39話後編:神”童”の力
大型異進種を退けた神道姉弟の前に、新たなる脅威が迫る。
そして、現実世界でも猛威を振るい始めた異進種に、人々は___
辺りを取り囲む、本能的で、野性的。それでいて無粋な獣達を睨みつけながら。僅かな笑みを零し、少女は皮肉ぶって呟く。
「…貴女の”作戦”が、現実のものとなりましたね。恋羽様」
運命。なんと残酷で、狂信的な言葉なのだろうか。
「ホントだよ! そのクセ、台本通りに動いてくれない役者ばっかりなんだもん! 困ったものです!」
「…その図太い精神だけは、褒めさせていただきます」
「えへへ…褒められた〜」
後にも先にも、どう転ぼうとも針の山が待ち受けている。そんな”運命”という名の台本を書く悪質な脚本家が居るならば、この場で胴と首を切り離してやりたい気分だ。
…そんな、行き場のない言葉を胸に秘めながら。
「我々が獣を相手取っている間、恋羽様は可能な限り外部の方に連絡を取ってください。元の世界と繋がるポイントが分かれば、帰ることが出来るかも知れません」
「りょーかい!」
「芽愛!」
結に言伝をした芽衣は、決して眼前から意識を逸らすことなく、姫乃と結を挟み、背後で同じように臨戦態勢をとる芽愛の名を呼ぶ。
「言わずとも、分かっていますね?」
「…勿論。2人には指一本触れさせない」
「その意気です」
そして最後に。肩越しに感じる、護るべき人の視線に答えるべく。僅かに背後へ気を向け。芽衣は呟く。
「そんな目をせずとも、御嬢様は元の世界まで無傷でお連れしますよ」
「芽衣……」
「…勿論、私も共に」
「…!」
姉の言葉に、弟が微笑みと共に頷き。
「…行きますッ___!」
その言葉をもって、”神”の名を持つ2人の”童”は大地を発ち、風となって、邪悪な獣を駆逐せしめるのであった。
*****
それは早く__速く___疾く____
駆ける2人を目掛け降り注ぐ凶刃は、一度としてその身を掠めることは無く。ただ一方的な殺戮を演出する役者___…いや、それすらも務まってはいなかったかも知れない。
…それ程まで、2人の動きには無駄がなく。それでいて、互いの死角や得意距離の甲乙をサポートし合い。言葉で現すのであれば、2人で1つ___完全な信頼関係が為せる、究極の戦闘であった。
「…終わりましたか、芽愛」
「うん。生きてる奴は……もう、居ないみたい」
まるで地面に落ちた飴玉に群がる蟻のように、文字通り”うじゃうじゃ”と集まっていた異進種。
しかし、そのつい2、3分前の光景が嘘のように、辺りは静まり返っていた。
「…お2人とも、お怪我など御座いませんか?」
「うん。大丈夫だよ」
「………」
しかし。自らの問いかけに、音もなく立ち尽くす姫乃を見て、芽衣は血相を変えて手に握ったままの刃こぼれした苦無を捨ておき、すぐさま駆け寄る。だが__
「___っ!」
その心配は、予想だにしなかった護るべき人の行動により、どんな事よりも高く、それでいて強く、芽衣の鼓動を高鳴らせるのだった。
「…う…?…あ…? お…御嬢様…?」
「…よかった……芽衣も…芽愛も…結も……みんな…生きてる……!」
視線を地に落とし俯いていた姫乃が、まさか突然抱き着いて来るとは思わず。芽衣はそのまま、抱き締められるがままに、その温もりを受け止めていた。
「…怖い思いをさせてしまい、申し訳…ありません。…ご無事で何よりです、御嬢様」
「芽衣だって…! ……よかった…よかった……」
されるがままだった芽衣が、姫乃の細い身体に手を回し、優しく抱きしめる。その鼓動を確かめるように顔を胸に埋め、姫乃も応える。
「…そうだね……よかった。本当に……」
「……?」
その光景を静かに見つめていた少年の、どこか羨むような。それでいて、温かみを宿した瞳の色に気付いた少女は、何を思ったか。少年__芽愛に、こんなことを言う。
「えへへ〜…どうしたどうした? もしかして、勝利の喜びを、カ・ラ・ダで、分かち合いたいのか〜い? あ〜やって」
「…え?」
「んも〜! そうならそうと早く言ってよ〜! えいっ!」
「え…あの……うわっ!?」
少々異質なノリで結に飛びつかれた芽愛は、案の定足を滑らし、抱き着かれた格好のまま地面に倒れる。
「…うーん。やっぱり抱き心地はひめのんの方が上…」
「そういう事なら…是非…御嬢様にしてください………」
しかし。苦しそうに言葉を漏らす芽愛に言葉を返すのは、上体を起こし馬乗りになったまま、うーん…と首を捻る結ではなく。
「…貴方今、御嬢様を売りましたね?」
「ひいっ!? いや…今のは…その……」
目を開けた直上にあった姉の顔に、異進種を見た時よりも、よっぽど恐怖に満ちた表情で声を上げる芽愛。
姫乃にどいてあげてと言われ、芽愛の言葉の通り姫乃にピッタリとくっついた結へ、弟に向けた深い溜息の後、芽衣は口を開く。
「…恋羽様、どなたかと連絡は取れましたか?」
「あ〜…電話とメールは送ってみたんだけど、電話は誰にかけても電波が届きません、って言われた」
「メールの方は…?」
「そっちも同じ。SNSは未送信になるし、電子メールは少し前からサーバーと繋がらなくなっちゃった」
「そうですか…」
「あ、でも、インターネットは繋がるみたい。世界中に出されてる警報の話題で、どこのトップニュースももちきりになってるよ。…ほら」
差し出された画面を見ると、日本のみならず、世界中の人口密集地で異進種が発生し、早くも最終防衛線が張られた国もあるらしく___
「…元の世界に帰っても、そこかしこでこんな騒ぎに巻き込まれては、外に出れたものではありませんね」
「御兄様……」
異進種が増えるということは、それと戦うべく存在する戦闘員たちが駆り出される機会も、必然的に増えるということ。
自分が宣告味わった恐怖と、自分を大切にしてくれている人が、そんな脅威と戦わなくてはいけないという不安。そして、もし戦いの中でその人が失われてしまった時、自分はどうすればいいのだろうか__
そんな、行き場のない、虚空に浮いているような感覚に囚われる。
「…御嬢様、とにかく今はご自分の事を一番に考えて下さい。…貴女が失われては、次の世代を引っ張っていく指導者が居なくなってしまいます。どうか___」
「……」
無言で頷く姫乃に、それ以上の言葉は重荷だと判断したのか、芽衣が言葉を紡ぐことはなく。
薄暗い森の中、木漏れ日と結が操作するデバイスの光だけが視界に明かりを灯す。
…と。そんな結の姿を、少し離れた位置から見つめていた芽愛が、不意に呟く。
「ていうか恋羽様……登録されてる連絡先の数…多過ぎないですか……?」
「え、そう? …SNSのアカウントは確かに多いかもだけど…直接電話番号知ってる人は少ないからね。…メールはダメになっちゃったし__」
申しわけなさそうに呟く結の声が消え、辺りに静寂が戻る。
「…あ」
「どうかされましたか? 御嬢様」
再び画面に目を戻した結の傍で、ふとしたように姫乃が声を上げる。
「…あの、結?」
「ふぇ? どうしたの?」
顔を上げた結の瞳を真っ直ぐと見つめ、姫乃は続ける。
「先程までに連絡を試みた方の中に、私の親族は含まれていますか?」
「…それって、ひめのんのパパさんとか…お兄さんとか…だよね?」
「はい!」
すると結は、少しの間を置き。何やら画面を数回操作したのち、姫乃の瞳を見つめ返し、言う。
「私は、ひめのんの連絡先しか知らない。…だから、かけてないはずぅぅぅ____?」
語尾の間延びは、姫乃が極限まで顔を近付け、結の顔を覗き込んだから。
「ど…どうしたのひめのん…? そんなに近付かれたら…惚れちゃうよ…?」
頬を赤らめ、冗談なのかそうでないのかイマイチ真偽の分からない台詞を言う結の手を取り。
「お父様と、会社の役員の方…それから____」
姫乃の心を照らす、一等星。
その名は___
「お兄ちゃんなら_____!」
奇跡。
唯一…”運命”という名の暗闇に、一筋の光を齎してくれるかも知れない人の名を。姫乃は、声高に呼ぶのであった。
coming soon…
お読み頂きありがとうございますm(_ _)m
次の更新もお楽しみに!




