23話:解錠の調
あの日彼らと出会うまで、自分は何のために生きているのか、何を成す為に生きているのかと、常に考えていた。
寝ても起きても、ふと思いを馳せてみればいつも生きる意味を己に問いかけてきた。
しかし、死への恐怖や生への執着さえ失われた虚無に覆われた瞳を目にし、心に決めたのだ。
「……俺は、Skuldを潰す。この世界の為、そして何より____お前たちの、未来の為に」
世の中を変えようとするならば、力が必要だ。…だが、力を求め辿り着いた先は、欲と執着がひしめく烏合の衆の中だった。
百年前、わずか一夜のうちに、それも1人の犠牲も出さずに争いを終結をさせた組織、Skuld。
確かに初めは、世のため人の為を思う人々が集っていたのかもしれない。しかし今になって裏を返してみれば、汚職や横領なんて当たりまえ。暴いても暴いてもキリがないほどに腐りきってしまった。
「大義名分。…そんな言葉使いたくはないが…。…だが、あの事件にケリをつけるをのは、俺と、お前達でなくてはならないんだ」
「…あの……事件…」
怯えた声で呟く少女の瞳は、本来あるべき光を失い。そして冷静が取り柄のこの少年ですら、その性分を発揮出来ずに、声音が荒む。
「そんな! 9年も…9年も経ってなんで! …あの事件に続きなんていらない! 終わった! 終わったんだって! あなたもそう言ったじゃないですか!」
「………」
数多の犠牲を払った出来事__自然災害や人為的な惨劇は、勿論記録として残る。
…だが、人の記憶には、永遠になんて残らない。薄れ、途切れ、書き換えられ。当時の一分一秒ごとの感情など、あっという間に本来の姿からかけ離れたものになっていく。
9年という月日は、そんな切ない事象が大いに干渉し始める。人々はその日のことなど忘れ、何ら変わりのない日常を送っている事だろう。
…しかし。その9年間を、ある日あの時起こった事件を、常に隣において生活していたならばどうだろう。その日の名残を9年間目にし続けていたなら、記憶は薄れていくどころか、より鮮明な事として残り続けるだろうと俺は思う。
つまり___
「…今、9年も経ってるのに、と言ったな? まず、その語弊から正しておこう」
___”生命・爆発”
ある研究所での科学実験の最中、事故により実験体が爆発。結果として数十人の死者を出し、建屋周辺に大きな傷痕を残した。
…と、報道こそされたものの。事実は全く見当違いなものなのだ。
※
「……あの事件は、起きてから9年という月日が流れた今でも、全く収束などしていない。 …逆に、事態は悪化した、と言った方が現実的だ。この9年で、新たな争いの火種が生まれた。たった1つのものを巡って、また人間は争いを始める。…それを止める鍵が、お前たちなんだ」
この世で起こる出来事には、必ず理由がある_____
どこかのお偉い学者さまが唱えたように、そんなわかりやすい定義で括られた世の中で、起こるべくして起こった9年前のあの出来事。それも、裏にはやはり、起こるうる理由があった。
一言で済ますのであれば、人間の____『奥深い欲望』である。
偶然とも自然とも違う。全くの必然である。
まず、人間には”するな”と言われた事を、わざわざ”する”習性がある。これが、一つ目の要因となる。
随分と昔の話になるが、過去の大戦が一瞬で終結した事の裏には、ある巨大な『力』の存在があった。
その『力』を用い大戦を収束に持ち込んだのか、言わずと知れた巨大組織____当時はまだ研究者たちの集まり、という小規模集団ではあったが、それがSkuldという名の組織であった。
大戦末期、泥沼化した戦況の中、どの国にも属さない第三勢力として、彼らはある『生命』がもたらす『力』を、有効的な範囲で利用し、古典的な単純殺傷兵器の、さらにその上を行く武力介入を行った。
その武力と言うのが、『生命』の固有能力であった、『人の心に直接介入し、意思、思考、その他活動に要する行動定理を操作する』____という、絶対的な力。
それをSkuld創始者は善用し、争いの引き金となった『恨み』『怒り』『悲しみ』といった殆どの感情を、一時的に全人類から消し去り_____結果。休戦期間を含め、1.5世紀という馬鹿げた期間行われていた人間の啀み合いを、一夜にして終わらせる事に成功したのであった。
そんな彼らの努力により、長い____長い戦いが終わり。人類は平和を手に入れ、名目上、平和の為に『力』を行使した『生命』は、その命を終える事となった。
やっと手に入れた平穏を噛み締め、人類は文明を再び発達させ、生活の質を目に見えて向上させ、およそ百年___1世紀の時が流れた。
誰もが『生命』の存在を忘れ、永劫に流れる時を誰しもが刻み続け、そして___
ある時、『生命』は何者かの手により蘇らされた。……それも、大戦収束時には無かった『意思』を手に入れ、当時あったはずの『人による制御』を無くした状態で。
Skuldの創始者は、遺言として、こんな言葉を残した。
『 『鍵』 が現れるまでは、決して 『生命』 の名を呼んではならない_____』
と。
文字通り、何者かの手によって____『するな』ということを「する」____という習性が、体現された訳だ。
「鍵……つまり、あの時僕たちに宿ったと言われている『力』が、そうであると……?」
「まあ確かにな。それもそうなんだが_____」
話を、あの日の事に戻すと。
何者かの手によって行われたであろう、『生命』を蘇らせるための動向。それは、遺言に背いた罰か、将又必然的なものだったのかはわからない。___が、結果として、失敗に終わった。
だからやめておけば良かったんだ……等という言い訳が浮かぶ前に、『生命』という存在が息を吹き返す____その瞬間。
その周辺に存在した、全ての生命が『消滅』した。同時に誕生した、たった1つの新たなる『生命』を除いて。
偶然にもその場所に『事後』、足を運んでしまった少年たち。その少年たちが、今自分の目の前に座る____幸坂逢里・湖富綾音、そして、佐倉彼方の3人である。
いや、ただ居合わせただけならまだ良かった。
……不幸な事に、『生命』はその少年たちを、選んでしまったのだ。
自分を操舵する人間として____ではなく。今度は、自分が操舵する人間として。
大戦を終わらせた『あの力』を、『生命』は3人へ向け行使し、そして____
「……だが、お前たちは未だに、『生命』に精神操舵されていない。……そこが、1番重要な所であり、危険な所でもある」
「…………」
あの大戦を終結させた、『生命』の能力。人の感情を塗り替え、思い通りに動かす、禁忌の力。
『禁忌』とは、絶対に触れてはならない、『掟』や『規則』の事である______
紛れもなく、辞書にはそうある。
だが___その『禁忌』を跳ね除け、それでいて尚、『禁忌』そのものを支配し続ける存在が、そのとき生まれてしまった。
『生命』の力を、故意的ではないにしろ我がものとし、その力の断片を各々吸収した存在____ 選別者。
よって彼らには、『五感発達』、『思考直結』、『記憶超管理』____
そう呼ばれる身体的、もしくは心理的な特徴が、『生命』から受け継がれ、能力として授けられた。
「…Skuldは『鍵』を。お前たちを、手に入れようとしている。無論、『人材』としてではなく。ただの、『道具』として」
1度成功した事を、再びやれ___と言われた時。1度出来たからもういいだろう……と、鷹をくくり逃げ出そうとする者。そして1度出来たのなら、2度ならず3度まで、将又4度と繰り返し、『完全』を目指そうとする者。
今回に限って言うならば、彼ら3人の力を手に入れんとする者達は、後者であると言える。
大戦を終結させた『生命』を、再び人類の制御下に置く。それが、最終的な目標であり、目的なのだ。
「……でも、一体何のために……? この世界で、再び戦争が起きるなんて信じられない……。 それに、私たちの力なんて、そんな大きなものじゃ____」
「いや、在る。……上層部の連中が、喉から手が出るほど欲しい『力』が。お前たちには、授けられた」
「____!」
言葉を重ねるようにして、言う。
「もちろん、今の世の中で戦争なんて言う物騒なことを仕出かしてる人間はいねえ。____けどな……間違いなく、敵は『居る』んだよ」
敵。人類の敵。
その言葉を聞いた時、間違いなく誰もが思い浮かべる、生粋の悪____
「……まさか、それって_____!」
「ああ……そうだ。人間には『敵』がいる。それを打ち倒すための『力』が、今のSkuldには必要だった」
この世の道理には全て、理由がある。そして、全て繋がっている。
こんな単純明快な世で、何故もこう人間は食い違うのか。
「『異進種』____全人類、共通の敵。その撲滅に、かの『生命』の力が、必要とされた」
「……!」
大戦終結後、半世紀ほど経った頃。人の数は平和故に少しずつ増え、着実に繁栄の一途を辿っていた。しかし____
ある日突然。その数が、再び減少を始めた。その原因は、今でこそ、こう呼ばれる。
『異進種』____と。
「当時___平和条約が結ばれた世界では、存在した兵器の殆どが処分されていた。持っていたら、いつまた争いが起きるとも限らんからな。……まさか、また命のやり取りをするハメになるとは___誰も思ってなかっただろうよ」
どうやら頭の固い上役は、『生命』の力を持ってしなければ、事態が進展しない____と考えたらしい。
かつて人間を操ることが出来たのであれば、その人間よりも圧倒的に下位にあるであろう獣にも、同じことが出来るのでは___?
……と。
まあ、確かに画期的な案ではあると思う。
しかし_____
「だが……その計画を実行する事で、お前たちに何らかの影響がないとも考えられない。……そのリスクを背負ってまで、俺は世界を守りたいとも思わない____かと言って、いつまで『生命』がお前たちの中で大人しくしているかも分からない。……だから、『計画』が必要だった」
「…………」
既に事は、国家を交えて進んでいる。
あの日、『生命』のを授かった人間を集め、力を抽出___もしくは発現させ、『国』という組織の力とする。
……それを止めるならば、もう、時間が無い。
「はあ……。私たちを守るため……なんて言うから、てっきり命でも狙われてるのかと思ったわよ。……まったく、もう少し配慮して話してもらいたいものだわ?」
「……確かにな。もちろん、その可能性を俺も疑った。だが、やはりおまえ達に直接危害が加わる事は……無いな」
「その自信は何処から出てくるのよ?」
「考えてみろ。お前達が死ぬ、もしくは生命維持を自らの体で成せなくなった場合……まあ殆ど死んでいる訳だが、その状況になった時、お前らの中に居るとされる『生命』に、なんの影響も無いと、断言出来るか?」
「……! それは……」
「だろ? まあもし仮に、過激派やらなんちゃらが居たとしても、俺たちが守ってやる。心配するな」
まるで、自らの子どもを見るように。重厚な安心感を帯びた健慈その言葉に、嘘偽りは無い_____
憔悴の余韻を見せながらも、胸をなで下ろすように息を吐き出す綾音。そして、一連のやり取りを見ていた逢里も、どこか晴れた表情で口を開く。
……が、
「ええっと……僕からも……いい……ですかね……?」
しどろもどろに語尾を濁し、辺りを気にするように脇目を振る。
「ん? 俺のパーフェクツな説明に、なんか異議か?」
「いや……異議と言うかなんと言うか……。声を大にして言いたいけど、言っちゃいけない事な様な感じがして……」
「は?」
「うーん。まあ何て言うか、だってこの話、悪く言ったらクーデター……ですよね?」
それに、ハッ! と状況に気付いたらしい綾音も同調する。
「そ、そう言えば……! やっぱり寿健慈は寿健慈ね。詰めが甘いんじゃないの?」
すっかりいつもの調子が戻った様子の生徒からの、耳が痛い程の指摘の嵐。
……が、言ってしまえば健慈も、今の状況に満足____余裕を持って尚余りある自らの計画に酔いしれている、とまでは行かないが、やはりここ一番の自身に満ち溢れた声音で言った。
「あーなんだ、そんな事か。……ホレ」
さっき飲んだ酒が……いや……回るはず無いんだがなあ……と、そんな事を一瞬考え______パチン! 指を鳴らす。
すると、
「うわぉ……マジか……」
「え……え……?」
広々とした宴会場の座席、厨房から、一切の『音』が無くなる。
「……ま、つまりこういう事だ。……取り敢えず、この場に『敵』は居ない。全て、俺たちの『味方』さ」
辺り一面を取り囲む、Skuldの構成員____だと先程まで少年たちが思い込んでいた人々は、場にいる全員が、健慈の一派に属する人間だったらしい。
健慈がたった一度、指を鳴らす。その行為一つで、ここまでの統制を成しているのは____その練度が、如何なるものかを表している。それほど、見事なまでの『起立』だった。
「はは…。流石にこれは…苦笑い、ですね」
「てっきりただの脳筋だと思ってたら…見直したわ」
少し悔しげに言う女生徒を他所に、一斉に立ち上がった『同士』をもう1度指を鳴らし着席させた健慈は、そんな少年少女の新鮮な驚き(一部は罵倒の類だが)を堪能する。
だが、そんな酔いしれる光景の中、酒分によって染色されていない冷静な脳が、一つの『不可思議』な情景を捉える。
「ん? ……おい彼方、そういやお前____さっきからなんも喋って無いよな? どうした、らしくもない」
腹でも壊したのか……? と、珍しく本気で心配している健慈であったが、次の瞬間。
「……ん? ……どうした?」
「いや、それは俺のセリフなんだが」
「キョトン」と、これが漫画ならばコマ割りに大きく印字される程、とぼけた表情で返される。
「……まさかお前、これまでの話____」
確か彼方は、この話の入り際___かなり眠そうにしていた気がする……。
(コイツ……居眠りでもこいてやがったのか…?)
もしそうだったら、湖富がいつもやっているように彼方からアイスを取り上げてやろう。しかもそれを縄で縛って転がした彼方の前で、如何にも美味そうに食ってやろう……。
そんな、絵に書いたような地獄絵図を健慈が想像しているとは露知らず。
「…話って? さっきの?」
「ああ。それ以外に何があんだよ」
心底不思議そうに、ぱちくりと瞬きをしながら、彼方は答える。
「あー、いや……そりゃもちろん聞いてた。聞いてたけど……なんつーか……」
「途中から寝てました〜なんてーのは聞いたうちに入らんからな?」
「いやマジ、聞いてたから! 始めっから終わりまで!」
この反応を見るに、確かに聞いてはいたようだが……。何故こんなに歯切れの悪い言い方をするのだろうか?
そんな半信半疑の思考を、誰しもが働かせた___その時。
黒髪の少年のが、実に申し訳なさそうに___それでいて、どこか論理の確信へと至った、自信あり気な科学者のような瞳で、こう言った。
「なんて言うか……今の話、聞いたことがあるんだ。9年前__あの日から始まった事件のことと__」
彼方がチラリと目配せをするその先。
そこに、紡がれるはずの言葉の続きが音もなく存在していた。
人に囲まれた机上に置かれた、空のジョッキグラス。そこに映り込んむ純白の髪と、そして空色の瞳。
「今この世界で起きてる、もっとデカい”何か”を_」
鏡のように世界を映し出す、ガラスの表面。
そこから放たれる女神の視線だけが、この世の全てを語っていた。
coming soon……
お読み頂き、ありがとうございました。




