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時刻神さまの仰せのままに  作者: Mono―
間章:これから
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59話:家族のカタチ-4

 

 作業の合間、ふと腰を落としたソファーに体重を預けながら、深いため息が漏れ出る。


「はぁ……」


 進学に伴う寮部屋の引き上げるため、荷物整理などの作業を行うようにと学園側から通達があり、その作業の真っ最中なのだが……


(ため息のひとつもつきたくなるわよ……まったく)


 自分1人の部屋だけなら数日で作業は終わるのだが、最終的に散らかし魔――――彼方に泣きつかれることを予想し、早めに作業に取り掛かっているわけで。


 散らかりきった地獄の光景を想像し……と、それだけではなく、綾音の脳裏に蘇るのは、ため息のもうひとつの要因たる、昨晩の情景そのものである。



 **********



「……なんですか、こんな時間に。自分は絶対出やしないくせに……」


『開口一番全力で殴ってくるのはやめてくれるか……?電話口が俺じゃなきゃどうするつもりなんだよ……』


 綾音の携帯を鳴らしたのは、悪い予感の通り。

 非通知・寿健慈からのものだった。


「私にかけてくる人なんでだいたい登録してあるんですよ。あなたぐらいです。しょっちゅう番号がかわるのは」


『……分かった、分かったから。それ以上言うな。泣くぞ?』


「それで、用件はなんですか?場合よっては切りますけど」


 そう言うと、綾音は渋々と電話口の声に意識を傾ける。


『いま、近くに彼方と妹さんはいるか?』


「ええ。いるけど……」


『そうか。それともうひとつ、変な手紙がそっちに行かなかったか?』


「手紙? ……ああ、さっき結ちゃんが持ってきたわね。差し出し人が、彼方と姫乃ちゃんののお父さんになってるものよね?」


『そうそう。その件に関してなんだがな。ついでに彼方に持って行って欲しいものがあるんだよ。明日、職員室まで取りに来てくれ』


「わかったわ。……まだなにかあるの?」


 不自然な沈黙に綾音が問いかけると、電話口の健慈は、一瞬の間を置いてこう続けた。



『……それとだな。これから言うことを、そのまま代表に伝えるよう、彼方に言っておいてくれ』




 **********




「よく来たな」


 低く、澄んだ声。

 何者をも律するかのような声が響くと同時に、窓を向き背を向けていたスーツ姿の男が、ゆっくりと振り向いた。


「慌ただしく呼びつけて悪かったな」


 オーラ、とでも言うのだろうか。並の人間であれば縮み上がってしまうような雰囲気を醸し出すこの男は、彼方、そして姫乃の父である、佐倉一吉その人である、


 それに気圧されるように重く閉じてしまった口を、姫乃は何とか開こうと意を決した――――瞬間。


「……で、 なんの用だよ」


 彼方が、明らかに不機嫌な声音を表に出し、一吉へ話しかけたのだ。


「ははは。相変わらずだな。お前は」


 仮面に貼ったかなような笑みを浮かべつつ、一吉は言葉を続ける。


「お前は、目上に対する態度というものを1から教わった方がいいな。小等部へ編入手続きをしておこうか」


「お前こそ。社長のくせに人の使い方も知らねえのか?……無駄話しに呼んだなら帰るぞ」


 売り言葉に買い言葉、というような口撃合戦に、姫乃は怯えるように交互に視線を向けることしか出来ずにいた。

 が、しかし。そこは大人、とも言えるだろうか。

 一吉が一言、場を制する。


「まあいい。……姫乃に悪影響だ。こちらから問いかけるまでは口を開くな」


 すると、姫乃に視線をやった一吉は、その表情を変えることなく2人へソファーへと座るよう促した。


「姫乃」


 そっぽを向いたままの彼方と、萎縮しっぱなしの姫乃が座るのを確認してから、彼方と言葉を交わしている時とは大違いの、柔らかな声音で娘の名を呼んだ。


「異進種と会合するのは、今回で何度目だ?」


「……2回目、です」


 その答えを聞き、ふう、と息を着くと、一吉は目線を姫乃から、脇の書物の棚へと移す。


「……異進種とは、お前が思っているより、ずっと恐ろしく、醜いものだ。それと相対するのは、お前の役割ではない、と。私は思うんだがね」


 思い返してみれば、この「佐倉一吉」という人物は、姫乃が鳳凰学園に入学することを、真っ向から反対していた一人でもある。


 まず、「鳳凰学園」という組織そのものの存在について、一吉は疑問を持っていたのだ。


「はなから胡散臭いとは思っていたが……入学から1年も持たずにこのざまとはな。これで、私の意思は決まったよ」


 異進種と戦う、というのは、命を危険に晒すということに他ならない。

 そんな環境に、子どもを、それも愛娘である姫乃を置くことに対して、一吉は最後まで異議を唱えていた。


 当然の判断と言えば当然だが、姫乃本人の強い希望と、従者たちの心からの説得に折れ、いくつかの条件付きでの入学を承諾した、というのが経緯だ。


 その中で、出資者である一吉の娘である姫乃が鳳凰学園の実質的な運営に関わると、いう破格のオマケがついてきたのは、完全に副産物ではあったが。


「コイツのような戦うしか能のない奴はともかくとしてだな。……姫乃、 君の身の安全を担保し、学習に関するカリキャラムも最高レベルのものを保証させた。……その結果がこれだ。学園との関係を直ぐにでも解消したい、というのが私の意見だが、君の話も聞いておこうと思ってな」


 制約がある上での違反。

 姫乃を含む生徒複数人に負傷者がでたという今回の1件は、紛れもなく問題視されて然るべきだろう。


「君を失うのは、私にとっても、世界にとっても損失だ。きっかけとなる芽は摘んでおくに限る。既に、別の学舎への転入の手続きは済ませてある。今すぐにでも――――」


「……!ちょっと待って下さい! 私は転校したいだなんて――――」


「姫乃。私は意見を聞こうとは言ったが、聞こうとは言ってない。これは既に決定事項なんだよ」


「いやです……!私はあの学園で……!」


「姫乃。あまり私を困らせるな。これば君ののためだ」


 有無を言わせず、とまではいかないが、姫乃にとって一吉は絶対。結局のところ、逆らう事などできない。

 ……そう、姫乃が肩を落としかけた瞬間だった。


「そうだ、健慈から預かり物なんだけど。色々と決める前にさ、見てみてくれよ」


「……誰が、口を開いていいと言った?」


「ん?健慈」


「……あの男も大概だ。信用に値する活躍などなかった。……精々、口だけの存在だったよ」


「これを見てもそう言えるか?」


「……それは?」


「中身は知らん」


 重さによってキャスターの取れかけたスーツケースを無理やりに引き寄せると、ロックを外すや否や、彼方はその中身をバサバサとデスクの上に置いていった。


「お兄ちゃん、それって……」


「そうそう。健慈に言われたんだよ、これがお前らの切り札になる、ってな」


「切り札……?」


 首を傾げる姫乃をよそに、資料の一部に目を通した一吉が彼方をじろりと見やる。


「もう少しマシなプレゼンの仕方は無いのか?信用が無い者が信用の無い者を介するなど、言語道断だ」


「しょうがないだろ!?これを渡した瞬間あいつどっか行ったし!」


 喚く彼方に目もくれず、無言で次々と資料を読み進める一吉は、数枚に目を通した時点で熟考するように目頭をつまむと、今度は姫乃へと視線を向け、


「……少し情勢が変わった。転校は一時取りやめだ」


「え……?」


「これは転入先の教育法人に関する情報だ。……これが事実なら、少し精査する必要がある」


「何そのヤバそうな情報」


「え……?えっ……?」


 急転直下に移り変わる情報に理解が追い付かない姫乃だったが、さらにそれに拍車をかける言葉が彼方から紡がれる。


「ああそれと、健慈からもうひとつ。えーと……『例のご依頼の件は、最終試験をクリア』だって。……何のことが知らないけど」


「……なに?」


 それを聞いて、冷静を保っていた一吉の表情に明らかな変化が表れる。


「……アレを実用化するとはな。その功績は素直に讃えよう」


「だから、俺に言われたって何がなにやら……てか、信用がないのはお前らも同じだろ!何でもかんでも秘密にしやがって!」


「子どもに口を挟まれる筋合いはない。下手をすれば国が動きかねない事象だ」


「くそっ!またそうやって誤魔化しやがる!」


 またもや喚き始める彼方を他所に、今度は端末を操作し、一吉は例の秘書を呼びつけた。


「お呼びでしょうか」


「例の高専の件だ。目星をつけた場所を当たれ。必ずボロが出る」


「承知致しました」


 物々しく動き始める大人たちを見て、姫乃が不安げに彼方を見やった、その時。


「姫乃」


「っ!ひゃい!」


 びくぅ!と肩を震わせた姫乃へ、一吉はこう続ける。


「今日の総括だ。よく聞いてくれ。……まず、他校への転入の件は中止、取り止めだ。このまま鳳凰学園に通い続けてくれ。現状の最善だ」


「は……はい。分かりました」


 次に、あからさまに眉を吊り上げると、今度は彼方へ言葉を向ける。


「お前に関しては、特に変わり様は無い。……伝える事と言えば……そうだな。姫乃を守り抜いた事、礼を言おう」


「……始めからそう言えよな!大体お前は――――」


「む?そうだ、ひとつあったな。姫乃、すまんが少し外してくれるか。外に従者を呼んである」


「えっ? あっ……はい」


 秒針、分針、時針と、明らかに時の流れが違う3人だったが、混乱冷めやらぬ姫乃が給仕員に導かれ退室すると、一吉は静かに――――とはとても言えない剣幕で彼方へ向き直った。


「おい」


「な……なんだよ……?目が怖いぞ……?」


 その目は、明らかに先程までの品行方正とは言い難く、何かこう……言い表しようのない感情に支配されているかのように燃えており――――


「お前、姫乃に、『お兄ちゃん』と呼ばれていたな」


「な……?それが……なんだよ?」


 例えば、そう……「嫉妬」のような――――


「私でさえ『パパ』と呼ばれたことがないというのに、お前にはなぜ心を許しているんだ姫乃は!」


「知らねぇよ!そういう所だろ!」


「どういうところだ!? 言ってみろ!いや、教えろ!」


「知るかよッ! 直接言えば良いだろ!? パパって呼んでくださいって!」


「言える!訳が!ないだろうが!!!」


「知らねえよォ!!!」


 なるほど……ご息女を退席させたわけですね……と。

 給仕員達が隣接する部屋で肩を震わせる中。


「ちょっ!こっち来んなって!マジで!うぉあ〜!!!」


 決して「不仲」などではない親子の阿鼻叫喚は、数分に渡りフロア中に響き渡ったという。





 coming soon……


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