46話:風と共に
大型異進種から逃れた先、そこで新たな脅威に道を阻まれた芽愛、戦闘の末に深手を負ってしまう。
絶体絶命の窮地に陥り、なお抗おうとする彼らに吹く風は――――――
曇天の空の下―――――木々に覆われた深い森の一角で、少年と少女―――2人の人間が立ち尽くし、言葉を交わしていた。
「·····で、どうする? 綾音」
「··········」
「教官が言うように、この場所は·····”狭間”なんだと思う。勝手が分からない僕らがどうこうする術はないし·····それでこっちが道に迷ったりなんかしたら、それこそ本末転倒だ」
「分かってるわよ! ここにいろって言うなら、いてやろうじゃない!? 全部勝手に進めて·····私たちを置いてったこと、後悔させてやるんだから!」
「·····ほんと、綾音は教官のこと嫌いだよね」
「当たり前よ! いつも何考えてるか分からないし! ·····なんかいつも、一枚上手を行かれてる感じがしてムカつくの!!」
「まあまあ·····抑えて·····」
結局、しっかりとした説明をしないまま、健慈は二葉と月夜が消えていった森の中へと入ってしまった。
そして、取り残された”相方”である逢里に、綾音はと言うと。
「あなたももっと強く言いなさいよ! 都合よく利用されて、黙っていられるわけ!?」
「ちょっ!? ·····確かに気に食わない所は多々あるけど、結局いつもそれで上手くいってるじゃない? ·····だから、一概に攻める訳にも行かないし··········」
「〰️〰️〰️ッ!!!」
地団駄を踏むように逢里に歩み寄ったり、額に手を当て唸ってみたり。文字通り、イライラを爆発させていた。
「あ、でもさ? 二葉先輩や童野先輩も、教官に協力してたんだよね? だったら、僕らには言えない理由があるんじゃないかな?」
「·····どんな?」
「えーと·····」大人の都合··········的な?
「はぁ··········」
吐き出すだけ吐き出した綾音が意気消沈し、近場の木の幹にもたれ掛かる。その熱が覚めたことを確認し、逢里も安堵の息をつくが―――――
「·····?」
幹に体重を預けていた綾音が、閉じていた瞼をふと開く。続けて木から背を離すと、先程まで持たれていた幹にそっと触れ、呟く。
「揺れてる。·····地震かしら」
「木が怖がってるんじゃない? 綾音を」
「··········」
「はい、すいません」
ジロっと視線を送られた逢里が、コンマの反応で謝り。
「·····揺れてるのは、地面じゃない。·····空気·····?」
「·····! これ·····羽音だ!」
その空気の振動は、やがて鮮明になり。音となって、2人の鼓膜を震わせる。
「·····鳥? ·····虫の羽音だったら、私、帰るから」
「えぇ··········」
揃って振り向いた先、姿を現した黒い影。それは―――――
「·····はい、鳥」
「え·····って! 数! 数ぅ!?」
ざわざわや、ぱたぱた、ブーンでも、バタバタでも無い。シャアアアアという独特の羽音。それは、群衆で滑空する鳥類が放つ羽音、または騒音。
「あれ、Cバットじゃない! あんな大軍見たことないわ!?」
「じゃあ当たるとまずいね。·····かいひ〜」
僅かに開けた林道を滑るように飛んでくる”蝙蝠”の一団を、2人は手馴れた様子で対処する。
進行方向と垂直になる直線上に、屈んで身を隠す。これは鳥類型異進種共通の対処法であるが、これは直角に曲がれない鳥類の特性を利用したものだ。例外として、自身の背後に回避のままならない者がいた場合はその回避法は使えない。
「···············」
やがて、耳が同じくなるほどの羽音が過ぎ去り。2人の間に、沈黙が流れる。
「·····生きてる?」
「当たり前よ。·····こんな所で死んじゃ、またあいつに笑われるわよ」
木陰から互いの姿を視認し合い、再び林道へと出る。
·····と。不意に逢里が、林道に転がる小石を見て、その表面に付着している何かに気付く。
「何見てるの?」
「·····これ、なんだと思う?」
逢里が拾い上げた小石には、赤茶けた物体がこびり付いていた。それでいて、血のついた刃物を勢いよく振り払い、付着した血液を払った時のような跡を残して、それは付いていた。
「·····まさか、あなた切られたの?」
「いやいや、僕は無傷だよ? 綾音は?」
「·····怪我してたら、わざわざ私から聞くと思う?」
「いちいち刺があるなぁ·····」
この場にいる人間のものでは無い血液。·····Cバットが出血していたのか? とも考えたが、そもそも異進種の血液は変色が早く、この赤茶けた色を出すのは人間、または原産種の血液のみということになる。
「この森で、誰かが襲われたのかもしれない。まさか·····! 彼方と姫乃さんが·····!」
「方角は·····あっちから来たから、この道を辿れば―――――」
冷静に分析を進める2人だったが、その思考を、突如として鳴り響いた金属が弾けるような破砕音が中断させる。
「·····なに? 今の音」
「·····行こう。·····手遅れに、なる前に」
「ええ!」
言葉を交わしあった2人は、双剣と薙刀―――――各々の得意とする兵装に施されたセーフティーを解き、その先へ、歩んでいくのであった。
**********
土塊と金属片、そしてその破片に抉られた木々の欠片たちが宙を舞い。パラパラと音を立て、粉塵に遮られた視界の先で大地に降り注いでいく。
「芽愛っ·····! 芽愛·····っ!?」
「ひめのん·····!」
閃光と共に巻き起こった圧によって吹き飛ばされた姫乃は、その爆発の中央にあった自身の従者―――――神道芽愛の元へ駆け寄る。
親友の抑止も、眼前の異進種をも意に関せず、たどり着いた先で、”彼”の手のひらに触れる。
「目を·····開けて·····! お願い·····!芽愛っ·····!」
「··········」
血みどろの制服の上から、微かに上下する胸に手を当てる。そして―――――
「芽愛·····良かった·····生きてるっ·····!」
·····確かに感じるその鼓動に、姫乃が胸を撫で下ろすと同時に。
「ひめのんっ·····! あいつ·····!」
「·····!?」
地面に膝をつき、横たわる芽愛に身を寄せる2人を見据え―――――心無い獣は、戦う力のない無力な人間へその凶刃を向けるべく接近し始める。だが··········
「あ··········」
自身に近づく異進種の瞳に、自分が映っている。その恐怖に、芽愛の傍らで座り込んだまま、姫乃は動くことが出来なくなってしまった。
「·····ひっ·····ひめのんには触らせないんだから! か·····かかってこい·····! この··········化け物!」
そんな姫乃の状態を見て飛び出した結は、2人を庇うように前に立ち、拳代の大きさの石を掴んでは異進種へ向けて投げつけ、少しでも進行を遅らせようと動き続ける。
·····そんな熱意が、少しだけ伝わったのか。
「··········おじょう·····さ·····ま·····?」
姫乃に手を握られたまま気を失っていた芽愛が、掠めた声で主人を呼ぶ。
「·····! 芽愛っ·····!」
「·····御嬢様·····怪我は·····ありませんか·····?」
「私の心配よりも自分の心配をして! ·····もう、戦わないでいいから·····芽愛が死んでしまったら··········私·····」
「それは·····聞けない·····命令ですね···············ッッッ!」
芽愛が制止する姫乃の手を掻い、潜り立ち上がろうとしたとき。満身創痍の身体が、ついに悲鳴をあげる。
「がは·····っ!? ぐ·····こはっ·····ごほっごほっ·····!?」
「芽愛っ·····!」
吸いこんだはずの空気が、肺には届くことは無く。·····変わりに、気管に入り込んでき真っ赤な鮮血を身体が拒絶し、吐瀉する。
更には咳き込んだ勢いで開きかけた傷口が広がり、脇腹からとめどなく血液が体外に流れ出してくる。
「·····! 最後の1球―――――当たれぇぇぇえッッッ!!」
背後で芽愛が目覚める気配を感じ、結は時を同じくして、最後の1礫となった石を思い切り振りかぶって、異進種へと投擲する。
先程まで、ことごとく的はずれな方向へとすっ飛んでいた石ころだったが、最後の一球は結の気合いと根性に応えるように一直線に飛んでいき―――――
『―――――――ッ!!!』
襲いかかろうと四肢を強ばらせていた異進化ルプスの出鼻を、これでもかと言わんばかりに挫いた。
「·····やった! 当たった·····!」
「はぁ·····はぁ·····油断しちゃ·····ダメ·····ですっ!·····くっ··········」
確かに石は命中し、一歩目を遅らせることには成功した。·····だが、その程度でルプスの戦意が喪失する訳もなく―――――
「く·····そっ··········ッ!」
姫乃の元から辛うじて立ち上がった芽愛が、飛びかかってきたルプスを、体当たりで相殺し―――――
「―――――ッ!」
もはや立って居るだけで限界に達した芽愛の喉笛に、異進化・異進種、クロウヅィルプスが噛みつかんと飛びかかる――――――――
「···············?」
時間が、一瞬止まったように感じた。
それは、最前線でルプスの攻撃に晒される芽愛も、その後ろで、互いに庇い合うように抱き合う姫乃と結も。
各々が、その刹那に同じ感覚を覚えた。
「··········!」
そして、コマの抜け落ちた漫画のように進む芽愛の視界に、質量の塊が割って入った。
『―――――ッッッ!!!!!』
その”質量”がもたらした衝撃は、ルプスの横腹を基点に、その身体をくの字に折り曲げる。
ぐごぼっ、っという生々しい音を立てて視界の隅に消えていった質量と”質量”は、元の流れに戻った時間の中で、双方が先の地面と混ざり合うようにして転がって行った。
「·····え·····?」
一瞬の”感覚”から覚め、目の前で起こった出来事に誰かが零した呟きに。
ゆらりと立ち上がった”質量”は、膝をついて肩で息をする芽愛と、その後ろに在る姫乃と結、3人を順に瞳に映すと、薄らと穏やかな笑みを浮かべながら、こう言った。
「もう、大丈夫だから。··········あとは、まかせて」
―――吹き抜けた風が、微笑む”少年”の甘栗色の髪をわずかに揺らした。
to be continued·····
お読みいただきありがとうございます。
次の更新もお楽しみに!
遅くなりまして申し訳ありません<(_ _)>
次回の”時刻神さまの仰せのままに”の更新は、7/1月曜日です。
これから週二回で投稿しようと思っていますので、これからも本作をよろしくお願い致します。
 




