61話:特別授業
異進種との戦闘、時女神との邂逅。
辛うじて”日常”を取り戻した彼方たちの元へ、新たな知らせが届く。
それは、本来の姿と異なる学校行事への参加だった────
薄明かりの灯った地下室。
そこに居たのは、互いに白衣に身を包んだ男女。
「……本当に……これを使うのかい?」
ふと、そのその一方の男が、傍らの女へ尋ねる。
「……当たり前じゃない。今回の件で、重傷者の存在を表沙汰にするわけにはいかないもの」
問われた女はそう言うと、手馴れた様子手元の器具を扱い、薬剤を調合していく。
「それは……そうかもしれないけれど……」
「それともなに? 貴方がモルモットになる?」
「……それは遠慮しておくよ」
「あらそう」
どことなく残念そうな返答すると、女は目の前で横たわる二人へと繋がる点滴へ、薬剤を混ぜ合わせた液体を接続する。
「……私の仕事は、命を救うこと。……そうでしょ?」
「……ああ」
女は横たわる少女の隣へ。男は、もう一方の少年の傍らへと歩み寄る。
「なら、この選択は間違えていない。……この選択が、彼女たちを。……そして、彼女たちが誰かを救い、救われた誰かが、また誰かを救う」
女は俯きながらそう言うと、手元のコックをそっと捻り、薬剤を堰き止めていた弁を開く。
続けて、男も同じように手元を動かした。
「……始まるわ────世界を救う為の……新たな戦争が」
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「……さて」
「……じゃないわよ!このバカ!」
今日も今日とて、女生徒の怒声が喧騒が渦巻いていた。
教師を叱りつける生徒、というなんとも不可思議な光景が広がる一室に、彼らはいた。
「なんなの!?このプログラムは!?丸っきり何も聞いてないんだけど!?」
「そう言われてもな。俺も聞かされたのは予定が組まれた後だったし……」
春。世の中の人々が新生活を迎える季節。
それは鳳凰学園の生徒たちも例外ではなく、高等部練の新たな校舎へと移動する必要がある”元”中等部三年生たちは、尚のこと忙しい時期でもあるわけだが。
「……エキシビジョンマッチ、なんて聞こえは良いですけど、この組み合わせには悪意しか感じませんね」
「ま、見ず知らずの相手よりかはやりやすいだろ。怪我しない程度に頑張ってこい」
「怪我で済めばむしろいいと思いますけどね……」
そんな中で、〆、とでも言うべきか。
この時期に毎年行われる恒例行事が、鳳凰学園には存在する。
それが、中等部としての最後の任務────”序列決定戦”である。
クラス分けされた各生徒たち全員参加のトーナメント。
定められたルールの中で、文字通り、純粋な力のぶつかり合いのみにより、優劣が決定付けるイベントだ。
高等部へ進級する新一年生の実力を見定め、着任する地域、任務の危険度に適当な振り分けを行うため、予め「順位」として力を見よう、というわけだ。
その中で、彼方、逢里、綾音の三人は例外として、本戦への参加が免除されている「グループS」の生徒へ指定されている──はず、だったのだが。
「不満は重々承知してる。だがな、この催しはお偉いさん方のご注文でね。是非、高等部選抜メンバーと、一年の上位三名との手合わせをってことで」
「で、なんで僕らなんですか?」
「そりゃまあ、上位三名に該当しちまったんだからしょうがないなろ」
「……それなんだけどさ、なんか、俺たちが上位ってそれはなんか違う気がするんだよな。二人はともかく、俺は勉強からっきしだし」
「強靭なメンタルとか?」
「そうだな!お前に鍛えられてるからな!」
ヤケクソ気味の彼方を始め、三人の疑念を裏返すかのように、含みのある声音で健慈が答える。
「ま、彼方の精神面はともかくとしてだな。……あくまで、お前たちの言う”上位”ってのは、中等部までの基準なんだよ」
「どういうことです?」
「……高等部は、学内のデータというより、実地での働きが重視される。……恐らく、先の一件で上のお前らへの評価が……見方が変わったんだろう」
「……でも、例の件はあの空間の事も含めて、表沙汰にはなっていなのよね?それを評価に入れて大丈夫なの?」
そんな綾音の問いに、健慈は欠伸をしながら答える。
「どうせその辺は上手く辻褄を合わせてるんだろ。お偉いさんのやるこたぁ分からん」
「少しは真面目に考えなさいよ……」
「そりゃあ俺のセリフだ。何のためにエキシビジョンに入れたか、お前らなら感づきそうだけどな」
すると、それを聞いた逢里が、なにかに気づいたかのように手をポンと叩く。
「……もしかして、僕らって正規のグループSじゃない……とか?」
「お、やっぱお前切れてるね〜。ある意味正解」
「やった〜」
「えぇ!?」
「ちょっ……!ちょっと待ってよ!それって一体どういうことなの!?」
取り残される彼方と綾音をよそに、健慈はニヤリと口元に笑みを浮かべて続ける。
「どういうことだ!? 正規じゃ無いって……まさか!裏口入学!?」
「そんなんじゃないさ。……分かりやすく言うとだな、お前たちは厳密に言うと”生徒”では無くて、俺の部下扱いになってる」
「はぁ!?そんなの聞いてな──」
「知ってるよ。言ってねぇし。……だが、その方が色々とやりやすいんだよ。これからは」
驚き、呆れ、その他エトセトラ。
感情のメリーゴーランドに乗せられた3人から目を離すと、健慈は良しとばかりに立ち上がる。
「どこ行くんだよ?」
「決まってるだろ? お前たちは生徒なんだ」
そして、改めて3人へ向き直ると、言った。
「これから、中等部最後の特別授業を始める!」
to be continued……
お読み頂き、誠にありがとうございます。
第三章は、これまで登場していた沢山の「キーワード」に、ズブズブと足を踏み入れて行きます。
激動する世の中で生きる彼らの物語を、今後とも紡いで行けたらと思っておりますので、今後とも物語をよろしくお願い致します。




