19話:再会
見つめた画面の中、失いかけていた1つの光を、再び見出す。
「これって……彼……方?」
画面に写る、黒髪の少年。
その出で立ちは私服そのもの、昨晩シャワーを浴びるからと言って追い出したその時のまま。いま自分や逢里が身にまとっている、制服と名のつくものでは無い。それに加え、
「彼方と……あれ? この人って……」
その色彩にはどこか見覚えがあり……ふと、昨晩泊まった宿屋の若女将であると気付く。
「侵入者って……この2人? 特に怪しくなんて……」
しかし、映し出されるその姿に、特に不自然な点は無く。
なぜ……こんな大掛かりな警報を……?
「……やり方に問題有り、ってとこか。人相だけなら俺の方が悪いだろうよ。ま、俺はそうは思ってねえけど」
相変わらず自分の無精髭を気に入っているらしい健慈だが、その瞳がどこか安堵したように揺らぐ。
「それで? どうするのよ?」
「うーん。……どうもこうも、このザマだしなぁ……」
混沌と化した部屋を見渡し、どこか呆れたようにポリポリと頭をかく健慈に、逢里が言う。
「具体案が無いなら、僕だけでも行かせてもらえませんか? 身分証明か何か出来れば、誤解も解けるでしょうし」
「それなら私も。証人は多いに越したことはないもの」
逢里に同調し、健慈をまくし立てる。
「はぁ……」
盛大なため息とともに無精髭を撫でた健慈が、ポツリと呟いた。
「……行ってこい。……これ以上、面倒なのは御免だ」
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「ハァッ! ハァッ! ……どこまで行くんですかっ!?」
「うーん、せやなぁ。もう少しで目的地のはずなんやけど……」
「目的地ってどこだぁぁぁあ!!!」
あれだ、高所恐怖症。もし俺があれだったら、間違いなく気狂いを起こし卒倒していたであろう。
数秒前、無事終了した曲芸は、恐らく強固なワイヤーを使った人間用の昇降機。それを使い急速上昇し、3階層をすっ飛ばし、「6」と数字のある階まで辿り着いたのもつかの間、再びの疾走に駆られている。
その移動をやってのけた当の本人はというと……
「あんさん、仮にも盛んな学生さんやろ? わてに負けてどうすんのや……」
「だから! あなたが普通じゃないんですってば!」
澄ました顔で俺を煽る余裕まで見せている。
……やはり、ただの若女将では無い。
「それで、目的地ってどこなんですか!? 」
「まあまあ、そんなに怒らんといてや。短気は損気言うやろ?」
「怒ってません!!!」
と、もちろん様々な憤りは感じているが、何はともあれ、何とか病院内には入ることが出来た。
無事に、とは……程遠い状態ではあるが。
「まぁ、もう少し走れば分かるんとちゃうかなぁ……」
「もう散々に振り回されたんですけど!? まだ走るんですか!?」
ここまでの大運動会により、ついに俺の体が悲鳴をあげる。
大晦日の疲労が抜けきらぬまま駆り出されたのが運の尽きであったと割り切ることも出来ず、ただひたすらの「走」を強制させられる今日此頃。
「そろそろ限界っ! まじ足やばっ……!」
「止まると、多勢いた黒塗りに捕まってまうよ?」
「それもやだぁ!!!」
駄々っ子の様にぐずり始める俺に、冷静沈着な御指導が入る。
(そう言えば……さっきから警備員見てねぇな……)
と、そんな事を考えついた瞬間。こんな言葉に、「走」を掻き立てられる。
「あとこの角1つ曲がったらゴールやで! がんばがんばっ!」
「いよっしゃァァァア!」
奇声とも言える雄叫びを吐き出し、その角を曲がる。……が、
「ァァァア!…………あ?」
曲がった瞬間、前を行く若女将が横に跳ぶ。
「えっ?」
そして、その理由が分かった時には、もう____
「え? かな……」
「あいぃぃぃぃ!?」
___遅かった。
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「走るよ!」
「うんっ!」
勢いよく飛び出そうとする茶髪の少年少女を、図太い声が制止する。
「待ちたまえ! この非常時に勝手な行動は慎め!」
「っ!」
その声に引き止められ、その足が止まる。……が、
「おいおい。こんだけ頭数出しといて、賊の1人や2人捕まえられない警備隊の頭が、一体どの口叩いてんだぁ?」
「……な!? 貴様! 誰に向かって口を利いている!?」
「誰もなにも、お前しか居ねえだろうよ。このクソ無能が」
「きっ、貴様ァ!」
「…………」
喚く上官の続く言葉に耳を貸さず、少年少女へと向き直る、1人の男。
堂々たる威厳を備えた「教師」の姿が、そこには確かにあった。
「……行け」
その一言に背を押され、頷き。1度は止まったその足を再び始動させる、2人。
その背を見送り。その男は、こう言った。
「お前、誰に向かって口を利いてる……って、言ったよな?」
「…………っ!」
無言で睨みを向ける上官へ向け、ゴミを見るような目で__嘲笑しか湧かない、この世へ向け。男は言った。
「それ、そのまま返してやるよ」
「……どういう……事だ?」
「お前の階級、言ってみろよ」
「か、関東支部……陸上保安大尉……」
「ふーん。大尉か」
「なっ! 1教師であるだけのお前が! どんな階級にあると言うのだ!?」
「そうだな……。じゃあ……」
そのの剣幕に全く圧される事なく。逆に制するかのように、1枚の紙切れを懐から取り出す。
「…なっ……」
その紙を見て、顔色を赤から真っ青に変えた大尉を見て。……いや、見ず。その顔に一瞥もくれること無く。
無関心に。無作為に。無表情に。
「……感謝しろよ? 俺が他人に名刺を見せんのは、3年に1度ぐらいだぜ……?」
そう言い、机に転がされた紙切れに背を向け。
男は静かに、その席を後にした。
「…………」
残された人々は、誰も口を開くことなく。
『国家・総務中将』
そう印字れた紙切れを、ただ見つめていた。
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人は自力で空を飛べるか?
答えは、NOである___
___で、あるはずだが。
俺の場合。
その答えは、Yesであったようだ。
「うごっ!」
「ぐぁっ!」
という2つの声が、ゴッ! という鈍い音と共に発生する。
「「あ……」」
そんな虚しい声も、少し遅れて生み出される。
他でもない、若女将の声と____
「逢里っ!」
そうか……この……聞き覚えのある……この声は……
「えっ? 彼方? ちょっと大丈夫!?」
(大丈夫じゃ……ない……)
「ほ、本当に大丈夫!? 救急車……あ、ここ病院! 医者……医者……」
と、あたふた歩きわり始める少女は_____
「あの……綾音……少しは僕の事も……心配して貰えると助かるんだけど……」
「あなたは話せるでしょ!? 彼方の方が重症なの! 息してない!」
(いや……してるんだけど……。声出ないだけで……って、これやばくね……?)
朦朧とする意識の中、ただ1つの事が、頭をよぎっていた。
(綾音……逢里……。そうか……俺……)
視界が薄く、色彩を失っていく。そして、白く染まりきる___そのわずか前……
(帰って……来たんだな……いつもの……場所に……)
そんな思いと同時に。
目の前から、光が失われた。
coming soon……
お読み頂きありがとうございましたm(_ _)m




