5話︰五月蝿き訪問者
ギギギギギギギ______
「…………?」
まどろみを、謎の轟音によって邪魔される。
「……何?今の音」
直後。何やら相当不機嫌そうな言葉が飛んでくる。……綾音だ。
「う?」
謎の擬音と共に、彼方を指す綾音。騒音の発生源はコイツか? と言わんばかりの装い。
「……いや、彼方は寝てるよ? ……間違いなく」
隣で、ぐーすかと寝息を立てる彼方を見て、一応擁護しておいてやる。
「じゃあ……逢里が公害の根?」
違う違うと、ブンブン首を降る。
・・
「この音……あれしかないでしょ……」
あれ。
そう、あれしかない。この轟音を轟かせる輩は。
そう思った、矢先での事。
「3人揃って呑気に昼寝たぁ……。中々、有意義なこった」
やはりそうか……
「教官!?」
「よ。遅れてすまん」
教官。そう綾音に呼ばれたのは、三十路に差し掛かるか否か……中々怪しい面持ちの男。
その背には、この男のトレードマークとも言える___彼の身長と大差ない、大型の大剣が吊るされている。
「すまんって……。じゃあさっきの音は?」
「なんだ?音って。気にしたら負けだぞ?そんなもん」
ズカズカと……文字通り威風堂々、講堂内へ踏み込んでくる男。
そう……彼はここへ来る際、「必ず」、この音をたてて入場してくるのだ。
「また大門を開けて入ってきて……。うるさいから使うなって、何度も言ってるし……言われてもいますよね……?」
呆れた声で、数百回と言ってきた言葉を口にする逢里。
「どっから入ろうと変らんだろ。ドアはドアだ」
「だからメチャクチャうるさいんですって!」
現在逢里たちのいるこの講堂には、東西2つの扉。そして、巨大な正面扉が存在する。
その中で唯一、この学校が創立された当時からある、正面扉。それはその図体と同様に、開閉時、異常なまでの音を放つ。
外側から開けるのには、あまり気になるようなボリュームではない……が、内側__講堂内にいる者にとってそれは、騒音公害でしかないような轟音となって講堂内に響く。
……それを、毎度の如く実行してくれるこの男。
「俺が登場するのに、ふさわしいだろ?」
「即座に退場して貰いたいぐらいですけど……」
うざい……面倒くさい……と、こう思うのも数百回目、いや、もう数万回目か。
「いやぁ、あの扉の鍵管理するの俺の仕事だし。潜在特許ってやつ」
「どうでもいいですけど。次からは左右の扉使ってください」
「教員室から遠いんだよ……」
「他の先生方だって、用がある度回って側面扉から来てるんですから。あなたもそうしてくださいよ……」
「めんどくせぇ……」
「僕のセリフなんですけど……」
そんなやり取りをかます教師と少年。それを、猛禽類のような鋭い視線で睨む、ある御方。
……眠りを妨害され、不毛な会話を聞かされ続け。……我慢の限界を迎えた少女が、口を開く。
「いい加減に……して下さい。待たせた挙句……屁理屈の応酬。それでも教師ですか?」
おぉ……始まった……と、肩をすくめる少年を間に挟み、言い合いが始まる。
「おーおー。相変わらず恐いな、湖富」
「余計なことは喋らなくていいので。早くこの資料の説明を始めてください」
「何怒ってんだよ……。カルシウム不足か?」
「……っ!誰のせいだと……思って……!」
煽り性能の高い言葉が、するする口からこぼれるこの男。
取り敢えず……この学園の教師である事に間違いはない。
寿健慈。それが、彼の名前だ。
……しかし。尚も、彼と綾音の口喧嘩は続いている。喧嘩……と言うよりは、ただの罵倒合戦であるが。
「くっだらない事に時間かけんなって言ってんの!分かる!?低脳なの!?」
「あのさ、俺……一応教師なんだけど……」
「あーそうですか! 生徒に低脳呼ばわりされる気分はどうですか?クソ髭偏屈教師!」
もう完全に「地」が出ている綾音は、ところ構わず悪口雑言を吐きまくっている。
「髭は俺のチャームポイントだろ? バカにすんなよ」
「そうですか。じゃあ褒めてあげましょう、……マジ不潔!」
……取り敢えず、後々のためにも、止めて置いた方がいいな。
「……あの」
逢里が、火花がバチバチと散る現場に(綾音からしか出ていないが)、静かに介入する。
「いつまで経っても話が進まないので……そろそろ説明始めて貰っていいですか?」
ジロり。
視線が集まる。
一方は、
「そうだな。子どもに構ってる場合じゃ無かったな」
と、喧嘩やめる気無いのかこの人は……と思わせるようなセリフを吐く。
そしてそれに応えるように、もう一方も……
「あ゛?誰が子どもだって?」
茶髪の少年___逢里は思った。
(ダメだこりゃ……)
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「待機命令は解除。長らく待たせてすまなかったな。相変わらず、上役の話が長くてな……」
長らく続いた睨み合いの末……なんとかその場を収めた逢里だったが、その間……途切れること無く髭男を鋭く睨みつけていた、綾音。
その表情が若干和らぎかけ、2秒後……再び、険しくなる。
「そういう言い訳めいたことも要らないのよ。……そんな面倒臭い物言いだから結婚出来ないんでしょ?」
「おいおい……それは禁句だって……」
「知らない」
ふん! とそっぽを向く綾音と、それにとことん罵声を浴びせられ、はあーとため息をつく健慈。
……正直、つきたいのはこっちだ。
「……で、早いところ本題に」
「まあ、そうしたい所だけどよ……」
まだ何か前置きがあるのだろうか。もう十分、腹一杯になるほど時間なら過ぎたが。
「……何か不都合でも?……あ」
それに答えようとする健慈の視線に、納得のいく理由があった。
「その、アホ面引っさげて寝てる彼方……叩き起こしてから始めるとするか」
「「はい」」
それには……言い争っていたはずの綾音ですら、返事をした。
なんだろうか……物凄く久しぶりに、素直な返事をした気がする。
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眠い。
身体がまるで、「睡眠を摂れ」と言ってるいるかのように思い。
痛い。
身体がまるで、「治療求む」と言っているかのように痛い。
面倒臭い。
身体がまるで、「あぁ……だりぃ……」と言っているかのようにかったるい。
これ程揃って嬉しくない三拍子があるか?
やっぱ今年は厄年か……。
などと、考える間もなく___
意識が、覚醒した。
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「あ……起きた」
「う?」
「おは。彼方」
「ん?」
「良い夢見れたか?」
「は?」
瞳が現実を映し出す。
茶髪と……茶髪と…………ヒゲ?
「……カビみてぇなヒgぐほ!」
「呼んだか?糞ガキ」
つい……本音が出た。
視界に映る顔は、右から順に綾音、逢里。そして、健慈。
そのヒゲに、文字通り。踏まれた。
「……痛ぇ」
どうやらこの男。自身のヒゲをバカにされると理性が飛ぶらしい。
「どこが?」
などと無神経にも分かっているくせに尋ねてくる。それに、丁寧に答えてやろうと口を開く。
「腹……あと……後頭部?……後頭部!?痛ぃぃ……!?」
しかし、体に力を込めた途端___後頭部に鈍痛が走り、顔をしかめる。+α、乗せられた足をどかそうと抗う。
「足をどけろ……足を!」
「うーむ……さっきから俺と髭を嬲りすぎだぞお前ら……。こんなダンディーな髭持ち二枚目は中々ないだろっての」
「知らねぇよ!」
「凄い……!どの言葉も現実と一致しない……!」
「おい……」
自己賞賛に浸る健慈を嘲笑うかのように綾音がツッコミを入れるが、それに便乗して笑っていられるほど状況に余裕が無い。
「いいから……早くどかせぇ!」
乗っていた足を、無理やり払い除ける。それに、乗せていた張本人はため息をつきながら後退し、最寄りの椅子へヨロヨロと腰掛ける。
「で、彼方が起きましたが。続きをお願いします」
寝起きかつ、身体中の不調という不調が激しい自己主張を繰り広げている彼方は、何のことやらと首をかしげる。
もちろん、1、2を争う痛みの原点、後頭部と腹部を庇いながら。
「はいこれ。彼方の分」
そばに立っていた綾音から、ポイと放られる紙の束を受け取り、尚も首をかしげる彼方。
「なんだこれ?」
「……ま、それが某、【特殊任務】の説明書ってとこだな。3人で読み合わせといてくれ。お前は特に念入りに、な」
「強調すんな。脳細胞不足がバレる」
「安心しろ。全員知ってる」
「クソ野郎……」
そんな軽口を叩けるほど、踏まれていた腹は気にならない程度に痛みが引いた。しかし、謎の頭痛を生む後頭部は一向に主張をやめない。
「てか……何で頭が痛いわけ……マジ……洒落にならないんだけど……」
「……日頃の行いが悪いからよ。そうよね?」
「うん。そういう事にしておこう……いや、そういう事だね」
「なんか隠蔽しようとしてませんか……その口振りだと……」
スリスリと後頭部を撫でる彼方をよそに、話が進んでいく。
「彼方のデスクトップに資料を送ってある。それも参考に頼む」
「え?俺のパソコンに?」
「分かりました。他に説明は……?」
「いやいやいや!俺なにも分かってないんだけど!?」
事態を飲み込めない彼方に、煩わしそうに健慈が言う。
「だってお前寝てたし。……起こしながら説明してたら終わっちまったよ。……まさか、起きるまであんなにかかると思わなかったからな」
説明……?終わった……?
「はあぁぁぁあ!?」
「長ったらしいことは1度しか言わない主義でね。大まかには2人に伝えたからよ。……ま、後で聞いとけ」
「……ま……マジで?」
ギギギギ、という擬音が出るような不自然な挙動で、逢里と綾音に振り返る。
「聞いた。全部聞いた。口頭説明めんどいからこれでもどうぞ」
「持ってるからそれ……」
既に入手済みのアイテム___資料の束を指差し、逢里が言う。
……どうやら、凄まじいまでの置いてけぼりを食らったようだ。
「おぉっと!忙しい先生には時間が無いようだ。……んじゃあ最後に。言うことは1つだ」
「……何だよ?」
1ミリの理解もない彼方が、無気力な目を向ける。
しかし。
その目が捉えた、髭を蓄えたその顔から一瞬。笑みが消える。
そして、
「いや……大したことじゃない。……無理はするな、それだけだ」
分かりました。と、2つの返答が耳に入る。
「じゃあなお前ら。健闘を祈ってるぞ!アディオス!」
カシャン。
今度は側面の扉から、姿を消した。
(なんだ……あの顔……)
そう疑問を滾らせる彼方に、付近から
「はぁ……。それで、よく寝れた?」
と、声がかかる。
「確かに寝れたけどな……頭が痛い」
「だろうね」
当たり前のように頭痛を許容しているが、彼方自身は納得などしていない。疑いの目を向け、こう言う。
「俺が寝てる間何かしたのか?……どうせ、簡単には口割らないんだろうけど」
「さあ?おだてれば口が滑るかもよ」
「結構です。ハイ……」
後々聞いた事だが……この後頭部の鈍痛の原因。
それは、逢里たちが彼方を起こそうと椅子を引き抜き___それから滑るように落下した彼方は後頭部を椅子の根本に強打___という流れだったらしい。
なるほど。それならば机で突っ伏して寝ていたはずの体が、床に大の字になっていたのも納得がいく。
……それを聞いた時、彼方は自分で自分にこう言った。
「ご愁傷様」
と。
____しかし。
妄言虚言のやり取りはさておき。今知りたいのは痛みの原因ではなく、
「煽ててでも聞きたいのは、こっちだ」
資料を掲げ、2人に向き直る。
知りたいのは、彼方が昼寝をこいていた間に聞かされたであろう、説明内容。
【特殊】であるなら尚更の事、いずれ消える物理的な痛みよりよっぽど重要だと考える。
そんな事を思いながら、今だ温風の湧き続ける__暖房の効いた部屋を後にする。
背耳に、キイーと安っぽい扉の音を聞きながら、何やら話し始める逢里に耳を傾ける。
「ホント……口頭説明めんどくさいなぁこれ」
「じゃあ簡単にでいいんじゃない?要約して」
「だね。彼方に難しいことは百年早い」
「しれっと俺をdisってんなお前ら……」
2人して資料をのぞき込みながら……その片割れが、口を開く。
「じゃあ……彼方が喜びそうな事から、話すとしますか」
そう……逢里が不敵な笑みを浮かべた。
coming soon……
お読み頂きありがとうございました。