56話:家族のカタチ-1
時は夜更け、午後10時を回ったころ。
「……あっ! お前!また勝手に食ったな!」
「別にいいじゃん1個ぐらい。ケチ〜」
「それ5個目だろッ!」
午夜前の一息。そのおともをつまみ食いされた彼方が、主犯、逢里を口撃する。
「……うるっさいわね。アイスの1個や2個ぐらいで馬鹿騒ぎしないでよ」
「期間限定の苺練乳なんだぞ!? 次いつ入荷するか分からねえんだぞ!?」
「知らないわよバカ」
「………」
アイスを食われる度に喚く彼方をすかさず綾音が切り捨て、しょぼんと肩を落とす彼方の隙を突き、逢里が再び音もなくピンク色の小粒を口に放り込む。
「ねー彼方、早くしてよ。タイムアウトになるよ?」
「はい……」
異進種騒動から数日、自体の収束と安全確保を行うために休講となった鳳凰学園には、久方振りの平穏が流れていた。
授業の無くなった学生たちだが、若さゆえか暇を持て余す、なんていうことには程々ならない。
「隣で勉強してる人がいるのよ?·····少しは静かにしよう、っていう心遣いはないのかしら」
「だって、彼方」
「原因はお前だろうが………!」
「だからうるさいって」
彼方の部屋に集合したいつメンは、各々自分たちの時間を過ごしていた。綾音、そして姫乃は広げたノートに黙々と向き合い、彼方と逢里は握り締めたタブレット端末でオンラインゲームのPvPを楽しんでいた。
「……でも今は、この方が落ち着きます。……なんだか、いつも通り……って感じがして」
「……そうね。姫乃ちゃんがそう言うなら……そうなのかもね」
少女2人が机を挟みはにかむ、その後ろで。またも少年たちの悪口雑言のやり取りが始まる。
「クックック……アイスの借りは次のターンでみっちり返してもらうぜ……!」
「次のターンが来るといいね~」
「なにぃッ!?」
不敵な笑みを浮かべた逢里が、静かに画面を操作する。すると――――
「ぬぱっ!?」
逢里の持ちキャラが神々しい光と共に武器を掲げ、彼方のキャラクターへエネルギーの塊を放つ。渋柿を食べたかのような顔で謎の悲鳴をあげる彼方の手元では、端末の画面に”You Loose”のメッセージが浮かび上がった。
「はい、ターンエンド。彼方のライフも、ジ・エンド。……だから言ったでしょ? 環境には抗えないんだよ」
「ぐぬぬぬぬ……!」
これで今日の対戦成績は逢里が5勝、彼方0勝。言わずもがな、彼方の圧倒的敗北である。
「……お前のアタッカーチートだろ。垢BAN推奨」
「ちゃんと防御を固めれば防げる攻撃力のはずなんだどなぁ……てゆうか、脳筋パは殺られる前にやらないと」
「お前もっと頑張れよ……その筋肉は飾りか……?」
リザルド画面で力なく膝をつくマッチョキャラと同じ体勢で項垂れる彼方と、それを見てスキルのバランスのいろはを語る逢里。
……と、そんな情熱が女性陣に伝わるはずもなく。2人の会話を聞いた綾音は溜息をつきながら言う。
「せっかく逢里が教えてくれてるんだから、聞き耳を持ったらいいのに」
「いや……俺はこのパーティーで、チートゲーマーを駆逐してやるんだ……! それまでは……!」
「だから合法だってなんだってば……」
「くそ……!考えるんだ……! 力には力をぶつければ勝てるはずなんだ……! 何か……何か手は……!」
ノイローゼに片足を突っ込みかけている彼方がごろんとベットに倒れこみ、それに苦笑いを浮かべる逢里と姫乃、その熱意を別のものに向けてほしい……とあきれ顔の綾音。
すると、いつもの光景が広がる部屋に――――
「·····?」
「チャイム·····誰だろう、こんな時間に」
ピンポーン…と、呼び鈴の音が鳴り響いた。
「うるさくし過ぎて苦情が出たのかもね。代表して家主、謝ってきて」
「なんでだよ!?」
来客がしては時間が遅いと思いつつも、彼方起き上がるとは玄関へと向かった。
「また変な仕事を持ってこなければいいけどな……教官……」
「今なにか頼まれても、絶対断るわよ、私」
「なんで片言なの?なんか怖い」
「……てか、芽衣と芽愛が予備に来たんじゃないのか? 早く寝ろよ~的な」
「う~ん……2人には、お兄ちゃんの部屋で皆さんと勉強している旨を伝えてあります。もし迎えに来るとしても、その前に連絡をしてくると思います」
「彼方の部屋に居る……から、不安なんじゃない?」
「どういう意味だよ……」
「いいから早く開けてあげなさいよ」
「はいはい……」
新たな任務に始まり、狭間、そして時の守人・ウルドとの接触。全国的な異進種の発生と、大型異進種との戦闘。激動の数日から一転、この場所には以前のような平穏が戻ったように見えた。
しかし……
「やっほ~っひめのん! 先輩たちもこんばんわーっ!」
扉の向こうから現れたのは彼方、逢里、綾音にとって、今年に入って何かと遭遇率が高くなった姫乃の親友、恋羽結。
「ゆっ結…!?なんでこんな時間に!?」
開かれた扉の向こう――新たな喧騒の種が、芽吹こうとしていた。
to be continued……
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