22話:明かされる計画
どうやらこの世には、『神』が存在するらしい。どこへ行っても、何をしても、必ずしも何かしらの問題を提起する、捻くれた性根の神が。
「…ったく、Skuldの連中は何してんだ? こんな木1本管理できねぇ、能無しの集まりなのか?」
「その『能無し』に、間違いなく教官も入ってると思いますけど」
「いちいち揚げ足とんなっての、このクソガキ」
そう悪態をつき車から飛び出すのは、純白のバンの運転手、寿健慈である。そして、その眼前に倒れ込んでいるのは不自然に根元から折れた、大木の骸。それも、曲がりくねった山道のカーブ直後に鎮座している。あわや直撃してもおかしくはない、まさに危機一髪のタイミングで、車は停止したのだ。
「作業班が来んの待ってたら夜になるな…。幸坂、手を貸してくれ」
「まさか、僕たちで退けるなんて言うんじゃ…」
「ん? その通りだが…何か問題あるか?」
「うへぇ…」
後部座席の2人が荷物によって缶詰状態の今、健慈が頼れるのは逢里1人しかいない。それを悟った助手席の守り人___逢里は、深々とため息をつきながらも立ち上がり、これまたため息をつきながら車外へと足を運んでいった。
…と、その一部始終を荷物に埋もれながら見守っていた1人が、ポツリと一言。
「教官が唯一自慢できるの、あの馬鹿力だけよね」
「馬鹿が付いてる時点で褒めてないよね…それ…」
綾音が言う、健慈唯一の長所。それは、今車内にいる2人の目の前で行われようとしている、文字通り『馬鹿』げた所業。
2人の視線の先、グゴゴ…! という音と共に、道を塞いでいた大木がゆっくりと持ち上がっていく。その動力は、なんと健慈である。
やがて倒木は少しづつ向きを変え、道に沿うように縦に置き直される。
「…ホント、就く職業間違えてるわよあの人。極地建設地にでも行ってあげたらいいのに」
「はは…」
呆れた様子で告げる綾音に、彼方も呆れ混じりの相槌を打つ。そんな車の前方では、散らばった枝や木が折れた衝撃で飛び散ったであろう土塊を、逢里が道端へ蹴飛ばしている。…実に、面白くなさそうに。
「…ねぇ、彼方」
災難だったな、逢里。…と、心内で密かに友へ同情の念を送る彼方だったが、小さな声で、隣人に呼ばれる。
「……今回の任務、いつもと違うって思うのは……私、だけなのかな…?」
「……」
窓の外へと向けていた視線を、僅かに車内寄りへと移しながら綾音が言う。僅かに揺らぐその瞳が、彼女の心情を、不安の意を映し出している。
「…俺も、そう思う。…なんて言うか……いつも通りであって、いつも通りじゃない……そんな感じがする」
「…どういうこと?」
「あ、いや…。とにかく、いつもは無いことが普通に起きてる。つまり…そういう事?」
「なんで疑問に疑問で返すのよ…」
自分で言った事に首を傾げる彼方に、綾音は純粋な笑みを送って答える。
「ふふっ。彼方は、いつも通りみたいね」
「はぁ…。だと良いけどな………って綾音っ! そっちの箱倒れるっ!」
「えっ?」
急転直下に声のボリュームが上がり、綾音の肩がビクッとはねる。
先ほど続け様に扉が閉まった衝撃か。将又、移動中の揺れによってズレが蓄積されていたのだろうか。彼方の目には、綾音側の荷物が一斉にバランスを崩し、スローモーションのように迫ってくるのが見えたのだ。
「あぶねっ!」
「…っ!」
背後で起きた事に、綾音は驚きのあまり目を見開いている。初期微動段階からそれを見ていた彼方でも、ギリギリのタイミングでしか支えに入ることが出来なかったのだから、あと反応が少しでも遅れていたら、荷物に頭上からノックアウトされる所であった。
「ふぅ。…綾音、大丈夫か?」
ズシリと左腕にかかる重みを感じながら、小さく縮こまってしまった綾音に声をかける。
「う…うん。…大丈夫…大丈夫、だけど……」
「…だけど?」
その続きを聞こうとして綾音の顔をのぞき込み、そして、彼方は気づく。
「………」
自分よりも僅かに小さなその体躯を更に縮め、俯き具合に佇む綾音の顔を通り越し、真っ直ぐと背後の箱へと伸ばされた自分の腕と____そして、今自分たちが狭い車内で無理矢理体をねじったことにより、極限状態のさらにその先を行くほどの密着状態にあることを。
「………」
これらの要因によって構成された現在の状況____壁際に押し付けられる女の子と、壁にドンする男の子____この際壁ではなく箱だが、体勢だけなら立派に『アレ』。『アレ』が、成り立っている。
「っ! ごめんっ! 別に下心があったわけじゃなくて…」
まるで不相応な体勢ではあるが、仮設的な『壁ドン』が成立している。
それを認識し、慌てて弁解に走ろうとする彼方であったが、予想外の言葉に虚を突かれる。
「そんなに焦らなくても…怒ってないわよ…。私を助けるため……だったんでしょ?」
そう言って僅かに持ち上げられた綾音の顔は、僅かな街頭に照らされてか、少し色味がかって見えた。加えて、その声音にいつもの鬼気は含まれておらず____
(こいつには…下心メーターなんて名の測定器が…内蔵されてでもいるのか…?)
そんな事を考えもしたが、まあ何はともあれ。言葉の通り、早く離れなければ先が怖い。
そう続けざまに思い、体を支える唯一の柱であった左腕に力を込めようとした、その時。
「あ…」
目の前にいる綾音が何かに気づき、細い声を上げる。意識を左腕に取られていた事もあり……と言うか、主な理由はこっちの方だ。耳元で囁かれたことによって、集中力がかき乱される。
「な、なんだよぉぉおうっ! …ぐ…おぉぉ…っ!」
まさに惰神の所業。今来る!?というタイミングで、彼方の横にあった箱の山が倒れ、物凄い力によって背を押し戻される。もちろん、綾音の方面に。
「くそっ! 何入ってんだよこの箱ぉっ!」
「中身を気にする前に体勢を気にしてってばぁっ!」
「んな事言ったってっ……割とっ…マジで重くて……」
だがこんな時でも、神様は救いの手を差し伸べてはくれないらしい。もはや全てを支える大黒柱__左手を付いていた段ボールが、腕を呑み込むようにベコりと凹む。
「あ」
「あ…」
2つの似たり寄ったりな意味を込めた声と共に、彼方の左腕は箱にめり込み、続いて体も倒れ込む。そして、
「ふむっ!?」
なにやら、柔らかい物に顔面が当たる。と言うか、そのおかげで衝撃が吸収されたと言っても過言ではない。
後頭部に何個かの荷物がゴスゴスと当たっては来たものの、それさえも当たる度に柔らかなマットレスによって無力化される。(当たった箇所は痛いが)
「………」
数秒の静寂。
顔面のあまりの収まりの良さに、そして背中にのしかかる荷物の重みによって、『起き上がる』という脳内選択肢が削除される。
(…このまま寝たい。安眠につきたい)
そんな、最上級の低反発枕に身を預けるような感覚に酔いしれていた彼方の肩を、誰かがトントンと叩く。
「…彼方」
名を呼ばれる。そして、ふと、閉じていた瞼を開く。
「…ん?」
目の前には、やや角張った茶色い物が。
あれ、これって綾音が…健慈に渡れてた紙袋じゃ…? …そうなると、なぜその紙袋が目の前に? 確か綾音が膝に抱えていた筈では…?
(…ん? …膝? …抱えて?)
そう思い立った時には、既に取り返しのつかない所まで事態は進んでいた。…いや、進めてしまっていたのだ。自分で。
「…う、あ…綾音…さん?」
「………」
これが世に言う、無言の圧力というのであろうか。先ほど名を呼ばれた方向へ、恐る恐る首を向ける。そして、見上げたその先。
冷徹な視線の鬼と、目が合う。
「あ…あの…」
「やっと…起きたのね…」
上を見て顔があると言うことは、つまり____
「…っ! ごっ、ごめんっ! すぐ起き上がるから…」
「今度は……許さないんだからぁっ!!!」
「すいませんでしたぁぁぁぁぁあっっっ!!!」
年頃の女の子の膝を無断で借り、更には数十秒間その温もりに浸たるという愚挙に出た者を打ち据える、バシンッ! という音と、倒木処理を終えた逢里・健慈の前席ペアが帰還したのは、ほぼ同時の事であった。
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「ふぉぁぁぁ~~~」
そんな情けない声を存分に吐き出しながら畳敷きの大広間に寝転ぶのは、誰とも見間違えようの無い黒髪の少年___佐倉彼方である。
「お前…公衆の眼前で、よくもまあそこまで腑抜けられるな」
「いやぁ、閉鎖空間から解き放たれたら誰でもこうなるでしょ~。てかここ、一般人は入れないじゃん」
「まあ…それもそうだな」
「だろ~~~?」
「文字通り伸びきってるね。体も語尾も」
「ほぁぁぁぁぁ~~~」
倒木の処理を終え、再び移動を始め数分。一行は最終目的地であるベースキャンプへと入った。…キャンプと言っても、実際はしっかりと屋根のある「元」温泉施設を改修した建屋である。
時刻は午後7時前か。チラリと針に目をやったひとりの少女は、緩みきった男三人衆を横目に、ひとり静かにお茶を啜っていた。
「…こほん。それで?、いつまでアットホームな雰囲気でいるつもりなの? あなた達は」
彼方につられて座布団を枕に横になっていた教師に、冷ややかな声がかけられる。声の主の長く細やかな髪は、ここに到着する前突如として降り始めた雨____ではなく、施設の浴場を使用したことにより、僅かに水分を含んでいる。
「うーん…。そうだな……ひと眠りしたらって言ったら、どうする?」
「…その座布団を口に入れます」
「おっと待った。お前はマジでやるから洒落にならん」
先程よりも更に温度の下げられた声音に気圧され、気だるそうに身を起こした健慈が言う。
「あ、湖富。俺よりも先にそいつを止めた方がいい」
「はい?」
疑問符と共に、健慈が指さす方向に目をやる。すると、彼の背に隠れていた彼方が、完全に活動を停止している。
「なっ! ちょっと彼方!? あなたが寝たら話が進まないじゃない! 起きなさいよ!」
綾音の、本日二発目の平手打ちが炸裂する。一発目よりかは威力弱めだが、それでも睡眠を妨害するには十分すぎるほどの破壊力があった。
「ぐは……痛いんだけど…」
「横になってるから寝るの! 体起こしてなさい!」
「ぶー…」
ムスッとした表情で如何にも重そうに起床した彼方を背に、伸びをかました健慈と逢里も行動を開始する。
「…ま、そろそろ始めるとするか。…てか腹減ったな。おばちゃん、枝豆とビール頼む」
「また食べるんですか。…じゃあ僕も唐揚げ定食でも食べようかな…」
「ふえ? んなら俺も宇治抹茶バー1ダースほど…え、無い? マジかぁ…」
「こいつらぁ…!」
本気の殺意が込められた視線を向けられ、自由奔放極まりない教師と男子生徒2人も姿勢を正す。
「ええっと? 確か幸坂の質問からだったな。…何だっけ?」
「はい。Skuldが組織として立ち上げた計画の他に、あなたも何か企んでいるんじゃないかと言う事。それについての答えを十秒以内にどうぞ」
この施設に立ち入ることの出来る人間は、駐屯しているSkuldの討伐隊、そして施設を切り盛りする職員のどちらかであると言える。要に、一般市民は立ち入ることが出来ないわけだ。
しかし、そうとは言えど時刻は夕食時。都会のレストランとまでは行かなくても、かなりの賑わいを見せている。
そんな状況を気にしてか。一度辺りを見渡し、はぁ…と大きなため息をついた健慈は、3人の視線を一心に浴び、再び話し出す。
「…簡潔に言うなら、その答えは『Yes』___だ」
すっと、誰かが息を飲んだ。いや……誰かがではなく、誰もが息を飲んだ。
2人の少年と1人の少女、そしてそれを口にした教師までもが。
「…その詳細について、聞かせてもらうことは可能ですか? その…機密的な意味で」
「まあ、お前たちなら問題ない…はずだ。…逆に、知っておいて貰わんと、これから困るかもしれねぇ」
「ならもっと早く言えって。俺たちの仲だろ~?」
ゴスゴスと彼方に脇腹を突かれ、苦笑を交えた声で健慈が言う。
「出来るならそうしたんだがな…。今が、その時だったって事だ」
健慈がそこまでを言い終えた時、先ほど注文したビールと肴がテーブルに届けられる。それをプチンと弾き出し、緑色の豆を口に放り込む。
「今こうして緑の植物が食えるようになったのは、たった百年前の事だ。それ以前は人間によって地が、水が、大気が死んでいた。で、その先人が汚した地球って名のキャンパスを元の蒼色に塗り直そうって立ち上げられたのが、Skuldって組織な訳だが____」
グビグビと小麦色の液体をあおり、半分ほどに内容物が減ったグラスを、机にトンと置く。
「生憎……地球の姿が元に戻るにつれて、Skuldの姿は反比例に醜くなって行った」
「……」
酒のせいか、それとも心根から悔やんでいるのか。神妙な面持ちで続ける健慈。
「俺はこの職に就いて、最先端の教育現場を見て分かったんだ。…この国は、この世界は、根っから腐ってるってな」
「…つまり、政界の闇を知ったって事ですか? それを知ったところで、それを僕たちに言ってはならない理由にはならないと思うんですが」
「確かにな。お前らみたいな中坊に文句をぶつけたところでどうにもならない。…だが、いざ俺が、大人が本気になって抵抗すれば___どうなる?」
「あなたが本気になった所を見た事がないから……なんとも言えないわね」
それを言っちゃ元もこうもねぇだろ……と、また一口グラスに口を付ける健慈。それを離すと同時に、こう呟く。
「過去の歴史を見れば分かる通り、集団の力は強い。そして、その集団の力に頼った争いが、戦争であり、大戦であり、人類が犯した一番の罪である__と、俺は思った」
「一揆衆…デモ隊…左翼…挙句の果てには反政府勢力なんていう呼ばれも存在したわけですし。確かに、一理ありますね」
「一理どころじゃない、百理あってもおかしくは無いんだ。結局、集団は圧倒的な暴力を生む」
語り合いを始めかける2人に、すかさず声が掛かる。
「じゃあ何? つまりあなたは、Skuldを解体しようとしているの?」
「いや、無理だ。俺1人の力じゃ無力極まりない。言ったろ? 集団には個人じゃ勝てない」
「はぁ…。要するに、何が言いたいの?」
「……」
よく動いていた健慈の口が、先程までの面影もなく閉ざされる。
そして、数秒後___
たった一言。それだけで、3人の生徒の、寿健慈という一教師を見る目を、大いに変える事となる。
「…俺は、Skuldを潰す。…この世界の為、そして何より、お前たちの未来の為に」
coming soon…
お読み頂きありがとうございました。




