45話:セカイの理
彼方と芽衣が大型異進種を足止めしている間、姫乃と結の命を預かった芽愛。
しかし、3人の行く手にはまたも新たな脅威が降りかかり―――――
時刻と空間、その2つが重なり合ったとき、1つの世界が生まれる。
だが·····
『·····決して交わってはならなかった世界とセカイが、ついに触れ合ってしまった。·····この意味が、分かるか?』
『···············』
『聞いているのか? ·····我々が動かなくては、奴が治める世界が崩壊への一途を辿ることになるのだぞ?』
『···············』
『おい! 聞いてるのか!?』
『·····う〜ん、聞いてるってば』
荒々しく響く声音に言葉を返すのは、一転して穏やかな口調で呟く声。
声を掛けられた1人は、何やら忙しなくカップ容器に入った”何か”をスプーンですくい上げては口に入れ、また容器から中身をすくい上げ口に運ぶ、といった動作を繰り返している。
『お前はこんな時に何をしている!? ん?·····何だ?それは·····』
『アイス·····クリーム?って言うらしいよ。ボクの世界には無かったから、さっき行って手に入れてきたんだ』
その言葉に、はぁ·····と分かりやすいため息をつき。1人は言う。
『·····何をしても構わんが、与えられた役割だけは果たせ。良いな?』
そう言うともう1人は、返事を待たずに踵を返し。
『私は、コンタクトが途絶えた奴を探してくる。·····何かあれば、知らせろ』
そう言い残し、彼女は空間に浮かぶ、銀色の鏡の中へと消えて行った。
**********
「こっちです! お2人とも!」
発砲と同時に火花を吹き自壊した連結砲をその場に棄ておき、芽衣と彼方を背を向け、芽愛は守るべき2人を先導し、ゲートへと向かう。
(目印の木は··········)
小走りに進みながら、芽愛は先刻に細工しておいた1本の木を探していた。
同じ姿形をした木々の連なる、理不尽な迷路。その理不尽を破る手立ては、他の木々と見分けがつくよう、何らかの”印”をつける他ない。
「あった!」
そして、同じ風景を行くこと数十秒。ついに、その木を見つける。しかし―――――
「·····!?」
その木が曲がり、横道にそれた途端。
芽愛は、先程までとは異なる、異質な空気―――――曰く、不可思議な視線を感じ、立ち止まる。
瞬時に前後左右、平行する全ての方角を緊急的に確認するが、こちらを見る生命体ものは見つからない。
(やっぱり·····この世界は何かおかしいんだ。·····僕らが住んじゃいけない場所なんだ·····!)
幾度も死線を潜り抜けてきた自分の身体が、こんなにも恐怖を感じている。
武者震いとも、恐怖の震えとも取れる感覚が背筋を走り抜け、それと同時に鳥肌の止まない二の腕を一瞬見やり、思う。
「·····あと少し·····あと少し·····!」
遂に、視認できる距離までゲートに近付く。
「·····え?」
ゲートを間近に捉え、ほんの僅か、緊張が緩んだせいか。
芽愛は、自身に近づく小さな影に気付かなかった。
「芽愛っ!?」
「·····?」
針で刺すような痛みが頬に走ったのと、その影が視野を横切ったのはほぼ同時だった。
その”現象”に硬直し、立ち止まった芽愛の左頬―――そこに刻まれた一文字の傷から血が滲むのを目にした姫乃が、血相を変えて彼に歩み寄る。
「血が·····!」
「·····これぐらい、大丈夫ですよ。それより―――――」
音を出さないように、と背後の2人に身振りで示した芽愛は、静寂に帰ったセカイで微かな羽音の響く先―――――上空へと目を向ける。
「あれはっ·····!?」
その瞳が映したのは、一瞬真っ黒な雲と見間違う程の集団で空を舞う、無数の蝙蝠であった。
**********
「コウ·····モリ·····?」
「その傷をつけたのは·····あのコウモリたちですか?」
芽愛に釣られ、上空の有様を目にした姫乃と結が各々口を開く。
自身の頬に蟠る血液を拳の裏で拭い去った芽愛は、そんな2人へ向け、静かに呟く。
「危険度IV·····蝙蝠型異進種、”Cバット”。下手な刃物よりも鋭い切れ味を持つ翼を持つ、危険指定種です」
「ッ·····また·····異進種·····」
狼狽える姫乃を怯えさせないよう、あくまで強気な姿勢を崩さず、芽愛は思考に勤しむ。
(·····コイツらを相手にするのは分が悪い··········弾が残り少ない上に、この数は―――――)
しかし、ゲートさえ潜ってしまえばこちらのもの。幸い攻撃と呼べるものは最初の一撃だけで、それ以降は上空を旋回しているだけで降りてこようとはしない。
「·····芽愛! アレ··········」
「アレ·····?」
一気にゲートまで駆け抜け、追ってくるようなら自分1人で迎撃。
·····そんな浅はかな考えは、まるで仕組まれたかのように看破されていた。
不意に、怯えた声音で告げる姫乃の視線の先―――
「·····ルプス·····なのか·····? アレは·····?」
姿形は、ルプス。だが、各所の肉が盛り上がり、ボロ雑巾のように裂けて垂れて垂れ下がった耳。更には全身の傷口から煙のようなものを吐き出すその様は、あの”ルプス”とはかけ離れていた。
「さっきの狼·····じゃ、ないみたいだね·····」
「異進種の·····異進化·····? ·····って言うより、ゾンビ化って言いたい風貌だけど―――」
ゲートへ通づる道を塞ぐように現れたルプス型異進種は、レッドカーペットを歩く血統書付きの犬を想起させるような足取りで、じりじりと距離を詰めてくる。そして――――――
『――――――――――ッッッッッ!!!!!』
紛うこと無い”遠吠え”をあげる眼前の異進種に、芽愛が身構え。
「·····!?」
突如として、地面に映った影が動き出す。遠吠えに触発された上空のコウモリたちが、一斉に高度を下げ始めたのだ。
「·····まずい! 御嬢様! 早くゲートへ! 道を開きます!」
コウモリの降下と時を同じくして、奇怪な風貌をしルプスも攻勢に出る。それを正面から迎撃すべく拳銃を構えた芽愛だったが、それを遮るように、二手に分かれたコウモリの一方が射線上を通り猛進してくる。
「クソッ! 止まれ止まれ止まれェ―――――!!!!」
芽愛は弾の許す限り引き金を引き続けるが、こうも数が一方的では焼け石に水。
数羽を撃墜するが、残った大多数のコウモリが芽愛の身を切り刻み、その身体を質量で打ち据える。
「·····芽愛っ!? きゃあああっ―――!?」
芽愛の後方―――少し離れた位置で走り出そうと身構えていた姫乃、そして結の元にも、その波は押し寄せ。コウモリ達が芽愛を襲った時よりも高度を上げたのが幸いしたが、巻き上がった髪の毛先を微かに裂かれる。
「かっ·····! ·····お2人とも、大丈夫ですか!?」
「はい·····私たちは··········!!芽愛っ!」
身を屈めた姿勢から、声のした方を姫乃が見やる。だが―――
「―――ッ!?」
そこに立つ芽愛の姿に、姫乃は表情を歪める。
全身を裂かれた芽愛の姿は、見るも無残に紅く染った服の間から覗く肌までもが深く裂け、立っているのがやっとの状態だったのだ。
「大丈夫·····ですよ·····これくらい·····」
「駄目·····もう·····動いたら·····!」
「僕の役目は、2人を元の世界に連れて行くことです。·····こんな所で·····立ち止まっているわけには·····!」
「芽·····愛·····」
肩で息をする芽愛に駆け寄り、姫乃がその肩を抱きとめる。·····しかし、その脅威は容赦などなく。嘲笑するかのような唸りをあげながら、ルプス型異進種が接近していた。
「くっ·····! 2人とも、離れて·····!」
その影を見るに耐えかね、芽愛は寄り添う2人を押し退けるように立ち上がり、接近する異進種へ向け照準を定める。そして―――――
「止ま·····れ·····!」
引き金を引いた―――――その瞬間。
「―――――ッッッ!?」
銃口から眩い火花が散ったと思われた時、その銃身が炸裂したのだ。
(まさか·····! さっきのコウモリの攻撃で·····!?)
内部圧に耐えきれずに破裂した銃器の破片は、使用者に降り注ぐ。その理だけは、無情にもこのセカイでも共通のようで―――――
「芽愛ぁっ――――――!!!!!」
「芽愛ちゃんっ!!」
赤い光が、少年の金色の髪を激しくはためかせ。その体をも、大きく吹き飛ばす。
『――――――――――ッッッッッ!!!!!』
勝ち誇ったような獣の咆哮が、静寂を取り戻した深い森に、響き渡った。
coming soon·····
お読みいただきありがとうございます。
次の更新もお楽しみに!
ps 投稿遅くなりまして申し訳ありませんでした。
 




