41話:誘われし兄妹と姉弟
健慈に導かれるままに森へ入った綾音と逢里、そして二葉と月夜の4人は、彼が大地に突き立てた大剣から生まれた、眩い閃光に呑まれ。新たなる”任務”へと、その身を投じるのであった。
そして一方ウルドの力によって平行世界へと転移した彼方は、そのセカイでの新たなる喧騒へ、足を踏み入れようとしていた。
直下に広がるのは深い森の緑。木々の姿かたちが鮮明になるばなるほど、その”臭い”は強まっていた。
「本当だ…この獣臭は___…異進種がいる」
遥か上空まで漂う、不浄の芳香。蒸し暑い場所に一晩中放置された生肉のようなその臭いと___
「それと…あと、血の臭いがする。…誰か殺されたのか…!?」
迫り来る地表に向け、少しずつ着地の姿勢を作りながら。彼方は瞬間的に戦闘に移れるよう、柄を握り締める。
『…いや、死臭は大量の獣たちの骸からじゃろう。…どうやら、お主の妹の連れの仕業らしいがの』
「連れ…?」
ウルドの言葉に、彼方はいつも姫乃後ろに立っている、2人のことを思い出す。姫乃のことを”御嬢様”と呼ぶ、あの綺麗な金髪を持つ姉弟の存在を。
「そう言えば…! 芽衣と芽愛も、姫乃と一緒に居なくなったって言ってたな。…なるほど」
『…少し離れた場所にも、もうひとつ大きい死骸が転がっておる。…よくもまあ___』
夜の闇という悪条件があったにせよ、Skuldの隊員を死傷させる程の獲物を屠るとは。…ウルドの言わんとすることは、用意に想像出来た。
「強いっていうか……なんて言うか…。相手にしたくないな。あの子たちは」
『ほう。お主にそこまで言わせるとは。心強いことじゃな。………む?』
「えっ…?」
ウルドの言葉の最中、風の音とは異なる電子的な音が耳に入り、不意に視線を向ける。
「…なあウルド、このセカイって…電波入るの…?」
音を出した主犯は、先刻から沈黙していたデバイス、その人。
『まあ…鳴っておるということは、つまりは”入る”ということじゃろうな』
「雑な解説をどうも。…ってゆうか、こんな時に着信って誰だ? …しかも知らない番号だし」
出たくない。そんなオーラを出していた彼方を、ウルドが戒める。
『これはわらわの想像に過ぎぬが、このセカイでの着信は、このセカイの発信者からである可能性が高い__そうは思わんかの?』
「姫乃からかも知れない、ってことか? そんなバナナ…」
『…………』
そうは言いつつも、ウルドの無駄に圧のある沈黙に耐えかね、片手間に嫌々応答ボタンをスライドし、デバイスを耳に当てる。そして___
「はい、こちら絶賛お取り込み中の佐倉彼方です」
…と、嫌味ったらしく電話口の相手へと語りかける。
これで、電話番号変わったからよろしく、などと言う逢里からの電話だったらどうしてくれよう…と、なんとも不毛な思考に脳内CPUを割く彼方の耳に。
…その想像を根底から覆す、可愛らしい声音が響く。
『うそ……繋がった…? もしもし!?お…お兄ちゃん……?』
「な……なにゅう!?」
風の音の中に確かに届いたその声は、紛れもなくあの、鈴の音のような綺麗な音を奏でる、大切な”家族”の声だった。
**********
望み。
そんな言葉で表される僅かな希望は、今、少女の瞳に強く鮮やかな光を生む。
『もしもし!? 姫乃!? 姫乃なのか!?』
「うんっ…そうだよ! お兄ちゃん…良かった…繋がった……!」
知っている番号に片っ端から電話をかけ続け、ようやく繋がったその電話先。それは、文字通り最後の望みとなった兄__彼方の電話番号であった。
「えっ!? うそ!? 本当に繋がったの!?」
「…まさに兄妹愛のなせる技、ですね」
電話が繋がったことを確認した芽愛と結が、姫乃の側で声を上げる。
「お…お兄ちゃん! あの……私たちは今___」
電話口からの声が皆に届くよう、スピーカーフォン状態にしたデバイスを中央に掲げ、姫乃が自分たちの置かれた状態を伝えようと言葉を紡ぎかけ___
『あ、ごめん姫乃』
「…へ?」
『ちょっと、頭上注意ね』
「…え?」
姫乃の言葉を遮り届いた彼方の声に、その場の全員が首を傾げ。やがてその警鐘の通りに上へ目線を向けるのと、
「お゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛_____!!!!!」
「__!?」
そんな絶叫と共に佐倉彼方が降ってきたのは、全くの同時であった。
「……………………」
ぐぶえっ!…という鈍い声を出して地面に半身をめり込ませた”なにか”を、4人は数秒間凝視し。落ちてきたそれが彼方であると認識し、その状況を理解するのにたっぷりと数秒を費やし____
「…お…お兄ちゃん…?」
「…………」
驚愕に固まりつつあった重い口をようやく開いた少女の声に。混濁した降下部隊隊員の意識は、ゆっくりと、覚醒へと向かっていくのであった。
*******
「一点だけ、興味本位から質問させて頂いてもよろしいですか?」
「うん」
「…今、どこからいらしたんですか?」
「………たぶん、あの辺」
「………」
くっきりと人型が刻まれた地面から、僅かに離れた地べたに。少年は、綺麗な正座していた。
「訳の分からないことを言わないで下さい…と言いたいところですが……。何せ今の状況が状況ですので、納得のいく説明は期待しないでおきます」
自らの質問に、遥か上空の空を目線で指して答える彼方を、訝しげに見つめながら。芽衣がため息とともに呟く。
「ま…まあ、俺のことは隕石だと思えば___」
「さらに混沌になりますので、私が聞いたことにのみに答えて頂けると幸いです」
「はい……」
芽衣たち4人に言わせてみれば、異世界に迷い込んだ挙句獣の集団に襲われ。逃げた先でも再び獣に遭遇し。更には何やら上空から降ってくる___と、まさに混沌である。
一方、彼方に取っても電話口で状況を姫乃に1から説明している暇もなく、着弾の時を迎え___
「…と、とにかく! 4人とも無事みたいでよかった。……まさか、こんな場所に迷い込んでたなんてな」
着地の衝撃に備えた体位を取っていたのにも関わらず、途中の枝に足を取られ見事に大の字着地を決めたわけではあるが、ウルドの言っていた通り、やはりこの”セカイ”では怪我をすることは無いらしく。
「…お兄ちゃんこそ、怪我がなくて良かったです。…泥んこですけど____」
本来であれば原型をとどめていないであろう自分の体のあちこちを、彼方は確認するように動かす。
そして、いつの間にやらその側に寄っていた姫乃は、彼方の顔に付いた土を指先で払いながら、柔らかい笑みを浮かべて言った。
「ね、なんで死なないんだろうね。あんな高さから落ちて」
「……?」
”誰か”への皮肉を込めた呟きに、姫乃は無言で疑問符を浮かべているが、ちょうどその時。
『座標に到達したようじゃの。…皆も、無事なようじゃの』
噂をすれば聞こえてきたウルドの声に、彼方はふと目線を上に向ける。
「なあ、ウルドの声って姫乃たちにも聞こえてるのか?」
『…驚かれんか?』
「…まあ、たぶん大丈夫だと思うけど。…ほら、なんか1人で話してる変な人みたいになってるし……」
すっかり自然体と化してしまったウルドとの会話だが、そのやり取りを怪しむような目で見る4人の視線にどことなく悲しみを感じ。彼方が弱々しく物言う。
「そんな目で見ないでくれって……これには深いわけがあってだな……」
「お…お兄ちゃん…? やっぱり頭を強く打ったせいでしょうか…? 直ぐに病院に行った方が……」
「…姫乃、心配は嬉しんだけどな? 俺、泣きそうになるからマジ顔になるのやめてな? ね?」
「あ…でもこの世界に病院はあるんでしょうか?」
「…聞いてます? 姫乃さん」
重度の心配性を、遺憾無く発揮する姫乃。そのやり取りに対し、ツッコミどころが多すぎて頭を抱える神道姉弟と、姫乃にチヤホヤされる彼方を羨ましげに見つめる結。
…そんな人間たちの停滞する状況に痺れを切らし、ウルドが満を持して介入する。
『……彼方を頭の病院に連れていくにしても、元の世界に戻らんことにはどうにもならんじゃろうが。…放っておくと話のひとつも進まんのか……』
「…はっ! …そうでした、お兄ちゃんこの世界は一体なんなんですか!?……あれ? 今の声は…?」
「あぁ…混沌が加速していく……」
極まった混沌に頭を抱えた彼方に代わり、4人にも聞こえる”声”でウルドが事の顛末を言葉にする。
『わらわの名はウルドという。お主らを元の世界に戻すため、彼方の協力を勝手でたものじゃ。…と言ってもこの状態では、直ぐに打ち解けるという訳にも行かぬか』
「……」
ウルドの言う通り、耳からでは無い音の響きを感じ、警戒するように辺りを気にする芽衣と芽愛。
方や姫乃は彼方にピッタリとくっつき、キョロキョロと首を回す。
「うるどさーん? どこにいるんですか〜?」
唯一テンションの変わらない結だけが、木々の裏側や影になっている辺りを歩き回るが、無論声だけの出演であるウルドを見つけることは出来ない。
『申し訳ないが、姿を見せるのはまたの機会じゃ。…彼方よ、この近くの開けた場所に転移門を開く。そこまで皆を連れて行くのじゃ』
「…分かった」
『どうした? 浮かぬ顔をして』
「いや……」
確かに、この場にいる自分以外の人間は4人。そして、ウルドに”存在感”という定義あるとすれば、この場には自分を含め6つの気が存在することになる。…しかし___
「…急ごう。ウルド、ゲートまでの道案内を…____ッ!!!」
中央に姫乃と結を置き、それを囲むように彼方、芽衣、芽愛の3人が各々武器を手に取る。
「あ……」
静寂の中に小さく響いたのは、”ソレ”を視界に捉えた姫乃の吐息。
「あれは…! 昨日の…!」
「…奇遇ですね、彼方様も”奴”と知り合いでしたか」
「出来れば会いたく無かったけどな。…昨日の騒動、アイツが発端だ」
まだ距離はあるものの、向こうもこちらを視認しているはず。
言葉を交わしつつも、意識だけはしっかりと”ソレ”に向け続けながら。彼方は冷静にその姿を分析する。
「…つか、昨日のやつよりデカいぞ。アレ」
「大きいだけです。動きは怠慢で同じ動作の繰り返し、見掛け倒しとはあの事でしょう」
「うわぁ……言ってみたいそのセリフ」
遂に全貌を表したその異進種は、少し前に姉弟が討伐したあの大熊と同型。
その姿を目にし、嘲笑うかのように口走る芽衣は、言葉を続ける。
「この世界は異質です。異進種のサイズが普通ではありません。恐らくアレが、この世界での標準でしょう」
「…ルプスは?」
「現実世界と大差ありませんでしたよ。…雑魚です。多いだけの」
「マジ言ってみてえ、そのセリフ」
あくまで強気の芽衣の台詞に感嘆しながら、彼方は一歩前へ。続けて、前方に捉えた巨躯を見据た姉弟は、彼方を先頭に陣形を組む。
「…目標はどうする? 討伐か、それとも___」
彼方が芽衣に語りかけたその時、どこからともなくウルドの声が響く。
『…いや、すまぬがその時間は無さそうじゃ』
「え? 何かあったのか?」
『…転移門を、起動した。あと数分で、お主らの世界と繋がるはずじゃ』
「丁度いい頃合いに着くんじゃないか? それなら…」
『いや、どうも接続が不安定でな。この調子では開いてから持って3分。…少しでも遅れれば再び開くのにはしばらく時間が必要になってしまう』
「……」
珍しく張りのない声で紡がれた言葉に、彼方は言葉を失う。
「…ならば、一刻も早くその地点に向かうべきです。討伐ではなく、突破を」
重くなりかけた空気を、再び強気な発言で切り裂くのは、金髪の少女__芽衣だ。
「…よし!」
討伐に赴くもの同士が互いの刃で仲間を傷付けないよう、大型異進種を相手取る時は陣形を組むのがセオリーであり。
対人を専門とする芽衣も、戦闘に関する知識と経験は相当のもの。言われる前に、彼方の斜め左後方に位置取り、両手に苦無を構える。
「ウルド! コイツを突破したらどっちに進めばいい!?」
『2つ目の小道を左に。その先に、転移門はある』
「よっしゃ! それじゃ___行くぞ!」
彼方の声が響き渡ると同時に。その”セカイ”で、人間たちの新たな戦いの火蓋が切って落とされるのだった。
coming soon…
お読みいただきありがとうございました。
次の更新もお楽しみに!
長らく間が空いてしまいすみませんでした。次回以降定期的な更新をして参りますので、今後とも応援のほどよろしくお願いします。
 




