁぁあ!」
挙げ句の果て……彼方は全身12箇所をブスリブスリと刺され退却……と、そう綺麗なものでもない。「逃走」を余儀なくされたのだ。
しかもその道中、綾音が踏み抜いた朽ちかけの倒木から何かの幼虫がゴロゴロ……という有様。
大の虫嫌いである彼女にとって、その巣窟に片足を突っ込んだというのは、トラウマに他ならない記憶であろう。
……そんなこんなあり___結果として、しっかり「標的」も見失っている訳であり……。
そんな過去を思い出し___
「…………」
「顔色悪いよ〜彼方」
「……はっ!」
悪夢が覚め、文字通り息をつく。
「うん……忘れよう。あれは黒歴史だ」
「いい思い出だと思うけどなぁ……」
「忘れてくれ。そして消せるならその記憶抹消しろ、俺!」
頭を抱え悶絶する彼方の隣で、ほとほと疲れ果て……掠れきった声が絞り出される。
「早く……話進めて……」
「……だな」
空気が不穏になる前に、珍しく空気を読んだ男性陣を先頭に、歩みを進め始める。
目的地もちろん、健慈から資料が送られて来ているはずである、PCのある部屋。曰く____
(あれ……今俺の部屋来られるの……マズくね?)
当事者___彼方に、ふと思う事があった。
「…………」
それにより、言葉が詰まる。
「どったの?お腹でも壊した?」
「そうなら確実に、アイスが原因よね」
逢里が茶化し、綾音がそれに突っ込む。
「アイスは……関係ない……」
アイスは、神である。
「何か忘れ物? しっかりしてよ……」
「いや……」
数秒のラグを経て出た答えが____
逢里と綾音の2人を、もう何度目か計測不能呆れという湖へと突き落とすこととなる。
「……俺の部屋、多分俺以外入れない……。この際……汚いという意味で……」
沈黙が流れる。
「あ、あの……?」
一拍置かれ。
嫌悪からではなく___呆れと怒りから生み出された禁句が、彼方の心に突き刺さった。
「……アイス、禁止だね」
「待てぇぇぇえい!暫しお待ちをぉぉお!」
彼方が叫び走り出すまで、1秒とかからなかった。
……もちろん。アイスへの愛を全力で唱えながら。
coming soon……
お読み頂きありがとうございました。
※次話以降未改稿です。