52話:力と共に
『―――――――ッッッッッ!!!!!』
金属音のような不快な響きを孕んだ咆哮が、鬱蒼と茂った木々の狭間にこだまする。
分厚い毛皮と硬質な肉体に阻まれ殆どの攻撃に耐性を持つ大熊だが、そんな大型異進種の唯一の弱点と言える箇所―――――それが、先までの戦闘の活路でもあった”剥き出しの粘膜器官付近”である。
跳躍と共に突き出した苦無を刃は、8割ほどが大熊の内部にまで達していた。
その苦悶に満ちた叫びを最も近くで聞くことになった彼方は、刀身が大熊に突き立ったことを視認する前に、手のひらで確かな手応えを感じていた。
「どう·····だッ·····!」
鼻先に埋もれた”異物”を取り出そうと、もがき苦しむ大熊を一瞥し。手応えを感じた瞬間にその図体を足蹴にし、着地と同時にバックステップで離脱を図る。
つい数秒前まで彼方のいた地点を薙ぎ払い、大熊は気狂いを起こしたかのように辺り構わず木々を薙ぎ倒し始める。
「·····! 芽衣っ!?」
一方、彼方は自らを犠牲にし好機を作り出した少女―――――芽衣の元へと駆け寄る。
振り払われた遠心力で飛ばされただけではあるが、問題はそれ以前に負った傷だ。
少しの衝撃でズレが生じる肋の骨折により、膝をついた状態で、一切の身動きを制限されてしまったようだ。
「ごめん·····芽衣·····また、助けられて」
「·····覚悟の上です。ご心配なく」
少女の瞳が、彼方の瞳を写し。そしてまた、少年の瞳を、芽衣の瞳が写し。
『――――――ッッッッッ!!!』
その瞬間、またもあの咆哮が轟き。木々が倒れるメキメキという音が重なり合って聞こえた。
「·····ッ! 芽衣ッ!」
「あ·····」
刹那。根元からへし折れた太身の木が、2人の元へ倒れ込んでくる。
·····いや、それだけならば、まだ良かったのだ。
倒れてきた木の、その奥から。
「·····ッ!? がはっ!?」
憎悪に満ちた紅の瞳で、彼方を親の仇の如く視線で刺し。
そして、刃に穿かれた鼻先を、潰れた果実のように崩壊させ。
緑色の体液を迸らせながら叫ぶそれは―――――
「·····彼方様ッ!」
「ぐ·····はっ·····?」
木を目くらましに仕掛けられた大熊の攻撃は、僅かなら気の緩んだ人間の隙を逃さず。少女を咄嗟に庇い立ち塞がった少年の首を押さえ付け、大地に括りつける。
「か·····あ·····ぁ·····ぁ··········!」
メキメキと、自分の首元から音が聞こえる。
締め上げられ、窒息するのが先か。それとも、首の骨が砕け、意識が刈り取られるのが先か。
·····どちらにせよ、この場を生きて切り抜けることは不可能だ。
(くそっ·····ここまで··········来て··········!)
意識が、薄れていく。
(···············)
·····芽衣は、動かない。·····いや、動けないのだ。
武器の類は既に無く、それを扱う本人も身動きが取れない。とてもじゃないが、戦闘など出来るはずもない。
「··········」
なら、どうする。
「··········」
·····やるしかない。自分でッ!
「ぉ·····ォォオオオオッ―――――!!!」
自身を押さえ付ける大熊の腕に、指をめり込ませ。
あらん限りの力を腕に込め、それを押し返す。
限界を超えた力みに視界が明暗し、塞がりかけた傷から再び鮮血が飛ぶ。·····だが、それを意識してもなお、彼方はその力を緩めない。
足掻いて、足掻いて、足掻いて、足掻いて、足掻いて―――――
「全部·····無駄にして··········たまるかァァァァァッ!」
芽衣の決死の自己犠牲と、心の代わりに折れてくれた、自慢の愛刀。
それらの存在を、無駄には出来ない。
出来ることは、全てやる。後悔も、悔恨を抱くのも、その後でいい。
「ぐ·····ぁぁぁぁああッッッ!!!」
決意の元漲る力は、押さえ付ける大熊の腕を数ミリに渡って押し戻し。空いた隙間から流れ込んだ酸素は、その力をより一層強め―――――
『――――――ッ!?』
勝利を確信した大熊の表情が、僅かに揺らぐ。
精神が肉体を凌駕し、限界のその先へと足を踏み入れていた1人の人間。
その思いが、力が。強大な力を持つ獣に、一瞬、焦燥を植え付けたのだ。
「―――ッ!」
そして―――――
まるで、運命の神が微笑んだかのように。
唐突に、その瞬間は訪れた。
「えっ·····?」
彼方を睨みつける、大熊の瞳の赤い光。その光が、一瞬にして消えたのだ。
言の葉にするのならば、”命の灯”。
その光が失われた、まさに、その瞬間だった。
**********
気配を、感じた。
それは勿論、あの獣でも、少し前に感じた謎の存在が放っていた殺気でもなく。
「新たな·····人間の気配·····?」
姫乃や結、そして芽愛の物でもない、不可思議な気配。
新たな脅威の可能性は捨てきれない。そう思った芽衣は、無意識に視線を気配のする方へと向け―――――
「·····ッ!」
その瞬間、木々の隙間に生まれた微かな煌めきが、芽衣の瞳に写し出される。
網膜から伝播したその情報は、芽衣に確かな警鐘を鳴らし、すぐさま行動を取らせる。
「くっ·····!」
飛び退いた、とは言い難い。
負傷した箇所から伝わった負の連鎖は、ついに芽衣の両足をも侵食し。咄嗟に離脱を図ろうと動いた彼女の体は、体重移動、一歩を踏み出し、支える、その全ての動作がバラバラに行われ、何かに躓いたかのように大地に倒れ込むに留まる。
·····しかし、それが幸いし。
少女の頭上を、何かに引かれるように真っ直ぐ飛んで行った白い塊は、その先で待つ”目標”へと飛翔していき。
『――――――ッ!?』
そこで、互いに極限の命のやり取りをしていた2つの命の片方―――――少年を下に、一方的なまでの攻勢を強いていた大熊の脳天を。鈍い音を立て、的確に打ち抜いた。
**********
「·····え·····?」
不意に弱まった力に空回りし、彼方が拍子抜けした声で呟く。
「··········これって·····」
つい間際までギラギラとした生命力を滾らせていた大熊は、完全に動きを止めてしまった。
·····そうせしめた”物”の全体像を、静かに把握しきった彼方は。
「大·····剣··········だよな·····? こんなん·····どこから飛んできたんだ·····?」
「彼方様っ! こちらへ·····!」
この大剣が実は勇者の剣的なもので、そのピンチに自動で駆け付け、悪者を懲らしめてくれる―――そんな妄想が一瞬頭をよぎり、瞬間、そんなことあるわけないだろ·····と自問自答し。
·····ならせめて、この場にいる唯一の味方―――芽衣が出してくれた助け舟ではないのか。そう思った矢先、その少女の声で、背後から呼びかけられる。
「離脱を! 今しかありません!」
「·····分かった!」
そして、駆け出した彼方は、先に立つ芽衣の表情を見て瞬時に、”あの大剣は彼女が放ったものでは無い”と悟る。
駆けながら、彼方は言う。
「あの剣は··········」
「·····何か、心当たりがあるのですか?」
「··········いや、そんなはず·····ないと思うんだけど··········でも·····アイツなら··········」
「·····?」
独り言のように呟く彼方を見て、芽衣は首を傾げる。そして訝しげな表情のまま、少し離れた位置で立ち尽くす、異進種だった物を見て―――
「流石にあれでは··········絶命した·····でしょうか·····?」
「·····だといいんだけどな」
窮地を脱した彼方が、息を整えながら言葉を返す。首元には僅かながら痕が残っているが、胸元の傷ほど大事には至っていない。
2人の目線の先、立ったままの獣は―――――
「·····完全に、頭部が二つに割れています。これで生きているのなら、最早アレは、生物ではありません」
遥か彼方から飛翔した、”大剣”。
その刀身は、自重と慣性に従って大熊の頭蓋を完全に陥没させ、その半身を頭部内に消している。
『彼方ッ!』
「うおあっ!?」
その不気味な姿で立ち尽くす大熊に見入る2人の元に、唐突にあの声が届けられる。·····それも、特大のボリュームで。
『おおっ·····! 無事じゃったか! 芽衣も·····! 無事で何よりじゃ·····』
「お前なぁ·····マジで心臓止まるかと思ったぞ·····」
迷子を見つけた母親のような息遣いでまくし立てるウルドの声に、彼方は胸を抑えて息を整える。·····が、傷口に触れ痛みがぶり返し、眉間に皺を寄せうずくまる。
『お主が獣の一撃を受けた時、また鏡面が歪みおってな。·····また肝心な時に居てやれず··········すまぬ』
「いや·····謝るのはあとだ。·····姫乃たちは!?」
鋭い視線を虚空に向け、彼方は言い放つ。
『·····落ち着くのじゃ。このセカイを見れなくなったとは言え、それは表面のことに過ぎぬ。その間、確りと情報は掴んでおる』
彼方が口を挟む間もなく、ウルドは言葉続ける。
『単刀直入に―――――今現在、このセカイに居る人間で命を落とした者はおらぬ。佐倉姫乃も、恋羽結も、神道芽愛も健在じゃ。だが··········』
「だ·····だが·····なんだよ·····?」
『·····神道·····芽愛から感じる生命力が、一時的ではあるものの、かなり弱化した。今は持ち直しているようじゃが―――――』
それを聞き、芽衣の表情が曇る。
そして、言葉を続けようとするウルドに先んじて、彼女は口を開く。
「·····御嬢様が無事であれば、芽愛の事は後回しで結構です。·····あの子も、それを望むはずです」
「でも……」
「今優先すべきは御嬢様、そして巻き込まれてしまった民間人である恋羽さまの命です。自分の命くらい、自分で守れなくては、話になりませんから」
「……」
他者の介入する余地などない、姉弟の関係。
·····だが、そう言いつつも僅かに悔恨を滲ませる芽衣の声音に、彼方はそれ以上、その領域に足を踏み入れることはなかった。
「·····俺たちも、ゲートに向かおう。·····ウルド、さっきの言い方だと、芽愛に·····何かあったんだな?」
『ああ。我らを足止めしようとする獣は、こやつだけではなかったと言うことじゃ。·····それも、数が多い』
「決まりだ。直ぐに3人の所へ―――――」
芽衣に目線を送った彼方が、少女の怪我を考慮し、出せる限りの速度で歩み出そうとした、その時。
『·····行ったところで、既にゲートは閉じておる』
その言葉に、少年の足が止まる。
「··········今·····なんて言った?」
立ち止まり、俯き加減に大地を見つめながら。彼方が言う。
『本来であれば、まだ猶予はあったはずなのじゃ。·····じゃが―――――』
何かを言おうと、ウルドが僅かな沈黙を作り出す。
「では、ウルド様が再びゲートを開くまでの時間を、この場所で過ごす他無い·····と?」
『残念だが、その通りじゃ』
「その通りって·····! お前·····!」
深い皺を眉間に刻み、顔を上げた彼方がウルドに声を荒らげる。
·····その声が、引き金となってしまったのか。
『··········ッ·····ッッッ·····ッッッッッ!!!』
「この·····声·····まさか·····!? あの熊·····まだ生きて··········!」
芽衣が身構え、視線を向けた先。
眉間から口元にかけてめり込んだ大剣を携え、大熊が、再び動き出したのだ。
「お前·····生きてて·····辛くないのかよ·····? そんなにされてまで·····なんで·····俺たちのこと··········」
殺そうと、するのか。
続く言葉を口にはせず、彼方は奥歯を噛み締める。
「··········」
そして、少年の隣で同じく険しい視線を送り続ける芽衣の前で。大剣が頭蓋を砕き、理に抗いきれなかった大熊の頭部が。正に、首から上が。
「っ··········!」
先の戦闘で受けたであろう首筋の傷から裂け、やがてその重量に耐えきれず、粘着質な擬音と共に地に落ちる。
「わたくしたちは·····一体、”何”と戦っているのでしょうね·····」
「·····ひとつだけ、確信的なことを言うとしたら―――――」
首無し、となったその姿を見て。
憐れみと、哀しみと。そして、行きどころのない怒りを抑えながら。少年は、呟く。
「―――敵だ。あれは·····敵なんだ」
ゆらり、ゆらりと動き出した大熊の接近に伴い、彼方は言わずと芽衣の前に踏み出すと、拳を固く握りしめ、来るべき時に備える。
『·····ッ!·····ッ!··········ッッ!!』
最早、吠えることの叶わなくなった大熊は、全ての行動の中枢である頭部を全て失っても、まだ動く。
「·····もう、武器は無いんだよな?」
「はい」
じりじりと詰まる距離に、人間たちは僅かに後ずさる。
焦りを募らせる2人へ、大熊が何度目かの一歩を踏み出した―――――その瞬間の事だった。
「·····うわっ!?」
「ッ·····! これは·····?」
声を出すことの出来ない大熊に代わり、2人は分かりやすく驚きの声をあげる。
地震にも似た揺れを伴い、突如として、2人と大熊とを繋ぐ大地が陥没したのだ。
それに加えて―――
「·····ッ!? 木が·····!」
大地が蠢くと同時に、周囲に生えた木々が一斉に枝を伸ばし、更には先程までの戦いでなぎ倒された木々の残骸までもが自在に形を変え、大熊に絡みつくように密集し始める。
『ッ! これはっ·····!』
目の前に起こった現象に、人間たちは目を奪われ。そして、ウルドでさえ何事か声をあげる。
『·····ッ!ッ!ッ!』
自らを縛り、更には落とし入れた”自然の檻”の中で、大熊は暫し暴れ周り、土塊や木片、更には自らの肉片までをも辺りにまき散らしながら、狂喜乱舞する。
·····だが、その抗いも長くは続かず。
「·····止まっ·····た·····?」
目を見開き、超常的な現象に見入っていた彼方が、一歩、現場へと歩み寄った、その時。
「·····とんだ、アホ面だな」
その背後から。彼方にとって聞き馴染みのある声が、届くのであった。
**********
「·····二葉·····?」
「·····なんだ? 死人を見るような目をして」
居るはずのない人間が、そこにいる。
起きるはずのない現象が、目の前で起きる。
「··········ははっ··········もう··········なにも·····分かんね·····え··········」
剣の教えを乞うその人の顔を見た時。湧き上がったなんとも言えぬ安堵感に、緊張の糸がプツンと切れたような気がした。
自分の意思に反して重力に引かれる身体。急激に押し寄せる疲労の波に攫われた彼方を、優しく受け止めるのは―――――
「……お疲れ様。……少し随分血を流した見たい。……あとは寝不足気味かな? ……少し、休んだ方がいいよ」
「·····月·····夜·····先輩··········?」
彼方が見上げる先には、少し前に見た、少し変わった存在感をもつ先輩の顔。
「あまり甘やかすな。折角の機会だ、死ぬ寸前まで立たせておけ」
「だーめ。これから大事な時期なんだから、ちょっとぐらい大目に見てあげなきゃ。頑張ったでしょ? かな君」
「··········」
「それに、貴女も。ね?」
彼方に肩を貸しながら、月夜が柔らかい笑みを浮かべて、芽衣へ語りかける。
「わたくは·····別に·····」
「隠してても、見たらわかるよ? 痛いんでしょ? いろんな所」
「··········」
全てを見透かしたかな様な発言に、芽衣は言葉を失い、不意に視線を明後日の方向へ流す。
「·····で、あいつは何をしているんだ?ゴミらしく、ゴミ拾いでもしているのか?」
「ふーちゃん、けんけんのこと嫌い過ぎない?」
「·····やり方が気に食わないだけだ。人格そのものを、否定するつもりは無い」
「それ、ツンデレ、ってやつ? ·····あいっ!?」
悪戯っぽく笑う月夜にデコピンを喰らわせ。固い表情のまま立ち尽くす二葉は、深緑色の謎の光を帯びた刀を、手馴れた手つきで鞘へと戻そうと動く。
それを、不鮮明な視界の隅で見ていた彼方は―――――
「·····ッ!二葉·····!·····頼む、姫乃たちが·····この森で異進種に襲われているかもしれないんだ。·····助けに·····行ってくれ·····!」
「……わたくしからも、お願い申し上げます。どうか·····!」
それと同じく、芽衣も縋るような視線で2人を見つめる。
それを受けた月夜は、どうする? と言わんばかりの目で二葉に問いかけ。その先―――当の、天城二葉はと言うと。
「··········」
二葉は冷徹な視線で返し。無言のまま、刀を完全に収納する。
「·····ッ! 頼むッ! 俺には、守らなくちゃならない約束があるんだ·····! だから·····姫乃をッ·····!」
「なら、それは俺の役目じゃない」
「え·····?」
そう言って踵を返した二葉に代わり、言葉を紡ぐのは時の女神―――ウルド。
『·····彼方よ』
「·····ウル·····ド·····?」
『·····良く·····聞くのじゃぞ。·····姫乃の元に降りかかった災いは、全てが祓われた。3人とも、命は助かった。芽愛も·····重傷ではあるが、助かった』
「·····どうして·····? ゲートは閉じて·····異進種が·····」
それに続き、離れた位置から声が届く。
「·····言っただろ。俺と月夜の役割は、馬鹿弟子とそこのまっきんきんを助けることだ。向こうの3人の露払いは、あいつらの役割だ」
「あいつ·····ら·····?」
『··········』
心無しか重たくなった声音で、ウルドが言う。
『幸坂逢里、湖富綾音』
「·····!」
それを聞き、彼方は何かを悟ったかのように瞳を閉じると、小さく呟く。
「··········そうか·····あいつらが·····来··········」
『··········』
「·····ひとつだけ、気になった事があります」
月夜に支えられていた彼方の身体から、すっと力が抜ける。
そして、それを見て歩き出した二葉の背を、芽衣が呼び止める。
「·····なんだ、まっきんきん」
「·····天城·····二葉。そして、童野月夜。·····あなた方は、ウルド様と面識がおありなのですか? ·····今の会話、耳に入っているように感じたのですが·····?」
「··········」
肩越しに振り返った二葉は、無言のまま、腰に帯びた刀を無造作に引き抜く。
「·····ッ!」
「·····そう警戒してくれるな。別に知られて困るような事じゃない。じきに周知される事になる情報だ」
知られたからには生きては帰さん。·····なんて台詞を一瞬想像し、身構えた芽衣に。そんな言葉をかけ。
「·····俺と月夜が持っている武器、これはある男から預かった特注品だ。·····名を、”魔装”と言う」
「·····魔装··········?」
「·····お前が言っていたウルド様とやらなら、分かるんじゃないか? ·····これに眠った力が何なのか」
『··········』
無言。静寂。
そんな名のつく、音のない世界が一瞬創り出され。
その空間に、誰かが小枝を踏み折った音が、再び息を吹き込む。
「お〜。あったあった」
「·····あ、けんけん」
3人の視線が、一斉にそこへ向く。
「あ? なんだ、主役はお眠か」
「随分と大変だったみたいだよ? 顔色も·····あまり良くない」
大熊の頭部と共に突き刺さっていた大剣を回収し、男は―――寿健慈は、不気味な色の液体で汚れた刀身を布切れで拭き取りながら、傾斜の出来た森林をこちらへとやって来る。
「はぁ·····ったく。·····で、お前は?」
「··········」
「いや、お前だよ。無視するなって」
手に持った白い塊を凝視し、一向に口を開こうとしない芽衣に、健慈は苦笑いを浮かべながら言う。
「そんなに物騒なものを片手に慈悲を語るとは。·····あまり御嬢様に近付けさせたくない人間ですね」
「うん、辛辣。元気だな」
「芽衣ちゃん強いな〜·····だって、何本折れてるの? 1·····2·····3·····4··········」
「数えなくて結構です」
「··········」
少年はこの光景を横目に、深い、ため息をつく。
(草木を司りし者の力··········か·····)
遠い目で、遥か彼方の空を見つめながら。
「·····いつまでその体たらくを続けるつもりだ?」
「なんだよ、いいだろ? 成功の喜びに浸ったって」
「·····帰ってからにしろ。まだ、事は完全に終息していないだろう」
「硬いやつだな·····お前も」
人間と、獣と、古の神々。
三つ巴の世界で、今日も争いが起き、そして静まる。
「·····約束···············」
「え? ふーちゃん、何か言った?」
「·····何も」
その日へ向け。少年は、新たなる力と共に、一歩を踏み出すのだった。
to be continued·····
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