12話後編︰時の女神/下
2つの存在が、同じく時刻を語る時_____その歯車が噛み合い、時刻を動かす。
『人』と『神』。相見えずとも共存し、背中合わせの存在。
それが今、交錯した。
神は言った。
『未来を開くのは人間達だ』
と。
人は言った。
「未来は、神無くば叶わぬ」
と。
持ちつ持たれつ。そんな言葉の発祥である、この会話。
それによって人間は、『神』を信仰し。時間・場所によってその形を変え、神と共存し続ける事を望んだ。
一方___その対価を払うべく神も、人に『加護』たるものを与えた。
五穀豊穣、無病息災、平穏無事。その他、名も無きものまで、様々に形を変え。
その多種多様な対価により、人は永遠の安定を手に入れたかに、思われた。
しかし____
それを持ってしてもまだ、人間には不満があった。
安寧を刻む時間の中で、唯一。
ある1つのモノだけが、手に入らなかったから。
それが____ 時刻。
人という依り代__共存する者が存在する限り、「年齢」という数を重ねない神と違い。
人は、醜くも___美しく。それを刻む。
だが……それを、欲深な人間が許容するはずが無かった。
求め_______求め_______求め_______求め_______求め_______求め_______求め_______求め_______求め_______求め_______
遂に、手に入れた。究極の「力」。
それが、
時渡りの絡繰_____タイムマシン。
それが生まれた事により___神と人。
確かに繋がっていた存在は、一方の暴走により均衡を失った。
時間は流れ、刻まれる。
過去は変えられない。遡ることすら出来ない。顧みる事も出来ない。
……その、自然の定理に。人間は、逆らった。
そして、やがて人間は、「神」という存在を否定しさえするようになった。
自分たちは全てを手に入れた。自分たちこそ、「神」なんだと。
そう慢心した。
かつて崇め、縋り。その存在と共存すら望んだ人間は、ついに神を蔑ろにするようになった。
結果。双方の心は次第に遠ざかり、片方は暴走を続け、同胞で殺し合い、滅びに貧し。もう片方は自身を、自ら闇へと葬った。
「それが……狭間……?」
「ああ。神が引き篭もってる場所……それが狭間だ」
健慈の話は、理解出来なかった。
とうとう頭がおかしくなったのか?このヒゲ親父は。……とも思ったが、この真面目な顔を見るに、どうやら本当の話らしい。
しかし、理解出来ない。
「その狭間に最近、亀裂が生じた。細かく言えば、出入口が歪んだ……と言った方がいいか。……その歪みが、入り込んだものを消す作用があるってのは、ここ2、3日の間に事が分かったらしいが」
「消す……?何を?」
「存在そのものを、だ。普通の人間なら、一度入ったら帰ってこれない。……というか、入ったら即座に死ぬ。……らしい」
「じゃあ……彼方は……」
「まあ聞け。だかその中に……何故か分からんが生きて、出入りできる者がいた」
「え……?」
依り代となる人間が欲望に呑まれ、狭間という永劫に停止した時間の中で過ごす事となった神。
しかし彼等は、自身の統治する世界ならば安寧を得られると踏み。その世界へ、ある人々を選りすぐり呼び込んだ。
それは通称、選別者と呼ばれる___文字通り選ばれ……振り分けられた、孤高の存在であった。
「Skuldの創始者?選別者ってのが?」
『そうじゃ。……既に死んでおるがな』
「じゃあ……その人が、Skuldを興した理由ってのは……」
『……あの者は、時刻の重大さに気付いておった。そう簡単に人が、手を伸ばしてはならぬ代物だとも。故にわらわは全てを託し、やがて……その男は世の為、人を集めた。……まさか、あんな最後を迎えようとは……思いもせんかったが』
「……じゃあ、あんたの頼みを引き受けなかったから死んだ……って訳じゃないんだな?」
『はぁ……下等な人間1人殺したところで妾には何の利もうまれんじゃろう』
神にも無論、感情は存在する。人に比べれば単純で、純粋なそれが。
「……それもそうだな。得があったら俺なんか会った瞬間殺られてるだろうし」
『お前は下等ではない。ゲストじゃからな』
「自覚無いけどね……。で? いい加減教えてくれよ。タイムマシンは、何処にあるんだ?」
『む……そうじゃな』
コホン、と。
如何にも賢者らしい、咳払いの後____
神は、言った。
『タイムマシンたるものは、妾を含む神々が回収し、この世界で分解しようとした』
「分……解?」
『そうじゃ。『時呑歯車』として新成し、封印しようと尽力した。じゃが……』
俯き…囁くような、小さな声で。応えた。
『完全に分解し切るその前に……拡散……。散ってしまった。お前達の、生きる地へと』
時を同じく、人は言った。
「タイムマシンを……分解? じゃあ、もうその機械自体は、存在しないって事?」
「いや……。分解は成されなかった」
「え……?」
「俺も直接見た訳じゃないからハッキリとは言えんが……恐らく……。タイムマシン自体に仕掛けられた『罠』だった、という説がある」
人の言う所の、「科学力」である。
もし仮に。ある愛国心の強い戦士が、戦場で武器、防具を失い、唯一残った物が、背負った荷物にある大量の火薬。そして自身の命だけだったら……どうなるだろうか。
もちろん、上官からの命令は「敵の殲滅」であるとする。
___恐らく、その戦士は「自爆」という手段を取るであろう。
要するに。タイムマシンも、「分解」される前に、「自壊」したのだ。
いや……そうなるように、プログラムされていたのだ。
『人の居る地に再び歯車がもたらされれば、再び創り出すであろう? 何度も戦果を起こすようにな。……じゃから、回収しなくてはならない』
「……回収?」
『歯車と……その自壊に巻き込まれ現世へと散った、神々をな』
タチの悪いことに___タイムマシンが自らの筐体を壊した時、共に近くに存在する生命を巻き込む、というアルゴリズムも刷り込まれていた。
まるで___投下されて以降、消えることのない傷を負わせる、原子爆弾のように……。
「……真っ当に、「神」ではなく。「魔神」……そう呼ばれる存在と共に、タイムマシンのパーツは、この世にもたらされた」
「じゃあ……パーツと一緒に、神様も飛ばされてきた……って、こと?」
「ああ。『神』ではなく……『魔神』だがな。……この世の創世___『15の素因』を司る、魔導の神……そう呼ばれてるらしい。ま、公になってるのは一部だけだが」
この世界を形作る、普遍たる生命。
それが、魔神と呼ばれる存在である。
「エレメント」とよく言われる、複数の属性を有する神の1種。
『その魔神たちに、分解後の歯車の管理を任せる予定じゃった……。まさか逃げ帰るとは思わなんだ。魔神諸共雲隠れとは……やってくれる』
まるで、魔王に立ち向かい……倒せぬと知ったその時。転移魔法で逃げ出す、卑怯な勇者のように。
「その……分解しきれなかった『時刻呑歯車』?……それを集めたら、タイムマシンはまた作れるのか?」
『……結論から言えば、「無理」じゃろうな。形が残ったと言えど、その力は魔神が抑え込んでいるはずじゃからの』
「……ん? 魔神と歯車って、一緒にいるの?」
『鋭いな……その通りじゃ。同化しておれば、かの人間でも簡単には取り出せぬ、と踏んでな。……しかし、人間達はそう、甘くなかった……』
下界へと解き放たれた創世の力は___愚かな人の手によって枯れた碧を。濁った水を。穢れた地を浄化し。豊かな育みとなり世界を潤した。
だがその力すら、人は見過ごさなかった。
「魔神とタイムマシンが一心同体になってる……ってことは、魔神かパーツ___どちらかを探せば……両方とも見つかる、って事?」
「そうだろうな。だから上も躍起になって探してる。悪用される前に、保護しなけりゃならんからな」
「躍起って……。他に探してる組織でも?」
「……仮に居たとして、だ。上はそう考えて、動いてる」
その力は、かつて神が人に豊穣を齎したように、陽の為に使えば善に。逆に、陰に使えば悪にもなる。
それを人は___Skuldの人々は恐れた。
『……恵として素直に受け取っておけば良いものを。人はその力までも、我が物としようとした』
「魔神の……力を?」
『そうじゃ。しかし……「神」と名のつくものは、この世界でしか実体を持てぬ。……魔神たちは人を、もしくはそれと同等の生物を依り代とすることによって、力を行使できる』
その言葉の示す通り___Skuldでは保護した神々の力を崇め、その力を活動の源として運用・管理してきた。
『その縛りもあり、幾ら神と言えど……お前達の世界では、単体での力は最弱と言っていい程無力な存在なのじゃ』
「……そんな状態で人の手に落ちたら、悪用され放題なんじゃ……」
『その通り。既にその1部が___悪しき人の手にかかり、力を失いつつある。それは、何としても防がなくてはならぬ事。じゃからな……人の子よ。先に言った、頼みとは____』
力を失うとは、文字通り、その存在が___その影が薄れ。微弱なものとなってゆくことを示している。
「その力が無くなったら……どうなるの?」
仮に、誰しもが極限状態に置かれた時。秩序を保つ法が無ければ、どうなる?
法があっても犯罪は起きる。しかし、無ければ更に事態は悪化する。それと、同じことが言える。
「この世界が……機能しなくなる。要するに、温暖化・寒冷化・砂漠化____そんな言葉じゃ表せない程、世界が荒れる。人がどうこうして足掻けるレベルじゃ……ない程にな」
「な……」
「……それを未然に防ぐため、Skuldが計画したのが____」
人という常識という枠を超えた欲望を持つ存在。
それにより起こされる、世界の変異。
それを止めるべく動く、神と人。
『……その光を集め、『保護』せよ。散ってしまった魔神たちを、この地へと返す為に!』
「計画____ Evolution」
意味は違えど、同じ境地へと導く____
一方は、生命の素因を、取り戻すため。
一方は、世界を護り、変えるため。
「保護って……何処にあるかとか分かってんのか?」
『……わらわは、お前達の世界に干渉出来んからな。術であった魔神たちも、今や……』
「うーん……。神様って、もっと万能なイメージだったんだけどな……」
『落胆しても構わぬ……。わらわの……失態じゃからな』
「いや……」
『この世に、万能たるものは存在しないのじゃよ……。いや……存在してはならんのかも知れぬな』
「…………」
同じだ。本質的には、人も。神も。
「Evolution……。成…長…?」
「流石、優等生!分かってんなお前らは。彼方なら、ここで説明が必要だった」
「成長って……?何が……?」
「決まってんだろ?」
歳を重ねるか、過去ねるか。
力が有るか、無いか。
違いは、それだけである。
『力が無いから求め、協力し、努力し、手に入れようと足掻く。それが、生命というものなのじゃよ』
「成長するんだ。人は。……俺達の手で、それを成す」
道は違えど、目指す場所は変わらず。
存在場所は違えど、護るのは存在。
『もう一度言う。……救ってくれ。この世界と、お前の……世界。そして……魔神達の、命を。取り返しのつかなくなる、その前に』
「お前達の力を、貸してくれ。この通りだ」
神と人が、再び相見え。
時代を動かす駒を導く。
この時____物語は、始まろうとしていた。
Skuldという、組織の名の元に。
ウルドという、神の名の元に。
そう______
時を刻む_____物語が。
coming soon……
お読み頂きありがとうございました。




