42話:タマシイ
やっとの思いで合流した彼方と姫乃だったが、その行く手に新手の異進種が現れる。
その驚異から逃れるべく戦闘体制に入った彼方たちの命運は如何に___
「…ぐぅおおおおおお!!!!!」
「…何をされているんですか?」
「えぇっ!? 見て分からないっ!?」
「…自殺願望がおありなんですか?」
「ねぇえええええッ___!!!!!!」
戦闘開始から1分程が経とうかという時。こんな会話が不意に巻き起こった。
「芽愛、あの世話の焼ける方に援護を」
「はーい」
大熊の力任せな攻撃を真っ向から迎え撃ち、案の定力負けしかけていた彼方だったが、そんな気の抜けた返答ののち、背後から届いた一筋の線が大熊の体勢を大きく傾ける。
「大したダメージにはならないけど、防御を強制させるっていう点だけで見るなら、有効だね」
「……! どッせいやァッ!!!」
どこかで見たことあるような動作で、僅かな煙をたてる銃口に息をふっと吹きかける芽愛と。そんな余裕とは裏腹に、つい数秒前まで殺るか殺られるかの鍔迫り合いを繰り広げていた彼方が、気合いの篭もった叫びをあげ、渾身の一振りを見舞う。
その一撃は大熊の二の腕を払い除け、更にはそれに乗じて攻撃に移った芽衣が先と同じく、仕込み刃の一撃で異進種の視力を奪う。それも、今度は両目ともに。
「…威勢だけはなく、知性も持ち合わせるべきでは?」
「はぁ…はぁ……まさか…はぁ…あんなに一撃が思いとは……思わなくて……」
「御嬢様の手前、調子に乗るからです」
「ぐ……何も言えねぇ…」
心身にダメージを負った彼方を他所に、芽衣の合図で移動を始めた姫乃と結の身を守りつつ、視界を奪われ暴れ回る大熊を避け、ゲートのある地点へと足早に向かう。
「あーあーあー…… 暴れ馬ならぬ暴れ熊だな」
「流石は”獣”ですね」
周囲の木々を薙ぎ倒しながら暴れ続ける熊を、憐れむように見つめ。やがてそれから視線を戻した芽衣は、相変わらず”不鮮明”な存在であるウルドへと、何処と無く語りかける。
「…ウルド様、と言いましたか。…失礼を承知で、一点。お聞きしたいことがあるのですが」
『む、ようやく気を許してくれたかの?』
「…それは、この問いに対する返答次第です」
『ま、当然といえば当然かのう……』
姫乃と結が置いていかれないよう、やや速度を加減した離脱の最中。一切息を乱すことなく脚を動かし続ける芽衣は、流れるように言葉を続ける。
「ウルド様、あなたは”何者”ですか?」
*******
芽衣の呟きと同時に、空間は静寂を取り戻していた。
その言葉に対して、同意を意味する沈黙と。そして、それに対する”応え”を模索する当事者の沈黙。そのふたつの重なりが決定的なものとなり、その静けさをもたらしていた。
「彼方様が信じていられる方を疑うのは心苦しいですが___それでも、やはり説明は欲しいところですね。いきなり現れて見ず知らずの言葉を並べられても、貴女という存在を肯定し、信用するのには不十分だと思いますが」
芽衣の指摘に、そうじゃな……と呟いたウルドは、意を決したかのように息をのみ、こう言う。
『たしかにお主の言う通り、わらわの存在を証明するためには言葉が足らんかった。だが、それを説明するとなると、いかんせん時が足りぬ故……この場から全員が離脱した後にゆっくりと語らうことにしよう』
「………」
『それに、じゃ__』
不服そうに唇を尖らせる芽衣に向け、ウルドは言葉を続ける。
『__お主が今思っているような愚劣な所業は、わらわのするところではない』
「…!」
自らの思考を見透かしたかのようなその言葉に、今度は芽衣が返す言葉を無くす。
『お主らのいる世界と、このセカイを繋ぐ転移門。その門を開いたのは、わらわではない。…だが、それを証明する術も、わらわは持っていない』
弱々しく返したウルドの声に、芽衣は静かに息を吐き。
「わたくしがあの異進種と交戦したのは、貴女の言うゲートへ移動する為ではありません。…御嬢様を、目の前の異進種から離すためです。…しかし____」
ふと足を止め、ゆっくりと瞬きをすると同時に同じく自らの後ろで足を止めた、銀髪の少女へ振り返る。
「…曖昧な返答、わたくしには貴女が敵か味方か、判断しかねますので…」
『…む?』
そう言うと、彼方の隣で息を整える主人へ向け、従者がふと目線を向けて言う。
「この先どうするかは、御嬢様にお任せ致します」
「え…? えぇぇっ___!?」
芽衣に真っ直ぐに見つめられた姫乃の瞳は、救いを求めるように揺れ動く。
結を見て、芽愛を見て。そして最後に、見上げるようにして彼方を上目遣いで見て。
「お…お兄ちゃんは…どうしますか…?」
「うーん……俺は、ウルドを信じてるけど……」
頼みの綱である彼方に曖昧返され、直ぐには決めあぐねている様子だった姫乃だが、数秒後__何かを決心したかのように顔を上げ、どこに居るかも分からぬウルドへ向け、口を開く。
「お兄ちゃんの周りには、悪い人は寄ってこないんです。…だから、ウルドさんも悪い人ではないと思います」
「ピュアかよ……///」
いち早く反応したシスコンの兄の言葉はさておき。姫乃は、ウルドへと言葉を紡ぐ。
「…でも、ひとつだけ聞かせて下さい、ウルドさん。…貴女にとって、一番大切なものはなんですか?」
真っ直ぐな瞳で語られた言葉に、僅かな間を開け。どこからか響く声は、こう返す。
『それは、有象無象を問わぬか?』
「…問いません」
少しだけ気圧されるように息をのむ気配を出したウルドだったが、それはやがて強く__そして優しい響きを含んだ息吹をもって、答えを成した。
『……平和、じゃな。世界が…平和であること。それがわらわの願いであり、最も大切な無形の産物じゃ』
静寂に囁かれた言葉は、確かに5人の鼓膜を揺らし___
『…む? まさか、食べ物の”好物”を聞いておったわけではあるまいな?』
「…いえ。ありがとうございます」
どこか虚空に、その影を捉えたかのように空間を見つめていた姫乃は、静かに瞬きをし、呟く。
「…やっぱり、お兄ちゃんの周りにはいい人が沢山いらっしゃいますね」
「……」
またもや何かを呟きかけた彼方が、それを自制し。やがて、気を取り直してと言わんばかりに話題を繕う。
「えー。それじゃ、姫乃。どうする?」
「…ウルドさんは、いい人です」
「いや、それはもう聞いた。その次」
「あ……えぇっと、それではゲートまで向かいましょう」
「…それでは、ウルド様。よろしくお願い致します。…先程の御無礼、お許し下さい」
『そう固くならずとも構わぬ。彼方など既に呼び捨てなのじゃ。それこそ、旧知の仲だと思ってくれるとやりやすくていいのう』
「…左様ですか。それでは、少しばかり肩の力を抜かせて頂きます」
姫乃が”味方だ”と言えば、それは芽衣、芽愛にとっても味方同然。
複雑怪奇であり、それでいて単純明快。そんな関係で結ばれた主従は、新たな出会いに色を添えたのであった。
*******
『_____』
「…何をしている?」
『……………』
「なぜ、立ち止まっている?」
『……………』
「…立て」
『___ッ__!』
「………」
”ソレ”は男に言われるがまま起き上がり、満身創痍の体を小刻みに震わせる。
「…ここで消えてもらう。このセカイ諸共な」
『_______』
”ソレ”は再び、凶刃を振るうべく咆哮をあげた。
誰とも知らぬ、セカイに足を踏み入れた6つの魂へ向けて。
coming soon…
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