58話:家族のカタチ-3
高い空を流れる雲を、ぼんやりと眺めていた。
特に何を考えるでもなく、ただ、見上げていた。
「御嬢様。移動の準備が整いました」
耳に良く馴染んだ声で、ふと我に返った姫乃は、声のした方へと振り返る。
すると、荷物を積み終えた芽衣が車の扉を開けて立っていた。
「早々に出発致しましょう。……と、言いたいところだったんですが、あの方はまた予定時刻を守られないようで」
あの方とはもちろん、自らの兄・彼方のことなのだが、ため息混じりに言う芽衣に、ごめんなさいと頭を下げるしかない。
「まあ、今回は少し急でのことでしたし、色々とありましたから。綾音様への報告はしないでおきます」
「後で私からきつく言っておきます……」
確かに芽衣の言うことは最もで、今日の呼び出しの通知があったのは昨晩のことだ。
このと発端である、父・一吉から手紙には、一吉が取締役を務める企業 ”桜凛” の本社ビルへ、明日、彼方と共に来るようにと書かれていたのだから。
……と、ちょうど時をほぼ同じくして、
「ひめのぉぉぉぉぉ!!!」
「さて。噂をすれば、ですね」
ドドドドドド、と如何にもな足音をたてながら、遅刻常習犯が校舎から姿を見せた。
息を切らして走りよってきた彼方の背中には、何やら大きな荷物が背負われている。
「ごめん! 頼まれてた物を探すのに手間取っちゃって……」
「構いませんよ。彼方様の評判がどこまで下がろうとも、わたくしは問題ありません。……その影響が御嬢様に及んだ際には、理性が機能するか自信がありませんが」
「はい。すみませんでした。」
「次に遅刻をしたら、二度とお勉強教えてあげません」
「本当にすみませんでした。二度と致しません」
「あと、その背中の荷物はご自分で荷台へどうぞ。……何と言うかその……面倒臭いので」
姫乃を後部座席に案内すると、芽衣はそそくさとその隣に腰掛けてしまった。
「……あれ?なんか雰囲気が違う気がするんだけど……気のせい……?」
芽衣からの覚めた対応に脂汗を浮かべつつ、何とか荷物をトランクに押し込んだ彼方。
その後ようやく出発かと思われた車内で、早々に助手席で眠りこけていた芽愛を、グーで芽衣が起こす……という血みどろの事象も起きたが――――何はともあれ、予定を10分ほど遅れて、一行は目的地へと出発したのだった。
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「うえぇ……なんかまたでかくなった気がする……」
そびえ立つビル群を背に、一際目立つ建造物の正面に降り立った彼方が、反射光に眩しそうに目を細めて言う。
「実際、純利益は昨年度の300%との事です」
「物理的にでっかくなっていやがる……」
それを傍から聞いていた芽愛は、脳内で無粋な計算を始めたが、0が多すぎて考えるのをやめた。
「うぐぇっ。……彼方さま、これ中身は何です? 凄く重いんですけど」
「ん? あぁ……ごめん。俺が持つよ。何か、健慈に持ってけって言われたやつなんだよね」
「全部ダンベルとかだったらどうします?」
「あいつのヒゲ全部燃やす」
そんな不埒な会話にガードマンが痺れを切らす前に、4人はロビーへと足を踏み入れた。
「お待ちしておりました。ただいま案内の者が参りますので、おかけになってお待ちくださいませ」
「……承知致しました」
「ねーちゃん、迎えるのは慣れてるけど迎えられるのは慣れてないから、受け答えが不自然」
逆にこの待遇に慣れている姫乃はスタスタと先行し、彼方に至っては荷物の重みでヒーヒー言っているので、こちらは話にならない。
「綺麗な硝子ですね〜」
「海外にある教会の内装をイメージしたそうですよ」
「あ〜! なるほどです〜!」
物珍しそうに辺りを見渡す芽愛と、それに受け答えする形となった姫乃の会話がしばらく続いた後、一吉の秘書を勤める男性が、台車を脇に抱えて現れた。
「遅くなり申し訳ありません。社長よりこちらを持っていくようにと仰せつかって参りましたが……流石のご判断のようですね。彼方様、どうぞ」
「あっ……どうも……」
彼方の大荷物を見て微笑むと、ガチャガチャと台車を展開し、荷物を引いて進み始めた。
手紙に書いてあった内容では、実際に一吉と相対するのは彼方と姫乃の2人で、芽衣と芽愛の2人は応接室で待ってもらうようにと書かれていたため、秘書の後に続いてやってきた給仕長が、2人を応接室へと案内して行った。
「たっか……」
「社長室は最上階ですからね。50階です」
エレベーターの後方が硝子張りのため、自分がどの高さにいるのかが一目瞭然の世界。
高いところは好きじゃないと零していた姫乃が、扉の方を向いて直立不動にしているのを邪魔しないよう、高さに関する会話を最小限に抑えた彼方だったが、そんなことを考えているまもなく、最上階に到着した。
「失礼致します。……どうぞ、お入り下さい」
2人を社長室へ通すと、秘書は台車を置いて音もなく部屋を後にして行った。
分厚い書籍が所狭しと収められた本棚に囲まれ、中央の椅子に腰をかけるその男は、次の瞬間、低くともよく通る声で言った。
「よく、来たな」
to be continued…
お久しぶりです。Mono―です。
こんなご時世ですが、頑張って今日を生きております。
しばらく更新が止まってしまっていましたが、本職との兼ね合いで時間が取れず………
と、言い訳はここまでとして、今後は投稿で誠意をお伝えして行けたらと思います。
週一回程の更新となるかと思いますが、書き溜めが進み次第、じわりじわりと更新頻度を上げていこうかと思っています。
作品としてはまだ序章も序章ですが、大まかな流れとしては形になっていますので、是非、彼方たちの物語を最後までお付き合い頂ければと思います。
今後とも、本作と私をよろしくお願い致します!
 




