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時刻神さまの仰せのままに  作者: Mono―
第一章:学園
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3話前編:始まりの鐘


始業の鐘の音が鳴り終わり、余韻が水紋のように収束し消えていく。


「なんか……今日……走って……ばっかりな……気が……す……る……」


「いい運動、ってことにしとこうか」


「もうね、散々年末に走り回ったんだよ、俺」


「実質、世界さんぽ旅行だと思えば――――」


「散歩じゃねえんだよ。全部ダッシュなんだよ」


ぐったりと肩で息をする彼方の両隣を固めるのは、濃淡の異なるブラウンの髪をした少年と少女。


「にしてもいい席が空いてたね。……ここなら寝ててもバレなさそう」


「その場合、懲罰期間倍にするから」


「……というのは勿論冗談です。僕いい子なので」


「どうだか。……なに? 何か顔についてる?」


「いや……別に」


自分を挟んで言葉を交わす2人の横顔を、何となく見つめていた彼方。その視線に気付いた少女と、ふと目が合う。


まぁ……確かに綾音は可愛い。というか、これが世に言う”美人”と言うやつなんだろうな……と、無気力に思っていた彼方を知ってか知らずが、トントンと、左手側の隣人がノックする。


「来たよ、今期の分」


「ん」


定例会は、大まかに春夏秋冬の年4回開催される。

学園内で勉学に集中する時期と、学外での活動を主にする時期。それを、割り振られたクラスごとに分かれ、交互に繰り返すのが定例だ。


「今期は校外活動だろうけど、最近はあんまり騒がしくないからね。楽っちゃ楽だけど」


「まぁ……そうだな」


定例会というのは、いわゆる朝礼や会議の類いと言っていい。

生徒は席に着くと、自分の携帯端末を座席に据え付けられた専用のフォルダに格納する。すると、各々の所属に応じてデータが受信され、資料や日程など、事細やかな情報伝達を瞬時に共有できるという優れものだ。

また、端末の認証と生体認証によって出欠確認も行われているため、代理での出席や虚偽の申告などは必然的にできない仕様になっている。


「うーんと、今回は警備と巡回……みたいだね」


「夜警は寝不足になるから嫌いなんだよ……夜は任した」


「え〜?」


「夜更かし得意じゃん、お前」


「得意というか、寝る時間を惜しんで自らを高めている優等生くんなんですけどね、僕」


「という名のゲームじゃねえか」


「あ、バレた?」


ざわざわとした雰囲気の講義堂では、舞台に上がった教頭先生が、真夏の太陽の如く光り輝く頭をぺこぺこさせながら、似たような話を繰り返している。


(早く終わんねえかな……冬季限定・サーティーツーオリジナル・ミックスベリーorミルクを吟味したい……)


前年に発売を開始したアイスクリームをスプーンいっぱいにすくい上げ、程よく暖めた自室のソファーに体を預けながら、味わい尽くす――――

そんな幸せな妄想に思いを馳せ、甘みと酸味の程よいバランスと、ら濃厚な後味が最高のハーモニーを奏でる――――


「……彼方」


「んう?」


「今、アイスクリームの事考えてたでしょ」


頭の中がお花畑――――訂正、アイス畑になっていた彼方だったが、そんな少年を綾音の一声が現実に引き戻した。


「……なぜ分かった?」


「アンタがその顔でぼーっとしてるとは、大体そういう事考えてるのよ」


「その顔……?俺、どんな顔してんの?」


「一言で言うなら、あほ面」


「……辛辣すぎる」


そんな少年たちであったが、彼らが日常生活を送る鳳凰学園と他校とには、大きな相違点がある。

それこそが、前述の”学外活動”なのだ。


通称、任務ミッション


活動内容は主に3つ。

民間居住区の警備と巡回、エリアに侵入した”異進種”の討伐、保護。

そして、大戦以前に使用されていた地区や建物――――”遺跡”の捜索と保護。

そして最後に、地形の変動や大戦の勃発によって未開となった土地――――”極地”への探索派遣。


この3つが、鳳凰学園の生徒が着手する主要的な活動である。

彼方の所属する中等部には、全学年会わせておよそ300、1学年辺り100人が在籍している。そして、さらにその100人もいくつかの課に分かれ、各々任務に当たるのだ。


  1学年のうちは本来の勉学の他、戦闘技能の訓練・教習を行うのみで、当然といえば当然だが、異進種との戦闘を伴う任務には参加しない。


  戦闘を伴う任務にあたるのは2学年からで、警備や危険性リスクの低い異進種の討伐を行うようになる。ここになってようやく、彼方、逢里、綾音の属する”戦闘課”が真価を発揮し始める。


  そして、3学年になってからは言うまでもなく、前記全ての任務を受け、時と場合によっては高等部の任務を分割し担うこともある。


  …と、そんなことをだれが説明する訳でもなく、



「ふぁ〜…」



  綾音に言われた通り、数分間は真面目にデスクの液晶を凝視していた彼方だったが、結局出戻りし緊張感のないあくびをかます。



「……」



  そんな隣人に、じわりじわりと腸を煮やしていくのはこの人。



「ねえ、起きてればいいってわけじゃないからね?」


「……」


「もしかして起きてすらいないの…?」


「あと3分位でそうなるかも…」


「星に帰ったらいいのに。どこかの特撮ヒーローみたいに」


「それちょっと酷くない…?」



  感情という色がすっかり抜け落ちた彼方を見て、怒りでもなく呆れから来る感情を露わにして、綾音が言う。



「もぉ… 結局こうなるんだから…」



  大きな溜息をつき、続けて綾音は言う。



「今期の任務を真面目にやるって約束するなら、アイスクリーム食べてもいいから… 料金先払いってことで…」


「……なにっ…?」



  綾音の慈悲とも言えるその言葉を聞き、彼方は実に機械的な動きで刹那に綾音へと向き直り。



「…マジ?」


「まっ…真面目に取り組んでたらだからね!? 破ったら、今度こそ禁止なんだから!」



  綾音から、ツンとデレの混ざりあった、しどろもどろな注釈が加えられる。



「ふっ… どうやら今期の抱負は”真面目に生きる”に決定したみたいだ」


「どうせなら”今年”の抱負にしてよね。…あと、抱負にしなくてもいつも真面目に生きて貰いたいわ」


「アイスの為ならそれも辞さず!」


「もうただの馬鹿ね…ここまでくると」



  ”アイスクリーム”という言葉が出た瞬間の、この変わりようである。

  良い方向に転んだから良いものの、今度は違う理由で綾音を呆れさせる。



「…でも、不思議よね」


「え?」


「……」



  そして、彼方が本腰を入れて任務詳細に目を通そうと液晶を見やった__その時。

  今度は綾音が、先程までとは180度違った声音で、何やら彼方に話しかける。



「彼方って、すごく沢山アイスを食べるでしょ?」


「う…うん…」


「……」



  所々に埋め込まれる空白の時間に違和感を覚えながらも、彼方は綾音の次なる言葉を待つ。



「沢山食べても全然体型が変わらないなぁって」


「は…はぁ…」


「成長期だから…? ううん、それなら私も変わらないはず…」


「うん…?」


「それにアイスクリームは脂肪分と糖分の塊… 骨にも筋肉にもならないはず…」



  てっきり何かまた不満を打ち明けられるのかと身構えていた彼方は、半ば自問自答を繰り返す綾音に頭の中がはてなマークで埋め尽くされる。

  そして、そんな彼方のことは梅雨知らず。さらに独り言めいていく綾音の呟きは加速する。



「それに糖分__私の方が、彼方の何十倍も何百倍も使ってると思うんだけど」


「…さらっと、自分頭使ってますアピールしてない?」


「あなたよりは使ってる自信あるもん。それなのに…なんで……」



  彼方は考えた。綾音の言葉に続く、本来の語尾を。

  考えて考えて、尚考えた結果。


 

  …とんでもない、地雷を踏む事となる。



「アイスって、そんなに太る…?」


「っ__!!!」



  その言葉を口に出した後、あ… これ女の子に言うもんじゃないなぁ…と。聞いた瞬間、ブワッと顔を赤らめる綾音を見て察する。


  わなわなと震える右手を、今にも振り下ろすべく握りしめる彼女に、どうかご勘弁をと言わんばかりに逢里の座る方へとジリジリと押し退る彼方。



「べっ…別に!? き…気にしてなんて無いからっ!? それに! 太ったなんて一言も言ってないし! 」


「ごめん! ごめんって!」



  反応を見る限り、ズバリ図星を突かれたであろう綾音を一心に宥め、何とか拳を下げてもらう事に成功する。

  そんな彼方に、



「…バカ…にぶちん…」



  静かに罵倒の言葉を残し、綾音はプイッと顔を逸らす。



「ご…ごめん…」


「こっち見ないで…バカ…」


「うっ…」



  締めに完全にシャットアウトされ、もはや話す口を持たなくなった彼方は、自身の目の前に佇む液晶に、縋るように目を落とす。

  チラリと横を見るも、右は赤面しつつ視線を落としているだけだし、左に至っては半分寝ているかのような状態。まさに無音。



  『えーそれでは。続いて本題である、今期の任務内容の解説を始める。まずAクラスからCクラスだが___』



  言葉を交わす相手が絶滅し、定例会の司会を務める教員の声だけが耳に入る様になる。


  いつの間にかお偉いさん達の話は幕を下ろし、議題はついに、明日から始まる任務の説明へと移り変わる。



「……」



  壇上の教員が指し示した場所が、生徒の手元にある液晶でも強調される仕組みになっているため、非常にわかりやすくはあるのだが…

  説明の対象になっていないクラスの生徒が、暇を持て余してしまうというのが、このシステムの玉に瑕な点でもある。


  絶賛その状態にある彼方は、机に付属するタッチペンを手に持ち、クルクルと回し暇を潰す。

  いつもはそれを抑止している綾音も未だどこか上の空であり、”一応”前を向いて話を聞いている彼方に釘を刺すようなことをする訳でもない。



「…ん?」



  …が。そんな、”一応”前を向いていた彼方の目が、ある違和感を感知する。



(…なんだ? これ…)



  それは、壇上のスクリーンな表示される資料の”総ページ数”と、手元の液晶に表示されるページ数とが合致しないことだった。



(今説明してるのはは12\8… けどこっちは…)



  スクリーン上では総ページ数12ページなのに対して、彼方の画面に表示される総ページ数は14。

  表紙や裏表紙を足しての計算になっているのかと思いもしたが、過去にそんな計算がされていた試しはない。よって__



(俺だけ2ページ多いの!?)



  つまり、そんな結論になるわけだ。



(いや落ち着け…? 開いてみたら空白のメモ欄的なページなのかもしれないし…)



  そう自分に言い聞かせながら、彼方は問題の13、14ページへと画面をスワイプしていく。

  すると、



「えー…」



  そこには、謎のログイン画面が映し出される。



「……」



  眼前に広がる謎の現象に、一通り天を仰いだのち。




「ちょっと綾音!」


「なっ…! 話しかけないでって言ったじゃない…!」


「お前の画面見して!」


「はあっ!? ちょっと…きゃっ…近っ…!」



  学年を代表する悪童__とまで言わなくても、かなり教職員から目を付けられている彼方のこと。そんな自分に、追加課題的な物を押し付けやがる誰かさんがいないとも限らない。(同じ理由で、逢里は敬遠された)

  …つまり、そんな自分と対象的な優等生である綾音の画面を見ることが出来れば、この現象に確信が持てるというもの__


  彼方はそんな意気をもって、先程拒絶反応を示された綾音に、無理やり接触する事にしたのだ。



「…何も変わらないでしょ…? あなたの画面と…」


「……」



  自分のものと同じように画面をスワイプし、綾音の画面から13以降のページを探す。しかし、彼方がどんなに目を凝らしても、そんなものは見当たらない。

  …強いて言うなら、総ページ数もスクリーンと同じ12ページ。あるはずがない。



「ぐっ…やっぱ課題か……」


「だから、何ひとりで盛り上がったり盛り下がったりしてるのよ…」



  呆れたように言い放つ綾音に、ひとり肩を落とす彼方。



「…あれっ?」


「……?」



  だが、彼方に変えられたページを戻そうと綾音が液晶に指を置いた瞬間、画面がうっすらと白くなると同時に、中央に”ページ更新中”の文字と共に円を描く謎のロゴマークが表示される。



「なっ…! ちょっと彼方! あなたが触ったから変になっちゃったじゃない!」


「俺のせいなんですかっ!?」



  彼方の謎の敬語と共に綾音が視線を戻すと、ふとその表示は消え、



「な…何か変わったのかしら…」


「ページ… あ! 14になってる!」



  再びずいっと綾音に近付いた彼方は、スイスイと14ページへと画面を遷移させる。

  そして例のログイン画面を出し、綾音へ。謎のドヤ顔を披露する。



「……」



  何が起きたかわからない、と言わんばかりに唖然とする綾音だったが、しばらく画面を見つめ、ふと何を思い立ったか彼方へと滲み寄る。



「何!? 何をしたの!?」


「えぇっ!? だから俺のせいなんですか!?」


「だって彼方が触ったらこうなったじゃない!」


「俺だってそうなってたんだって! 多分あれだよ! えーと… あ! バグ!」



  バグって何!? と、さらに彼方を追い詰めるべく接近する綾音。

  抵抗するも逃げられないと踏んだ彼方は、先程から音を発さないただの屍となってしまったらしい逢里へと、必死のSOSを送る。



「おい逢里ぃ! 綾音にバグについて説明プリーズ!」


「違うっ! 私が聞きたいのはなんでこうなったかってことで…!」


「……」



  そんな半狂乱と化した2人の言葉は、屍逢里に生命を吹き込む。



「…バグって言うのは、組み込まれたプログラムが本来の意図しない動作や挙動をして正常に働かなくなること__その原因になってるものの事だよ。でも……」



  そこには、何ら変わりのない逢里の姿。ただ、目線の先を睨むように凝視するその瞳だけは、いつもと違うように見えた。

  そんな彼の姿に違和感を覚えた彼方、綾音に静かに返し、逢里は言葉を続ける。



「これは、多分バグなんかじゃない。正常に動いてる。…これを見て」



  言葉を紡いだ逢里の有無を合わせぬ声音に、2人は逢里の画面を静かに覗き込む。




  ”【特殊指令書】”




  そこには先の資料とは違ったフォントで、そう表示されていた。


  言葉を失う2人の目線の先。

  逢里は音を立てずに、ページをめくるのだった。








  to be continued·····


お読み頂き、ありがとうございましたm(_ _)m


続くエピソードも、ぜひお楽しみください!


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