60話:家族のカタチ-5
「あっ」
ふと、目線の先に捉えた兄の姿を見て、姫乃が声を漏らす。
「随分と時間がかかったようですが……」
それに続き、合流した芽衣が彼方の姿を見やる……が。
「な……なんでそんなにボロボロなの……?お兄ちゃん……!?」
「……なんでもない。いいや、なんでもないんだ」
「なんでもあるよ!まさか……お父さんに……」
「いやまあそうだけども。……そうなんだけれども」
ワイシャツの裾は全てズボンから出ており、制服の上着は着ていると言うよりは「引っかかっている」という表現が正しいか。
何かと取っ組み合いの喧嘩でもしたかなような姿に、姫乃は心配症を発動させてオロオロと彼方へ歩み寄った。
「……お父さんは、なんでお兄ちゃんの事を邪険にするんでしょうか。私の事を大切にしているという気持ちはすごく分かりますが、余りにもお兄ちゃんへの当たりが強くて……」
S字にヨレたネクタイを解きながら、姫乃は不満を口にする。
「実は、わたくしと芽愛も御嬢様からご相談を受けておりまして。折角の機会ですから、お2人の中にある蟠りを少しで解消出来ればと思うのですが」
「蟠りっていうか……まあ……なんて言えばいいのかな……あれは……」
彼方の中では、一吉と自分とは仲が悪い、とは感じていなかった。
向こうがどう思っているのかは分からないが、確執と呼べるほどの事柄といえば、姫乃との距離、についてぐらいだろうか。
(それをそのまま言うのは良いのか……?あいつ的に……)
厳格を絵に書いた一吉の裏の姿をありのままさらけ出すのは、一応気が引けたのだ。一応、一吉の威厳的な意味で。
「お兄ちゃん……」
ふと、色々と考えているうちに暗い表情をしていたのだろう。
顔を上げた彼方の顔を覗き込む姫乃には、心配と、それからくる憤りとが混ざった複雑な面持ちをしていた。
「……そうだな。この際、はっきり言っておこうと思う」
その顔を見て、兄――――佐倉彼方は決心した。
(すまん、親父)
そう、心の中で告げると、ゴクリと唾を飲む妹と従者へ向け、こう言い放ったのだ。
「……父さんはな、姫乃の事が大好きなんだよ」
「……はい」
「それにな、俺の事も大好きなんだよ。父さんは」
「…………はい」
この様子だと、一吉が彼方を嫌っていない、という決定的な理由がない限りは、姫乃の誤解が解けるということは無さそうだ。
そこで、彼方は無理やり取り付けてきた「秘策」を提示することにした。
「来月さ、クラス分けの為の選手権大会があるみたいなんだけど、それに父さんが顔を出したいみたいなんだ」
「えっ?」
一吉に文字通り襲われた彼方は、持ち前のフィジカルで何とか交渉に持ち込み、自分も交え、一吉と姫乃がしっかりと話し合える機会を設けようと画策していたのだ。
「そこで、色々と話をしよう。俺と、姫乃と、父さんの事。誤解が生まれるのは仕方が無いことをしたって、俺も父さんも思ってるんだ?……昔は、色々あったしさ」
「……」
「まずは俺からしっかりと言っておくよ。父さんとは馬は合わないけど、決していがみ合ったり、嫌ったりなんてしてないんだ。今日だって、しっかり話し合って、最終的には相撲で勝ってきたからな!」
「えぇ……」
ふんすっ!と自慢げに胸を張る彼方に、珍しく芽衣が困惑の声を出す。
「そう心配されると、俺もなんだかスッキリしないんだ。……だからさ、俺の事、信じてくれ。姫乃」
俯く姫乃に、彼方は真っ直ぐに視線を向ける。
「御嬢様……」
そして、しばらくの沈黙の後。
すっと顔を上げた姫乃は、彼方の瞳を上目遣いに見つめ返しこう言う。
「……お兄ちゃんは、ずるいです。真っ直ぐにお願いされたら、私が断れないこと、知ってるじゃないですか」
すると姫乃は、言い終わるとふぅ、と息をつき、邪念を払うかのように両方の頬をぺちんと手で叩くと、今度は悪戯っぽく微笑むと、彼方へ言葉を向ける。
「わかりました。お兄ちゃんのこと……それに、お父さんの事も信じます。……だから、私が知らないことの全部……教えて下さいね」
「ああ。もちろん!」
すると、珍しく姫乃がバッと彼方の胸へ飛び込んだかと思うと、そのまま強く抱擁したのだった。
「……ありがとう、姫乃」
「どういたしまして、です」
久しぶりに感じる、数秒間の温もりの後。少し頬を赤らめた芽衣の号令の元、3人は本社ビルを後にすべく、例の高速エレベーターで下降していたのだが。
「……あれ、そう言えば芽愛は?」
「ああ、何やら秘書の方と話していましたね。先に車にいると連絡がありました」
「……俺的には、芽衣と芽愛の隠密的な行動も怖いんだけど」
「まあ、仕事ですから。お構いなく」
「ですよね〜」
そんな会話も露とやら。
到着した1階では、連絡通りに車が手配されており、助手席では芽愛が頂き物であろうクッキーをぱくりぱくりと口へ運んでいた。
「あっ、おかえりなさ〜い」
「あれ、それって……」
「御嬢様はご存知かも知れないですね〜。来月発売の新商品だそうです〜」
「うまそうだな。……何味?」
「うーんと、紅茶のフレーバーらしいですよ。これがアールグレイで、こっちがダージリンだそうです」
「まさか……調べ物とはソレの事ですか?」
「当たり前じゃないですか〜佐倉製菓さんのクッキーはお気に入りなんですよ〜」
「はは……」
芽愛ほ斜め上の隠密調査に、残る3人は呆れ8割、感心2割の苦笑いを浮かべ。
一行は、喧騒冷めやらぬ学園へと帰路に着いたのだった。
*********
「なんか……騒がしいな……なんだこれ」
学園に戻り、姫乃達と別れた彼方を待ち受けていたのは、最近はそれが「常」となりつつある、喧騒だった。
「彼方〜おかえり〜」
「おお……ただいま。何してんだこんなに荷物とっ散らかして」
寮の各部屋からは、ガサガサゴソゴソといつになく騒がしい音が響いていた。
それは、親友――――逢里も例外ではなく。
「え?何って……進級するし、寮が変わるから掃除してるんだよ?進級できない彼方はいいかも知れないけど」
「誰が留年マンじゃい」
と、ツッコミを入れて見たはいいものの、内心、彼方はガクブルと震え上がっていた。
(聞いてない)
ただその一言が脳内でこだましては消え、湧き上がっては消えていく。
「よ、よし!早速俺も始めるかぁ!」
「僕そろそろ終わるから、手伝おっか?」
「よしよし。その意気やよし。良きにはからえ」
「……ちょっと眠くなってきたからやっぱりパスで」
「すみません許して下さい」
いつも通りの軽口で冗談を叩きあう2人だったが、やがて逢里の作業のひと段落がつくと、揃って廊下へ出た――――と、全く持って同じタイミングで、その進行方向から、鬼の風紀委員長様、綾音が歩み寄ってきたいた。
「あ、彼方戻ってたんだ。……それじゃあ、早速始めましょうよ」
「え?始めるって……?」
「何すっとぼけてんの?決まってるじゃない。あんたの部屋の掃除よ」
「あっ、はい」
いつの間にか揃った精鋭部隊に左右を固められ、彼方は申し訳ないような……有難いかような、複雑な心持ちに苛まれる。
と、そんなことを特に気にかける様子もなく、逢里が口を開く。
「そう言えば、昨日の夜電話があった後、色々と部屋中掻き回してなかったっけ。何か捜し物でもあったの?」
「え?あー、今回のとは関係ないけど、どこしまったかな〜ってのを探してた」
「出てきたの?」
「いんや〜。どこいったべか〜」
「あんたどこの生まれよ」
いつもの如く流れるような会話の後、たどり着いた彼方の部屋。
家主の先導で立ち入った2人が目にしたのは、想像通りと言うべきか……
最早見慣れてしまったであろう荒地が眼前に広がる。
「まあ……彼方にしては綺麗な方と思っておこうかな」
「ほんっと……どうすればここまで散らかせるのかしらね」
「申し訳ないとは思っております……」
さてどこから手を付けて良いものか……と、辺りを見渡す綾音が、何かに検討を付けて歩みだし、逢里は手近な雑誌類を脇に寄せる。
「片付けが苦手なら、まずは物を置く場所を決めて、使ったり持ち出したりしたら、必ず元に戻す習慣をつけた方がいあよ。武器とか大事にしてる彼方の事だし、やろうと思えばできると思うけどな」
「うーん……そういうものなのか……」
「……でも、ベッド周りはいつも綺麗よね」
「まあ……寝る場所だし……」
掃除談義と彼方の不思議な片付け術。
そんな題が付きそうな会話を片手間に紡ぎながら、ちまちまと作業を進めること数時間。
集中力の限界を迎えた家主が、こんな事を言い始める。
「ちょっとここいらで、ひと息入れない?」
「確かに〜。綾音はどうする?」
「私も同感。……ここまでまとめれば、遅くとも明日明後日には終わりそうだし。……その代わり、彼方の奢りね」
「もちろんでございます」
その一声を合図に。
すっかりと部屋の原型を取り戻した彼方の部屋から抜け出した一行は、学内の自販機コーナーにて英気を養った。
ふと気が付けば、時刻としては夜中とまでは行かずとも、十分に夜と言って良い時間帯になっており、作業の続きは明日以降に、と。
解散、と言うような雰囲気が流れたところだったが、どうやらここで終わらないのが、彼らの常らしい。
「あ、ケータイの充電器忘れちゃったから、ちょっと寄ってくね」
「私もお掃除道具置きっぱなしにしちゃったかも」
そう言い、結局改めて彼方の部屋へと向かうことになったが、そこで、新たな来訪者加わることになる。
「ねえ、あの2人って……」
「んん?何やってんだこんな時間に」
窓辺の夜景に目を向けていた彼方の肩を、綾音がトントンとたたく。
呼ばれた通りに目を向けてみると、そこには寝巻きとも取れる緩やかな衣服を纏い、傍らには金の髪の少年。
紛れもなく、姫乃と芽愛だ。
「あっ!彼方さま〜」
「し〜!芽愛、もう夜遅いんだから静かに!」
歩み寄る3人を待ちわびていたかのように手を振る金髪の少年と、それを窘める銀の髪の少女。
目的は定かでないが、この時間に居るということは、何かしらに大事な用件があるのだろう。
「良かった……3人とも連絡が付かないので、何かあったんじゃないかと思って……」
「あれ?逢里は携帯充電切れてるけど……って俺も切れてるし……綾音は?」
「ごめんなさい。夜だしと思ってマナーモードにしてて……」
「学園に居るとはいえ随分と油断大敵な面々だね」
偶然に重なる予感と言うのは、何となく、繋がっていくもので。
「それで、なんで2人はここに?」
「と、言うのもですね。下の階の生徒から、上から物凄い音がした〜との事でですね。彼方さまのことだからまた何かやってるんじゃないかって、御嬢様の所へ連絡が来たんですよ〜」
「悪童じゃん」
「ちょちょ、茶化すなって。……デカい音……?デカい音ってなんだ?」
「私たち、1時間位部屋から出ていたわよ?その間にってこと?」
「そうですね。15分ぐらい前です」
とすると、無人の部屋で轟音が鳴ったという事になる。
しかし、倒れるようなもののなければ、崩れるような積み方をした記憶もない。
逢里と綾音が首を傾げる中で、唯一家主が、こんな不穏分子を呟きながら扉を開ける。
「いや……まさかな。……奴が目覚めたのか……いや、そんなはずは……」
怪獣でも飼ってるんか……?というツッコミを頭の中で誰しもがする中で、開いた扉のその先で。
奴は、目覚めていた。
「ぐおぁぁぁぁぁあああ!!!」
「うるっさ」
「ちょっと!うるさいわよバ怪獣!!!」
「あ〜」
「……」
十色のリアクションが場に響く中。
彼らの眼前に広がるのは、開け放たれた……ではなく、無惨に内側から押し倒されたクローゼットの扉と、その上から流れ落ちるように飛び散らかった、物。
――――物。
――――物。
――――物。
――――物。
――――物。
「「「「「………」」」」」
沈黙の中、初めに口を開いたのは、この男。
「……あ、そう言えばバッテリー持ってたっけ。お疲れ様〜」
その背を見て、次に。
「窓際にある道具……使っていいから。……それじゃ」
風紀委員長様が背を向け。
そこから、少しの間を置き。
「……頑張ってね、お兄ちゃん」
唯一手を差し伸べてくれそうであった女神までが背を向け。
「……」
「あれ!? ぼくが1番最後です!?」
最後に残った、金髪の少年。
「えっと……な、涙はこれで拭いてください!」
彼方の手に半ば無理やりハンカチを握らせ、逃げるように去っていった。
「……」
そのまま、無音の時が過ぎ。
(……泣きそう)
悟りを開いたかの微笑を浮かべ、瞼に熱い何かを感じつつ。
(……おやすみ、俺)
少年は、静かにベッドへと崩れ落ちて行った。
――――僅か後、吹き出すのを限界までこらえた少年を筆頭に、その部屋に賑やかな声が戻ったのは、言うまでもない。
to be continued……




