51話:最後のひと振り
体温が、急激に下がっていく感覚。
”あの時”に一度だけ経験したことのある、血液が失われ、生命の本質そのものが無くなっていく感覚。
(·····今·····何が··········?)
彼方は、回らない頭で必死に考えていた。
”蒼穹”は、間違いなく大熊の攻撃を受け止め、跳ね返せる力を持っていたはず。
それがなぜ、刀で受け切ったはずの攻撃に、身体を引き裂かれたのか。
「·····ッ!?」
しかし、その瞬間。
彼方は自らの手に握り締められた刀の姿を見て、全てを悟る。
(刀が·····折れた·····? のか·····? ·····なんで·····?)
刀身の半ばから先が失われた刀は、大熊の背後へ陽の光をキラリと反射させながら落ちて行く。
「··········ごほッ!?」
そして、その情景が瞳に写ったわずか後。
鮮血で糸を引きながら数秒間に渡り宙を舞った彼方は、その先にあった木にぶつかり、久しく大地に体重を預けることになる。
「ッ!···············」
背を伝い全身に伝播する鈍痛と、圧倒的な存在感を放つ胸部の鋭い痛み。
衝撃からか焦点の定まらない視界を無理矢理に合わせ、その痛みの根源に目をやる。
「っ·····!」
自らの胸部に刻まれた傷痕からは、体を動かそうと力を力む度、”滲む”なんて表現では足りないほど·····言うなれば、水を限界まで含ませたスポンジを、思い切り握りつぶしたかのように、とめどなく血液が溢れ出してくる。
「や·····ばい·····!これは·····マジで··········やばい·····ッ!」
だが、その光景に一喜一憂する間もなく。傷口から溢れた血で真っ赤に染った、自分の手のひらの先、視界に大きな影がゆらりゆらりと現れる。
「·····くそ·····がッ!」
とどまることを知らない出血に強烈な目眩をもよおすが、このまま寝そべっていても埒が明かない。
満身創痍の体に鞭打ち、彼方は手近な木を頼りに立ち上がる。
『―――――ッッッ!!!』
「·····ッ!」
情け容赦のない獣は、自立歩行とは程遠い状況にある彼方へ無情な咆哮を浴びせる。
そして、反撃に及ぶような気力体力が相手にないと悟るや否やゆっくりと腕を持ち上げ、”蒼穹”を打ち砕いた打棒を、彼方の生身の体へ打ち付けるべく動作に入る。
(·····くそ·····体が動か――――)
嘘のように動かない四肢を懸命に鼓舞するが、それでも言うことを聞かない体に少年は毒づく。
その先で、音もなく。
大熊の筋肉が隆起し、軋むように動き出した全身から繰り出される無慈悲な一撃が、少年へと襲いくる―――――
「·····ッ!」
―――まさに、その時だった。
「まだ·····刃はありますッ·····!」
幹にもたれかかり、最期の時を待つだけだった彼方の前に。一筋の閃光―――――曰く、金色の輝きが飛び込んでくる。
「ぐッ·····う·····!」
その輝きは大熊の腕を脇に抱え込むようにして受け止めると、自らの身体を盾として、大熊の動きを止める。
「芽·····衣·····?」
「·····これをっ!」
大熊の腕と組み合ったまま、少女は身にまとった最後のひと振りを背後の少年―――彼方へと投げ渡す。
「今度こそ·····決めてください·····! 次は·····もう、ありません」
「ッ·····!」
少女の口元から滴るものは、紛れもなく血液だろう。
自分の痛みに気を取られていたが、彼方が切創に留まるのに対し、目の前で他人を庇った少女は、さらに重傷なのだ。
「ごめん·····芽衣」
「··········?」
少年は呟くと、静かに眼前の苦無を拾い上げ、傷口から流れ出る物のことなど気にせず、ひと思いに立ち上がる。
「·····生きて帰ろうって言ったの、俺だったな。··········その俺がこのザマじゃ·····姫乃に·····笑われるよな」
小さく息を吐き、手にこびりついた血を拭い取る。
「···············」
あの黒い影は、既に近辺の空には居ない。
今度こそ、邪魔をするものの居なくなった空間で。
「·····天絶―――――――」
少年は、彼方は。
「空アァァァッッッ――――――!!!!」
大気を震わせ猛び、叫ぶ。
『―――――ッッッ!?』
芽衣を振り払い、改めて少年へと向き直ろうかという大熊、その鼻先に。
「ああああァッッッ―――――!!!」
生々しい音を発して、苦無が突き立てられた。
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「·····そろそろ、話してやっても良いんじゃないか?」
「··········」
「信頼して貰いたいなら·····信じてあげなくちゃ。みんなのこと」
「··········」
少年と少女の言葉に、男は沈黙を貫いていた。
(·····信じてるさ。だから今は·····知らない方がいい)
ふと、男は立ち止まる。
「·····ここがポイントか?」
「いや。違う」
「·····じゃあ、なぜ止まる?」
「···············」
男は静かにポケットから端末を取り出すと、その画面に表示された時刻を確認する。
それを数秒見つめていた男は、やがて天城二葉、童野月夜の2人へと振り向くと、彼らの目を真っ直ぐに見つめ、こう言った。
「俺が先行する。10秒遅れてついてこい」
「·····”魔装”はどうする?」
「まだ使うな。対象を視認したら起動させろ」
「··········」
言葉無く頷いた少年たちに再び背を向け。
「ま、お前らが失敗する可能性はほぼ無いと思うが··········一応―――――」
「·····失敗などしない。早く行け」
「·····可愛くねえ野郎だな。ったく」
苦笑いを浮かべる少女をよそに、二葉と男は互いを貶し合う。そして―――――
「行くぞ」
男は、健慈は身の丈程ある真っ白な大剣を、背の鞘から抜き放ち。
颯爽と、大地を蹴った。
to be continued·····
お読み頂きありがとうございます!
少しばかり精神的な休息を頂きまして、ご迷惑をおかけ致しましたこと、お詫び申し上げます。
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