3話後編:始まりの鐘
逢里が顔色を変え、穴が開くほど視線を送っていた資料。
それには___
逢里が手に取り、差し出してくる紙面。そこには、
「なんか分厚い……?」
「残念だけどツッコミどころはそこじゃない。……これ、2人のにもある?」
太字へ変換され、かつ青く染色された、なにか違和感を感じさせる、
【特殊指令書】
この文字を指差し、逢里が言う。
かく言う逢里は、文武ともに優秀であり、クラス委員等々、多々推薦されることがある。……まあ、面倒臭いからと言って毎回断わっている訳ではあるが。
それらと同じく、特別なものであろうこれに、選ばれた可能性がある。
しかし……それは綾音にも同じことが言える。クラスの一二を争うのはいつもこの2人である。逢里だけがそうだ、と決めることは出来ない。
……ここでは敢えて、彼方の成績については……触れないでおく。
「えーと……あ!俺のにも…ある!」
「……うん。私のにも……」
逢里の質問に、2人が答える。
その結論は、3人にそれぞれ【特殊指令書】たるものが行き渡っている。
ここで、この件に対して1つ___彼方が気付く。
それは……
「うーん。取り敢えず、問題児が選ばれた訳では無い……と」
「問題児って……彼方の事でしょ?」
「おぉう……自覚症状無しと来たか……よし、訂正しよう。問題児、達!」
と……ごく自然な流れで脇道へと逸れた話を、正規の道へと手繰り寄せる。
「で……問題児彼方くん、これ」
彼方と綾音がアイス裁判の協議中であった頃、ひとり黙々と太字に目を通していた逢里が、話を切り出す。
「ここなんだけどさ。朝会が終わった後もう1度集合って書いてあるんだよね」
「逆にそれしか書いてねぇけどな……」
「個別に追加封入するぐらいだからね……よっぽど重要な事なんじゃない?」
「あぁ……明らか浮いてる感が否めない……」
配られた紙の束。その小雑誌の、最終ページ。そこに印字されているのは先の青文字と、逢里の言う再集結の通知のみ。
詳しくは後ほど……などと言う宣伝文句の、タチの悪いやつよりさらに下。
通常のミッションプランが解説されている他のページよりも、圧倒的に情報量が少ないそれを見て、彼方が悪態をつく。
「説明聞かないと、内容とか分かったもんじゃないな……。面倒臭いことしやがって……」
「まあまあ……冒険だと思えば。ほら、既存任務の発展系なのかな~とか、それとも、まったく違う任務……新種的な奴なのかな~とか。う~む……。実に、面白い」
悩める考古学者の様なポーズを取りながら、どこかの推理小説に出てきそうな、こんなセリフを吐く逢里。
それに彼方がうっすらと笑みを浮かべ、めでたく話がそこで終息した。……と思われたが、誰のものかと一瞬思う程、細く、小さな声で不意にそれが紡がれる。
「もし……」
呟く声は、なにかに怯えているかのように、震えている。
「もし私たちが選ばれた理由が……あの事……だったら……」
声の主は、先程から口を閉ざしていた、綾音だ。
彼女が動揺する……理由。
それは……彼方たち3人の「過去」。
黒く塗り潰され、闇の中へと葬られたかのように見えたそこに、深く____刻まれている。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
国立・鳳凰学園。
その壮大な名は___遥か太古、世界を創ったと言い伝えられる「創造種」___ 鳳凰から取られた、と言われている。
世界の構想において、正義と悪。その対照的な存在は、時にぶつかり合い、やがて……勝者と敗者が生まれる。
その繰り返しから創られたのが、この世界___地球である。
だが……愚かな争いの結果、地球の人口は最盛期の10分の1にまで減少。
環境・地形。そして人々の心、生活のあり方にも、様々な変化をもたらす事となった。
そんな世界を不条理にも作り上げた、私欲に取り憑かれ腐りきった存在__曰く人間を粛清し、平和と調和に溢れた新時代をもたらす。
そんな理想を掲げ、実現するべく立ち上げられたのが、現在日本という国家を統制する___組織・Skuldである。
その直属の教育機関である、この場所。鳳凰学園。
そこに、佐倉彼方・幸坂逢里・湖富綾音の3人は、籍を置くこととなった。
前記の如く、ある理由から。
過去に犯した罪を、その記憶を。
少しでも、ほんの少しでも償い、浄化するため。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「綾音……」
「…………」
過去の記憶は、いまだに鮮明に蘇る。
あの日犯した 『殺人』 という罪が紡ぐ、赤黒く染まるあの日が。
「……あの時の事、忘れろとは言えないけど……気にしない方が、気が楽だよ? ほら、彼方みたいに」
「俺そんな単脳に見えてんの……?」
『殺人』と言う、その文字の通り。
俺達は、人を殺した。
しかし、私欲の限りを尽くすため、衝動で、理由無く殺した訳ではない。
正当防衛、と言った方が正しいのか。
それに、あの時の記憶は 「事後」 からしか無く。
つまり、その時の記憶自体は、3人の中には存在しない。
「あなた達は……ホントに変わらないわね。あの時から」
少しばかり明るさを取り戻した綾音に、逢里が反応する。
「変わらないって言うか……成長が無いんだよ。特に彼方、主に彼方、そう彼方が」
「俺のこと大好きかお前……俺しか出て来ねぇじゃねぇか!」
相変わらず下衆な扱いをされる彼方だが、今のは綾音を笑わせる為の……逢里の優しさである。
それを分かっていてノリツッコミする彼方も、実は空気が読めたり、読めなかったり。
「ふふっ……」
悪童たちのやり取りに、少女が笑顔を覗かせる。
「ありがと、二人とも。私の考えすぎね」
笑顔を振りまくその整った顔には、少しぎこちなさが残るが、心配しすぎても本人には逆効果だ。
こんな時だけ役に立つ、逢里の能天気極まりない発言。
「ねえ彼方ってさ……」
ほら……また来た……。
それに、「なんじゃあ?」と、口には出さず顔を向ける彼方。
「女子からモテないでしょ?」
「……突然何を言い出すかね」
確かに……綾音の気を逸らすには向いているが……。
いかんせんピンポイント過ぎる、というか……なんと言うか。
「ぷっ……」
答えに困る彼方に……堪えきれない、といったように小さく吹き出す綾音。
「彼方くん、どう?どう? 是非答えを聞きたいんだけど」
「あーえぇっとー……」
困る……本当に困る。というか……完全に嵌はめようとしている。
……だからそれに、先程のノリで……こう言ってやる。
「……はい。逢里さんの言う通り……はっきり言ってモテません。……皆さん、まだ私わたくしめの魅力に……気付いていないみたいですねー(棒)」
これをテンション最高潮で言っていたら……何処かのネット掲示板にアンチスレットが立てられそうな、そんな勢いである。
それが故、無論棒読みでの回答であったそれだったが、
しかし。
「負け惜しみですね~!鏡見てから出直して下さい!アディオス!」
「テメェ……」
ハメに来ている逢里から彼方へと帰ってくるのは、擁護派司会者のように柔な返答ではなく。毒舌評論家の如く……鬼のようなバッシング。
「そこはノリってものを考えてだな……逢里くん?」
「あれ?まだ居たんですか彼方選手。さっさと退場しないと……」
「……もう黙ってろお前」
罵倒が止まらない逢里だが、そう罵られる彼方に、思わぬところから援護射撃が飛んでくる。
「いくら彼方でも……悪い事だらけって……訳じゃないと思うけど……」
「……へ?」
珍しく擁護する発言に、驚きを隠せない彼方だが、逢里がそれに質問を重ねる。
「それでは綾音さん、彼方の良いところ。それは、ズバリ!?」
それに今度は綾音が、声を苦言で濁らせる。
「え? う~ん……えぇっと……」
ゴクリ。という擬音が出たかどうかは定かでないが、なぜこんなにも張り詰めた空気が漂っているのか……。
理解に苦しむ。
やがて、綾音が口を開く。
「えーと…………ごめん。やっぱりないかも」
「おぉい!」
彼方にとっては大いなる悲報。逢里にとっては、メシウマ。
「結論!彼方選手は、モテない!」
「ヤバイ……案外傷付く……これ……」
そんな彼方の悲痛極まる叫びは、2人の……控えめな笑い声に、かき消されていった。
こんな日常を、いつまでも……いつまでも繰り返し、生きていたい。
馬鹿馬鹿しい会話が、日々が。いつまでも続けられるように。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
しかし____
そんな願いは、流れる時の奔流に呑まれ。
いつしか、遠いものなる事を____
この時まだ、少年・少女 達は、
____知らない。
Coming soon……
お読み頂き、ありがとうございました。