12話前編︰時の女神/上
(ほんとに……好きだなぁ、アイス)
淡い緑色のパッケージ。「緑茶」と書かれたそれを6本、カゴへと落とす。
(今夜は何をご賞味かな?彼方くん)
丁度その時、自身を呼ぶ声が聞こえた。……気がした。
「あれ……?」
声のした方角へと足を向ける。だが、声のした冷凍庫前には、その姿がない。
「彼方?どこ?」
深夜のコンビニ。静まり返った中、空調の音だけが「俺がBGMだ!」とでも言いたげに主張するが、気に留めない。
「ん?」
その時、床に落ちた小箱が目に入る。
「もー彼方、落としっぱなしは良くないでしょ。……彼方?」
見渡す店内には___整然と並べられた商品の群れと、旧式の空調機の放つ、異様なモーター音が響く……だけであった。
立ち込める湯気と混ぜるように、深く息を吐き出す。
「ふぅ……」
溢れんばかりに張った湯船に肩まで浸かり、体の重みを温水に預ける。
熱めに沸かした筈の湯は、時が経つにつれて冷め始め、今では熱いとは言えない温度まで下がりつつある。……だがそれも、浸かるには丁度良く、必然とも言える眠気が襲ってくる。
「…………っ」
それにより……カクリと首が倒れかけるが、何とかそれを食い止める。
(そろそろ……上がったほうがいいかな……)
まだ十分浸かっていられるが、待たせている男性陣のことを考えると、そうもいかない。
(流石に……そろそろ寝ないと。明日が辛くなるわ……)
湯舟から体を持ち上げる。すると髪から、体から、心地よい豊潤な香りが広がる。学園の自室から持ち込んだそれは、一般の学生では滅多に手が届かないであろう、お高めなシャンプーやボディソープの類い。
お金があると……こういう所で便利だなぁと、つくづく思う。まあ、養子に出された先が偶然にも富豪___実業家の家であるが故に出来ることだ。自分自信の力は何1つとして関与していない。
「ん___んん……。……よし!」
体を伸ばし、節々を伸縮させる。
木製の扉に手をかけ、覚悟を決め、開け放つ。
(うぅ……寒……)
空気の冷たさに打ちのめされるが、温めた身体が冷える前に付着した水滴を拭き取り、暖かな寝巻きに袖を通すべく、タオルを握る手を働かせる。
そして、長い髪を乾かすべくドライヤーを手に取るが、その前に……
「あ……先に、早く呼んであげないと」
外へ放出した2つの存在を呼び戻すべく、携帯端末を手に取る。
ゲートタワーで先に入浴……と言っても浴槽には浸かっていないであろうが、先に済ませた彼方と逢里には身勝手で凍えさせたことを、後で謝らなくてはならないであろう。
「あれ……着信?」
手に取った携帯には、SNSの通知ではなく、着信を知らせるランプが点滅している。
「どうしたんだろ……。あ…」
画面のロックを外したところで、再び着信が。
その先は逢里である。風呂が長すぎる、というお叱りの言葉だろうか……。
(彼方じゃあるまいし……)
恐る恐る、それに出る。
「も、もしもし?」
それに応えるのは、怒りに満ちた怒号……ではなく、至って普通の受け答え。だが、いつもよりか少し違う感情が込められているように感じる。
『お、やぁっと繋がった……』
「ごめんね。今出た所なの。もう帰ってきても良いよ?」
『いやー、そうしたいんだけどさ。彼方がいないんだよね』
どうやらまた、潜在能力を発揮しているらしい彼方。
「またぁ…?早く見つけてあげてよ……」
いつも通り、泣きそうな顔をして帰ってくる彼方を思い浮かべる。だが、
『ただの迷子なら良いんだけどね……。少し不自然なんだ、姿の消え方が』
こちらの和みを他所に、電話口から響く___焦りの含まれた声。
『さっきコンビニに寄ったんだけど、アイスの売り場に行ったっきり姿が見えなくなった』
彼方の事だ。逢里を放置し、一人帰路に着くとは考えにくい。
『それに、アイスの売り場に1つだけ……箱が落ちてたんだ。電話にも出ないし、それに店員曰く、僕が聞きに行くまで店から出た人はいないらしい』
「それって……」
『そう。彼方はコンビニからは出てない可能性が高い。出てないのに行方不明って。これ怪奇だよね』
まだ脳天気さが垣間見得る逢里。
しかし___綾音自身は、なにか不穏なものを感じてならなかった。
「取り敢えず逢里……貴方だけでも帰ってきて。外も寒いだろうし……」
『分かった。もうホテルに着くから。今行くよ』
そこで通話が途切れる。どこか落ち着かない中、様々な可能性を考える。
まず1つ目。拉致、誘拐の可能性。
この人口減の世の中、人攫いはそこそこの頻度で起きている。だが、これは余りにも可能性が低い。この街に入るには、あのゲートを超える必要があり、危険な人物・組織はまず侵入できない。
仮に出来たとしても、彼方ほどの身体能力を誇る人間をさらうには無理がある。もしできてと逢里が気付くだろうし、店員の目もある。とてもじゃないが無理な話だ。
次に迷子。これは一番可能性が高いが、コンビニの店舗内で迷子は有り得ない。すると必然的に屋外に限定されるが、店員の証言から外には出ていない可能性が高い。繋がらない電話の理由も、宿に向かう前には気温を調べていたし、その時見た画面では、まだバッテリーは80%ほど残っていた。ゲームか何かで消費したにしても、通話ができないほどにまで減っているとは考えにくいため、証明できない。次に……
ドンドンドン!
そこまで考えていると、扉が叩かれる。
「逢里……?」
やけに叩く音が大きかったが、それ程焦っているという証拠であろうか。
だが、それを気にする余裕はない。有無を言わず、扉を開ける。すると、
「きゃあ!」
大きな人影が、押し入ってくる。それとぶつかりそうになり……というか正面衝突し、悲鳴をあげる。
「え……教官?」
ぬぅと現れるそれは、こちらを一瞥するや否や呟く。
「湖富……か。佐倉と、幸坂は?」
「え……あ、逢里なら、もうそろそろ帰ってくる筈だけど……。彼方……は……」
その先の言葉は……続かなかった。
「彼方は?」
「…………」
その沈黙を慰めるように、健慈らしくない___紳士的な雰囲気の声が、1人には広い……和室に伝播る。
「言いたくないなら……言わなくてもいい。事案は承知の上だしな。それに___」
チラリと、廊下の先へと視線を動かす健慈。
「あいつが、揃ってからじゃないとな」
「あい……つ?」
「そう、逢里」
あいつ、こと。息を切らし、走り込んできた存在。
「あれ?教官?」
「よーう。幸坂。俺に会って早々悪いが、ゆっくりしてる暇はねえんだ」
自身をイケメン呼ばわりするそれに、若干身を引きながら応える逢里。
「何処にイケメンが居るんですか?全く検討が付きませんが……」
「まあまあ、硬いこたぁ言わずに。ささ、入った入った!」
「え?ちょ……」
その肩に手を回し室内へと連れ込もうとする。その途中。
「……俺にしちゃあ珍しく、真面目な話があるんだ。大人しく…聞いてくれ」
その顔、その眉間に___いつもは無い……深い皺が刻まれていた。
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声を、「感じ」る。
(やはりこの声は……聞こえている様じゃな)
どこか満足気な女性の声。それが鼓膜へ。いや、鼓膜は震えていないのだ。頭の中に直接響く___不快とも、爽快ともいえない感覚に陥る。
(どこからして……)
辺りを見渡す。だがそこに在るのは、黒い硝子で出来たのような地面と___捻れたり途切れたりしながらどこまでも続く、歪んだ空間。
(あの時と同じだ……)
歪みと、捻じれ。それと声。それに何より___
(あれ……?)
関節と、身体中の筋肉を占拠した、重厚な鎖。それが……
「動……ける……」
脚。
一歩踏み出す度、しっかりと地を捉える。
腕。
腰に下げた剣帯に届く。無論、握りしめ振るうことも可能であろう。
瞳・瞼。開け放つことも、強く瞑る事も可能。
よって、体は神経の先々(さきざき)まで思い通りに駆動する事が確認出来た。
だが、それをを確認する間もなく……新たな御声が、行く手を遮る。
(ほう……。この地で歩みを、進めることが出来るのか)
「な……!?」
声が……近い。深く…鮮明に、脳へと刻み込まれる。
(……ならば、話は早いな)
どうやら、話の意味を理解する時間は与えられていないようだ。
直後。
パリッ……ぺキッ
何処からともなく鳴り響く、破砕の前兆を示す音。
それを聞いてか聞かずか、焦りも動揺もない___無機質な声で、告げられる。
『動けば……死ぬ。心せよ』
その瞬間、世界が崩壊する、、
「なっ!?うぉぉぉお!」
四方の壁、もはやそう読んでいいかは分からないが、それを含む闇が剥がれ落ち、
「動くなって無理だろぉ〜!!」
地面すらも、崩れ落ちる。
『お前の意思で無いのなら、問題あるまい』
「嘘だあぁぁぁぁあ!!!」
無責任な言葉の残響と共に、地に空いた風穴から暗闇___奈落の底へと、強制的に降下させられる。
「うおぉぉぉぉぉ!!!」
天地無用な錐揉み状態。今世紀最大の悲鳴をあげながら、それをたっぷりと数秒間味わう。そして……
「ちょ!ちょ!ちょ!待っ…ぶご!!」
光を見た瞬間。
硬質な硝子の上……では無く、緑の地表へと、叩き付けられる。
「………………」
恐らく肋数本と鼻骨、頭蓋、その他 数種類。間違いなく粉砕されていた。
……これが現実であるのならば、だが。
(俺……生きてる……のか?)
その思考を読み取ったのか。……風の音だろうか。ザワザワと耳をくすぐる心地のいい音。その音に混じり、あの声が……伝わってくる。
『…痛みは……感じぬじゃろう?先に言うた通り、意思も、存在も、ここには存在しないのじゃからな』
その言葉の示す通り、体に感じたのは衝撃だけ。力を込めれば四肢は動くし、無論、呼吸もある。
「……ぶはっ!」
顔を上げる。すると、目を灼かれると思う程の___圧倒的なまでの光量と、深々(しんしん)と広がる___壮大な緑が、飛び込んで来る。
『ここが何処だか。お前には……解るか?』
膝立ちで景色に見入る客人___彼方に、先程から1ミリの変化もない声音で語りかける、人影。
「何って……どっかの自然保護区か?」
『小さき器量じゃな。これだから人間は……世界を壊し、己をも壊す』
その声音に、少しばかりの呆れが混ざる。……もしくは哀れみかもしれないが。
『……ここは人の器量では受けきれぬ、悠久の地。即ち……』
声の主___放り出された丘陵地の、俺が投下された場所よりも少し左か。
その___雪のような純白の髪を風に任せ、こちらへと振り向く。
『人知が生まれる前の……穢れなき世界』
空と同じ、水色の瞳を輝かせながら、
『わらわの地へ、ようこそ。佐倉__彼方よ』
少女とも……女人ともとれる容姿をした、老人めいた__訂正し賢者めいた口調のそれは、どこか安堵ともとれる表情で、真っ直ぐ俺を見据え、こう___名乗った。
『わらわの名は、過去を司りし時の女神_____ウルド』
ウルドと名乗ったそれは、ゆっくりと芝生に跡を付け、こちらへと歩み寄ってくる。
『お前に___頼みがある。佐倉彼方よ』
「………………」
もう、何がなにやら理解が追いつかない。なぜ……名前を知られているのかすらも。
そんな呆け面に、声が掛かる。
『まだほとぼりが冷めぬか?どれ、冷ましてくれよう』
何かを行使しようと手を掲げるそれを、脳を体を精一杯駆動させて阻止する。
「待て待て待て!この数分でなんかろくな事にならないってのは理解したから……」
『そうか?では…良く聞け。頼みというのは……』
「だから待てって!」
なにぶん知欠な俺の脳には、寄せられる情報量が多過ぎた。
突然異世界へと誘われ、謎の声によって駆動した空間から落下し。今度はその声の主が、神様だ?
「冗談じゃないぞ!」
当然の如く、声を上げる。
「頼みがどうとか、この世界が何だとか、俺には関係無いだろ!?早く元の世界に戻してくれよ!」
その言葉に、眉間にシワを寄せ……口を開くのは、かの『神様』とやら。
『元の世界……か。そこが、お前にとって生きやすい場所なのか?』
「生きやすいとかそんなのは関係ない。ただ、俺を待ってる人がいる……だから帰るんだ!」
それに少し、目を細め、口ぶりを重くし、神は応える。
『……前に呼び寄せた男も、同じことを言っていた』
「前に来た……男?」
『その男は……ここを出てしばらく経った後___死んだ』
「な……脅迫してんのか!? それ」
『違うな。それがあの者の運命だったのだ。折角の機会じゃからの……死因も、教えてやろう』
そう言うと、何処からともかく取り出した、分厚い本のページをめくり始める。
『……死因は、他の生物との接触___獣に、殺されおった。折角の、選別者だったというのにな』
「……他の生物って、まさか……」
選別者、と言う聞き慣れない言葉には触れず……頭に残る、人間の欲望が生み出した存在だけを、台詞から切り取る。
『お前の思っている通り……人間が異進種と呼ぶ、それじゃ』
パタリとページを閉じ、宙に放る。すると本はまた、何処かへ光となり消えていく。
『その反応。表情。……お前の帰る理由は、それか』
「…………」
そう……かもしれない。
過去にもやはり死を___悲劇をもたらしていたそれは、対処法が確率されてからというもの、犠牲者の数こそ大きく減少したが、それでも少なからず誰かを傷つけ、今でも悲しみを生み続ける存在___それが、異進種だ。
先日の通達も、その悲劇を断ち切る為のものだった筈であり、だからこそ……!
「……そうだ。だからこそ……こんな所で時間を潰してる訳には行かない」
さぞかし逢里も、忽然と姿を消した相棒に驚いている事だろう。もちろん、宿で待っている、綾音も。
早い所帰らなければならない。眼前の、神とやらを退かして。
そう思い、強く発言しようとした___その時だった。
『ならばその憎悪の先……異進種創造の始事は、知っておるのか?』
これにより、思考が180度回頭する。興味か、はたまた運命か。
「始…まり…?」
俺の記憶が正しければ、『異進種』とは___現存していた何らかの生命体が、何らかの人工的物質によって細胞、又は遺伝子が変異したもの、の事をいう。
形は元と変わらないものもいれば、先日のルプスの様に危険な方向に進化を遂げるものもいる。『負の遺産』とも呼ばれるそれが、初めて姿を現したのは大戦の収束と同時、今からおよそ100年前のことだ。
「戦争の原因なら…知ってる。国家同士の、兵器の奪い合いが発端なんだろ?」
それに、完全に呆れ声を出す女神。
『あぁ?何を言っておるのじゃ。兵器など二の次、三の次じゃ』
間違いなく、学園で叩き込まれた知識にはそうあったのだが。
では……何が……
「兵器じゃないなら___何が原因で、あんな戦争が?」
その戦争は、20世紀に起きた第1次、第2次世界大戦を遥かに凌ぐ規模であり、第3〜11次大戦と呼ばれている。
民間人を含め、死者、行方不明者総じておよそ50億。増えに増えた世界人口は、これによりその数を半数にまで減らし、尚も続いた残響___これまた負の遺産と呼ばれる大戦の残り香。撒かれた細菌、空間を占拠する放射能により、その最大100億を数えた人口は、今や20億……2割を下回っている。
そこまで人類を衰退させた、あの争乱。その__原点とは……
『……教えてやろう。元凶は、愚かな人の造りし、時渡りの絡繰。その名を____タイムマシン……という。この発明が、1度は結託した人類を、再び変えてしまったのじゃ』
タイムマシン。過去や未来へと旅に出れる、空想の装置。
「タイム…マシンって……SFとかでよく見る、あれか!?」
『……そのSFとやらを、実現してしまったわけじゃ。不憫なものじゃ。自らが描いた空想を、その手で生み出そうとはな』
国の最高機関である鳳凰学園の生徒である俺が知らない、という事は、少なくとも……日本では認知されていないことを示している。
本当にそんな物が在ったのならば……現在基準の人知を___遥かに超えている事となる。
「何で……公表されてないんだ?別に隠す必要もないだろ……」
『残念ながら……隠蔽、偽装は人の得意とするところじゃからの。都合の悪いものは表には出てこぬよ』
未知の領域に足を踏み入れている事に、興味と恐怖が沸き上がる。
それを見越したかの様に、更に言葉が続けられる。
『実際、世界は空想のように甘くはない。奪い合いに発展するのは必然というもの。それは正しい判断じゃろう』
神はそう言うが、存在するのならば、この目で______。
そんな、人らしい『欲望』が、沸き上がる。
「その……タイムマシンって奴は、今何処に?」
だが、愚問に均しいその問は……神の、怒りを買う。
『……それをわらわに聞くか?時を治める__このウルドに』
冷たく、反応を返される。
『時は、刻まれるから時刻となるのじゃ。その理念を覆すのであれば、たとえ世紀の発明でも、害虫に他ならん』
実際の所、彼女の存在そのものが『時』と結びついているのであれば、それは反旗を翻すに均しい___人為的な時間操作など、敵対するものに他ならないのであろう。先程よりも、更に深く刻まれたシワからそれを感じ取る。
「あ……あの……」
暫く嫌悪に眉を歪めていた女神だったが、少しの沈黙の後、何かを思い直したように深淵が息を潜める。
『……まあ良い、応えてやろう。こちらの頼みに、関係しないでもないからな』
「そうだ……頼みって一体、何だよ?」
『神』が『人』に頼む事……その真意。
その問いに女神は、視線を緑地の先へと向け直し、静かに___語り始めた。
『……この場所が___脅かされようとしておるのじゃ。お主ら人と、その産物にな』
その声音には、怒りと……どこか悲しみが込められているように感じられた。
「俺に……どうしろと?」
『救うのじゃ。前世と___現世を……』
「だから……具体的には?どうすればいい?」
『そうじゃな……まず____』
その瞳と同じく色をした空を眺め、時の女神___ウルドは言った。
『知って貰わねばなるまいな。世界の___創意。其の全てを』
雄大な野山を___一迅の風が、吹き抜けていった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
眺めていた携帯端末から1つのアイコンが、前触れも無く消失する。
監視対象の位置情報を示すそれは、発信元の端末自体のバッテリーが無くなっても予備電源で起動し続ける、言わば半独立したシステムである。
しかし、それすらも信号を断った。という事は……
「まさか……な……」
寿健慈は寝床を這い出し……と言っても車のシートを倒しただけの無骨な産物であるが、それから起き上がり___足速に目的地へと急いだ。
しかし。
「どうやら1歩……。遅かったみたいだな……」
目の前に、大人しく座る人数は2人。本来3人である筈だが、この際、彼の適応力に縋る他あるまい。黒髪の少年……彼方の。
「まず1つ。これからする話の前提条件として、伝えなきゃならん事がある」
第一声。自分でも驚くほどの真面目声であったそれは、やはり終始黙ってはいられない教え子たちに阻まれる。
「それって彼方の居場所!?それとも……」
「はぁ……これからって時に。落ち着けって……どうせ全部話すんだから」
うっ、と声を漏らす、教え子A。Aとは、綾音のA。
「いいか……?話を、始めるぞ」
話と言っても……何処から始めればいいのか。珍しく考える。
「……まだ……なの?」
流れる沈黙に、突っ込みが刺さる。
「だー!うっせえよ!こちとら神じゃねえんだ!脳ミソには限界があんの!」
「うるさいのはあんたでしょ……」
(相変わらずうっせえなぁこいつは……。ん……?…神?)
思いついたように、大声を出す。
「おー!ここから話そう!」
「だからうっさいのよ!」
巨大な手裏剣の如く射出される座布団を、顔で受け止める。
「そうだ。……お前等は___神を信じるか?」
それに、なんのこっちゃと首を傾げる教え子たち。
「それが……何か関係あるの?」
「ある。それが『鍵』と言ってもいい」
これには、先程から口を噤んでいた教え子Aも口を開く。
(あ……こっちもAだったな……)
この場に、頭文字Aしか居ないことに今更気づく。……Kが、待ち遠しい。
そんな事を考える暇もなく、質問攻め___教師としては冥利に尽きる。
「鍵……とは?」
「今回の任務内容、それは異進種討伐が目的___じゃあない。その神と、対話するための__第1歩なんだ。」
「対……話……?」
「そう。……これを見てくれ。珍しく真面目に仕事したんだ、しっかり目に焼き付けてくれよ?」
取り出すのは、裏・特殊任務の指令書。
「これ……は?」
疑念と感嘆が混ざり合った__待ちに望んだ感想に、テンションが上がる。それに拍車をかけられ、語る舌にも力が入る。
「それに、こっちもな!」
ハードケースに収納されたPCも起動させ、ある図を表示する。そこまで来て、ある計画を実行する。メンタルケア、という名の。
「あ……!因みに、俺が居住区まで来た理由、分かる?」
「……そういつの間にか居たけど……何で来たのよ?送迎係?」
「そのゴミを見るみたいな目ぇやめろよ……男が逃げるぞ?」
「はぁ!?」
「まっ、目つきのこわーい鬼はそっとしといてやるとして___」
「全部解決したら……串刺しにしてやる……」
「隣ですごい怖いこと言ってる……」
光景を育んだ男は、思った。
(いい具合に……和んできたな。ここいらで本題……行くか)
あるフォルダを開き、画面いっぱいに図面を表示させる。
「まあ理由としては、俺自身の任務の為ってとこか。結局お前らも、巻き込んじまってるが………あれ?これがお偉いさん方の狙いか!」
「自問自答して無いで説明しなさいよ!この駄目教師!」
「いつまでも喧嘩してないで……話が中々進まない」
それに、スマンスマンと手を上げ応える。
「ま、完結に説明すると……さっき言った神との対話、それを可能にする『狭間』って奴が発見された。その調査の為、一級免許を持ってる教師陣にお声がかかった……って、なんだその顔は?」
目の前には唖然とした顔で座り込む、2人。
「いや……何の話だか全く……」
「あぁ?」
(あぁ……そうか。生徒は誰1人として、過去を知らない……だったな)
「…………」
(こいつらなら……教えても……良いよな……?)
誰でも無い、自身の決断で決めたそれを、実行に移す。何度も言う。俺のいい所は、決断が早い事であると。
「……全部……話すぜ。この……世界の事。お前達に託された___未来の事を____」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
人が。神が。また1つ、未来を塗り替えてゆく。
解かれた糸が、再び結ばれる。
佐倉__彼方。
それを導きし、神。
幸坂__逢里。
湖富__綾音。
それを導きし、人。
そしてこの時_______
「…………」
更に3つの存在が、寄り集まろうとしていた。
coming soon……
お読み頂きありがとうございました。




