表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時刻神さまの仰せのままに  作者: Mono―
第一章:学園
22/67

18話:舞い戻る者


凍りついた空気の中、凛とした声が響き渡る。



「……聞こえへんかったか? このあんさんに手ぇ出したら、ただじゃ済まさん言うとるんや。……黙ってそこ通さんかい!」


「………っ」



その言葉にぴしりと打ち付けられ、毒づく警備員。


さしもの俺も、先程から大分豹変なされた女将さんを見て、言葉を失う。



「それじゃあ、あんさん。行きましょか」



警備員が怯んだ隙に、俺へと歩み寄った女将さんが、接客モードの柔声で言う。



「行くって……どこに……?」



豹変が繰り返される状況に困惑するが、なんとか返事を返す。



「あら? 病院なかに入りたいんと違うんか?」


「はい……そうですけど……」


「ほな、行きましょか」


「え?え? ちょっ!?」



襟首をグイッと引かれ、玄関先へと引きずられるようにして移動する。



「おい! 何してる!」


「止めるんだ!」



しかし。それを黙って見ているほど、警備の目は甘くはない。


その叫びを聞いた他の警備員も、続々とこちらへと目を向ける。


その視線に気付いたのか、



「……あら。鬼の形相って……あのことでっしゃろか?」


「何を呑気に!? てか首……絞まってまるから……離し……」


「おっと、すんまへんな。わてがあんさん殺してまうとこやったわ」


「…………」



解放された気道から酸素を目一杯取り込み、状況を再確認する。



(完全……不審者を見る目に……)



警備員たちの目は鋭く、最早弁解の余地がないほどに血気が立ち込めているようだ。


しかし、そちらの意図は理解出来ても、隣で笑を浮かべる女将さんの介入理由が……いまいち掴めない。


そんな俺に、



「なあ、あんさん?」


「……はい?」


「人を待たせとる時いうのは、急ぐ他に手段を選んじゃあきませんのや」


「…………」



とてつもなく悪い予感を感じる。が、もはやそれは止めようもなく___



「その為の手段其ノ壱。まず、走ること」



そう言うと再び、今度は襟首ではなく袖口を掴み、院内へ、猛然とダッシュを始め……



「ちょっ! 多分ドア鍵閉められて……」


「手段其ノ弐。障害物は、撤去が1番♡」


「えぇっ!? 待て待て待て待っ………」



ダメだこの人。


もう完全に別人。


あの清楚な女将はどこかに行ってしまった。


……そんな、淡い過去を省みる暇もなく。



女将さんが投げた、危険物なにかが当たった、その扉が。



「うおぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」



爆音と共に、粉砕された。






※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※






警備の穴を突く、という概念を。……完全に、逸脱した侵入方法。


というか……今の御時世、正面から爆破して入るって……



「これ完全にテロ!!! 一番やっちゃいけないヤツ!!!」


「あらぁ。喜んでもらって嬉しいわぁ……」


まぁったく待って喜んでないんですけどぉぉ!?」



……さっきからこの人、キャラ完全崩壊。


清楚完璧若女将なイメージはどこへやら。



てか……何がどうしてこうなったんだっけ……?




「あんさん足遅いなぁ。もっと速う走れへんの?」


「あなたが速すぎるだけですってば! なんで着物でそんな速くっ!」


「日頃の鍛え方やろなぁ……」


「あなた宿屋の女将さんやってんじゃ無いのかぁっ!?」


「うふふ」


「笑ってる場合じゃなぁぁぁい!!!」



一旦、状況を確認し直そう。




ビ___________!!!!!


ビ___________!!!!!


ビ___________!!!!!




と、まず耳に入るのは、けたたましく鳴り響く警報。


それもそうだ。


玄関爆破して侵入し、今現在追いかけっこで相手取っている警備員たちの目の色から見ても、完全にアウェイ状態。


救いようのない、A級犯罪者である。


警報を鳴らすに値する好敵手、というわけだ。



「って! なに納得してんだ俺ぇぇぇ!!!」


「ちょっとうるさいであんさん。黙って走らんと舌噛むで?」


「なんでそんな落ち着いてるんですかっ!? 今の状況わかっべっぐ!」


「だから言いましたやん……」



ちゃんと俺が付いて来ているか、定期的にチラチラと後方確認してくる女将さんだったが、警告通り俺が舌を噛んだとあって、やや心配気味な声で言葉を続ける。



「一気に6階まで昇りますさかい、バテんといてや!」


「っ!」



発言をしない事に決め、無言で頷いておく。



(この人……一体……)



疑問を感じながらも、角を曲がっては階段を昇り……。


まるで……目的地でもあるかのような、迷いのない足取りで進む、女将さん。


……いや、もう女将さんと呼ぶのはやめよう。


おそらく、この人は____



「おおっと!」


「え……? むごっ!?」



突然の衝撃と、視界が黒く染まった事で、その思考は寸断される。



「あらま……あんさん、以外と大胆」


「ぷはっ! すっ、すいませ……」



衝撃の割に痛みを感じなかったのは、前を走っていた女将さんの、その豊満な胸部によってそれが吸収されたから。


この際、物理的な痛みよりも精神的ダメージの方が深刻であった。


……まぁ、その後に続く急上昇よりはましであったろうが。



「えぇであんさん。手間が省けた、言うところでっしゃろかっ!」


「なっ! むぐっ!」


「しっかり掴まっといてやぁ」



その膨らみから顔を話すや否や、再びその双丘へと顔面を押し付けられる。……というか、もはや体ごと抱き抱えられる。



「むごごっ!?」


「あんさん反応が新鮮でおもろいわぁ。今度、劇場でも一緒しましょうかぁ?」


「むごごごごごぉぉ(だから呑気かぁぁぁ)!!!」



顔面を柔丘に沈められ、体を抱えられ、天も地も無くなったような感覚。


それもそうだ。


この時、跳躍という類ではない何かによって、深に言えば力強いモーター音を放つ何かによって、俺と女将さん、2人分の体重が宙を舞っていたのだから。



「あんさん息苦しくない? すまんなぁ、窮屈な所で」


「……むご(はい)」



無駄に動けば、女将さんの当たってはいけない場所に俺の体が当たってしまいそうで……というか、顔面だけは常にその状態なのだが、もしそうなれば落下、悪ければ死が待っているという恐怖感から、身じろぎ1つ出来ない。


よって、出たのは馬鹿正直な返事1つのみ。



「あと1階やからなぁ。もう少しの辛抱やでぇ! がんば!」


「むご(はい)……」



そんな状態は、おおよそ20秒ほど続いた。






※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※






室内は、激しい出入りのある扉の開閉音を始めとして、物々しい雰囲気に包まれていた。



「何事だっ!」


「院内に侵入者が! 現在、署内の人間を総動員して……」


「報告します! 侵入者はこの階へ向け依然高速で移動中っ!」



鳴り響く警報と、怒鳴り散らす大人達の剣幕が、事の重大さを言わずと伝えてくる。



「…………」



その中で、ただ1人。……いや、2人。


逢里と健慈だけが、平装を繕っていると言っていい。


逢里は資料と行き来する大人の波を無関心に眺めているだけだし、健慈に至っては非常事態だというのに、対処にも対応にもなんの意見も貸さず、何やらPC画面に浸っている。



「…………」



……言うならば、彼方の行方が分からなくなったあの時から、違和感は始まっていた。


昨晩健慈から説明を受けた時も、今この場で上官の話しを聞いていた時も、どこか上の空であり、右耳から入った情報が左耳から抜けて行くような虚無感に覆われていた。


……まるで、心という器にポッカリと穴が空いたように。



「教官……何が起きて……」


「……っ!」



問いかけようとして覗き込んだ健慈が、なにかに気付いたように目を見開く。


そして、一時の間の後、笑い出す。



「……ハハ。ハハハハ!」


「教官……?」



尚も、その笑いは消えない。



「何……笑ってるの? 頭……おかしくなった?」



その奇怪な行動に、逢里も気づく。



「この人がおかしいのは、数年前から変わらずでしょ」


「フッ……悪い悪い。……何もかも、想像通りだったもんでな」


「想像……通り?」


「ああ。これを、見てみろっ!」



そう言われて2人が覗き込む、大画面PCのディスプレイに。



昨晩失った、あの存在が。



ハッキリと、映し出されていた。




coming soon……


お読み頂きありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ