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時刻神さまの仰せのままに  作者: Mono―
第一章:学園
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21話:夕焼けの残響


あの「音」から、およそ半刻。今現在身を置くこの場所からの景色は、鮮やかな橙に染まりつつある。いわゆる、夕焼け空というやつだ。



「…ね、彼方」



そんな車窓からの景色をぼんやりと眺める俺に、隣から声が掛かる。



「本当に体は、大丈夫なの?」


「うーん。大丈夫だと思うけどな…」



曖昧な答えに、問の差出人は目を細めて応える。そして、そのじと〜っとした目を俺に向けながら、膝に抱えた紙袋を僅かばかり胸元へと寄せる。



「あのー、その視線は一体なんなのでしょうか…?」



と、こちらは目を丸くして質問を返す。



「…変なこと、考えないでよね?」


「はい?」



どうやら、ありもない疑いをかけられているようである。まあ、この状況なら危惧する理由も何となくわかる気がするが。



「…考えてません」


「どうだか」



綾音は最大級のジト目のままそう言い残すと、ぷいっと顔を背け

辺りの山___車窓から覗く景色としての「山」ではなく、辺りを取り囲む荷物の「山」へと、視線を戻した。



(お前らのせいで軽蔑の目を向けられるハメに……)



自身の左に積まれた箱に口には出さず愚痴をこぼしながらも、意思のない物に当たってもしょうがない。そう自分に暗示をかけ、この状況を作り出した張本人、今乗っている車の「運転手」へとその矛先を向ける。



「邪魔でしょうがないんだけど、この荷物。…降ろしていい?」


「やめろ」


「…狭いのは着くまで我慢するしかないにしても、荷物これらが何なのかぐらい教えてもらえませんかね」


「面倒臭い」


「…彼方、この人が口を割るまで10秒に1個ずつ外に放り出しましょう。そうすれば車が空になるまでには吐くでしょ」


「やめろっ!」



俺の一言が引き金になり、この車の乗客が口々に不満を垂らし始める。「健慈の向かう所、敵のみ」状態。



「分かったよ…」



自分に味方がいないことにようやく気付いたらしい健慈が、渋々口を割り始める。


今のこの状況を一言で説明するならば、健慈の愛車・クリスティーナ号に大量の荷物と共に詰め込まれている。文字通り、物の如く詰め込まれている。…と言ったところ。


先ほどまでいた病院から、丸一日遅れで始まる任務ミッションの活動地へ、絶賛移動中である。



「別に箱の中身は大したもんじゃないさ。あの病院で実験テストしてたもんを受け取っただけ。要に中身は、書類と試験品サンプル


「サンプル? 何の?」


「新型の測定器スキャナーだよ。お前らが持ってる奴みたいな」



スキャナーとは任務に望む鳳凰学園の生徒全員に渡される、環境汚染の度合いを測定する機器の事だ。数値が一定値以上になるとアラームが鳴る、危機管理装備の一種。



「いや…そんな物なら送れよ。白猫ヤマトで」


「それができたら苦労しねえんだよ。機密が外に漏れるとか何とかで、許可が降りなかったわけ」


組織的規約そういうところは守るのね。あなたって」


「それ以外は守ってねぇような言い方だな…」



否定しない所を見るとその通りのようだが、自由奔放な健慈があの鳳凰学園の教師として雇われているのだがら、おそらくその辺の管理はしっかりしているのだろう。…その熱をもう少し、教育方面にも注いでもらいたいところではあるが。



「なんか突然訳分からんことが起き過ぎだな…。もう疲れたよパトラッシュ…」


「縁起でもないこと言わないの」



ひと通りの説明を終え、運転手けんじは再びハンドル操作に集中し始める。



「つかさ、まず俺はお前らが色々知ってる事に驚いたよ。魔神の事だったり…タイムマシンの事だったり。…ワンチャン俺より詳しい」


「私たちだって聞いたの今日なのよ? いつの間にか彼方は居なくなるし、帰ってきたと思ったらぶつかって倒れてるし…」


「う…その説は御心配をおかけ致しまして…」


「別に、無事ならいいのよ。…無事なら」



かぶりを振って応える綾音。



「……」



互いに続く言葉が見つからず、車内に静けさが戻る。残るはエンジン音と、たまに荷物が揺れて起こるゴトゴトという音のみ。



「……」



遡ればまだ1時間弱しか経っていない、あの病室での出来事。突如として鳴り響いた乾いた音の正体。それは、発砲音__銃声であった。


「健慈…何を…?」


俺達の目に映っていたのは、引き抜いた拳銃の銃口さきをカーテンの閉められた窓へと真っ直ぐ向ける健慈の姿。


「……」


銃口と健慈が真っ直ぐと捉え続けるそれは、カーテンが閉まっているせいで外が見えるわけもなく、何の変哲もない。ただの小ぶりな窓である。

だが、そこへむけ健慈は__躊躇いなく、ただ無造作に引き金を引いた。

結果として割れた窓に容赦なく風は吹き込み、時たまカーテンがふわりと流される。その都度チラチラと外界が覗くが、やはり不自然なところはない。


「…また、意味のわからない事をっ……!」


珍しく苛立った様子の逢里が言う。しかし、それに応えるのは健慈では無い。


「ぼっちゃんの気持ちはよう分かる。確かにこの人は頭のネジがどっかひとつ欠けとる」


カタリと音を立て、部屋の隅にいた女将が席を立つ。そして、足音を一切立てずに窓際へと進み出る。


「…さて、ここから先はわてのお仕事や。ほな、あんさん達者でな」


それに続き、驚いた様子の逢里と、俺の隣で硬直する綾音に向け軽く会釈をした職業不詳の若女将。


「あんたはこの子らをしっかり護る。ええな?」


「…ああ」


それは健慈の頷きを見て安心したように笑みを浮かべ、おもむろに窓を開け______


「…おいおいおい!!! 待てって、ここ何階だと思ってんだ!?」


無駄のない軽やかな動作で、窓の外へと飛び出そうと身を乗り出し始める。


「ん? 7階やけど…何か?」


「だから呑気か! 死ぬぞ!?」


「…ふふっ。良い子は真似しちゃあかんよ?」


そう言うと、抑止のために咄嗟に着物の袖をつまんでいた俺の手をさり気なく解き、何の躊躇いもなく窓枠を蹴った。


「…なっ!」


「…っ!」


ふわりと裾をはためかせ、一瞬で姿が視界から消える。

俺の後ろでそれ見ていた綾音が声にならない悲鳴をあげるが、逢里と共に窓から顔を出し、その行く末を確認する。…が、


「……」


ストン。という鮮やかな着地。


「あの人…猫かなにか?」


「高スペックすぎるっ!」


ここに連れ込まれた時から薄々感づいていた事ではあるが、それに改めて逢里共々頭を抱えた。


「…おい」


しかし。安堵に満ちた俺に、新たな懸念材料が持ちかけられる。


「な…なんだよ?」


振り向き、その顔を見つめる。無精髭の存在からか、やや老けて見える顔面をこちらへ向け、健慈は一言。


「…行くぞ」


最短 言葉ルートでそう告げられ、無言で歩き出すその背を追いかけ、俺たちは駐車場へと脚を向けたのであった。






※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※






どこに停めていても目立つ、健慈の愛車である白バン・クリスティーナ号。それがあの時無駄に神々しく見えたのは、錯覚…だったのだろうか?


「乗って待っててくれ。人を待ってるんだ」


車の前まで着き、病室からの道すがら沈黙を貫いていた健慈が口を開く。


「…それで? ここまで来ちゃったけど、次はキャンプに向かうってことでいいのよね?」


言われた通り、バンのスライドドアに手をかけながら綾音が健慈に聞く。俺も、いつもの定位置である助手席へと脚を向けながら、健慈の答えを待った。


「ああ。…さっき逢里がした質問の続きは向こうに着いてから応える」


簡潔なお答えを頂き、三人揃って首を縦に振る。

そして、珍しく助手席に乗りたがる逢里に席を譲り後部座席へ。


「珍しく後ろなのね。…急に寄りかかって来ないでよ?」


昨日の電車での移動中起きた事をまだ覚えていたらしい先客に突っ込まれるが、


「広いから大丈夫ではないかと存じますが…」


「そう。なら、良いけど」


と、流れるように会話を済ませ俺も座席に腰を沈める。


「…ん?」


すると、腰を落ち着けたのも落ち着けたのもつかの間。ガラガラと、何か台車を転がすような音が近づいてくるのに気付く。


「何の音だこれ?」


「台車か何か転がしてんのかな」


同じくそれに気付いた逢里が振り向きざまに言う。2人で暫く音の正体を探るべくキョロキョロしていると、駐車された車の間から「それ」がやって来る。


「隊長~持ってきましたよ〜」


「お疲れ。載るだけトランクに入れて残りは後ろの席に頼む」


「了解で~す」


「「「…え?」」」



先の2人と、落ち着きの無い男共に苛立っていたらしい綾音を加えた3人の疑問符が車内に木霊し____



…そして、今に至る訳だ。



「圧倒的な狭さ。オンリーワン窮屈」


「…せめて正しい文法使って」



健慈の呆れ返るほどの愚狂に文句をタラタラと零す俺を、諭しつつ突っ込むという高等テクを見せる綾音。



「寝れないぐらい狭い」


「あなたさっきまで寝てたじゃない。気絶して」


「寝不足だったもので…」


「ま、狭いのには同感だけど」



荷重容量ギリギリの積荷のせいで、肝心な人間の方が押しつぶされかけているという、今のこの不可思議な状況。

台車5台分もあった荷物がトランクだけに収まるはずもなく。無事溢れ出した4割ほどの荷物が後部座席へと回らせることとなった。

大型のワゴンであるが故2人座ってもまだスペースは余っていたわけだが、そのあまった隙間を占拠した上で、更に俺と綾音の足元、膝の上までを侵略した。



「これ脚痺れるって。てかもう痺れてる。今、なう」


「…それ、そんなに重いの?」


「紙袋よりは重いと思う…」



俺の膝の上には、20キロ弱はあろうかという段ボール箱。無論脚は30分も置いておけば血行不良と神経圧迫で痺れ始める。それに比べ綾音はと言うと、



「私に嫌味言われても…。渡した人に言ってよ」


「呼んだ?」


「うっせえ黙って運転してろ」



ちゃっかり後ろに聞き耳を立てていたらしい健慈が、いやらしいタイミングで介入してくる。もちろん、冷たく突き放す。



「怒るなって。あと10分もかからねぇ内に着くからよ」



敢えて無言で応えておくが、どうやら本当に近場に来てはいるらしい。



「……」



いつの間にか景色は都会から田舎へと変わっており、鬱蒼と生い茂る木々が目立ち始める。



「…ん? てかさっき言ってたサンプルってこんな乱雑に積んどいて大丈夫なのか? 揺れで壊れるぞ」



ガタリガタリと揺れ動く箱の山を見て、健慈に警鐘を鳴らす。



「まあ人が抱えてりゃ大丈夫だろ」


「…もしかして、これがそれ?」



自分の膝に鎮座するこの箱を指したであろうその言葉に、一瞬耳を疑う。



「さっきお前に渡したやつがそうだぞ。因みに中身300万だから…壊したらただじゃ済まないな」


「はぁっ!?」


「少なく見積もっても、壊したら間違いなく俺の首が飛ぶな」



そんな重要なものなら、せめてワレモノの貼り紙でもして欲しかった所だが……。 時、既に遅しだ。



「戦闘中身に付けるもんだから早々壊れることはないと思うけどな。一応大事にしてやってくれ」


「…はい」



不自然な敬語に助手席の逢里が鼻で笑った気がするが、この際大目に見てやることにする。



「あ、それともう荷物まとめておいていいぞ。もう着きそう」


「俺ら動けないけどな」



最後に嫌味を垂らしておいて、会話を締める。


まあ、百歩譲って荷物番は良しとしよう。考え方によっては、荷物抱えてればいいだけの簡単なお仕事である。給料は出ないし脚は痺れる訳ではあるが。


しかし。今更ながら密かに俺が問題視しているのは、荷物番そこでは無い。



「……」



理屈ではなく、絵面で想像してもらいたい。



(あと少しで終わるわけか…)



今、俺が置かれた状況。始めはゆとりのある着席により、距離は充分に保たれていたと言っていい。しかし、しかしだ。

今を見てみよう。


両サイドには段ボールの山。窓の面積の7割ほどを覆い隠すこいつらの乱入によって、かなり切迫した状況になっている。


いつもはその剣幕に押されに押され、恐怖すら感じる相手である訳だが、いざ密着こうなってみて分かることがある。



(こいつも…女の子…なんだよなぁ…)



ただでさえ肩が密着しているのにも関わらず、車が揺れる度更に押し付け合う服越しの熱。加えて、綾音が頭を動かす度に俺の鼻を襲う、シャンプーか何かの香り。


どちらもお年ごろの、かつ健全な男の子にとっては高ぶるものもあり、緊迫するものもあるわけであり。



(意識したら負け…だな…)



…つまり、そういう事。



「…マジで修羅場」


「え? 何か言った?」


「独り言です。はい」



不満を並べても致し方ない…いや、もはや不満であるのかどうかすら怪しい自分の心を、無理矢理制御する。


そして蓄積された心労から、必然的にこうなってしまうわけだ。



「ふぁ……」


「…眠いの? もう少しなんだから我慢しなさいよ…」



大あくびをかました俺に、綾音からお言葉が授けられる。



「してるけどさ…。落ちたら許して」


「なっ! 急に来たらホントにゴスゴスするからね!?」


「それは事前申告すれば…枕にしていいという…?」


「いいわけ無いでしょ!? バカっ!」



恥ずかしいのか、それとも惚気話に付き合っていられないのか。再びそっぽを向く綾音。



(早く安眠につきたい…)



どこかの妖怪人間のようなフレーズを今の気分に置き換え、ぐしぐしと目を擦る。同時に再び、ふぁ…と気の抜けた欠伸をする。同時に、心身共に疲弊しきった身体から、グゥーと救難信号が出される。



「あ、お腹減って元気無かったのね」


「それだけじゃないけどな…」


「やっぱり変な事考えてるっ!」


「俺の威厳はどこへ…」



それに続く、あなたに威厳なんてあったの? という綾音の決まり文句を予測する。…が、いくら待っても綾音は何も言わず。しばらく俺の横顔を見つめた後、また隣の山へと視線を戻す。



(そういやこの状態に特に突っ込みは無いけど…綾音はどう思ってんだろ…?)



若干綾音の俺への当たりがソフトになったような気がしなくもないが、そんな思考を野太い叫びが邪魔する。



「はあぁぁぁっ!? ちょっと待てって!」


「なんだようっせえなぁぁあうっ!?」



直後急ブレーキがかけられ、荷物のせいでシートベルトを着けていなかったのが災いし、助手席の背面へと顔面からめり込む。



「…皆さん…シートベルト大事…着けなきゃダメ…絶対…」


「それ…自分に言ってるの?」



全くの無傷で隣に座っている綾音が、心配そうにこちらを見ていた。



「何で動じてないんでしょうか…」


「どんな所に泊まるのかなって思って、前見てたら…」


「見てたら…?」



言葉の続きを聞こうとするが、その答えは綾音の口からではなく、先ほどの野太い叫びと同じ声の持ち主によって顕となる。



「…なんで木が倒れてんだ? この辺に台風なんて来てないだろ?」


「もし仮に来ていたとしても…1本だけ倒れているのはおかしいですけどね」



その声に引かれ、顔を上げる。そして、目に入ったのは___





coming soon…


お読み頂きありがとうございました。

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