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時刻神さまの仰せのままに  作者: Mono―
第一章:学園
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2話:その少女の名は

 

(ほんと……あれだけ見たらめちゃくちゃレベル高いんだけどな……)


 屋上で優雅なモーニングを楽しんでいた空気から一変、2人は文字通り階段を駆け下り、講義堂のある5階の廊下と階段の踊り場とを隔てる壁の窪みに身を隠していた。


(騙されてはいけませんよ。……ああ見えて、かくも恐ろしい存在なのですから)


(誰だよお前)


(あの容姿に惑わされ、堕ちて行った尊い犠牲を、我々は決して忘れてはいけません)


(だから誰だよお前)


(悪かったって……謝るからそれ以上塩い対応しないで)


(初めっから普通にしとけよな……てか、犠牲ってのも俺らが筆頭じゃねえか)


 互いにだけ聞こえるようなひそひそ声で話すそんな2人の目線の先には、1人の少女の姿があった。


(あんま喋ると気付かれるぞ)


(もういっそ気づかれるの承知で駆け抜けるってのも手だけど)


(それは後で死じゃ済まされない事態になりかねない)


 その少女とは、逢里に集合のメッセージを送った人物に他ならない。”例の風紀委員長”、その人だ。


(……携帯見てるけど、なんかメッセージ入ってるのか?)


(絶賛おこ。……いや、激おこ)


(勘弁してくれよ……)


(あ、いまムカ着火ファイヤー)


 立っているだけ、そこに居るだけで人の目を引く整った容姿と、絹のように滑らかで、きめ細やかな長い髪。

 それらが開け放たれた窓から流れ込む風に揺れる度に、見え隠れする白い肌との絶妙なコントラストが生み出され、彼女の存在をより一層際立たせていた。


(……とにかく、これ以上アレを刺激するのはマズイ。潔く謝って――――)


(それは僕らの負け、を認める事になるけど?)


(その発言の意味が分からねえよ!? そもそも勝ちの要素なんて1ミリも無いが!?)


 少女に存在を気付かれていないことをいい事に、不毛な論戦を繰り広げる2人。

 が、そんな朝のルーティーンがいつまでも続くはずも無く。その背後から、嵐を巻き起こす悪しき存在が近付いていた。


(これ以上話してても仕方ないだろ!?一か八か、正面から――――)


(それなら裏口からコソッと入るのが無難じゃない?)


(だから後が怖いだろって!)


「おーう、あけおめ〜。……んん? なんだぁ、お前ら。何してんだこんな所で」


(!?!?!?)


 運命の神様、というのは……実に残酷なもので。


((ゲッ……このタイミングで!!))


 ギュルンと振り返った2人の後ろに立っていたのは、190センチの巨漢で、彼方と逢里の担任である教師、寿ことぶき健慈けんじだった。


(ちょっ! お前静かにしろって!)


(バレるバレる!!)


「あぁ? 何言ってんだ? 聞こえねえって」


「!!!!!!」


 その途端、2人は眼前の教師の無駄にデカい声を聞き、誰かがこちらに振り向き、近付いてくる気配を感じとった。

 よく言えばド天然、悪く言えば空気が読めない言動で、度々場の空気を凍りつかせるこの男。

 その悪意なき悪行に、今日も2人の尊い犠牲が生まれたわけだ。


「てかなあ、いくら俺とはいえ敬語ぐらい使えって。せめて学校の中ぐらいはよ」


(わかった!わかったからとにかく黙れ!!)


(ボヤキは後でいくらでも聞くから!)


「ったく。こんな教育をした担任の顔が見てみてえな……ってそりゃ俺か!! はははっ」


 と、嵐は四方八方を荒らしに荒らし、立つ鳥跡を濁しまくって、去っていきましたとさ。

 そんな、〆のナレーションが脳内される少年たちに。


「……あけまして、おめでと。今年も平常運転(いつも通り)みたいでなにより……ね」


 硬直する2人の背後から、少女の冬の木枯らしよりも冷え切った声が届いたのは……言うまでもない。



 ********



 この学園には、”鬼”と呼ばれる女生徒がいる。

 神話や伝承で言い伝えられるような、赤や青の肌をしていて、角が生えている――――という訳では勿論ないが、校則違反を犯した者に、無慈悲で冷酷な処分を下すという意味で付けられた二つ名である。


「……で?」


 その少女の名を、湖富コトミ綾音アヤネと言う。彼方や逢里と同じく、鳳凰学園中等部3練生1組に属する生徒である。


「……で、と言いますと?」


「はっ倒すわよ?」


「はい。すみませんでした」


 逢里の必殺技、”とぼける”発動!……しかし、効果は無かった!

 そんなテロップが脳裏に一瞬よぎる彼方の目の前では、例の少女に逢里が壁際へ追い込まれていた。


「人を待たせておいて第一声がそれなわけ? あなた達に少しでも罪の意識があるなら、先に何か言うべきことがあるんじゃないかしら?」


「これには深〜いワケがありまして……」


「ふーん。それじゃ、そのワケとやらを聞かせてもらおうかしら」


「佐倉彼方くんが、寝坊したからです」


「おい」


 秒で売り飛ばされた彼方は抗議の声をあげるが、直後、綾音から視線に刺され慌てて弁明する。


「……したの?」


「しておりません。確かに2度寝はしかけましたが、寝坊はしておりません」


 その迫力に、上官に問いただされる兵士の如く言葉遣いに陥る彼方だったが、直ぐに自らを売った者を売り返す。


「ならば、そこの幸坂逢里も、綾音のメールを無視しておりました。知っていて、無視したのです。これは罪です!」


「おっと? それは社内機密の情報ですよ彼方くん」


「うっせえ無実の罪を着せた罰だっ!」


 またも始まる不毛な言い合いに、綾音がぽつりと一言。


「……連絡なら彼方にもしたけど」


「えっ?」


 綾音に再び絶対零度の視線を向けられ、彼方はスっとポケットから携帯端末を取り出し、メッセージアプリを起動する。


「……まさか、見てないの?」


「……はい」


 基本的に自分から連絡をする時以外、あまり携帯端末を見ることの無い彼方だが、その習性が悪い方に転がってしまった結果だった。


「はぁ……とにかく、この際どっちが悪いなんてどうでもいいのよ。あんたたちにそれを求めるのは、それこそ不毛だわ」


「流石、分かっていらっしゃる」


「うっさいわね、蹴り飛ばすわよ?」


「すみません」


「その”すみません”が言えるんなら、待ち合わせに遅れた事を素直に謝ったらどうなのよ」


 そう続ける少女の迫力に、実に乙女チックな悲鳴を上げた少年たちは、罪の被せ合いから一転。


「「遅れてすみませんでした」」


 完全にシンクロした動きをもって、ぺこりと頭を下げ、謝罪の言葉を口にするのであった。


「もういいわ。頭を上げて」


 現行犯逮捕された2人が頭を下げてから数秒後、圧の籠った声から一変し、様変わりした声音が囚人たちの鼓膜を震わせた。


「最初から素直にそう言えばいいのよ。……はぁ、ようやく本題に入れるわ」


 すると綾音は、何やらポケットから取り出した手帳に挟まれていた黄色い紙を取り出すと、それを少年たちに突きつけた。


「あれ……? これって……」


「今年から、生徒がより危機感を感じるように、用紙の色を変えたのよ。……黄色より赤の方が良かったかしら」


 それは、風紀委員が校則違反者に対して発行する、違反通知書と呼ばれるものだ。


「今日の定例会が終わったら、もしかすると直ぐに出発になるかもしれないでしょ? そうすると、これをアンタたちに渡す機会は朝しかないと思って。だから早く来て欲しかったのに」


「なるほど、そういうこと」


「あ、それと、違反に対する罰則も今年から変更されて、より重い処分になってるから、よろしくね。理由としては、過去に処分を受けた者、主にどこかの悪ガキ2人組に全く反省の色が見られないから、って感じね」


「どうも、ご指名ありがと」


 綾音は皮肉を込めてそう言うと、ひらひらと手を振ると講義堂へ向かい歩き始めた。しかし、


「ちょっ! ちょっ! ちょっと待って!!」


「きゃっ!」


「この処分の内容、初めて見たんだけど!?」


「……まずは、手を離しなさいよ」


 背後から突然手を握られ思わず声を上げた綾音に、彼方は迫るようにして通知書を見せた。


「な……なんなんだこれ!?」


「何って……片仮名と平仮名、読めないの?」


「読めるわ!!」


 通知書には、処分の対象となる行為と、それに伴う罰則などが記されている。

 そこには、こう書かれていたのだ。


「”アイスクリームの摂取を禁ずる”ぅ!?」


「……違反1件につき対象日数1日と考えても、懲罰期間は大体1週間。内容的にも妥当だと思うけど?」


「いや期間の問題もあるけど!あるけれども!!」


 アイスクリームとは、日本のみならず世界中で人気を誇る食べ物であり、その派生品も含めると非常に多くの種類が存在する。そのルーツを辿ると__etc.....


 つまり、アイスクリームという食べ物は、古今東西長きに渡り人々に好まれて食べられる、世界共通のスウィーツなのである。


「これに関しては文句を言わせて貰う。これは、あまりに酷い!酷すぎる……! 人のやる事じゃないぞ!!」


 そのアイスクリームを、この学園で1番――――いや、もしかすると世界で一番と言っていいほど狂愛しているのが、佐倉彼方という少年なのである。

 歴代最高クラスに厳しい風紀委員長、と教師陣からも呼ばれる綾音によるこの判決は、彼方にとって命の次に大切な生命線、アイスクリームを摂取させないことにより素行を更正させようという、何とも残酷な刑なのである。


「これを機に、品行方正な生徒になってくれることを祈るわ。…期待はしないでおくけど」


 そう言い残し、言うことは言ったと言わんばかりに優美な動作で背を向け、今度こそ講義堂へ向かおうとする綾音に。


「ちょっと待てぇい!」


「まだ何かあるの?」


 その進行方向に先回りし、最敬礼の義、土下座を持って足止めする彼方。


「お願いします! 素行正しますから! アイスクリームが無くなったら、俺死んじゃうから!」


「大丈夫よ。好物が食べられなくなっただけで人は死んだりしないから」


「ま確かに死には――――いや……死ぬかも……」


「死なないわよ」


「まぁ……彼方も謝ってるんだし、許してあげたら? せめて刑期を短くするとか……」


 冷静沈着な返しに手も足も出ない彼方を見かね、逢里も論戦に参加しようと口を挟む。…だが、その言葉を呆れたようなため息で返した綾音は、キッパリと言う。


「……あのね、これでも相当軽減してあげてるんだよ? 相、当」


「相当って、どれくらい?」


「……」


 逢里の問いに、めんどくさ、と言わんばかりの面持ちで綾音はポケットから手帳を取り出し、中程のページまでパラパラとめくる。


 コホン、と咳払いをした綾音は、もう一度手帳を開き、2人へ淡々と語り出す。


「通知書にも書いてあると思うけど、立ち入り禁止場所への立ち入りを始めとして、そこでの飲食、あとは授業中の居眠りや、遅刻、宿題忘れ、極めつけは備品破壊、etc……去年の下半期だけで20件近くあるのよ?」


「積もってるなぁ…」


「余裕ぶっこいてるけど、アンタも全く同じくらい違反が積もってるんだからね?」


「ひー、恐ろしい」


「ちょっと待てって!? だから、なんで俺だけ好物が取り上げられてるのわけ!?」


「アンタは取り敢えずアイスを取り上げとけば大人しくなりそうだけど、コイツは簡単じゃないの。一言でで言うと、馬鹿に飲ませる薬はないってこと」


「うわぁ…有難いお言葉」


「インターネットやスマホの使用禁止とかにしたら任務に支障が出るし、外出禁止は任務が始まると無意味になるしで、効果的な懲罰が思いつかなかったのよ」


「デジタル依存症がこんな所で役に立つとは」


「そろそろグーでいくわよ?」


「お許し下さい」


 即座に放たれる圧に、いとも簡単に沈黙した逢里を横目に、綾音はパンパンと呆れ半分に手を叩きながら言った。


「分かった? 時間が無いからもう話はおしまい。これ以上悪い噂が立たないように気をつけること。……アンタたちが先生たちに目をつけられると、私の肩身が狭くなる一方だわ」


 今日一番のため息と共に手帳を閉じた綾音は、側でへたり込む彼方の襟首をグイッと引き上げ、足早に講堂へと向かい始める。


「ね、綾音」


「…?」


 喧騒の間も時間は過ぎ、9時から始まる定例会まで、残された時間はわずかとなっていた。

 それを知ってか知らずか、かなりの早足で進む綾音に、逢里がこんなことを呟く。


「さっきさ…悪い噂を立てないように、って言ってたけど。結構、綾音の噂も聞くよ?」


「私の噂……?」


 意表を突いたかのような言葉に、ピタリと足を止める綾音。


「風紀委員長の先輩、せっかく可愛いのに指導が厳しすぎるから取っ付き難いよなぁ……って。テーブルテニス部、カッコ卓球部の諸君が言ってたよ〜? ま、別に悪い噂って訳じゃあ無いけどね」


「それが、どうしたって言うのよ?」


 どこか先ほどまでの冷静さを欠いた綾音の言動を気にすること無く、逢里はさらに言葉を続ける。


「鬼に叱られ隊――――って、知ってる?」


「ッ!?」


 逢里の口から飛び出した謎の名詞に、綾音はほんのりと頬を紅く染め。冷静を装い、返答する。


「なっ何よそれ!? 聞いたことないわね……?」


 意識し過ぎてイントネーションのおかしくなったその声音に、ボロ雑巾のようにそれでを引かれて動くだけの物体と化していた彼方が唐突に返信する。


「あ、そう言えば1年から聞いたんだけど、綾音のファンクラブってのがあるらしいな。ホントにあるのかは知らないけど、確か、そのクラブの名前が――――」


「なにゅっ!?」


 一瞬にして秘密を暴露された風紀委員長は、露骨な動揺を奇妙な言語で表現して下さった。


「なななななっ…! なんで知って…!?」


「えぇっ!? だから知り合いから聞いたって言ったじゃん!?」


「ぐぅぅぅぅぅうッ〜〜〜!!」


「ちょっと待って!? なにがそんなに機嫌を損ねたの!?」


 袖口から胸倉へとつまみ上げる場所を変え、彼方に綾音が詰め寄る。

 顔色を先程の薄紅色から完全な赤に変え、何かを言いたげに尖った視線を送り付けてくる綾音にどうすることも出来ず、彼方は壁に押し付けられたまま慌てふためく。


「おおおお落ち着けって! …え? 俺って何か悪いことした!?」


「ひとつ、聞かせて」


「え…? は…はい…」


「貴方は、あの人たちと関係は無いのよね?」


「あの人たちって…ファンクラブとってこと?」


「そ!う!よ!」


「無いです無いです一切関わりは御座いませんんんん!!!」


 彼方の必死の叫びが通じたのか、その答えを聞いた綾音はふと落ち着きを取り戻す。


「……そう、なら……良かった」


「ゲホゲホッ…… お前、どんだけそいつらのこと嫌いなんだよ……」


「当たり前でしょ!? ストーカーもいい所よ! こっちが仕事で忙しい時に集団で影から覗いてたり、わざと私たちの前で違反行為をして気を引こうとするのよ!? 馬鹿よ馬鹿! 好き放題やってくれるんだから!」


「まあまあ… その件に関しては彼方は悪くないから…」


 同調してくれる2人がせめてもの拠り所となったのか、ふぅ…と深く息をついた綾音は顔にかかった髪を手でかき上げ、2人に向き直る。



「その件に関しては、風紀委員でも極秘に捜査してるの。著しく風紀を乱してるって噂だから、何としても処分しないと……ごめんね、八つ当たりみたいになって」


「火付け役は僕達なわけだから……」


「……」


 今後、この話題には触れないでおこう……

 そう決意する彼方、逢里と、深呼吸を繰り返す綾音。

 そんなこんなで落ち着きを取り戻した三人衆だったが、そこに新たな喧騒の風が吹き込む。


 キーンコーンカーンコーン――――


「「「あ」」」


 先程の大騒ぎの影で、皆時刻の確認を怠っていた。

 それに、先程まで数多く居た生徒の姿が、廊下に一切なくなっている。


「やばい、これ本鈴……」


 逢里が呟き、


「ちょっ…! 定例会に遅刻するのはやばいって!」


 そう、珍しく危機感のある声で彼方が言い。


「もおっ! あなた達と居ると、ほんっとろくなことがないんだからぁぁぁぁあ!!!!!」


 最後に綾音が叫び。


 今日も平常運転(いつも通り)の3人は、講堂へと猛ダッシュで駆け込むのであった。





 coming soon……


お読み頂きありがとうございますm(_ _)m


続くエピソードも、是非お楽しみください!

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