50話:真意
距離にして、およそ10メートル。
互いに睨み合い、臨戦態勢を整えた人間と獣。言葉は違えど、共に雄叫び。
命のやり取りをする生命たちの、極限の生存競争が始まった。
「·····行くぜッ!」
握り締めた刃の切っ先がキラリと瞬き。彼方は、目の前にあるもの全てを破壊、薙ぎ倒しながら猛然と突進してくる大熊へ見栄を切る。
「痛くねえのかよ!? トラックでも凹むぞ!?」
「先程までより、さらに動きが俊敏になっています。気を付けてください!」
街路樹のそれと大差ない大きさの木を、腕の一振で簡単にへし折り。大熊は、彼方と芽衣目掛けて猛進する。
だが、そんな勢い任せの突撃を正面から受ける気など毛頭ない2人は、左右に分かれて木々の間へと回避行動を取る。
『――――――ッッッ!!!』
「うおっ!? あっぶねえ!」
すぐ後ろで倒れた木に背を掠められ、彼方が悲鳴混じりの声を上げる。
そして、大熊の背後に再び回り込んだところで落ち合った2人に、ウルドの声が唐突に届く。
『彼方! 芽衣! 急ぎゲートへ向かえ! 接続が、切れかかっておる!』
「なにっ!? ·····姫乃たちは、ゲートを通ったのか!?」
焦燥に駆られたその声音に、彼方は巨影へ意識を向けながらも、ウルドに問う。
『·····いや。まだ3人はこの世界におる。·····そして、付近に新手の獣の気配がある。恐らくこやつに足止めされておるのじゃろう。·····お主らがここで足を止めている暇は無いぞ!』
「くそッ·····次から次にッ·····!」
歯噛みする彼方の横で、芽衣が冷静沈着な声音で続ける。
「もし仮にゲートが閉じてしまった場合、再び開くことは可能なのですか?」
『·····それも、答えは”否”じゃ。何者かが外部から扉をこじ開けたおった故、お陰で外開きの扉が内開きになってしまった。·····次に開くのには、早くて半日―――いや、それ以上かかってしまうやも知れぬ』
「さっき言ってた”邪魔者”ってのいうのが、その扉を開いた奴ってことか」
肯定するウルドの答えに、2人は言葉を失う。代わりに、言葉にならない咆哮をあげて迫り来る大熊の攻撃を再び回避し。その傍ら、彼方が言う。
「急げって言っても、こいつは絶対俺たちを追ってくるぞ!? そんな状態で向こうに行こうもんなら、最悪挟み撃ちでジリ貧だ!」
彼方の叫びに、今度はウルドが押し黙る。
(けど·····このまま大熊とやり合っててもジリ貧なのは間違いない。·····俺はともかく、芽衣は―――――)
目立つ傷が打撲と切創に留まる彼方に比べ、芽衣は肺からの出血を伴うほどの重傷を負っている。
態度に出さないよう気丈に振舞ってはいるが、いずれは限界が来る。このまま戦闘が長引き治療が遅れれば、命を落とす事にも繋がりかねない状況なのだ。
「ウルド! あっちの世界でブっ放してたビーム出せないのか!?」
「たわけ! この平行世界の理が安定しない今、そんな事をしては何が起こるか分からぬじゃろうが! それに、あれはわらわの世界で起こせる限定的な事象に過ぎぬのじゃ。·····わらわが他の世界で出来ることなど、転移門を開くこと以外にほぼ無いに等しいと思うことじゃな」
「神様も”万能”じゃないってことか」
『せめて”百能”ぐらいにしてくれると、こちらとしても気が楽なんじゃがな』
無償で整地作業をしてくれている”ボランティア作業員”とでも考えれば非常に友好的な存在であるのだが、生憎とこの大熊の目的は彼方と芽衣を殺すこと。そんな綺麗事の類に縛り付けることなどできない。
辺りの景色を”森林”から”林”にグレードダウンせしめた大熊の重攻撃を、残り少なくなった天然の盾で受け止め、その間に距離をとる。そんな戦い―――厳密には一方的に殴りかかられているだけではあるが、その最中、彼方の脳裏にふとあの手応えが蘇る。
(·····俺が·····やるしかない! もう一度·····こいつの攻撃を跳ね返すことが出来たら·····!)
幸いなことに、先刻まで空を舞っていた蝙蝠たちの姿は無くなっている。ならば、勝機はある。
「·····ッ!」
「彼方様!?」
再び回避行動に移ろうと身構えた芽衣を前に踏み出し、彼方は刀を握り直して身体を時計回りに捻じる。
天絶翔命流剣術・”蒼穹”―――――
あの大熊の一撃を受けきり、そして打ち返した―――
「·····いい加減·····ッ! くたばりやがれえぇぇぇッッッ!」
―――――渾身の剣戟。
辺りの大気を裂き、僅かに上昇しながら弧を描いて繰り出された剣。
散々蹂躙され、痛めつけられ。好き放題やりたい放題の限りを尽くした獣に鉄槌を。
自らの振った刃が、大熊の凶刃と火花を散らす画を想像し、彼方が全身にありったけの力を注ぎ込んだ―――――その時。
「ッ·····!」
その凶刃の先に有る獰猛な獣が、ほんの僅かに、微笑んだような気がした。
『――――――――ッッッ!!!』
コマ送りのように流れる時間の中で、確かに彼方にそう思わせた大熊は、躊躇うことなく、一度は返された剛腕の一撃を振り下ろし―――――
パキッ。
刃と凶刃。その2つが交わった瞬間。
「ッ·····!?」
儚い音を立て、人間の力が、野生の力に敗北した。
『まずい·····! 彼方ァッ!』
目の前に舞った硝子のような破片に写る、自分の驚愕に見開かれた瞳。
その瞳と目が合い、隠された視界の先が、あらわになった時。
「かっ··········!?」
誰かが叫ぶ、自分の名前。そして、押し出されるように発せられた自らの声が、彼方の聴野を。
そして。
その視界を、鮮やかな赤い景色が、覆っていた。
to be continued·····
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