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時刻神さまの仰せのままに  作者: Mono―
第ニ章:世界と、セカイと、せかいと
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53話:暗躍する思い

 

  空気に、匂いがある。


  湿気にまみれた森の匂いではなく、人工的で、作られた匂い。



「ん··········」



  ぼんやりと広がる視界の隅に、彼方はひとつの影を見つける。



「姫·····乃·····?」



  その人影に触れようと手を伸ばし―――――



「あ·····ちょっ··········!?」



  その温もりに触れた瞬間、彼方の想像していたものとは違う声音で喉を震わせた少女は、ぎゅっと握られた手を強ばらせる。



「·····綾音?··········なんで?」

 

「わ·····悪かったわね·····姫乃さんじゃなくて!」



  イマイチ状況の掴めない彼方に、不意に握られた手を引き、すこし頬を膨らませながら綾音が言う。



「ここは··········?」



  そこは、病室だった。

  と言っても、生命維持装置があるような重傷者向けの一室ではなく。



「·····居住区内の病院。·····まったく、倒れたって言うから心配して来てみたら·····ぐーすか寝てるんだもの」


「い·····いつから·····そこに·····?」


「·····いちゃ、悪いかしら?」


「いや·····そういう訳じゃないけど·····」



  ベットに寝かされていたらしい自分を足元を見つめ、彼方は数秒間の沈黙を作る。

  そして、ふと顔を上げたかと思うと綾音に向き直り、こう言った。



「·····そうだ、姫乃は·····? 姫乃たちはどうなったんだ·····?」


「自分よりも先に、妹さんの心配なのね。ほんと··········」



  はぁ·····とため息をつき、綾音は彼方から視線を逸らす。



「向こうで何があったのか、私は詳しいこと聞かされてないから分からないけど。·····でも、姫乃さんは無事だったわ。·····これ以上何か聞きたいことはある?」


「·····いや」


「それに、もうすぐ帰ってくると思うわよ。姫乃さん」


「·····帰ってくる?」



  綾音がそう言い、もう一度ため息を零すと同時に。



「ただいま〜っ!」


「ちょっ·····結·····! 病院なんだから静かに·····!」



  病室の扉が開き、白銀と杏色をした髪を揺らしながら2人の少女が部屋へと入ってくる。



「あ」


「·····あ」



  何とも言いようの無い、緊張感が全く仕事をしない独特の空気の中。兄妹は、久方ぶりの再会をしたのだった。






 **********






「姫·····乃·····ッッ!」



  掛けられていた薄手の布を払い除けると、彼方はベットから身を起こし、妹の元へ歩み寄ろうと立ち上がる。


  だが、きつく巻かれた胸元の包帯が傷口を締め上げ、少年は表情歪める。



「·····気持ちは分かるけど、まだ安静にしてなきゃダメよ。貧血で倒れるぐらいの怪我だったんだから」


「ッ·····大丈夫だよ·····これくらい·····」


「そうやって無理して、傷付くのはあなただけじゃ無いのよ?」



  咄嗟に肩を支えた綾音に諭され、彼方は静かにベットに腰を下ろす。



「·····でも、本当に無事でよかった。·····ありがとな、綾音」


「え·····?」


「·····俺の力だけじゃ·····守れなかった。·····ありがとう、無事に·····連れ来てくれて」


「·····べ·····べつに··········」



  それに、少しだけ頬を染め。続けて、綾音は感情を上書きするように言う。



「て·····てゆうか! なんで知ってるのよ? ·····私たちが姫乃さんの所に行ったこと」


「·····あれ? なんでだろ··········」



  それを聞き、気を利かせての事かは定かではないが―――こほんとわざとらしい咳払いをした綾音は、あとの事は姫乃さんに任せるわ! と不自然な言動で立ち上がると、去り際にこんな言葉を残し、足早に部屋を後にしてしまった。



「ちゃんと安静にしてないとダメなんだからね!? これ以上誰かに心配をかけさせないようにっ!」



  バタム!といい音をたて、扉が閉まる。



「病院は静かにしろよ·····」



  言葉が帰ってくることのないツッコミを虚空にかまし。

  ·····ふと、彼方と少女の目が合う。



「お兄ちゃん·····」


「··········」



  数秒間、瞳が瞳を写し続けていた。

  そして―――



「はあ〜〜〜〜」


「えっ·····?」



  突然気の抜けた声を出したかと思うと、彼方は上体を倒し、ベットにばふっと寝転ぶ。



「お·····お兄ちゃん·····?」


「いや〜·····無事で良かった。·····あいつらには、感謝してもしきれないな·····」


「あ·····あの·····」



  まるで他人事のように上の空で語る彼方に、姫乃が歩み寄る。



「·····お兄ちゃん、怪我の具合は大丈夫ですか?」


「ああ。大丈·····ブッ!?」


「駄目じゃないですか·····」



  再び起き上がろうと力を込めた瞬間、声が30歳ほど年をとった彼方に、姫乃が苦笑混じりに言う。



「·····そういう2人は? 大丈夫なのか? ·····その·····怪我とか、無い?」


「·····うん。大丈夫だよ」


「私たちは、絆創膏で済んでしまうような怪我しか·····していませんでした」


「そうか·····」



  そう言う姫乃の言葉には、少しばかり元気がない。

  ·····精神的なものもあるだろうが、その中で一番重くのしかかるもの。それは―――



「·····芽愛は、どうなんだ?」


「っ·····!」



  その彼方の問いに、姫乃だけでなく、普段笑顔を絶やさない結までもが目線を下げる。



「·····命に、別状はないそうです。けど·····壊れた武器の欠片で怪我をしてしまったそうで·····今、治療を·····」


「そうか··········芽衣の方は?」


「芽衣も、骨折している場所が複数あって·····」


「··········」



  それらを語る姫乃の表情が、まるで花が枯れるように萎れ、暗くなっていく。

  それを見ていられなくなった彼方は、ふと、話題をすり替える。



「·····取り敢えずさ、その袋置いたら? 重いでしょ·····ってか、何買ってきたんだ?」


「あ·····お兄ちゃんがいつ目を覚ましても良いように·····と。綾音さんが」


「·····綾音が?」



  姫乃と結が差し出したビニール袋には、ペットボトル飲料と、”アレ”が入っていた。



「ヌオッ!? アイス!?」


「あはは、綾音先輩が言ってた通りの反応!」


「え」


「お兄ちゃん、完全に行動理論が解析されてますね」


「··········」



  年下たちに笑われながらも、彼方は無難に選んだ緑茶と、ソーダ味の氷菓・ゴリゴリ君を手に取る。

  彼方の両隣に腰掛けた姫乃と結も、各々選んできた飲み物を開封し、喉を潤す。

  そして―――――



「·····お兄ちゃんは、強いですね」



  ほんの僅かな沈黙の後、水色の固形物に噛み付いた彼方の隣で、姫乃がポツリと呟いた。



「強いって·····俺が·····? この程度の怪我で済んだのは、芽衣が居てくれたからだよ。いなかったら、今頃どうなってたか―――」



  その彼方の言葉に重ねるように、姫乃が口を開く。小さく震えたその声は、恐怖でも、悲しみでもなく。



「·····もう·····駄目なんじゃないかって。ここで全員死んでしまうんじゃないかって。·····帰ってくるまで、ずっと思っていました」


「··········」


「異進種が現れて·····皆が戦って·····芽愛が怪我をして·····それでも私たちを守ろうと戦って·····傷付いて··········」


「··········」



  蓋が開いたままの容器をぎゅっと握り潰し、俯いたままの姫乃は言葉を紡ぐ。


  溢れ出す感情のままに。意のままに。



「それなのに·····私は·····何も出来なくて··········!」



  姫乃が自信に向ける、自責の念、悔恨の感情。


 

「私が誰かのために出来ること··········考えても·····考えても·····見つからなくて·····。それなのに·····私の為に何かをしてくれる人の力になれない私は·····生きている意味があるのかって··········なんの為に·····生きているのかって···············」


「··········」


「·····貰うだけの人にはなりたくない·····なっちゃいけないのに··········! 私は·····なんの力もなくて·····!」



  姫乃の目からこぼれ落ちるものは、他でもない。


  涙だ。



「お兄ちゃんは·····強いです。戦うことはもちろん―――体だけでなく、心も」


「··········」


「私は、どうしたらいいんでしょうか·····? 戦うことも、誰かを勇気づけてあげることも、助けることすら出来ない。·····生きる意味など·····あるのでしょうか·····?」



  その、思いを溢れ出させる姫乃の言葉を受け止め。

  静寂となった一室で、不意に彼方が口を開く。



「ひとつ、問題な」


「え·····?」



  唐突な言い出しに、2人の少女は真ん丸に見開いた瞳を彼方へと向け。続く言葉に耳を傾ける。



「もし、アイスクリームって食べ物が世界中で嫌われてるとして。好き好んで食べるやつが、俺しかいなかったら。アイスクリームは、必要無いと思うか?」


「··········」


「··········」


「·····ごめん、意味わかんないな。俺もわかんない」



  うーん·····と頭をひねると、彼方は再び口を開く。



「つまり、世界でたった1人だけ、自分のことを必要としてくれる人がいるとしたら、それは、生きている意味が無いって言いきれるか、って事」


「1人だけ·····」


「そう、1人だけ。·····どう思う?」



  すると今度は、姫乃と逆隣に座る結が口を開く。



「·····1週間に1回しか使わなくても、シャーペンは必要だよね? テストの時」


「うん、君はもう少し勉強した方がいいね。俺も人のこと言えないけど」


「··········」



  2人のやり取りを無言で見つめていた姫乃は、その視線が自信に向くと同時に視線を再び地面に落として言う。



「·····姫乃、これは俺の勝手な意見だけどさ。人間って、他の誰かからどう見られているかっていうのを重要視してる感じがするんだ。·····だからみんな、人の目線を気にして生きているし、よく見られようと努力することが当たり前で、しなきゃいけないことなのかもしれない。でも―――――」



  そう言うと彼方は姫乃の肩に手を回し、その体を抱き寄せる。



「·····っ!」



  少し驚いた様子を見せたが、姫乃はそのままされるがままに彼方の肩に身を預ける。そして。



「·····けどさ、そうすることが本当に自分の為になってるのかな·····って思うんだ。努力しても、偏見だったり、それが正しく伝わらなきゃ意味が無い。それに、姫乃みたいに悩んで悩んで悩んで、良いところを塗り潰しちゃっても意味が無いと思う」


「·····いいところ·····? ·····私に長所なんて―――――」


「·····ほら、そういうところだよ」


「えっ·····?」



  地面と睨めっこを継続しながら俯く姫乃に、彼方が言う。



「お前は俺なんかよりずっと強いんだ。深く、それでいて広い視野で色んなことを考えられる。とてもじゃないが俺には無理だ。人の目なんて意識したら、何だかよく分からなくなっちまうし―――」


「ひめのんがそばに居てくれると、すっごく温かい気持ちになるんだよ? それはひめのんが、周りの人たちにすごく気を使ってて、誰も傷付けない、傷付けたくないって思ってるからだと思う。·····そんなこと、私には出来ないなぁ〜」


「·····でも·····私は··········」



  なおも視線を地面に向け、消沈する姫乃に。



「ん·····」


「じゃあ、こうしよう」



  彼方は姫乃の肩に置いたままだった手をその頭にのせ、そのまま後ろから、わしゃわしゃと撫でる。



「生きる意味·····ってやつが見つかるまで、俺の為に生きてくれ。俺も結も、君がいてくれるだけで嬉しいし笑顔になるんだ。·····だろ?」


「うん! 友だちはみんな大切だけど、いちばん大切なのは、ひめのんだからね!」


「·····お兄ちゃん·····結·····」



  顔を上げた姫乃目元には、また雫が溜まっていた。

  それらが溢れ出す前に、結がその隣へと移動し、今度は結が、姫乃の肩に頭を委ねる。



「·····戦えるだけが強さじゃないさ。誰かの生きる意味になっていることも、強さだ。誰かを支える強さになってるんだ」


「··········うん」



  零れた雫を両手で拭い、溢れては拭い。


  溜まったものを、涙にとかし、その全てを吐き出し。



「·····えへへ·····強くなりたいって言ってるのに·····泣いてるなんて·····変ですよね·····」


「いいや、全然。·····泣いた分だけ強くなるって思い込めば、いくらで泣ける自信あるぞ、俺」


「ダメです。お兄ちゃんが泣いたら、私は泣きやめる気がしませんから」


「あはは·····なんだそりゃ·····」



  残ったゴリゴリ君を一気に平らげ、くぅ〜と眉間を押さえ、天を仰ぐ彼方。そして―――――



「明日幸せか·····なんて考えてたら、今日が幸せじゃなくなっちまうかも知れないだろ? だから、今日を楽しく生きることを考えるんだ。そうすれば―――」



  そう言って彼方は、手に持ったゴリゴリ君の棒を正面に掲げる。



「あ·····当たりだ」


「な? いい事あるんだよ、こうやって」



  ”あたり”と書かれた棒を下げると、彼方は片手間に緑茶を流し込む。

  その様子を見て、姫乃はその横顔に聞いた。



「私はあの時·····異進種を目にして、それが自分たちを狙っていたいるとわかった時、怖くて、何も出来ませんでした。·····目の前で、必死に戦ってくれている人がいるのにも関わらず、何も出来ず·····いや、しようと思いませんでした。ただ怖いと·····どうしようと·····自分で戦うという選択肢すら、私の中にはありませんでした。·····お兄ちゃんは·····あの獣達が怖くないのですか?」


「いや·····怖いさ。今回は、マジで死ぬかと思ったぐらいだし」


「なら·····どうして、戦おうと思えるのです? その恐怖に、どうやって打ち勝ったのですか?」



  膝の上に置かれた彼方()の腕を掴み、姫乃は問う。澄んだ空色の瞳を彼方へ向け。真っ直ぐに、その瞳を見つめ―――



「そうだな··········難しいけど、俺の場合は、守りたい人を守る為に戦うんだって思ってる」


「守りたい·····人のため·····?」


「そ。今回の場合、俺の守りたい人って言うのは、戦えない2人、姫乃と結の事だな」


「わーい!」


「私も·····ですか·····?」


「うん。それと、もうひとつ。·····ひとつって言うか、これは括りみたいな物なんだけど。それは、俺と一緒に戦ってくれる人たちのこと」


「仲間·····」



  彼方が呟き、姫乃も結を見つめ呟く。


  すると、何とも狙っていたかのようなタイミングで、その場に1人の人物が現れる。



「例えるなら、あいつとかな」


「逢里さん·····」


「·····え、なに? ·····てゆうか妹泣かしてる、いけないんだ〜」


「うっせえ」



  唐突な逢里の登場に、姫乃は残った涙を綺麗に拭いとる。



「お兄ちゃんに泣かされたわけじゃ·····ないです」


「·····ふーん。短時間ですっごく仲良くなったみたいだね」


「え·····?」


「おい·····」



  いたずらっぽく微笑んだ逢里は、持っていた細長いものを彼方に手渡す。



「はいこれ、君の刀。·····折れてるけど」


「あ〜··········またあいつに直してもらうしかないな·····」


「直せるの? 真っ二つじゃん」


「あいつなら大丈夫でしょ。·····多分··········」



  刃物としての機能を失った金属の塊をしばし眺め。彼方はそれを鞘に収める。



「·····あの·····仲良くなった·····とは、どういうことでしょう? ·····私とお兄ちゃんは、元々仲良しですが·····」


「·····言っていいの?彼方?」


「ああ··········いいんじゃないか? 姫乃も強くなりたいって言ってるし·····」


「·····?」



  逢里が言いたい事は、この場にいる姫乃以外の人間は全員気付いていることである。それは―――



「それじゃあ失礼して。·····何の話かって言うと、姫乃さん·····彼方のこと、”お兄ちゃん”って呼んでるから―――――」


「·····?」


「·····前まで、”御兄様”·····って呼んでなかったかな·····って」


「·····―――っっ!?!?」



  その言葉を聞いて、姫乃の顔が真っ赤に茹で上がるのに。数秒と要らなかった。






 **********






「·····お前、器用だな」


「でしょ?」


「嫁に行けるぞ」


「誰の?」


「··········」


「君以外ならいいよ」


「こっちだって願い下げだわそんなの!?」



  昼下がりの病室、男ふたりで意味をなさない不毛な会話を繰り広げるのは、佐倉彼方、幸坂逢里の2人。



「はい、剥けたよ」


「もーらい!」



  彼方が口にしたのは、文字通り、逢里が剥いた熟れたリンゴ。

  器用にフルーツナイフを使いこなすその技は、逢里の戦闘術である小太刀二刀流、その修了過程で勝手に身についたものだという。

  ·····と、そんなこんなで時は過ぎ。時刻は正午を半刻ほど回ったところである。



「いや〜面白かったな。姫乃さんが本気で怒ったら、綾音なんて比じゃないぐらい怖いんじゃない?」


「その可能性は微レ存·····」



  数時間前、逢里に彼方に対する呼び方が異なること指摘され、それに気付いた姫乃はと言うと。



「怒っててもちゃんと敬語なのは凄いよね·····」


「それにより言葉以上のダメージを受けるのだよ。分かるかな、逢里くん」


「分からないし、分かりたくもない」



  ”なんで教えてくれなったんですか!? 気付いていたのなら早く教えてくれれば良かったのに!!お兄ちゃ·····御兄様の馬鹿っ!·····も·····もう、帰ります!”



「··········」


「しかも残留するタイプなんだ、そのダメージ」


「絶賛リンゴで回復中」


「実はそれ、毒入りだよ?」


「··········」



  9999ダメージ+毒+猛毒状態に陥った彼方を、逢里は容赦なく弄り倒す。



「なんだあの·····実家に帰らせて頂きます! 的な·····」


「帰られちゃった人の気持ちを知るいい機会だったね」


「知らねえし知りたくもねえ!」



  ストレスが過食に来るタイプの彼方は、そう言うと容赦なくリンゴを喰らい尽くす。



「なんで剥いた僕がふた切れしか食べられないのかな?」


知らないし(うもももも)知りたくもない(うもももももも)!」


「もういいからそれ·····」



  実に仲睦まじい2人にだったが、その平穏は唐突に現れた1人の少女によって喧騒へと逆戻りする事となる。



「2人ともっ!」


「ふももっ!?」


「君は喋るなって·····」



  開いた扉の先には、長い髪を揺らしてたつ、湖富綾音の姿があった。



「·····で、分かったの? あの2人がどこに連れていかれのか」


「ええ。分かったわ」



  その少女の表情は、余裕も、もちろん笑みなどなく。



「なんか·····乱暴な手段を使って聞き出してきた感が凄いのは·····気のせい·····?」


「ええ。もちろん使ったわよ?」


「使ったのかよ·····」



  そもそも”あの男”の胡散臭さに甚だ参っていることもあり、綾音は彼の手の内にある人間に容赦しない。


  今日もどこかで鬼の風紀委員のお取調べを受けさせられた可哀想な職員にここの中で手を合わせ―――



「2人は多分、縁先生のラボに居るわ。そこで治療を受けているみたい」


「縁先生って·····ああ、医務室の?」


「なるほど、治療にまつわる情報を秘匿しやすいから、本拠地(ラボ)ってわけか」


「·····とにかく、姫乃さんはこの事実を知らないまま、この病院で治療を受けていると思ってるわ。·····せめて、事実確認だけは取っておきたいの」



  綾音の真っ直ぐな視線に答えるように。



「ああ。·····なんか久しぶりに3人揃った気がするし、いっちょやりますか!」


「生憎、次のミッションは進級後までないわけだし?·····ね!」


「·····決まり、ね!」



  綾音の声を号令に、各々が身支度を始める。



「彼方おそーい」


「お前、少しは怪我人を気遣え!」



  初めに、基本荷物が一番少ない逢里が身支度を終え。続いて綾音、最後に怪我人が続き。

  部屋を後にしようと扉に手をかけ、逢里がそれを引くと同時に。



「あんさんたち、もしかして―――”足”をお探しとちゃいますか?」



  どこかで聞き覚えのある方言と、どこかで見覚えのある人影。



「「「え!?」」」



  唐突に湧いて出たその人に。3人の声が、完全に重なった。



「あ·····あの時の·····女将さん!?」


「あら、覚えとってくれて嬉しいわ〜」



  少年、少女たちの前に現れたのは、どう考えてもその職業でそのスペックは要らないだろ·····とツッコミを多方面から受けそうな女性―――――


  あの、宿屋”緑禅りょくぜん”が誇る、明らかなオーバースペック女将だったのだ。



「あれ·····?名前が思い出せない·····?」


「そらそうや〜。だって、名乗ってへんもん」


「·····なるほど、理解した」



  ぽん、と手を打つ彼方の後ろから、様々な感情の折混ざった複雑な視線を受けても尚、その柔らかな笑みを絶やすことなく。



「ほな。うちの名前は、翠川みどりかわゆき言います。よろしゅうなぁ〜」



  斜め45度。見事な迄のお辞儀と共に、その名を口にするのであった。








  to be continued·····


お読み頂きありがとうございます!



次回の更新もお楽しみに!

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